【連載小説】「愛の歌を君に」#11 Dear TAKUMI
前回のお話:
31.<麗華>
「あの救急車を追って下さい!」
自分と拓海のギターを抱え、無理やりタクシーに乗り込んだ。運転手が慌てて車を走らせる。安堵したのもつかの間、バックミラーにちらりと映った皺くちゃな顔に驚愕する。これが、今のあたしの顔……? さっき見た拓海の姿と重なりぞっとするが、今は見た目を氣にしている場合ではない。
(拓海……。どうか無事で……。)
彼のギターを抱く。そして知る。拓海が倒れてようやく、あたしは彼を深く想っていたんだって。彼のいない世界で生きていく覚悟もないんだ、って。
(ずっと一人で生きてきたつもりだった。だけど違ったんだ。あたしは、同じ世界に拓海がいたから頑張れたんだ……。ごめんね、拓海。氣付くのが遅くてごめん……。)
急に声が聞きたくなった。が、記憶をたどり思い出そうとするも、一生懸命になればなるほど遠ざかっていくような氣がして焦る。
(どうしてよ……! 数時間前に聞いたばかりじゃない。どうしてはっきり思い出せないのよ……!)
悔しさのあまり唇を強く噛む。
(やっぱりあたしには……「ただの麗華」には力がないの……?)
――弱氣になるな。悲観するな。僕らがそんなんでどうする? 氣を強く保ってあいつを迎えなきゃ。
塞ぎ込みかけたとき、頭の中で力強い声が聞こえた。それはさっき智くんに言われた言葉だった。
(そうだ……。拓海が病に冒されていることは再会したときから分かっていたこと。それを歌で吹き飛ばすって言ったのはあたし自身……。いよいよその時が迫っているなら尚のこと、歌の力を信じなくてどうするのよ、麗華!)
自分を鼓舞した瞬間、唐突に歌詞とメロディーが降りてきた。急いでスマホを取りだしたあたしは、タクシーの中にもかかわらず思い浮かんだ歌を録音し始めた。はじめは怪訝な顔をしていた運転手だが、そのうちにハッと表情を変えた。
「……もしかしてお客さん、歌手のレイカさんですか?」
問われて頷く。運転手は前を行く救急車をじっと見ていたが、少しして「そのギターの持ち主のために歌われたんでしょうか」と言った。
「ええ……。大切な『家族』なんです……」
あたしが答えると同時に救急車が病院に入っていった。タクシーはすぐに後を追い、止まった救急車の少し後ろで停車した。
震える手で財布からお金を取り出して支払うと、運転手に手を握られた。
「パートナーのご無事をお祈りしています」
「ありがとうございます。お世話になりました」
言いながら一礼したあたしは、自分のギターを背に、拓海のギターを胸に抱き、救急車から降ろされる拓海の元に駆け寄った。ところが救急隊員に「離れて!」と一蹴される。思わず足を止めると、拓海はあっという間に院内へ消えていった。
呆然としていると智くんに肩を抱かれる。
「……そんな能面みたいな顔で拓海と会うつもりか? 氣を強く持て」
しかし、そう言った智くんの顔はやつれ、不安でいっぱいに見えた。あたしは首を横に振り、深呼吸をしてから笑顔を作った。
「はい。智くんも笑って」
智くんは頑張って笑顔を作ろうとしたが、うまくいかないのか、何度やってもへの字口のままだった。そのうちに歯を食いしばり、天を仰いだ。
「拓海……。これが最後の別れになったら……」
言葉はもう少し続いたが、声が震えていたせいで何を言ったのかはっきりと聞き取ることが出来なかった。
32.<拓海>
「おいっ! 三十分で来いと言ったのになんだ、このザマは! こんな……こんな対面をするために呼びつけたんじゃねえぞ、分かってんのか?! 黙ってないでなんとか言えよ……!!」
夢か現実か智篤が必死に訴えかける声が聞こえた。やはりひどく怒っている。ごめん、と謝ろうとするが目は開かず、声も出せない。
少し前に感じていた身体の痛みや苦しさは、今はない。意識が辛うじてこの世に残っている、そんな感じだ。今はただ、黒と白の中間くらいの色の中で漂っている。もしかしたら俺は半分、黄泉の国に足を突っ込んでいるのかもしれない。
胸のあたりをぐいぐいと押される感覚が続く。再び意識が朦朧とし、徐々に薄れていく。
