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映画業界 ハラスメント体験記【奴隷日記#6】

モラハラ・アルハラ・暴力暴言は湯水のように

私たちが愛知の現場に入って2日目の終わりのお話。1日目に続いて、我々は居酒屋”世界の山ちゃん”に行かされることになる。確かに無理矢理連れて行かれるのは、至極面倒だったが、お酒もアテもたらふく食わせてくれるので、まぁいいかと思っていた。しかし、いつもの気前のいいアキさんは、そこにはいなかった。

この日J太郎は、美術助手に就いていたナガサワさんというおじさんと1日の大半を過ごしていた。アキさんとは違う美術の人間と初めて絡んだからか、アキさんとの違いを如実に感じていたようだ。

その日の飲み会では、ナガサワさんの話題が長く続いた。J太郎が、

「ナガサワさんがこんな事をした、あんな所へ行った、そこには美術が山のようにあって興奮した。卒業制作も手伝ってもらえそうだ」

と話し、私もその話に夢中になっていた。アキさんは、次第に酒のペースが早まり、言葉数も少なかった。

アキさん「そんなにナガサワさんがいいんか」

J太郎「いやそういうわけでは」

アキさん「それやったら明日からずっとナガサワさんとこ行けや。俺はドウと動くから。あいつに美術教えてもらえばええ。絶対に俺の方がマトモに教えられるけどな」

と機嫌を損ねてしまう。アキさんは寂しがり屋の面があり、このモードに入ると、非常に長酒になる。予想通り、以降はJ太郎への説教が始まる。

アキさん「お前は助手の立場を理解してない。助手ってのは全部、上がやりやすいように動くんや。色んなところに気を遣って、上のやつのスケジュールも管理して、奴隷にならなあかんのや」

J太郎「はい、すいません」

アキさん「謝るんやったら最初から考えて行動しろ。俺がナガサワさんの話聞いて、楽しいと思うか?お前みたいなん目糞鼻くそや。そんなやつ死んだ方がマシ。わかるか?」

と普段通りJ太郎の乳首を摘んでは、おしぼりで顔を叩いたりする。その間の私とJ太郎は無言だ。早くこの場を終わらせたい一心で全てに目を瞑る。その日は私にも腹が立ったようで、

アキさん「ドウもそうやぞ。ドウは尖ってるから今まで言わんかったけど、監督やるなら気を配れる人間にならなあかん。運転中、貧乏揺すりしたり、眠そうに大きなあくびしたり、そういうの我慢するのが礼儀やろ」

と説教を始める。そんなことは百も承知だ。そうせざるを得ない状況に陥れてるのは、貴様ではないのかと、心で叫び、その場をやり過ごす。それでも酔った彼の説教タイムは止まることを知らない。結局そういう時間が2時間に及び、最終的には「もっと飲め!」とJ太郎も私も付き合わされる。

 

遂に三人体制からの脱却

結局、なんとか深夜の説教を乗り越えたものの、翌日も早朝から深夜まで作業は続いた。寝不足と二日酔いで頭が痛かった。流石のアキさんも疲れたのか、3日連続の飲み会は拒否することに成功する。が、人手不足による作業の遅れが深刻で、クランクイン3日前にして、準備に間に合う目処は立っていなかった

4日目を迎える。この日は、ヘルプで入ることになったハチ子とナカ、恋ちゃんを昼過ぎに迎えにあがる。この日も早朝から仕込みに奔走していた我々は、昼飯を食う暇もなく、彼らを迎えた。ちなみにJ太郎はナガサワさんと行動していた。ずっと風呂に入らなかったアキさんも、女の子が来るからと、4日目にして初のシャワーを済ませて刈谷駅へ向かった。

刈谷駅に早く着きすぎたのもあって、私とアキさんは待ちぼうけを喰らう。待たされるだけでも不機嫌だったのに、彼らが走って車に来なかったことに、大いに機嫌を損ねた。さらにバツが悪かったのは、恋ちゃんだった。映画現場に関わったことさえない女子高生の恋ちゃんは、緊張感なく、トランプを持ってきたことを車内で告げる。外見でも、ネックレスや指輪をつけており、それにアキさんは、非常に機嫌が悪くなった。

彼女たちも宿坊へ向かう。当初、数日経てばホテルでという説明も、もはや存在しなかったように、当然の成り行きとして、彼女たちも40畳一間に向かった。が、さすがに男女が同じ部屋というのは仏が許さないと、寺の住職が、隣の10畳ほどの部屋を女子部屋にした。身支度をする女の子たちの姿は、雪見から丸見えだったのだが、それでも同部屋よりはマシだったろう。

