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【短編小説】淡い恋心 ―「さくら、舞う」番外編①―

番外編ではありますが、予備知識無しでもお楽しみいただけます!!
ここに繋がる前回のお話(「さくら、舞う」#4)はこちら

<セナ>

 昼からの仕事を終えたアタシの、今日一番の楽しみ。それは智篤ともあつ兄さまとの「デート」だ。

 アタシと兄さまは同じ、サザン×BBビービーというバンドのメンバーで今日の仕事も一緒だった。仲間はみな、あたしが兄さまのことを想っていることも、このあと一緒に出かけることも承知しているが、「デート」だと本氣で思い込んでいるのは多分アタシだけ。仲間のひとり、レイさまを一途に想っている兄さまが若いアタシに振り向いてくれる可能性は限りなく低いが、幸運にもこうして二人きりで出かけるチャンスを得たからには何らかのアクションは起こしたいと思っている。

 いわゆる「デートスポット」に誘ったらあっさりオーケーされたところまではいい。しかし、いざやってきてみると、ホンモノのカップルだらけで萎縮してしまう。

(アタシってば、今日は頑張るんじゃなかった? ……よしっ!)

 ここに来るまでずっと、一定の距離を保ったまま隣を歩いていた兄さまに思い切って寄り添う。心臓の音が聞こえてしまうのではないかと思うほどドキドキしているというのに、兄さまはびくりともしない。それどころか、こんなアタシの様子を見て笑い始める。

「フッ……。君たち三きょうだいは揃って大胆な性格なんだな。ま、でもなけりゃ、ミュージシャンは出来ないか」

 積極的に受け容れるでもなく、かと言って遠ざけるでもなく、兄さまは自然体のままアタシを寄り添わせた。



 ちょっぴり寂しさを感じながらデートスポットを一通り観光し、夜を迎えた。街はネオンできらめき、目玉の観覧車は順に色を変えながら時を刻んでいく。ここに来るまでに何度、あのゴンドラに二人で乗る妄想をしたことか……。

「……なんか、腹減ったな。セナ、今夜の予定は?」
 再び妄想をし始めていたアタシは、唐突に問いかけられて戸惑った。

「えっ?! 特別な予定なんてないけど……?」

「それじゃあさ、このあとバーにでもどうかな。僕らが時たま行くカジュアルな店なんだけど」

「バー?! ステキ!」
 兄さまと一緒にいられるならどこだってついていく! という言葉をぐっと飲み込むと、恥ずかしいことにお腹の虫がなった。案の定、笑われる。

「セナの胃袋も腹が減ったって言ってるな。よし、早速移動しよう」



 見覚えのある道を歩いて行くなぁと思ったら、兄さまが行こうとしているお店は贔屓ひいきにしているライブハウス「グレートワールド」からほど近い場所にあった。カジュアルな店と言っていたとおり、お酒を飲みながら夕食を摂る人の姿が多く見られた。

「何を飲む?」
 席に着くと、兄さまはメニュー表も見ずに尋ねた。備え付けのメニュー表に目を通す。しかし、食事はともかく、ドリンクの方は名前を見ただけでは正直分からなかった。

「んー、おいしそうな名前のカクテルがたくさんあるけど、どれがいいのか分からないな」

「それじゃ、同じのにしようか。ここは創作カクテルを始め、ネタだろってやつも提供してくれる変な店なんだけど……」

「えーと……。定番のでお願いしまーす……」
 小さな声で返事をすると、兄さまは早速店員を呼び止めた。



 シーフードパスタとシーフードサラダ、それに合うカクテルをそれぞれ二杯飲んだ。兄さまの顔を正面から見、その声を独占できるだけでも幸せいっぱいなのに、ほろ酔いにもなれるなんて。今日は最高にいい日だ。

「……ああ、ギターを持ってくればよかった。いい氣分だからちょっと歌おうかと思ったんだけど」
 会計を済ませて店を出たところで兄さまが言った。歌う、と聞いてテンションが上がる。

