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物音とメロディーによる空間装飾と穏やかな時間/Danny Clay, Matt Atkins - An Index of Textures [tsss tapes]

Artist: Danny Clay, Matt Atkins
Title: Index of Textures
Label: tsss tapes
Genre: Objects, Free Improvisation, Sound Collage
Format: Cassette
Release: 2019.11.29

イタリア共和国中部の都市ペルージャに拠点を置く、物音レーベルtsss tapesより、フランス共和国のアンビエント作家Danny Clayとイギリスの音響作家Matt Atkinsの両名による共作。

音楽のジャンルにおいて物音(Objects)という言葉は聞きなれないだろう。物音とは、言葉の通りで物音が発する音である。例えば、それがガラスの割れる音であったり、ビー玉が転がる音であったり、冷蔵庫を閉めたときの音であったり、紙をクシャクシャにしたときの音であったり、都心部の騒音であったりというように、日常生活で起こり得る生活音などである。大本を辿れば、ミュージック・コンクレートというジャンルの派生形であるように思われる。これは普段耳にする一般的な音楽にあるメロディーやリズムといった概念は抽象的であるとされており、コンクレート(concrete)は「具体的な」という意味で基本的には楽器ではない具体的な物から発せられる音であり、一般的な音楽と差別化を図るために使用されている。

メロディーやリズムの存在する音楽を聴いたとき、思い浮かべる心象風景や感情の温度変化の度合いが生じる有機的な精神活動が形成されることが多いように思う。一方、物音というジャンルは、メロディーやリズムといった抽象的な概念から遠くに位置しているものが多いため、言わば無機質である。そして物音音楽についての精神的な活動とは、日常生活の具体的な想起であり、物そのものに対する記憶であり、そのどちらも一般的な音楽性という意味合いから遠いく、先述の精神活動のベクトルもまた異なるように思う。

本作は、そんな物音とピアノなどのメロディーが混じり合う静謐なアンビエントである。またtsss tapesからのリリースとしては、メロディックな本作は珍しいように思う。

両作家が使用する物の分担があり、下記の通りである。

・Danny Clay
金属製のベル、櫛、紙、壊れたライト、ピアノ、オルゴール、ビー玉、カセットテープ、小石、プラスチック製のベル、パーカッション、トランスデューサー、木製のブロック

・Matt Atkins
ドラムヘッドに箸、群衆の騒めき、種の詰まったドラム、乾燥した植物の葉、自家製バンジョーの弦、ジングルベルの棒、ピアノ、大きなベル、ドラムヘッドの中にビー玉、新聞紙、カセットテープのピアノの音、ドラムの中にピンポン玉、鍋の蓋、プラスチックの包装、プッシュフルート、紙、大小のベル、シンバル、ぜんまい仕掛けのおもちゃ

楽器のように音階の制御が困難であり無機質な音が発生する物音は静謐さを際立てており、それが何から発せられているのか識別のできる物音は馴染みのある生活感や物に対する記憶を加える。そこにピアノやオルゴールといった抽象的であり感情に作用するメロディーが混ざることで、音という媒介を通して、鎮静作用のある空間を創り出しているように思う。煌びやかな派手さはなく、かといって燻し銀にような渋さもなく、静かに、優しく、緩やかに、ただただ穏やかな時間を約束してくれる。日々の喧騒から解き放つための自立神経調律剤。


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