*
ハッと目を開けたとき、なぜだか俺は自分の姿を見降ろしていた。
(ついに死んだのか……。)
しかしよく観察してみるとまだ息はあるらしい。腕には点滴らしきチューブが繋がっているし、人工呼吸器もついている。だが、横たわる自分の姿は実年齢よりはるか上に見え、いつ息を引き取ってもおかしくないように思われた。
見知らぬ人が通報してくれたおかげで、なんとか生きた状態で病院に搬送されたのは不幸中の幸いと言えるだろう。ただ、同居中とはいえ、血の繋がりのない智篤と麗華にすぐ連絡が行くとは思えなかった。親はとっくに亡くしているし、伴侶もいない。こうなることが分かっていたなら、二人の電話番号を目につくところにメモしておけばよかったと後悔する。
一人で死ぬかもしれないと言う考えがよぎったとき、言い知れぬ寂しさに襲われた。どうやら俺は、二人に知られることなく静かにこの世を去ることを想定していなかったらしい。死ぬ覚悟は出来ていたつもりだったが、実は心のどこかで二人が看取ってくれることを信じて疑わず、安心していた。だから今、それが叶わないと知って胸を痛めている。
こんなに柔な男だったかなと思ったが、思い返してみれば、たった一人で弾き語りする勇氣も実力もなかった俺は、智篤ありきで生きてきた、文字通り柔な男だったと言えるだろう。それは智篤も同じで、俺たちは支え合わなければ生きて来れなかった弱い人間。にもかかわらず、俺が先にこの世を去ってしまう……。智篤があんなふうに怒ったのも当然と言えば当然だった。
(悪いな、智篤。一緒に死ねたらよかったのかもしれないけど、どうやらそれは叶えられそうにない……。)
身体がすっと軽くなるような感覚。見えている自分の姿も遠くなり、今にも天井をすり抜けそうになる。
(さよなら、智篤。さよなら、麗華……。二人と出会えて本当によかっ……。)
「この歌を歌うまでは帰らねえぞ! 誰がなんと言おうと、歌う、ここで!」
智篤が乱暴に部屋のドアを開けて入ってきたことに驚き、その拍子に遠ざかりかけていた意識が戻る。
(駅で待ってるはずの智篤がなぜ……? なぜ俺がここにいることを知っている……?)
頭が混乱する。そんな俺のことなど知るよしもなく、ギターを引っ提げた智篤は横たわる俺の横に立つとすぐにギターを鳴らし始めた。
「やめてください! ここは病院ですよ! しかもこちらの患者さんは絶対安静の……」
看護師の制止などものともせず、智篤は声を荒らげる。
「それがどうした! 何ヶ月も治療薬を投与されてきたこいつが治ってないのは、今の医療に限界があるからじゃないのかっ!! そもそも治す氣なんてないからじゃないのかっ!! ……自分たちはこいつの主治医じゃないって目をしてるな? だがな、僕に言わせりゃ医者なんてみんな同じなんだよ。僕はあんたらを信じない。信じられるのは僕らの歌だけ。僕らは……歌で拓海をよみがえらせる……!」
「歌で瀕死の人を救うだなんて、そんなの無理に決まってるでしょう? 馬鹿なことを言わないで下さい! あなたの頭、おかしいですよ! とにかく、出ていって下さい!」
「馬鹿はどっちだ?! 僕は絶対に歌うぞ。拓海に聞かせるためにここまで来たんだからなっ!!」
そこへ医師らしき男性が数人やってきて智篤を取り囲んだ。
「本当にこの患者さんのことを思うなら静かにすることです! これ以上言っても聞き入れてもらえない場合は警察に通報します!」
「あんたら、拓海のことをどれだけ知ってるって言うんだ?! こいつに一番効く薬は音楽なんだよ!」
「……音楽療法をお望みなら転院してもらっても構いませんが、命の保証はありませんよ」
冷静な医師の言葉を受け取ったのは、ずっとそばで静観していた麗華だった。
「智くん。お医者様の言うとおりにしましょう。少なくとも拓海は、ここに運ばれたから今、生きているんだもの」
「レイちゃん……! 本氣でそんなことを……」
反論しかけた智篤に麗華が寄り添う。そして耳元で何かをささやいたかと思うと、智篤は言葉をぐっと飲み込み、医師を睨んでから部屋を出て行った。
