お墓
こんにちは、高等遊民です。本稿はフォローしている方の記事を読む中でお墓に関する面白い言説を見かけたので、それに触発されて執筆しています。お墓が軽視されるようになった世の中で、私たちはお墓とどのように向き合っていけばいいのでしょうか。考えてみます。
墓の変化(数値の観点から)
墓数の変化に関する先行研究
私が読んだ記事では"「小さな墓場」が減少している"とありました。「小さな墓場」というのは、田んぼの真ん中に突然生えている家の、傍の日陰にあるような、ひっそりとしたお墓のことだと思います。こういうお墓は集団墓地と違って縁者が管理をするため、縁の人が途切れればそれで管理はぷっつり切れてしまいます。そうして誰も来なくなったお墓を不動産利用のために移動したり壊す動きがあるのではないかという推測です。
若輩者の私はそもそも「墓場」が増えているのか減っているのか、その動向を知らない上に体感的にもよくわかっていないので、まずはググってみることにしました。すると何やらうってつけの論文が出てきました。久保慎一郎らによる「墓数の推計と今後の予測モデルの確立に関する検討」です。
(厚生労働省統計協会 第67巻第2号「厚生の指標」2020年2月 https://www.hws-kyokai.or.jp/images/ronbun/all/202002-05.pdf)
この論文では墓数の増減に関して将来的には、
①墓数自体は増加していくこと
②無縁仏(未継承墓)が増大すること
上記の2点を示唆していました。
お墓の数が増えていくというのは、それはそうかなと思います。ただし、論文ほど単純に増加していくわけもないと感じました。というのも論文にある手法では自然葬のような「墓石を立てない」という選択肢への分岐が考慮されてません。どんどん増えていくように書かれていますが、実際にはこのシミュレーションの精度が現実の動向と必ずしも一致しないのではないでしょうか。株式会社鎌倉新書が公開している「第15回 お墓の消費者全国実態調査(2024)」によると購入者における実に48.7%が樹木葬を選択していることから、これを考慮に入れないということは大きな誤差を生む可能性を孕んでいます。ちなみに一般墓に関してはわずか21.8%にとどまっているらしいです。(✴︎一般墓とは自然葬や納骨堂以外の、いわゆる普通のお墓のことを指します)
さて、先ほどの「小さな墓地」の中で、管理されなくなってしまったものは、論文でいうところの「無縁仏」が指すものです。仮に墓数自体は増加していたとしても、無縁仏の割合が近年において爆発的に増えているとすれば、縁者の管理に依存しがちな小さな墓場は廃れて壊され、減少傾向にあることにも説明がつきそうです。
では足元数年の間では墓継承にどのような傾向があるのでしょうか。データがあんまりありません・・・ちょっと苦しい展開になってきたので、論文を参考にいっそのこと自分でコーディングしてみることにしました。
①自然葬の割合を考慮する
普段エクセルを使わないのでゴミカスなグラフが完成しましたが、これはお墓の消費者全国実態調査を15年分遡って、一般墓の割合の推移を可視化したものです。1991年に「葬送の自由をすすめる会」が発足したことをきっかけに「自然葬」という言葉が登場するのですが、それ以前は99%が一般墓に埋葬していたと仮定してみました。本来であればこれを積分してやることで平均値を求めるべきなのですが、エクセルがマジでわけわかめなので、目算で代用します(強気)
うーん。30年間を平均すると3/4よりは大きい確率で一般墓を選択していそうなので、83.3%(10/12)の確率で結婚まで生き残った男児が墓を継承するという計算を組み込んでコードを作成してみましょうか。
②コードを書く
import numpy as np
# Define initial parameters
N = 1000000 # Initial number of graves
generations = 5
# Probabilities per generation
m = np.array([0.0164, 0.0006, 0.0002, 0.0002, 0.0002]) # Death rates
q = np.array([0.2, 0.2, 0.2, 0.2, 0.2]) # Non-marriage rates
r = {
1: np.array([0.220, 0.342, 0.283, 0.117, 0.030, 0.008]), # Probabilities for generation 1
2: np.array([0.242, 0.440, 0.269, 0.046, 0.003, 0.000]), # Probabilities for generation 2
3: np.array([0.292, 0.456, 0.209, 0.039, 0.002, 0.001]), # Probabilities for generation 3
4: np.array([0.292, 0.456, 0.209, 0.039, 0.002, 0.001]), # Probabilities for generation 4
5: np.array([0.292, 0.456, 0.209, 0.039, 0.002, 0.001]), # Probabilities for generation 5
}
# Inheritance probability given a male child survives to adulthood(仮置き)
inheritance_given_survival = 0.833
p_forward = np.zeros(generations + 1)
p_forward[0] = 1 # All graves are initially inheritable
