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帰郷・風薫る

その駅で降りたのは、私と、二人の学生だけだった。

改札から遠い場所にぽつんと降りてしまった私の鼻腔を、むせ返るほど甘い匂いがくすぐる。

八方の山の斜面を埋め尽くした蜜柑の花。
抱きしめるように、爽やかな青い香りを吸い込んだ。


和歌山は、ひどく遠い。

東京から飛行機と電車を複雑に乗り継ぎ、ようやく辿り着いた最寄駅から家まで、さらに40分以上かかる。

迎えに来てくれた父の車で、山の中をひたすら走る。

ぽつり、ぽつりと言葉を交わし、それも途絶えた頃、山と清流のひんやりとした空気に混じって、薪を燃やす匂いがした。誰かが薪風呂を焚いているのだろう。


名産物も、観光名所も、何もない。

ただ、見慣れた稜線の重なり合う形が、いくつもの懐かしい匂いが、忙しかった心に寧静をもたらす。
木漏れ日の中を走り続けるうちに、頭も体もからっぽになり、肩の力が抜けていく。

ここへの旅は、どこよりも遠い。
遠くて、懐かしくて、どこよりも親しい。



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黒木郁
私の、長文になりがちな記事を最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます。よければ、またお待ちしています。