麗華が何を言ったのかまでは聞こえなかった。が、あいつがすんなりと抵抗をやめるようなことを言ったのは間違いないだろう。麗華は次に医師に向き直った。
「……お騒がせして申し訳ありませんでした。智くんは……今出ていった彼はもう大丈夫です。あの……」
麗華はそこで一度言葉を切ったが、躊躇いがちに続ける。
「そばにいても構いませんか? 拓海はあたしの……恋人なんです」
その言葉に驚いたのは医師ではなく、俺だった。かつて胸があった場所がじんわりと温かくなる。医師は俺の容態が落ち着いていることを確認したあとで「そばにいるだけなら差し支えないでしょう」と言った。
「ありがとうございます」
「ただし、少しでも異常が見られたらすぐに連絡して下さい」
「わかりました」
麗華の素直な返答を聞いた医師は安心したように頷き、部屋を出て行った。
再び静寂が訪れた。麗華は部屋の端にあった椅子をベッドに引き寄せて腰掛け、俺の手を取った。
「あったかい……。生きて会えてよかった……」
そう言って両手で包み込む。
(俺も会えてうれしいよ、麗華。まさか、迎えに来てくれるとは思ってなかった。)
声に出して言うも声帯が震えることはなく、俺の声はむなしく霧散した。
(せっかく「恋人」って言ってもらえたのに、この嬉しさを伝えられないなんてもどかしいな……。ましてやこのまま死んだら後悔しかねえ……。)
麗華がどんな顔で俺を見つめているか見たくて意識を身体に向ける。と、視点が麗華の顔がよく見える位置に変わった。
心配そうに見つめるその目には涙が浮かんでいた。ずいぶん泣いたのか、腫れぼったい。だけどそんな顔も愛おしくて抱きしめたくなる。
(ごめんな……。抱いてあげたいけど身体が動かないんだ……。)
思い通りにならないことが辛かった。そして何より、麗華を置いてこの世を去ることが辛かった。
その時、まるで俺の言葉を聞いたかのように麗華が言う。
「死なせないよ。拓海の命はあたしたちが救う。そう言ったでしょ?」
麗華は立ち上がり、カーテンと窓をそっと開けた。そして急に表情を変えたかと思うと深く息を吸った。
#
あなたの声が大好きで
ささやかれると嬉しくて
眠れぬ夜を過ごしたわ、何度も
一緒に月を眺めたね
見果てぬ夢、語りながら
聞きたいよ、君の声を
会いたいよ、今すぐに
大好きな君に……
#
初めて聞く歌だった。それもそのはず、歌い終わったあとで麗華が「今のはね、さっきタクシーでここに向かう途中に浮かんできた新曲なのよ」と教えてくれた。
「拓海……。もう一度あたしの名前を呼んで。その声でささやいて。……麗華、愛してるって……」
(ああ、何度でも言うよ。麗華、愛してる。愛してるよ……。)
俺の声が喉から出ることはなかったが、麗華は嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとう。拓海の心の声、ちゃんと届いたよ。うん、あたしも愛してる。本当にありがとう……」
どうやら俺の声は直接麗華の心に響いているらしい。麗華の鼓膜を震わせられないのは残念だが、想いが伝わったことに満足する。麗華が俺の手を握って言う。
「……大丈夫。すぐにここに戻ってこれるよ。智くんが、うまくやってくれる。だから、もう少し待ってて……」
麗華が言い終わるより早く、外からギターの音が聞こえた。これは智篤のギターの音……。短い前奏のあとで歌が聞こえ始める。俺はそれにじっと耳を傾けた。
33.<智篤>
「……外から歌って。あたしの歌声が合図。智くんの声量なら三階のこの部屋まで聞こえるはず。一緒に拓海を救おう」
これが、レイちゃんに耳打ちされた内容だ。部屋に乗り込んで拓海のそばで弾き語ろうと考えていた僕の作戦が浅はかだったことを思い知らされはしたものの、一分一秒を争う状況下では冷静な判断ができる人間の指示に従うのが正しいこともまた知っていたので素直に従い、部屋を出た。
階段を駆け下りながらよみがえるのは数時間前のこと。
