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【連載小説】「好きが言えない 2」#10 チーム内対決

 チーム内対決は次の週末、学校のグラウンドを全面使って行うこととなった。どうやら部長が他部と交渉したらしい。そこまでされたら、こちらとしても全力で臨むしかない。そしてその後に続く夏の大会で、好成績を残さなければならない。
 夏の大会は正直、厳しい戦いである。精神力もさることながら、体力、知力など、すべてにおいて限界まで出し尽くすことになるからだ。勝ち進めば勝ち進むほどに負担が大きくなる。わずかな人数でどこまで残れるか。全く未知数ではあるが、悔いだけは残らないようにしたい。
 悔い……。その二文字がおれの中にあるとするなら、それは間違いなく詩乃に対してだろう。
 おれは詩乃を絶対に失いたくない。詩乃が離れようとすればするほどに、おれの気持ちは詩乃に傾いていく。彼女の心を掴むにはただ一つ。ピッチャーとして復活を遂げることだ。
 詩乃がプレイヤーに戻ってからと言うもの、おれの闘志は激しく燃え上がっている。おれの理想と言うよりは、詩乃が理想とするピッチャーになれるよう、感情と投球をコントロールすることに集中し、ひたすら投げ込んでいる。今のおれにはそうすることしか出来ない。
 路教も必死な顔で練習に励んでいる。こんなおれたちの姿を見て、詩乃はどう思うだろう? おれ以上にきっと「馬鹿な奴らだ」と思っているに違いない。

 チームの力の差を均等にするため、おれは大津とバッテリーを組むことになった。永江部長は路教と組む。そして詩乃は、路教と同じチームに振り分けられた。やっぱり、という思いだったが、こうなったからにはおれの投球をするだけだ、と腹をくくる。
 詩乃と離れて過ごす時間が増えるにつれ、おれの気持ちも整理されつつある。
 おれはただ詩乃の興味を引きたかったのだ。ずっとずっと、おれだけに注目してほしかったのだ。まるで幼児がそうするように。
 おれの自然体を受け入れてほしかった。こんなにもだらしのない自分でも、詩乃なら、愛しているなら受け入れてくれるだろうと過信していた。でもそれは単なるわがまま、幼稚な考えだったことにようやく気づいた。
 おれは詩乃のおかげで目が覚め、なんとか恋に溺れずに済んだ。今のおれに出来ることがあるとすれば、自分の中に潜んでいた怠惰な悪魔の存在に気づかせてくれた彼女に恩返しをすること。つまり、いいピッチングを見せることに尽きる。
 詩乃も、しばらく離れていた野球を再開するため自らを鍛え直している。だったらおれも頑張らなくちゃ。


3回裏


 未経験のセカンドを守る初めての試合。内野の守備練習で、同じポジションの水沢先輩からはあれこれ指導を受けたけれど、練習と実践は全く違う。また、試合に出るのも久しぶりのこと。慣れているはずのグラウンドは広く感じ、強い緊張も感じている。
 守っていると見えるのは、ピッチャーの野上。彼がいなければ私はバッテイングもピッチングも練習できなかった。おそらくこの場にも立っていなかっただろう。
 祐輔には決して相談できなかった。利用した、というと語弊があるけれど、野上は私に好意を抱いているから、「勘を取り戻すための練習に付き合ってほしい」というと喜んで引き受けてくれた。姉と激しく言い争った翌日から私はバットを振り、遠投をし、ひたすら走った。
 きょうはその、練習の成果を見せる絶好の機会。野上の視線の先には部長もいる。大丈夫。私は、やれる。
 顧問は野球の初心者なので、今日の試合の審判は部長がわざわざ、卒業した野球部OBに頼んだようだ。単なる、チーム内対決ではない。これはレギュラーを獲得するための大事な一戦。誰もが気を引き締めて試合に臨んでいるのが手に取るように分かった。
「プレイボール!」
 一回表。先攻は祐輔チーム。一番バッターは三年の先輩だ。
 野上はどんな球を投げる?
 今回が初登板だから、誰も野上の投げる球を知らない。バッターボックスから見たとき、一体どんなふうに見えるのか興味がわく。
 第一投。大きなモーションから繰り出された球は、キャッチャーミットに鋭く刺さった。球審はストライクの判定を下す。野上が小さく「よし」といったのが聞こえた。
 初めてにしてはリラックスした状態でマウンドに立っているようだ。野上の臆さない性格がそのまま表れている感じだ。
 続く二投目も力強かった。これはボール球になる。部長が「低め」のサインを送る。
 バッターが狙いを定めている。次は打とうとバットを出してくるかもしれない。私は腰を低く落として身構えた。
 カンッ。
 三投目はバットをかすめ、一、二塁間に転がる。私は素早く動いてボールを拾うと、一塁に送球した。
 ワンアウト。
「よし、その調子!」
 部長が激励する。私自身、思い通りに動けたことで緊張がほどよく解ける。
 実践で初めて就くこのポジション。悪くない。
 打たれた野上だったが、アウトが取れたのでほっとした様子だ。二番、三番バッターに対しても同じように「打たせて捕る」野球をして一回表を終了した。


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いろうた@「今、ここを生きる」を描く小説家
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