コーヒーフロート
今日喫茶店に行った時の話。
その喫茶店は外から見たら開いているのか分からないほどの外観なのだが、恐る恐る中に入ると溢れんばかりのドライフラワーと植物が店内を覆っていた。
店内はここはサウナかと思うほどに暑く、植物の湿った匂いがその熱気と混ざり合っていた。
入るとすぐに、座って新聞を読んでいた年老いたおじいさんが話しかけてきて、何やら言っている。
僕と友人2人は入った瞬間の別世界にショックを受けすぎて、はじめ何を言っているのかわからなかった。
もう一度聞いたが、またわからなかった。
いやいや、どうやらこのおじいさんはここの店主さんらしい。
おじいさんは僕らを奥の席へ案内してくれ、ここに座りなさいと言う。
それもあんまりよく聞こえなかったので、本当にここに座っていいのかと思いながらもカバンを置いたが、このサウナ空間の源である暖房の暴風が植物の匂いと共にその席を吹き荒らしていた。
どうにかなってしまいそうだったので席を変えようとお願いしたのだが、それもなかなか伝わらず、何悶着か微妙なやりとりを経て窓際の席に移動した。
席に着くや否や、一緒に営んでいるお婆さんが入ってきた。
どうやら夫婦でやっているようだ。
このお婆さんは、結構ハキハキ喋ってくれる。
さあ、注文だ。
今日は神戸もとりわけ寒かったにも関わらず、サウナ空間のおかげで完全にアイスコーヒー一択だった。
僕らは状況の情報処理にしばし時間を取り、注文を頼んだ。
後から来たお婆さんがゆっくりと奥のキッチンから登場し、クリームソーダが人気だと教えてくれた。
しかし僕らはコーヒー派で、そこまで甘さはいらなかったから間をとって3人ともコーヒーフロートを頼むことにした。
おばあさんは注文を取ると、「氷は少なめでアイスクリームをたくさん入れてあげるね。」とサービスしてくれるようだ。
他のお客さんも同じものを頼んでいて、なんだか美味しそうである。
しかもこのお店は20年以上続いており、人気らしい。
雰囲気も独特。期待できそうだ。
しばらくすると今度はおじいさんとお婆さんの両方がキッチンから登場し、おじいさんがおぼんにコーヒーフロートを3つのっけて、運んできてくれた。
おおお。
おおおお。
ん?
よく見るとコーヒーフロートを載せたおぼんは溢れたコーヒーでびしゃびしゃだった。
どうやらこのおじいさんも大分の歳で、手元が震えてしまうほど筋力も衰えていたのだろう。
そのおぼんはカタカタレベルを超えて、グラグラと揺れている。
それはもう、地震だ。震度6はあったな。
溢れんばかりのアイスクリーム。それはいい。けれどもうこれは完全に溢れてしまっている。
そしてさらにそれを応援するように、横でお婆さんが「早く取りや〜」と僕らに迫ってくる。
一旦時は止まったものの、僕らも本能的に助けたくなった。
絶対に笑えない。そんな状況だった。
コーヒーフロートは無事に僕らのテーブルにバトンパスされ、なんとか地震はおさまった。
コップは既にびしゃびしゃになっていたのでおしぼりかティッシュをお婆さんに頼むと、そんなものは置いていないと言う。
この時も少し時は止まったのだけれど、すぐに雑巾を持ってきてくれ
「いっぱいアイスクリーム入れたからね。」
と愛情たっぷりな笑顔でその場を去っていった。
細かく言うと、また少し時は止まったんだけれど、もう拭ければなんでもよかった。
気を取り直して僕らは、コーヒーフロートをいただいた。
濃いめのエスプレッソとバニラアイスの絶妙な調和が美味しい。
僕たちはしばし喫茶を嗜み、いつものように何気ない話に始まり概念的な話にうつろいでいった。
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~あとがき~
要はまあ面白かったのだ。あの喫茶店の全てが新しかった。
想像の遥か彼方からやってきた全ての演出に驚かされた。
楽しい昼下がりをありがとう。
ごちそうさまでした。今度は早い時間に来ますね。