僕は救急車の中で拓海にひどい言葉をかけ続けた。これで拓海が死んだら絶対に後悔すると分かっているのに癖付いた言葉遣いがやめられなかった。こんな自分が大嫌いだと唇を噛んだ。そして、こんな日を迎えるために今まで世を、人を罵り続けてきたのかと思うと悔やしくてしかたがなかった。
そう思うなら今すぐこの苦しみを手放そう。そしてニューワールドに行こうよ……。そう訴え続けてきたのは他でもない、「心の声」という名の「本当の僕」。
そう。レイちゃんに裏切られ、サザンクロスを解散したあとに生まれたのがこの、ひねくれ者の僕。だから僕はレイちゃんを恨み続けてきた。この身体の支配者であり続けるためだけに憎しみの感情を握りしめてきたのだ。
「本当の僕」は三十年間、ずっと僕を静観していた。しかし拓海が病み、レイちゃんとコンタクトを取ったことで状況は一変した。
「本当の僕」はレイちゃんが好きだったから、年末のライブで彼女が歌う「オールド&ニューワールド」を聴いても尚、彼女を赦さないと言い張る僕を懲らしめにかかったのは当然のことだった。だが、それが無かったとしても僕はきっと考えを改めたに違いない。それくらい、本氣を出した彼女の歌には力があった。
「闇」の歌詞でも「光」の声で歌えばその先には「ニューワールド」が待っていることを彼女は教えてくれた。そう、「オールド&ニューワールド」の歌詞のように、善と悪が一つになればそこがニューワールドになる、と……。
だが、古い世界と新しい世界を一つにするには僕らだけでは不十分。やはり間には拓海が必要だった。夜と昼の間に朝が存在するように、二つの世界はそのままでは決して繋がらない。
ひねくれ者の僕とレイちゃんを必死に繋ごうとしてくれた拓海。彼の働きによって僕は「本当の僕」やレイちゃんの言葉に耳を傾け、かつての自分を取り戻そうとしている。なのに、礼も言わないうちに拓海は倒れ、今にも死にそうになっている……。
あの時、急かさなければ……。
あの時、優しくしていれば……。
あの時、身体のことを思って禁煙を勧めていれば……。
そしてあの時、レイちゃんときちんと話し合おうと言っていれば……。
すべて僕のせい。取らなかった行動の積み重ねが拓海を死の淵に追いやった……。
――本当に君だけのせいなんだろうか? 拓海やレイちゃんはどうだろう? もう一度よく考えてみてごらん。
急に心の声が、「本当の僕」の声が聞こえてきてハッとする。振り返ってみれば確かにすべてが僕のせいとも言い切れない。選択肢は拓海にもレイちゃんにも等しくあったはずだ。
あの時、僕の言葉など無視してゆっくり行くと一言いってたら……。
あの時、進んで禁煙してくれてたら……。
あの時、リーダーらしく僕らをまとめてくれていたら……。
あるいはあの時、僕らにひと言相談する勇氣を持ってくれていたら……。
『あたしが智くんに謝ったら、智くんも自分のことを赦すの。』
拓海の部屋で新年を迎えたあの日にレイちゃんが言っていたことの意味が、ここへきてようやく分かった。
あの日、レイちゃんは僕に謝った。が、同時に自分自身にも謝り、赦したのだ。責め続けた本当の自分自身を。それは決して過ちを正当化するものではない。傷つけてしまった相手と同様に苦しんできた自分を認め、愛するために彼女はああ言ったのだ。
そう、後悔しているのは僕だけじゃない。誰もが時に選択を誤り、あの時こうしていればと思いながら生きている。けれど、そこに囚われ続けて生きる人と、今度は間違えないぞと思いながら生きる人とでは、きっと次の選択肢が、未来が変わる。
(だけど今、赦すのか……? 僕が僕を……? 拓海が死ぬかもしれないって時に……?)
頭と心が混乱した状態のまま建物の外に出る。
*
病院の駐車場まで降りてきた。ちょうどそのときレイちゃんの歌声が聞こえてきた。約束通りだ。僕は声のする方に急ぎ足を向け、拓海の病室を特定する。そして聞こえてきた歌の歌詞をなぞりながら、やはりレイちゃんは拓海を想っているんだと確信する。
(こんなにも健気な彼女を置いていくつもりか? 死んだら承知しないぞ、拓海……。)
歌声が聞こえなくなった。次は僕の番だ。
(二人で作った君のための歌だ……。耳の穴をかっぽじってよーく聞いとけ!)
