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【連載小説】「愛の歌を君に2」#7 真夜中の話し合い


前回のお話(#6)はこちら

前回のお話:

満を持して配信した「星空の誓い」のミュージックビデオは多くの人に視聴された。ショータの次なる提案により、ミュージックビデオをブラックボックスに再現させると人氣に火が付き、特に若者たちの間で話題となった。いよいよこれからだ、というとき。ユージンからリオンが一人、メジャー契約をして離脱したと告げられる。

19.<麗華>

 あたしと智くんは声を上げ、拓海は目を丸くした。ショータさんだけは「悪いシナリオが発動しちゃったか。こりゃあ参ったなぁ……」と、口では言いながらも驚いてはいない様子。先ほど聞いたとおり、これは彼の中では想定しうる出来事だったのだろう。

 いや、あたしもその可能性が頭をよぎってはいた。でもまさかね、と思っていたところにそんな話が飛び込んできたもんだから動揺しているのだ。

 仲間を裏切って一人でメジャー契約をした……。まるで若いころのあたしを再現したかのような話に胸が痛くなる。そしてひどく憤るユージンとセナをみてもっと苦しくなる。三十数年前の拓海と智くんもきっとこんなふうにしてあたしへの怒りを爆発させていたに違いないからだ。

「カネ、カネ言ってたけど、まさかホントに金に釣られて単独行動するなんて頭がいっちゃってるとしか思えない! 皆さんもそう思うでしょう!?」

「それも、詳しい話すらせずに『ちょっと夢、見てくるわ』って、それだけ言い捨てて出てっちゃったんだよ?! もー、信じらんない!! アタシたち、三人で活動してるのに!! 見捨てられた氣分!! サイアク!!」

 ――分かるよ、分かる。お前らの氣持ちはよーくわかる。俺たちもまったく同じ目に遭ってるからな……。

 拓海の手話を、智くんが感情を込めて伝える。

 それは兄妹きょうだいにとっては慰めの言葉だったかもしれない。が、あたしにとっては嫌みにしか聞こえなかった。もちろん今は、拓海も智くんも当時の感情を清算しているとは思う。しかし彼らがそういう体験をしたのは事実だし、思い出そうとすればきっと当時の怒りや憎しみはすぐにでも思い出せるはず。何しろ人生の半分近く持ち続けたそれらの感情を手放したのはつい最近のことだから。

 その証拠に、智くんは目を三角にする二人にこう告げる。
いかりの感情を閉じ込める必要はない。おこりたければとことん怒ればいい。音楽作りの糧になるからな。……ウイング結成当初に作った曲は特にそうだった。今、改めて思い返すと本当に怒り狂ってたのがよく分かる」
 
「そんな話聞いたら、エレキかき鳴らして叫びたくなるじゃないっすかっ!」

「なら、そうすればいい。とりあえず、うちへおいで」
 落ち着いて見える智くんはしかし、何度も深呼吸をして冷静になろうと努めているようだった。きっと頭の中では様々な感情や思考が渦巻いているに違いない。
「……みんなで対策を練ろう。ショータも一緒に来てくれるな? って言うか、こうなったからには、そして最悪のシナリオを脱する策を持っているなら聞かせてくれないと困る」

「もちろん、そのつもりですよ。……はぁ、今日も徹夜仕事かぁ」
 ショータさんは深くため息をついたかと思うと、胸ポケットから煙草を取り出して吸い始めた。

 ――おい、イライラするからって吸い過ぎるなよ。俺みたいになるぜ?

