#1 たった三文字のあいつの悔しがる顔を見たくて僕は無視する(前編)
第1回目なので、とっつきやすい話題ないかなと思ったらこうなりました。
今や目にしない・耳にしない日は全くもってない武漢出身の『例のあいつ』。
文芸界隈でも様々な雑誌に特集が組まれ、テレビでもSNSでもネットニュースでもあいつばかりが取り上げられている。
緊急事態宣言以前までは気になって最新情報を集めることに躍起になっていた僕でしたが、5月に入る頃にはお腹いっぱい状態になり、『例のあいつ』以外の情報に飢えるようになりました。
同じように感じていらしゃった方も少なくないように思います。
誤解のないように付け加えますと、もちろん「正しく恐れる」ことが肝要です。情報を遮断し、自粛警察と揶揄されるようなふるまいをしたり、やみくもに強引な持論を展開したりすることは推奨しません。それをしないためにもリテラシーを持って情報を収集することは素晴らしいことだと思います。
ですが、ちょっとくらい、せめて1週間、いや1日でいいから、『あいつ』から離れてみたくなりました。それが何もしなかったゴールデンウィーク最終日。
来たる週末も当然ながら予定はありません。正確には友人の結婚式がありましたが、『あいつ』のせいでそれも延期に。友人の無念たるや。
急に腹が立ってきて、僕は右の掌を強く握りました。その拳をゆっくりと持ち上げ、何かに叩きつけるかのように渾身の力で振り下ろす。しかし拳は空を切り、「何か」の代わりに僕の右太腿に衝突し静止した。鈍い痛み。やり場のなかった怒りはいつの間にか滑稽な自分へとその矛先を変えている。無力だ。僕には友人を救えなかった。僕は弱い。僕では『あいつ』に勝つことはできないんだーー。
しかし。なんとか、少しでも、『あいつ』に一矢報いてやりたい。非力な自分でもできることはないか。何か。何かあるはずだ!!
そこでふと、部屋の片隅に置かれたゴミ箱に目がとまる。
「あ、今日ペットボトルごみの回収日じゃん。忘れてた」
ペットボトルの回収は週に1度。再来週までゴミ袋を室内に置いておかなければなりません。落胆に次ぐ落胆。泣きっ面に蜂とはこういうことを言うのでしょうか。
僕は深く息をつき、傍のベッドに腰を下ろしました。
……ん?
忘れる?
……そうか!!
忘れてしまえばいいんだ!!
何を言ってるかまるでわからないと思うので説明すると、
『あいつ』は最近ちょっと注目されてて調子乗ってるので、売れはじめのモデルみたいに「みんなあたしのこと知ってるのが当たり前だしぃ」みたいに考えてる節があると思われます。そこに僕が「え?きみは、ああ、モデルさんなんですか、ごめんなさい知らなくて」という態度で接することができればマウントを取ってギャフンといわせることができるのではないか。そういう趣旨です。
とはいえ完全に頭から削除することはできません。頭を鈍器で殴りつけて都合よく部分的な記憶が失われるっていうのはあまりにも確率が低すぎる賭けなので現実的ではありません。ではどうするか。
長期的でなくてもいい。そう、僕は1日だけでいいから『あいつ』から離れたかったんだ。それなら、
「1日だけ『あいつ』を生活から完全に排除したら
実質僕の勝ちってことでいいんじゃね?」
要は、
「普通に生活していたら嫌でも触れてしまうムカつく『あいつ』から意識的に距離をとり、1度も見聞きすることなく1日を終えることができたら、その日だけは『あいつ』のことを忘れ去ることができるのでは?」
ということです。
自分でも言ってることの頭の悪さに辟易しますが、残念ながらこの時はわりと本気で思ってました。遺憾。
というわけで、実験です。
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■仮説
『コロナ』を文字・音声媒体で認識せず24時間生活することは可能である
■条件
・制限時間は24時間、午前0時から翌午前0時
・「コロナ」というワードを見た、聞いた時点で実験終了
・可能な限り通常の生活(※下記詳細)を送るよう心がける
※通常時の久湊の休日タイムスケジュールは平均値をとり以下とする。
04:00 就寝
11:00 起床、ブランチ
12:00 SNS等巡回
13:00 掃除、洗濯
14:00 読書、動画系サブスク巡回
19:00 調理、食事
20:00 ランニング
22:00 読書or執筆
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■実験開始
2020/05/09
00:00になったので、検証を開始するためスマートフォンを伏せて置きました。
迂闊にネットサーフィンをしようものなら5分ともたずに『あいつ』に遭遇する危険性があるためです。
とりあえず04:00の就寝予定時刻までは読書か執筆なので、本を手に取ります。
順調に読み進め、01:15頃、携帯にLINE。
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■結果
・検証時間01:15で強制終了
・仮説実証ならず
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いやなんでやねん。
浅はかでした。迂闊にLINEなんか見るべきじゃなかった。
このLINEを送ってきた相手は大学卒業以来一度も連絡を取っていなかった鈴木くんでしたが、自粛続きで暇になって急にえらく雑でおもろない絡みをしてくる可能性を勘案するべきだったと反省しました。一般教養の大講義室で「質問あるひと?」と女性講師に挙手を促され「何カップですか!」と自信に満ち溢れた顔で質問し大スベりした鈴木くん。身長185cmくらいだったけど小学生の心を失ってなかったね。場合が場合ならセクハラで訴訟沙汰だよ。そんな思い出が一瞬でよみがえり懐かしい気持ちにもなりました。LINEは無視しました。
あまりにも悔しかったので前日8日金曜日のLINEでのやりとりの中から該当単語を抜き出したところ、0でした。いやなんでやねん。そこはあってくれよ。完全に運がなかっただけやんかもう。鈴木め。
しかしさすがにこれじゃ終われない。
翌日も勿論ながらなんの予定もありませんでしたので、急遽スライドし再挑戦することに。幸い速攻で終わったため土曜はまるっと空いているので、入念に準備を行うことができます。
よく考えたらLINEの通知にいちいち反応していたらニュース記事とかも含まれてるわけだから即終了待ったなしです。これはもう、一日誰とも連絡をとらないくらいの思い切りが必要かもしれない。
それ以外にも日常に潜む奴の残り香を探し出し、シャットアウトせねばならない。万全を期して日曜の決戦に臨むべく、実験の妨げになる要因をリストアップすることにしました。
と、初回なのにだいぶ長くなってしまったので後編へと続きます。
【次回】死闘・決戦の日曜日! 〜疑心暗鬼と裏切りの協奏曲(コンチェルト)〜