# Forward simulation
for n in range(1, generations + 1):
survival_prob = sum(r[n])
inheritance_prob = (1 - m[n-1]) * (1 - q[n-1]) * p_forward[n-1] * survival_prob * inheritance_given_survival
p_forward[n] = inheritance_prob
inherited_graves_forward = p_forward * N
non_inherited_graves_forward = N - inherited_graves_forward
print("Forward Simulation:")
for n in range(1, generations + 1):
print(f"Generation {n}: Inherited Graves = {inherited_graves_forward[n]:,.0f}, Non-Inherited Graves = {non_inherited_graves_forward[n]:,.0f}")
# Initial conditions for backward direction (starting from the last generation)
p_backward = np.zeros(generations + 1)
p_backward[-1] = 1 # Assume all graves are inheritable in the last generation
for n in range(generations - 1, -1, -1):
survival_prob = sum(r[n+1])
inheritance_prob = p_backward[n+1] / ((1 - m[n]) * (1 - q[n]) * survival_prob * inheritance_given_survival)
p_backward[n] = inheritance_prob
inherited_graves_backward = p_backward * N
non_inherited_graves_backward = N - inherited_graves_backward
print("\nBackward Simulation:")
for n in range(generations):
print(f"Generation -{n+1}: Inherited Graves = {inherited_graves_backward[n]:,.0f}, Non-Inherited Graves = {non_inherited_graves_backward[n]:,.0f}")
結果
Forward Simulation:
Generation 1: Inherited Graves = 655,471, Non-Inherited Graves = 344,529
Generation 2: Inherited Graves = 436,544, Non-Inherited Graves = 563,456
Generation 3: Inherited Graves = 290,564, Non-Inherited Graves = 709,436
Generation 4: Inherited Graves = 193,399, Non-Inherited Graves = 806,601
Generation 5: Inherited Graves = 128,727, Non-Inherited Graves = 871,273
Backward Simulation:
Generation -1: Inherited Graves = 7,768,396, Non-Inherited Graves = -6,768,396
Generation -2: Inherited Graves = 5,091,958, Non-Inherited Graves = -4,091,958
Generation -3: Inherited Graves = 3,391,245, Non-Inherited Graves = -2,391,245
Generation -4: Inherited Graves = 2,257,214, Non-Inherited Graves = -1,257,214
Generation -5: Inherited Graves = 1,502,403, Non-Inherited Graves = -502,403
出力はこちらです。無縁仏=Non-Inherited Gravesは先の150年で87%を超える試算になりました。これは論文にあった数値よりも大きいです。私の場合は一般墓の選択率を常に83%で固定してしまいましたが、今日21%ということはgeneration2以降ではもっと減少する可能性もあるので、150年先では99%近くなっている可能性もあります。
③過去にも遡る
私が今回手を加えた最大の点は、このシミュレーションを過去の方向にも伸ばしてみたところです。もちろん現実はこんなに単純ではないと思いますが、generation-iを同じ手法で計算できるように書きました。
結果を見るとgeneration-1、つまり1990年ごろのInherited Graveが約150万なので、1990年から現在にかけて無縁仏は33%ほど増加したと推測できます。
④自然葬を考慮しないバージョンと比較してみる
上図は定数を1にした場合、つまり死んだら基本的には墓をたてると仮定した場合の墓継承の推移(オレンジ)と先ほど作成したグラフ(青)とを比較したものです。自然葬という考え方が世間一般に広がったのは1991年のことなので、それ以前は基本的にはオレンジ色の折れ線のような傾きの曲線になっていたと推測されます。