 すっかり禁煙家になってしまった拓海が忠告した。しかしショータさんは聞く耳を持たず、むしろおいしそうに煙を吸い、長く吐き出した。

「ご心配なく。自分は歌手じゃありませんから声を失っても仕事は出来ます。多分ね……」
 



 駅から二十分ほど歩き自宅に到着する。家に上がったあたしはまず、若い二人をスタジオに通す。

「氣の済むまで弾いたり歌ったりするといいわ。あたしたちはリビングにいるから」

「ありがとうございます。それじゃあお言葉に甘えて……」

 落ち着きを取り戻しているように見えた二人は丁寧にお辞儀をしてスタジオに入ったが、直後に大声を上げた。防音ドア越しでも漏れ聞こえるほどの声量。相当に鬱憤うっぷんが溜まっているようだ。

「こりゃあ、しばらくは出てこないだろうな……」
 智くんと拓海は二人を見送ったあとでリビングのソファに並んで腰掛けた。リラックスしたのか、そこでようやく彼らが口を開き始める。

 ――さっきから一度も発言してないけど、麗華はこの一件、どう思う? 意見を聞かせてくれないか?

「ああ、僕もそれを聞こうと思ってた。さっきは彼らをなだめるのに必死だったから先送りしちゃったけど、レイちゃんが何も考えていないはずはないからね。何しろ……」

「……若いころのあたしたちと同じだから、でしょ?」
 智くんの言葉を奪うように言うと、二人はなんとも言えない表情で頷いた。

「思うところがありすぎてさっきから胸が痛いわ……。だけど、もし正直に言わせてもらえるのなら……」
 一度言葉を句切り、反応を見る。二人が黙って頷いたので続ける。
「これは実体験から推測して言うことだけど、リオンはお金で動いたんじゃなくて、単純にメジャーへの憧れや腕試しのつもりで話を受けたんだとあたしは思う」

「……つまり、リオンには何の非もない、と?」

「いいえ……。彼らの話によれば、リオンはおそらく相談も無しに決めてしまったはず。それについては愚かなことをしたとあたしも思う。自戒の念も込めてね……。だけど変だと思わない? あたしたちの解散の経緯はイチから話してるのに同じようなことをするかしら? バンドとしてうまくいってるなら尚のこと。あたしは、何か考えがあっての行動だと思いたい」

「ふーむ……。麗華姉さんがリオンを守りたい氣持ちは分かります。自分もそうであって欲しいと本氣で思う。だけどここでは一応、リオンが裏切った最悪のシナリオから大逆転のシナリオに持って行くストーリーを話し合いましょう。それが最も建設的です」

「そうね……」
 仕事として話しに来ているショータさんは冷静に告げた。この場に感情論は不要だと言うことなのだろう。そういう意味においては若い二人をスタジオに誘導したのは賢明だったと言える。

 ショータさんは「さて……」と言い置いてから話し始める。
「まずは自分の考えをお話ししましょう。最悪のシナリオ……つまりこうなってしまったあとの選択肢は一応三つ用意しています。ひとつは裏切り者を切り捨てる。二つ目は説得の上で連れ戻す。三つ目は違う協力者を募る、です」

「ふん……。そのうち二つはブラックボックスを切る作戦か。冷徹だな」

「そうは言いますがね。智篤兄さんたちだって同じことをしたわけでしょう? この世界で成功するためにはそれも仕方のないことだと知っているはずです」

「あの頃はまだ……」

「若かった、とでも? 若かろうが年寄りだろうが同じことです。利用できるものは利用する。いい話があったら逃さず掴む。そうしなければ大きく花開くことは出来ません。言っちゃあ悪いですが、ウイングとレイカの差はそこにあります」

「……てめぇ、もういっぺん言ってみろ!!」
 カッとなった智くんがショータさんに突っかかった。

 ――確かに、いくら何でも言い方ってもんがある。今のは俺もカチンときた。
 続けて拓海までもが苛立ちを顕わにし始める。

(このままではあたしたちの仲まで悪くなってしまう。せっかくかつての仲を取り戻したのに、また振り出しに戻ってしまう……。)

