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森の水妖

森の湖

森の奥の
何処かに有る湖は

夏場は
水草に覆われ
湖だと分かりにくい

森を知らぬ者は

其の湖に知らず
足を踏み入れ
落ちて行く

水底の
水妖の罠とは知らずに

水妖に
喰われるとは知らずに…

森の水妖②

水の中に
棲まう私の手には

鋭い爪

水の色に溶け込む様な
薄い青色だ

此の薄暗い
水の中に
長く居ては
外の事には興味があって

早く走る
足が無い私には

陸には心惹かれる
強い感情がある

だからこそ思うんだ

もっと
知りたいと…

森の水妖③

湖の水底の
泥土を掻き混ぜると

水の中でフワリと
土が舞い上がる

泥土の感触が
気持ち良くて

何度もすると
中から
骨が出てくる事もある

骨は
水の流れのある処で

粉々に砕き
海へと
流れる様にする

海へ還れと…

何度も
やり過ぎて

湖の物達に
視界が悪くなると
不評だ

森の水妖④

夜なのに
湖の外が
明るい気がして

水面の
水草を掻き分けて

湖の辺りを見る

月明かりが
森の木々の葉が
見えるくらいに明るくて

私は
近くの岩に座り
暫し月を眺めてた

妖の噂

水妖の
力量に依って違いが
出るけれど

水妖の爪には
水を掻き集める力が
あるんだって

森の奥に
歩いて行くと
大きな湖が有って

力のある
水妖が棲んでいるんだって

だけど其処に居る
水妖はね

来た者を
湖の底に
鎮めるんだって

だからね
爪は手に
入ら無いと思うんだ

妖の子

森の水妖⑤

月を眺めていると
何者かの
気配がして

湖に戻った

大方
妖の子に揶揄われた物が
無意識に
湖に誘導され
来たのだろう

草木に覆われた
浅瀬で
水が跳ねる音がした

次の瞬間

急な深場に
足を踏み入れ

人間が落ちて来た

森の水妖⑥

水妖は言う

お前も
水の香りに気付けぬ者か?
気付けたら
湖に足を踏み入れずに
済んだものを

と水妖は人に近付き

鋭い爪を
手の平の中に
隠す様にして

曲げた指の節で
人の輪郭を撫でる

直ぐに喰い尽くせないから
腐れぬ様にしといた
息が出来るだろ?

と人の眼を覗き見て
微笑む

森の水妖⑦

地を踏み締める
足の指の
形の不思議さ

足の腱や筋

私には
無い物だ

無い物ねだりだって
分かっていながら

私は
牙を喰い込ませ
爪を立てる

月光の刺す湖の中

湖は赤く染まり

私は
人の血を纏う
水妖の物の怪

森の水妖⑧

牙が皮膚を切り
筋や繊維を突き裂く感覚

唇に当る肉質と
流れ出る
真っ赤な血が
私の視界を塞ぐ

爪で皮膚を裂かぬ様に
手の甲や
指の節が
私の眼の代わり

肉に埋もれた
鼓動する
熟した果実は

甘味の凝縮

私が
全て喰い尽くす迄

捕らわれた者は

眠れない

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