見出し画像

カラオケ

異動者の歓送迎会が開かれた。苦手な飲み会が開催された。
また居心地の悪い時間を過ごすことになるのか。その日は朝から憂鬱な気持ちだった。


飲み会はやっぱり苦手だ。人生でもう6度目になるのにどうしても慣れない。
お酒が飲めないから周りのテンションについていけないし、雑多に騒がしい空間が嫌なのである。最初はできる限り、楽しんでいる雰囲気をなんとか無理して出しているのだが、30分も経てばエネルギーは切れ、眠くはなるし早く帰りたくなる。


今回も周りに気を遣わせてしまい罪悪感に苛まれる。会が終わった後の自分の不甲斐なさに落ち込む。
なんでこんなに不器用なのだろうか。
笑顔でいればいいのに。ほんの少し声を張ればいいのに。もう少し楽しそうにすればいいのに。
頭ではわかっているのだが、飲みの場は毎回イレギュラーが起きる。事前にシミュレーションをしても、知識も経験もない僕の予想なんて、ことごとく遥か上を超えていく。


「2次会、カラオケ行くぞ~」


幹事の先輩が言った。
誰が行くもんか。明日、こちらは仕事です。遅刻したら責任取ってくれるんですか。とにかく早く帰らせてくれ。


「帰る人、いる~?」


誰か手を挙げてくれ。みんながみんな、キョロキョロしだす。
……え、みんな2次会行くの?


「よぉし、みんな行くんだな~」小心者が反旗を翻せるはずもなく、混乱したまま列の最後尾をタラタラと付いていった。


結局集まったのは18人。2人気づいたらいなくなっていた。
21時半から18人も押し寄せて店員も驚いただろう。店員3人全員が目を丸くしていた。
カラオケ店で一番広いパーティールームでも若干ぎゅうぎゅうになりながら詰めた。
1時間半のコースにしたらしい。地獄の時間がさらに1時間半続くのかと思うと、目眩がしたような気がした。


飲み会は「飲めない」で突き通せるが、カラオケで「歌えない」は突き通せない。呑めないのはしょうがないことだけれど、歌えないのはただのノリの悪いやつである。これだけの大人数だ、きっと1人1曲ずつくらいは歌うだろうと覚悟を決めた。


歌には全く自信はないが、歌うことは好きである。
小学生のときは昔懐かしのヘキサゴンファミリーの曲を熱唱していたし、中学・高校ではゆずを気持ちよく歌っていた。家の風呂場は反響するから、自分がちょっと歌がうまく聴こえる。上手い下手かかわらず、楽しく歌っていた。
「いさおは普段何聴くの?」とデンモク(カラオケの機械に曲を入力するリモコンみたいなやつ)を持った先輩が聞いてきた。「ゆずです」と答えると先輩はデンモクに打ち込んだ。いよいよ、来たか。周りの人に気付かれないように喉を揺らした。


2次会のカラオケではゆずの「夏色」とあいみょんの「裸の心」を歌った。
最高に楽しかった。この大人数の中で1時間半の間に2曲も歌えるなんて。周りの人の歌声も聴けたし、素直な気持ちで盛り上がることができた。


帰り道、なんで飲み会は苦手なのに、カラオケは平気だったのか考えてみた。
カラオケルームでもやはり、みんなお酒を飲む。雑多に騒がしい空間は居酒屋よりも断然カラオケである。僕の場合、カラオケは飲みの場よりも悪条件は揃っている。


合法的に目立てるから嫌じゃないのだろう。
目立つのは全然嫌ではない。お酒を飲んで気を大きくし、大声で存在感を示す目立ち方が嫌いで、そういう人を見ると白けてしまう。
カラオケならば歌を歌う場所だから、歌うことが恥ずかしい場ではない。しかも変に斜めに構えて歌わないよりも歌った方が白けない。


飲み会は飲めない・面白くない・気配りができない・キャラがない人に人権がない。すべてに当てはまる自分は他の人に気を遣わせ、やりづらい雰囲気を出される。申し訳なくなり、居場所がない感覚に陥り、唯一僕ができることとすれば隅でこそこそ、ジンジャーエールをちびちび飲むことしかない。
そんな僕でもカラオケは役割があって、人権が保たれる唯一の居場所だった。


歌を歌う勇気があれば飲み会よりも居心地がよくなる。歌が下手であろうと声を出せば、その人に役目が与えられる。
2次会なんて行ってやるものか、と思っていた1時間半前の過去の自分。なんだかんだ、たとえ流されたとしても、カラオケに行ってくれてありがとう。
社会人3年目にしてやっと自分が居てもいい場所を見つけられた気がする。

いいなと思ったら応援しよう!