 危機感が思考をフル回転させる。そう言えばさっき、ショータさんは二つ目の案として説得の上で連れ戻す、と言っていたっけ……。

「智くん、落ち着いて。あたしに考えがある」
 ショータさんに詰め寄る智くんを引き剥がし、ソファに座らせる。

「……何だよ、考えって」

 まだ興奮している彼はあたしに対しても苛立ちを向けた。そんな彼の目を見て言い放つ。
「あたしがリオンを説得する。これはメジャーにいたあたしにしか出来ない」


20.<拓海>

 麗華の言葉を聞いた俺は、驚きつつも名案だ、と思った。話し合えば更に溝は深まるかもしれないが、互いの考えを知ることは出来る。かつての俺たちが、それをしなかったためにより溝を深め、何十年もいがみ合ったことを思えば、結果はどうあれ、ここはリオンの考えを聞くのが正解だろう。

 ――智篤。ここは一旦、落ち着こう。
 麗華の言葉を聞いてソファから立ち上がったあいつをもう一度座らせる。

「ふん……。その言葉、そっくりそのまま返してやる」
 ぶっきらぼうな返しだったが、ソファに背を預けたところを見る限り、一応、話を聞く体勢にはなったようだ。それを見てショータが呆れたようにため息をついた。

「よくそんな性格でここまでやってきましたね。おっと、またしても失言を……。今のは忘れて下さい。で、話を戻しますが、麗華姉さんは説得する案に乗ろうと……。そういうわけですね?」

「ええ。ショータさんの提案の中で唯一、成功すれば全員が救われる案だもの。他に案が出ないならそれに賭けるしかないでしょう」

「しかし一番苦労を伴う案です」

「そんなのは百も承知よ」
 
 そこへちょうど、若い二人がスタジオから姿を現した。ひとしきり発散したのか、先ほどよりは落ち着いて見える。しかし、俺たちと目があった途端、今にも愚痴をこぼしそうな表情に変わる。また感情論が始まる前にと思ったか、麗華がすかさず質問をする。

「単刀直入で悪いけど、リオンがメジャー契約を交わしたところってどこか知ってる? 近日中にもあたしがリオンを説得しに乗り込もうと思っているんだけど」

「説得ぅ?! そんなことが出来るとは思えないけど!」
 やはりセナはまだ怒りの種が残っているようで激しく反論した。一方のユージンは大人の対応を見せる。

「確か……麗華さんが所属してた事務所だったかと」

「そう……。手口からしてそうじゃないかと思ったけど、インディーズいじめのことではいろいろと言いたいと思ってたところだからちょうどいいわ。教えてくれてありがとう」

 ――なぁ。麗華にしか出来ないって言うけど、まさか一人で乗り込むつもりじゃないだろうな?

 心配になって問うと、案の定「そうだけど?」と返ってきた。

 ――そうだけど? じゃねえよ。いくなら俺も行く。言ってやりたいことがあるのは同じだからな。

「いいえ……。リオンとは一対一いったいいちで話さないと意味がないから」

 ――だけど……!

「確かに……。もしここで僕らが三人で、あるいはきょうだいも込みで乗り込んだ場合、余計に反発される氣はするな。力尽くで連れ戻しに来たのか、ってね」

「そういうこと」
 智篤の発言に麗華は頷いた。

「拓海は心配なのさ。レイちゃんが再びあちら側になびいてしまうんじゃないかって」

 ――おい……! 俺は、そんなこと……!

「まぁまぁ……。ここで争うのはやめましょう」
 再び嫌なムードになりかけたところでショータがタイミング良く間を取り持った。そしてこう続ける。
「しかし、自分の提示した案の一つを採用する前にブラックボックスの意見も聞いておきましょう。君たちは裏切り者のリオンに戻ってきて欲しいと思う? そこが一番重要なポイントだ」

 二人は顔を見合わせた。言いたいことは山ほどあるぞ、と言いたげな表情。しばらくしてユージンが重い口を開く。

「正直な話、まだ氣持ちの整理が出来ていません。本当に数時間前に起きた出来事ですので……。ただ……このまま仲違なかたがいした場合の未来は見えてるから、オレとしてはその未来が避けられるなら避けたいと思う」

 彼の目が俺と智篤を交互に見た。

 ――よく言った、ユージン。そうだ。俺たちと同じ決断を下した場合……残念ながら明るい未来は待ってない。たとえ食うに困らないミュージシャンになれたとしても、心はずっと満たされないからな……。