かくして、40畳一間にはナカを追加した四人が寝ることになるのだが、我々が大変気味悪かったのは、アキさんの寝所である。ふすま一枚隔てた向かい側に女子2名がいる、そのふすまギリギリにアキさんは頑として固執した。そのため、トイレに向かうのに女子2名はアキさんの気を遣いながら行くことになる。アキさんは「気にせず飛び越えてな」と笑っていたが、寝ているところにそんなことができる輩はいない。結局、私は彼女たちに、遠回りして別のトイレを使うよう頼んだ。会話するにも、全て筒抜けの距離感だった。アキさんにそんな不埒な感情はなかったと思うが。男性の我々でさえ耐えがたいプライバシーの無さであったのに、女性となるとそれは数段堪え難かったかもしれない。

 

スタッフとの対面!溢れ出る問題の数々

とにかく、我々はついに、三人体制から六人体制に移行し、作業速度は倍以上に改善されることが見越された。宿望で支度を済ませた15:00頃、我々はJ太郎とも合流し、全員でロケ地に移動する。そこでようやく初めて美術部以外のスタッフと対面を果たす。

この映画の監督は大阪芸大出身者で、助監督のサードにも同大学出身者がいた。そのサードのリンさんは、190cmもある大柄の男で、カチンコを打つにも苦労しそうな体型だった。二人とも、アキさんとは学生時代から関わっていたらしい。二人は後輩が手伝ってくれることを喜んでいて、「大変だろうけど頑張りましょう」と我々に話した。美術部以外の人間は、慌ただしくも明るい印象だった。

ここで初めて知ったのだが、美術部以外は皆同じホテルに滞在中らしく、この日から合流した現場付きの美術部、オシオさんもホテル生活だった。改めて我々の境遇に違和感を抱く。制作部のマキさんから、この日ようやく洗剤やシャンプー等をもらうことができた。ようやく基本的人権を享受できたものの、それまでは石鹸で全身洗っていた上に、衣服の洗濯が許されなかったのは、異常ではなかろうか。

マキさんはことあるごとに「ホテル取らなくても大丈夫ですか」と我々の環境を心配していたが、「こういう環境の方が団結できるし、動きやすいので」と固辞するアキさんにうんざりだった。なぜホテルに泊まらないのか、意味が分からなかった。

が、それよりも問題になったのが報酬の問題だ。我々のギャラの話は置いておくとして、ハチ子やナカたちのギャラに関して「払うわけないやろ」と話したのだ。ハチ子たちも、もらえないのは予想通りだったろうが、その説明を十分に果たさないのは雇用主として問題である。ちなみに現場付きの美術部として、この日から合流したオシオさんには「25くらいかな」と話していたので、金がないわけではないのだろう。さらに尾を引いたのが、もう一人の美術部ナガサワさんである。「びた一文払う気はないから、あいつの前で金の話はするな」と釘を刺される。結局、言葉とおり本当に払わなかったのだから、さらに問題である。

スタッフとの初めての対面で、ここまで問題が露呈するのは驚いたが、それ以上に深刻だったのがリンさんである。彼をホテルまで送り届けた車内で、「アキさんは昔からこんな感じですからね」と我々に語りかける。これは予想通り。彼が在学していた約10年前から、アキさんは同様の状態だったようだ。常にJ太郎のような子分を抱えていたらしい。その後、今回の監督の話になり、「同じ大学の先輩なのでやりやすい。殴られるけど」と。J太郎の似たような表情で「まぁ俺ができない人間なんで」とJ太郎と似たように話していた。

改めて、映画業界にはこの手の暴力は日常茶飯事なのだと実感した。J太郎だけが受けているものではないのだと。ただ、この現場で暴力を振るう姿を私が視認したのは、アキさんとその監督くらいだったので、もしかすると、大阪芸大出身者の負の連鎖があるのかもしれない。

 

怒涛のクランクイン直前!

スタッフとの挨拶も早々に切り上げ、我々美術部一同は日中から夜間に至るまで、急ピッチで作業を進めた。大阪から愛知へ来たハチ子たちも休む暇無く、作業を進めた。この段階でイン二日前だった。大きな家具を運び込み、装飾品を買い漁る。さらに買ってくるのは殆ど中古品なので、その清掃にとかく時間がかかった。買い出しを私とアキさんで済ませ、それをひたすらウエスで磨き上げる清掃作業を、ハチ子や恋ちゃんが担当した。何度もピストンを繰り返すハイエースの走行距離は、この日も500kmを超える。もはや宿坊からキンブルへの道、キンブルからロケ地への道は、ナビ不要で進めるようになった。

さらにこの日、スタッフとの打ち合わせで、主人公の夫婦の寝るベッドがセミダブル→ダブルに変更されたことを知らされる。それでも今の美術部に、フレーム込みのダブルのマットレスを買う予算など無いと、ネットを漁ることになる。”できればタダで愛知県内で今日中”というお達しが、アキさんからJ太郎に出たが、当然その条件で手に入る代物では無い。結局、ジモティで漁りに漁って、30000円のものを名古屋市内で見つけた。これはJ太郎のビッグディールだと思う。が、アキさんは、

