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甦る民謡、新しい民謡/ハブヒロシ with 有漢ちゃんぷるオーケストラ - 長蔵音頭 [金ノプロペラ舎]
Artist: ハブヒロシ with 有漢ちゃんぷるオーケストラ
Title: 長蔵音頭
Label: 金ノプロペラ舎
Genre: 民謡
Format: CD
Release: 2019
SUNDRUMや馬喰町バンドなどで自作打楽器「遊鼓」を響かせていたハブヒロシと有漢町(岡山県高梁市)で結成されたグループによる民謡復活プロジェクト。
岡山県高梁市有漢町(うかんちょう)に伝わる実話を基にして作られた音頭形式の民謡である古謡「綱島長蔵(ちょうぞう)音頭」。長蔵音頭は、1781~89年頃に発生した飢饉で苦しむ有漢町川関の村を救った綱島夫妻の歴史を讃える音頭であり、1979年にこの音頭に歌詞を当て込み、長蔵音頭になったという歴史があるという。後継者の育成がうまくいかなかったことや公演の機会が少なかったなどの理由により、1990年代頃に伝承が途絶えてしまった民謡である。2017年に地域おこし協力隊として赴任したハブヒロシにより、20年以上の時を経て再現された。
口から耳へ、耳から口へと、口伝により伝えられる伝承。親から子へ、子からさらにその子へと、その地域の伝統は語り継がれ、地元の祭り囃子はその地域で育った人間には馴染みや愛着のあるものになるだろう。それは生活の一部として馴染んだ結果であるが、裏を返せば伝承は社会の在り方や生活環境の変化などにより、容易に失われるものである。かつての時代と現代は異なり、明確な意思、可能であれば行政の政策として存続させなければ、民謡や伝統芸能はいとも容易く消滅してしまうことが証明されたように思う。当たり前に存在していたものが人知れず姿を消す恐怖というものが既に現実になっている。加えて言えば、知らなければ存在していないことと同義であるため、今後、こういった傾向は加速する傾向にあるかもしれない。もしくは、インターネットの世界の中に情報として残るだけで。
本作は、伝承と後継者が途絶えてしまった長蔵音頭を文献などを頼りに復活させたという非常に驚きのある音源である。長蔵音頭以外にも、同地域(岡山県高梁市)に現存する、岡山県三大盆踊りの一つの「松山踊り」と、松山踊りの中でもテンポが速いとされる「ヤトサ」、それぞれのカラオケバージョンを含んでいる。
収録されている音源は、節の効いた音頭と異なり、大らかさや穏やかさを感じさせる空気感に包まれ、伸びやかな声が印象的な民謡である。民謡の独特なグルーヴ感とどことなく緩さを感じさせるレゲエ感の中間のような空気を纏っている。カラオケバージョンはまさにレゲエ7"盤のB面にあるダブを彷彿とさせる。筆者は原曲がどんな曲なのかは残念ながら存じ上げないが、本作は派手さはないが、かと言って燻し銀のような渋さはなく、どこか華やかなポップスのような現代的な民謡やダンサンブルな古楽に通じる心地よさがある。本作は音質が非常にクリアで音の一つ一つの輪郭が際立っており、レコードとして手に入る民謡特有の、盤の経年劣化や当時のマスタリング技術、録音環境に起因する音質の煙たさや土臭さとは異なっていることも特徴の一つである。そういった意味合いでも現代的である。
一度失われてもう二度と手に入らない、再現できない、そういったものを再び蘇らせることは非常に労力の要する活動なのは間違いない。熱意を持って再現した直向きさに敬意を表したい。失われたものを再び手にする、そういった浪漫や夢や希望を感じさせてくれる本作は、民謡にとっての新しい幕開けのように感じる。