さて自然葬が登場したことによってGeneration-1において差が生まれています。具体的にはオレンジ線の場合は1990⇨2020において20.1%が無縁仏になったという試算ですが、今回私が作った方のシミュレーションでは33%との試算が出たので、自然葬の登場によって直近の30年で無縁仏が従来の1.6倍増加した(かも)という結果を得ました。
1.6倍を爆増していると言うと、それもなんというか、そうかなぁと言う感じですけれど、私の考えたシミュレーションによる比較では、ここ30年間でそれなりに無縁仏の墓が増えているということがわかりました。
⑤永代供養の登場
永代供養とは1985年に比叡山延暦寺で始まったお墓の形式で、縁者ではなくお寺がお墓を永年管理してくれるシステムです。最初は抵抗感がありなかなか普及しなかったそうですが、1999年に「墓地、埋葬等に関する法律」が改正されて書類要らずで無縁仏を簡単に改葬できるようになってからは、一般化したそうです。1999年の法律改正は、ある意味では無縁仏と小さな墓地の排除を加速させたとも言えますし、その受け皿として永代供養があったということです。
⑥結論
墓数は論文の手法によると増加しています(今回は実装していないけど)
ただし近年では埋葬方法のバラエティが豊富になったことや1999年の法律改正によって無縁仏を永代供養に移すことが簡単になったことから、今後も墓石の数が単に一次関数的に増加していくと結論づけるのは早急でしょう。
また無縁仏に関しては、縁者が墓を継承しないという選択肢が登場したことによって、計算によると従来より1.6倍増加している可能性があるとわかりました。
このことから最初の「小さな墓場」が減っていることに関しても、管理されない(できない)無縁仏の増加に伴って、そういった無縁仏の小さな墓場も増え、受け皿としての永代供養の登場で、お墓を取り壊すという選択が容易にできるようになり、結果的に21世紀以降は体感として"減っている"のではないかと推測できます。
(i)自然葬に視点が偏りすぎていること(ii)コードが甘いこと(iii)必ずしも相関関係にあるとは言い切れないこと、など反論の余地はいろいろあると思いますが、大目に見てください。。
墓の変化(文化的な観点から)
~近代の死者
佐藤弘夫の「死者と神の行方」によると、近代における墓地というのは「生者の領域と死者の領域の分節化において、死者の領域として割り当てられたもの」のことです。近世では大方の人が死者と同じ空間を共有していると考えていたため、死者が寂しい思いをしなくていいようにお墓をつくります。
また生者(縁者)は定期的に死者の元へ訪れることを要求されます。それは墓参りであり、お盆であり、諸儀式です。これを怠れば、死者による越境が始まり"幽霊"による報復が行われました。これが死者に対する認識でした。
もっとも近代以前は、遺族によるケアの必要性もここまで高くはありませんでした。近代以前ならばまだ仏教の信仰も篤く、死者を一瞬のうちに浄土へと掬い取ってくれる「仏」が存在したからです。近代化によってなまじ宗教の力が弱まったことで、死者のケアの主体は「仏」から「縁者」へと移っていったのでした。
現代の死者
先ほどから何度も話題に出している通り、昨今では自然葬・樹木葬などが一大ブームになっています。このことは16世紀から続く日本人の死生観における転換を意味しています。自然葬では、散骨により死者の明確な「住所」が消えますし、樹木葬では名前が残らないため、やがて個としての識別が不可能になります。墓など特定の場所を媒介することで死者と交渉を行うという常識がなくなりつつあるのです。
かといって死者を適当にあしらっているわけではありません。写真やペンダント、お花にお墓が姿を変えているだけで、死んだら終わり、はいさよならーというような精神に現代人が堕ちたわけではないでしょう。死者はお墓から離脱しつつあります。
つまり死者は覚えてもらおうとしなくなったのです。今までは墓と家を通じて生者と社会的な関係を築いてきた死者が、今日では個人同士の関係でしかなくなりつつあります。自分を記憶する周囲の人がいなくなった時、死者は自然と一体化して地球のどこかに存在し続けるという認識が台頭してきたのでした。
墓がなくなること
現代的な感覚になぞらえていえば、死者はお墓にはもういません。私個人の思い出の中にいるのです。お盆で帰省するという文化がありますが、私が40歳になった頃も、お盆にお墓参りに行くでしょうか。ただ孫の顔を見せるだけのイベントになっているような気がしなくもありません。
変化していくことは世の常です。お墓が軽視されることが、すなわち死者を軽視することでないとすれば、単なる関わり方の変化だとすれば、実際のところそう悲観することでもないように思えます。近代の死者の章で触れた通り、近代以前では「仏」の存在によってケアの主体は縁者ではありませんでした。平安時代から残っているお墓とか、確かに考えてみればそう多くありませんもんね(その頃の庶民にはそういう文化がなかっただけかな。継承が難しいこともさっきのシミュレーションでよくよく分かった)
つまり、私たちがお墓と一緒に生活していたのはいいとこ、ここ数百年の話でそれまでは別の死生観があったわけです。それが失われることが、つまり儀式の喪失が文化の喪失につながるという主張も理解できます。
ただ、個人的にはお墓がなくなってしまうというムーブメントに、ある意味で新たな文化や価値観の萌芽を感じるのでした。
終わりに
コード書くと文字数がかさ増しされることを初めて知りました。正直一番大変だったのはコードを書く部分だったので、なんか報われたような(?)気持ちになりました。雑な論理展開になりましたがここまで読んでくださりありがとうございました。
高等遊民