「もっと安いもの見つけろよ、使えんクソガキが

と叱責した。この手の無理難題を十分にこなすJ太郎に成長を感じ、頼もしく思ったものだが、この時期、卒業制作で用いるピアノも探していたせいか、ことあるごとに「この”ピアノ”はどうですか、この”ピアノ”岐阜ですけど安いです」とダブルベッドの写真を見せていたのが、面白かった。

それにもアキさんは苛立ち、「確かにベッドじゃなくても寝れるもんなぁ。そんな考え、全くなかったわ。お前天才やな」と嫌味を言い、その後ずっと「ピアノでもいけるか」と呟いていた。J太郎は何度も謝ったが、嫌みは止まらなかった。

ただこういう出来事とは裏腹に、ハチ子やナカの加入によって、大幅に作業は進んだ。翌日の監督チェックには間に合うとの予測ののち、作業が終わる。この日は早めの21:00頃に終わり、1度は宿坊に戻りかけたものの、晩飯を買いに入ったコンビニで「せっかくハチ子達が来たんだから飲もうや」と、来た道を引き返すことになる。

 

「兵隊宣言」

この日のアキさんは、上機嫌だった。メンツが増え、賑やかさが増し、作業も大幅に進んだのだから、私とJ太郎もこの飲み会は楽しかった。

映画を全く知らない恋ちゃんに逐一細かく教えてあげ、「業界用語講座」の如く説明を続けるアキさんの姿に笑みが溢れた。恋ちゃんのおかげで、矛先が向かわないJ太郎も安堵の表情だった。ただ、ことあるごとに「J太郎みたいになるな」「こいつはゴミやから」とJ太郎を下げる発言には、うんざりの我々だった。ハチ子とナカはカナリヤのスタッフだったため、アキさんの人間性には理解があった。私は非常に心強かった。ハチ子は愛知出身で、手羽先が好物だったらしく、一人で五人前をペロリだった。

「おい!全部食うなよ」

と私が笑っていると、アキさんは、

「気にせんと、何人前でも頼め!」

と、さらに手羽先を10人前追加した。最高だった。その日の飲み会で、ギャラの話になる。当然だ。恋ちゃんにとっては、働いたのに金が出ないというのは理解不能だろうから。

恋ちゃん「お金ってどんな感じなんですか?時給とかですか」

アキさん「(罰が悪そうに)金の話はな」

J太郎「(気を遣って)もらえへんと思った方がいいよ」

アキさん「お前らは学生やから経験として呼んでるんや。金なんか俺の手元にも殆ど残らん。金でやってへんからええんや」

恋ちゃん「そうなんですか・・・」

アキさん「お前らの強みは経験がないことや。だからタダでも動く。俺もお前らも、タダで動く兵隊や

これが奴隷宣言の前身、「兵隊宣言」である。我々は唐突に赤旗を配られたのである。あの時代の兵隊でも給金は出ていたのに、我々はいつの時代の兵隊にならされるのやら。誰もが納得しなかったが、「映画」なら仕方ないと思うしかなかった。やりがい搾取そのものである。この時点で、「タダで」というのは、私とJ太郎ではなく、恋ちゃんやハチ子やナカのことだろうと思っていた。確かに問題なのだが、数日間のボランティアという側面があったので、致し方なしという全員の顔であった。それ以降は、オシオさんの報酬額が高い理由と、ナガサワさんに金を払わない言い訳を聞かされることになる。どちらも納得いかなかったが、人様のお金にとやかく言うわけにはいかないので、話は終わった。


次回予告

次回は、怒涛のクランクイン前日譚を描きます!モンスターが、クランクイン直前、つまり、祭りの直前、どういう動きを見せるのか。そして、新規加入したハラスメントアベンジャーズたちにも火の粉が!?

乞うご期待。



ここからは、有料記事ながらも多くの方が読んでくださった、大好評の会話形式のインタビュー取材を書きます。前回は『濡れたカナリヤたち』を振り返ったインタビュー取材を、会話形式で進めました。アキさんとの出会いの詳細や、その時の感情がありありと読めると思いますので、ぜひ参考までに。

今回は、産学協同映画を振り返ってのインタビュー取材です。あの時、彼がどう思っていたのか、そして、周りの反応に何を感じたのか、そういう話になっています。購入費用は全額、スタジオカナリヤというJ太郎や私が属するグループでの映画制作に、充てさせていただきますので、ぜひご検討ください。

また、サポートも随時お待ちしております。少しでも応援したいと思ってくださる方がいれば、我々も心強い限りです。ご検討お願いします。


ーまず始めに、産学の感想を聞くところから始めましょうか。

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