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DJを通して見る最先端と再評価/James Holden - Balance 005 [EQ Recordings]
Artist: James Holden
Title: Balance 005
Label: EQ Recordings
Genre: Progressive House, Techno
Format: CD (Mixed)
Release: 2003
オーストラリアに拠点を置く、テクノやハウスなどを主体とした4つ打ちの老舗レーベルEQ Recordingsより、Renaissance: The Mix Collectionと双璧を成すDJ Mixシリーズの5番、James HoldenによるDJ Mix。
4つ打ちのメインストリームのシーンにおいて第一線で活躍するDJを起用して、そのDJの最前線やホットなDJ Mixでお馴染みの人気シリーズBalance。2001年のSean Quinnの001番から始まり、2025年の現在はHenry Saizの032番(2023年)が最新。シリーズ全体を通して、Progressive Houseおよびその周辺の選曲が多い。本作は数あるBalanceシリーズの中でも今でも時々耳にし、シリーズ最高峰と名高い005番。
時代の最先端というのは時間経過と共に別の意味を帯びてくる。もちろん、今現在の最先端や流行、トップDJが何を見ているのか、シーンの動向がどうなのかを知る上ではこういったDJ Mixは重宝される。時間が経過すると、当然ではあるが最先端ではなくなる。代わりに、当時のトレンドがどうだったのか、過去のシーンはどうだったのかという再評価、過去から学ぶという点では非常に重要な資料となってくる。
本作が出た時代背景としては、James Holdenが硬質なTranceをリリースしているSilver Planetより独立して、自身のレーベルであるBorder Communityを設立し時代の寵児として名を馳せていた頃であった。またTranceからTechnoへと路線を切り替え始めた過渡期にあたる。そして現在ではDJではなく、Live主体のExperimentalおよびその周辺のジャンルに変化している。
活動最初期のTrance時代から発揮していた薄氷のように繊細でトランシーなウワモノと重めのグルーヴィーさはこの頃のDJには健在で、重めのベースとキックでグルーヴィーに、どことなく不穏でアンニュイなメロディーと歪んだシンセ音、ふわっとしたウワモノで独特の浮遊感で包まれ、Border Coomunityの特色であるジャンルの境目が曖昧なスタイルで縦横無尽に4つ打ちを中心とした幅広いジャンルが見事にMixされている。また緩急の付け方、即ち押し引きの加減が絶妙で、グイグイきたと思ったらスッと緩くなり、油断しているところにテンションの上がる楽曲が来るというように、欲しいときに欲しい音が来るという神がかりな選曲。トラックリストを見ると分かるが、自身がレーベルを設立した同年のDJ Mixということもあり、自身のレーベルの楽曲も複数採用されている。プロモーションを含めたDJはある意味ではセット構成のバランスを取ることが困難になることがあるが、そういった側面は一切感じさせず、剃刀の刃の上を歩くような繊細な選曲は自身の明確なビジョンの元に一つの世界観として成立している。
シーン自体はProgressive Houseの最盛期を過ぎる頃合いから衰退期に差し掛かる時期にあたり、焦らすだけ焦らして何もないような渋いProgressive Houseにメロディックな要素が加わってTechnoへ回帰し始め、Tranceはかつてのように早いBPM(実際は幅広いが、大まかにBPM140前後)ではなくHouseのBPM程度(BPM128目安)まで落とした低速TranceであるProgressive Tranceが流行り始めた時期にあたる。現在はその名残を今でも感じさせる、Beatportで言うところのMelodic House & Technoというジャンルに発展している。このジャンルで興味深いことの一つはBPMはさらに落ちてBPM120~125程度が主流であることだ。この先、さらにBPMは落ちるのか、それとも反動で大きく早くなるのか、または、どのレーベルが舵を取って変化させるのか、新たなる時代の寵児が革命を起こすのか見ものである。
当時の最先端というのはただの点でしかないが、長い目で見れば点ではなく、その先へつながる試金石や布石のようなもので、常に次の段階への可能性に富んでいることが分かる。実際のところ、どの音楽のジャンルも他のジャンルとの融合による収縮と、細分化の果ての拡散により、生き物のように変化している。このBlanceシリーズも長い歴史があるので、他のDJの作品も聞いてみると時代の変遷を感じることができるだろう。いくつか例外を挙げるとすれば、Beatportのような大型プラットフォームが商業的な理由でジャンルを分化させることによる発展とその期待がある。最近の事例で言えば、Trance(Raw/Deep/Hypnotic)の追加である。こちらはTranceというジャンルで一括りだったため、ビッグルームのようなメインフロアー向けの楽曲とアンダーグラウンドな楽曲との住み分けを明確にしている。
本作では、James Holdenの変遷期に当たることもあり、その時期特有の混沌とした側面という狂気を孕んでおり、今聞き直しても非常に新鮮に聞ける。最後に本作が良い意味で最も憎たらしいのは、Disc 1の終盤に大阪府の(恐らく)環状線や(恐らく)兵庫県のJR線のアナウンスが含まれていることだろう。