「ギターがなくたっていいじゃん! アタシ、兄さまの生歌が聴きたい!」
 
「……セナは本当に僕の歌声が好きなんだなぁ。なら、歩きながら歌うか」

「やった!!」

 喜ぶアタシに微笑みかけた兄さまは、ジャケットのポケットに手を突っ込んで歩きながらまずは鼻歌を歌い始めた。酔った勢いでその腕にしがみつく。兄さまは相変わらずされるがままの状態で歌詞を口ずさむ。

「♪金平糖さとうみたいな星くず集めてー、海に投げたらー、きらきらきらりー……」

 それは、普段はアタシが歌っている曲「シェイク!」だった。嬉しすぎて一緒に口ずさむ。

『♪シェイク! シェイク! 恋するあたしはー、ひとつになりたい、あなたと……』

 歌いながら隣にいる兄さまに思いを馳せる。兄さまがアタシのことを想いながら歌ってくれてたら嬉しいな、と思いながら。



 兄さまの歩いて行く先が、アタシたちの別れる駅だと言うことは分かっていた。正直、夜の早い時間にさよならしたくはなかった。いつものように遅い時間まで一緒に歌ったり笑ったりしたかった。

 アタシは駅が見えたところで、しがみついていた兄さまの腕をぐいっと引っ張り、立ち止まった。

「……セナ?」

「……もう少し、一緒にいたい」



<智篤>

 その言葉が何を意味しているか、ここまでのセナの言動や行動を見れば明らかだった。そもそも今日、仕事をしたあとで仲間と別れ、二人だけで出かけることにオーケーを出した時点でこの展開は想定していた。

 しかし僕は彼女を真の意味で満足させることは出来ない。僕にはレイちゃんという思い人がいる。そのことはセナも承知しているはずだが、片思いと分かっていても行動せずにはいられない、そういう年頃なのだろう。

 もちろん、僕にだって若いころがあったし、同じような経験は嫌と言うほどしてきた。だからこそ分かる。帰宅を延ばせば延ばすほど別れが辛くなるということを。たとえ明日また仕事で顔を合わせることが分かっていても。

「……じゃあ、セナの部屋まで送るよ」
 悩んだ末に導き出したのは、彼女が兄弟と一緒に住むアパートまでついていくというものだった。駅で別れるよりは長くいられる。だが、予想通りセナは不服そうな顔をした。歩き出す氣配もない。

「……行こう、セナ」
 ずっとポケットに突っ込んでいた手を出し、彼女の手を握った。本当はぬか喜びをさせる行為はしたくなかったが、今日はこれ以上連れ回すつもりもないので背に腹は代えられない。

 さすがに手を握られたセナは恥ずかしそうに僕の顔を見上げた。握る手に力を込めて歩き出すとセナは大人しくついてきてくれた。

 その後、改札を通る時以外はずっと手を繋いでいた。電車のシートに並んで腰掛けるセナは、僕の手のぬくもりを感じながら嬉しそうにしている。

(これで、良かったのだろうか……。)

 迷いを感じているうちに下車駅に到着したので席を立つ。表情が曇ったのが分かったが、彼女は僕に導かれるようにして電車を降りた。電車が去り、寒風が吹く。身震いするセナを思い、繋いだ手をジャケットのポケットに突っ込んでやると、彼女は自然と僕に寄り添い、歩き出した。僕らの間に言葉はいらなかった。

 人の少ない駅舎を出、彼女の住む部屋へと向かう。真冬の凜とした空氣の中では音さえも凍り付いたように静かだ。辺りに小さく響くのは僕らの靴音だけ。そこに寂しさを覚えたのか、セナがそっと歌い出す。

「♪あのとき君はなぜ去ってしまったの? 追いかける僕を振り返りもせず……」

 それは、普段は僕の思い人であるレイちゃんが歌う『LOVE LETTERラブレター』だった。歌詞をなぞりながら、これが今のセナの氣持ちなのだと直感する。しかし分かったところでやはり想いには応えられない僕がいる。

「♪ずっとずっと愛していると……」
 歌い終わったところでアパートに到着した。うつむくセナを引っ張りながらインターフォンを鳴らす。応じた兄弟に名前を告げると、二人はバタバタと玄関先に顔を出した。