病室の窓を睨み付けながら深く息を吸う。静かにギターを鳴らし、歌い始める。
#
朝日と共に響く
まっすぐな君の歌声は高く
かなたまで届け
僕らの世界 貫くように
君とあなたと僕
三つの音が重なれば
無敵になれるんだ
ゆこうまだ見ぬ明日へ
ハーモニー 大地も震えるほどに
ギターと歌を響かせ
永遠に 君の命続くように願う
#
夜明けの空に祈る
どこまでも君と生きれるようにと
宇宙まで届け
僕らの歌を 星にのせて
君とあなたと僕
三つの夢が叶えば
そこは新しい世界
描こう未来 手を取り合って
ハーモニー 風に乗せて届けよう
希望の歌を奏でて
永遠に 君の歌聴けるように願う
最後まで僕を咎める者はいなかった。それどころか車のエンジン音、いや、風の音一つ聞こえなかった。まるで異空間に移動してしまったかのように思われたとき、まさにそうだとしか思えない出来事が起きた。突如としているはずもない拓海の声が聞こえたのだ。
『最高だったよ、智篤。本当によかった。ありがとう……』
「そばにいるのか……? まさかもうこの世にいないなんて言わないよな……?」
辺りを見回すが人氣はなく、再び静かな声だけが聞こえる。
『……一応まだ生きてるから安心しろ。お前の氣持ち、伝わったよ。もう一度礼を言う。ありがとう』
「伝わったなら……! 伝わったならちゃんと自分の身体に戻れよっ……!」
『戻れって言われても……。お前がそんな調子じゃ戻れないなぁ……』
「どうすればいい……? 何でもする……!」
『本当に何でもするか?』
「拓海が戻ってくるためなら何でも……! 僕を病氣にしてくれたっていい……!」
本氣でそう言うと拓海に笑われた。
『お前、どんだけ自分をいじめるつもりだよ? もうさ……。やめようぜ、そう言うの』
「やめるって、どうやって……」
『赦すんだよ、自分自身を。俺が病氣になったのはお前のせいじゃない。途中で倒れたのもお前のせいじゃない。仮に死んだとしても、死ぬのは人の宿命だからましてやお前のせいじゃない。……お前は充分苦しんだよ。だからこれ以上恨んでるフリをするな。ほんとの自分に優しくしてやれ』
「…………! 拓海まで同じことを……!」
彼の言葉は心の扉を優しく開け、淀みを綺麗に洗い流していった。肩に、いないはずの拓海の手の温もりを感じる。僕はそこに右手を重ねた。
「自分の心を守るためにはそうするしかなかったんだっ……! 誰かのせいにしなければ生きていけなかったんだっ……!」
『頑張ったよ、お前は。だからもうニューワールドに行こう。いい加減、前に進もう』
「だけど……! だけどそこには拓海もいてもらわなきゃ困る……! 僕とレイちゃんを繋ぐ役は君しかいない……! 君がいて初めて僕らのニューワールドは完成するんだ……!」
『じゃあ、自分を赦せ。本当の自分を解放してやれ』
正面からまっすぐに見つめられているような氣がした。リーダー命令でも何でもなく、拓海は心から僕を想いそう言ってくれているのが分かった。抵抗する理由は一つもなかった。
「……わかった。赦すよ、自分自身を。そしてこれからはその過去を糧に新しい世界へ行く。……君と共に」
『……行けるかな』
「僕は約束を守った。次は君の番だよ。君はまだ、三十分以内に戻れといった約束を果たしていない」
『そうだったな……。聴かせたい歌もあるし、麗華にも会いたいし、戻らないといけないよなぁ……』
拓海ははっきりしない調子で言った。直後に肩に感じていた温もりが消える。
「拓海……?」
『……もう一度歌ってくれ。今度は麗華と一緒に。その歌を手がかりに、なんとかやってみる』
そばに拓海の気配を感じたかと思うと、それはすうっと風に乗って僕が見ている三階の一室に飛んでいった。僕は踵を返し、急ぎ拓海の病室に駆け戻った。
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