扉の奥から聞こえる音への高揚感/Yrii Samoilove - Rave Addict [Invisible Animals]
Artist: Yrii Samoilove
Title: Rave Addict
Label: Invisible Animals
Genre: Noise, Gabber
Format: Cassette
Release: 2021.11.11
https://www.discogs.com/ja/master/2941708-Yrii-Samoilove-Rave-Addict
ロシア連邦の首都モスクワに拠点を置く、コラージュ・実験音楽レーベルInvisible Animalsより、レーベルオーナーのYrii Samoiloveの作品。
全編通して一貫して音の解像度が低く、恐らくは元の音源があったのだろうが、もはやノイズまみれになってそれがどんな楽曲なのかも判別がつかない。ちょうどクラブハウスのエントランスで入場料は支払い、いざ箱の中に入ろうとするときの分厚い扉の奥から漏れ出て聞こえる音に雰囲気が近い。これから何が始まるのか、どんな音楽が流れているのか、一番高揚する瞬間でもあると思う。そう、この瞬間そのものであるように感じる。
解像度の低いノイズの奥からズンドコズンドコと響く低音域のドラム、微かに奥のほうに聞こえるメロディー、シャリシャリ聞こえる解像度を低くしたが故のノイズ、もわっとした音のこもり具合。
本作が非常に面白いのはこういったアプローチから生じる音を聞かせるという点である。音を聞かせるのであれば、音をよりクリアーに聞かせるように工夫をしたり、音のミキシングやマスタリングなど、多岐に渡って、あらゆる角度から検証し、より良い音質でという拘りを持つが一般的である。しかし、本作はこういったプロセスとは全く逆方向の一点張りである。こういったアプローチから生じる音を聞かせるという点がどういうことなのかというと、小さい声での話し声に聞き耳を立てたり、騒音の中で会話をするときに相手の話を聞こうと相手の音に集中する、ということである。これらの例は、はっきりと聞き取りやすい環境ではないも関わらず、相手の意思を汲み取ろうと特定の方向から発せられる音に意識を傾けている事例である。本作の興味深いのは正にこの点で、不快な環境の中で音に注目させるという、一般大衆向きには決してならないながらも、実験的であるという点である。
より良いものをと目を向け、それが常識であり、努力の賜物であり、むしろ一般的なのかもしれないが、それだけが全てではないと思い知らされた作品。
余談ではあるが、ノイズに塗れていない元の楽曲はテクノやガバ、ハッピーハードコアなどなのかなと思う。