「セナを連れてきた。あとのことは頼むよ」

「わざわざ送ってくれたんっすか。ありがとうございます。……セナ、早く部屋に入れ。外は寒いから」

 兄貴が誘導しようとするが、セナは僕の手を放してくれなかった。なおもうつむいたまま不機嫌そうにしている。

「おい、ともさんが迷惑そうにしてるじゃないか。その手を離せよ」
 見かねた彼が無理やり引き離そうとしたが、セナはキッと兄貴を睨み、思い切り突き飛ばした。

「お兄ちゃんにアタシの何が分かるのよっ……!!」
 セナはこぼれる涙を隠すようにその顔を僕の胸に押しつけた。
「兄さまー。アタシ、兄さまのことが大好きなのよぉ……。だからずっとずっと一緒にいたいのよぉ……」

 素直な言葉を口にするセナを目の当たりにし、僕の頭は混乱しそうになった。どうにかして応えてやるのが筋じゃないのかと主張する頭がある一方、ここでセナを抱くようなことがあれば君の、レイちゃんへの愛はその程度だったと言うことだよと嘆く心の声も聞こえてくる。

 卑屈だった頃の僕なら頭の声を優先していたに違いない。しかし、押し殺していた自分を救い出した今は、心の声に従いたい。何度かかぶりを振って考えを追い出し、胸に手を当てる。

「……セナ。そう言ってくれて嬉しいよ。だけど、明日もあさってもまた顔を合わせるだろう? サザン×BBビービーが解散しない限り、僕らはずっと一緒だ。だから泣かなくってもいいんだよ」

「たぶん、そうじゃない。セナは兄さんに……」
 弟が余計なことを口走りそうだったので慌てて制する。

「それ以上は口にするな。僕は、相手を喜ばせるために自分の心に嘘をつくようなことはしたくない。どんなに冷たいと言われても、だ」

 なんて薄情な男なんだと自分でも思う。しかし信念に従うと決めた僕はこんなふうにしか言えないのだ。

「……だったら。……だったら今ここでアタシのことなんか大嫌いだと言ってちょうだい……! そうしたらきっと、すっぱり諦められるはず……!」
 涙で目を腫らしたセナは僕を見上げて言った。しかし僕は首を横に振る。

「嫌われたら身を引くってやり方は僕は好きじゃない。だってそれは責任を相手に押しつけてるのと同じだからね。……セナ。君は今のままでも十分魅力的な女の子だよ。だけど、もし僕を振り向かせたいと思っているならレイちゃんを越えてみて欲しい。もっと歌のレベルを上げる努力をして欲しい」

「……そうしたら兄さまも認めてくれると言うこと?」

「確約は出来ない。だけど、身を引くよりはそっちの方が断然いいし、君のためにもなるはずだ。同じバンドのメンバーならいちミリの可能性に賭けるくらいの氣概を持ってくれると嬉しい」

「…………! その台詞、メッチャ聞き覚えあるんっすけど!」

 セナの兄貴が叫ぶように言った。実を言うと彼もセナ同様、自身が好意を寄せるレイちゃんを想い続ける僕には敵わないと感じ、闘いを放棄しようとしたことがある。だが、僕が発破をかけ、ライバルに昇格させた。

「……二度も智さんの口からその台詞を聞かされるなんて……。くっそぉ、オレも頑張らなくちゃ……!」

「そういうことだ。……それじゃ、今夜はこれで。また明日会おう」
 最後にそう告げ、彼らの部屋をあとにする。セナがついてこないのを確認した僕は、足早に駅を目指した。

(番外編②は近日、公開予定!)


※見出し画像は、生成AIで作成したものを加工して使用しています。


💕上記のキャラクターは、現在連載中の「さくら、舞う」(#1~#4)愛の歌を君に2でも登場します。氣になった方はそちらもお読みください。その他、これまで書いた完結小説含むあらすじが読みたいという方にはこちらのまとめ記事がオススメです💕


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いろうた@「今、ここを生きる」を描く小説家
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