「セナの方は?」
 ショータが尋ねる。

「実を言うと、隣にリオンがいないまま過ごせる自信がないんだよねぇ。だってアタシたち、生まれたときからずうっと一緒だったんだもん。そりゃあ、戻ってきてくれるならそれが一番いいよ。もちろん、同じ方を向いてることが大前提だけど」

「まとめると、ブラックボックスの二人もリオンには戻ってきて欲しい、と言うことだな?」
 二人は頷いた。

「オーケー。それじゃあ麗華姉さんには交渉の席についてもらうことにして……。その次のシナリオについて話し合いましょう。リオンの態度が友好的かそうでないかによって、次の行動が変わってきますからね」

 こうして話し合いは深夜まで続いた。


21.<智篤>

 結局、来訪の三人は我が家で一泊することとなった。話し合いが終わったころには皆、へろへろで帰宅する氣力すらなかったからだ。

 僕自身もひどく疲れている。今すぐにでも寝てしまいたい。なのにベッドに横たわった僕は、目の前で数十年前と同じ出来事が繰り返されたことの意味について考え始めてしまう。

 若かったあの頃。人生、こんなに楽しくていいのかと思っていた矢先、僕と拓海は天から見放され、崖下がけしたへ突き落とされた。なぜ今のまま最高の人生を続けさせてくれないのか、と天の神をも恨んだ。しかし、長い年月を、赦すことを知った今、改めて振り返ってみると違う感想を持つ。

 楽しい日々は実に甘美だ。それゆえ誘惑的であり、人を怠惰にも傲慢にもさせる。当人にその自覚がなくても、天から見て調子に乗っていると判断されればきゅうえられる。きっと、そう言うことなのだろう、と今は思う。もちろん、過去のことだから如何様いかようにも解釈できるわけだが、とりわけ若いころは自分視点でしか考えられなかったことが解散劇に繋がったのは間違いない。

 灸を据えられた僕は拓海の生還を機に、抱き続けてきた負の念や後悔のすべてを手放したつもりだった。それでも未だ「やり直せたら……」と思うことはある。いま、新たに立ち現れたブラックボックスの分裂危機が、その思いが形になったものだと考えるのは、少々、突飛すぎるだろうか。しかしそう考えた方が僕としてはしっくりくる。彼らと共にこの危機を乗り越えたとき、傷ついた「あの頃の僕ら」は完全に癒やされ、いよいよ高みに向かうことが出来る。そんなふうにさえ思う。

 寝返りを打ち、拓海が寝ているベッドの方に身体を向ける。と、彼も起きているらしく目があった。拓海が起き上がって何か言いたげに手招きしたので、僕も身体を起こし、彼の隣に腰掛けた。

『むかしのことを、かんがえてんだろう?』

 拓海は手を使わず、ゆっくりと口だけを動かした。半年間、それも四六時中、彼の口の動きを読んできた僕は、落ち着いた環境であれば、手話がなくても言っていることがだいたい分かるようになっていた。それどころか、昔みたいに声帯を震わせてしゃべっているかのようにさえ感じる。

 僕はもう一つのベッドに目をやり、レイちゃんが眠っているのを確認してから小声で話す。

「ああ、昔のことを、考えていた」

『だと思った。まぁ、リオンの行動を思えば嫌でも考えちまうのは分かるけど』

「……そういう拓海はどうなんだよ?」

『俺は今後の流れについて改めて考えを巡らせてたとこだよ。一応、麗華に任せるってことにはなったけど、一人で古巣に殴り込みに行かせるのはやっぱり不安があるからな。だって、新たな人生を歩もうとする麗華の道をあえて塞ぎに来るような組織だぜ? 話し合ってどうにかなるわけがない。お前だって薄々そう思ってるだろう?』

「そうだな……。話し合ったとおりに事が進むのを祈るばかりだが、何せこちらは権力も金もないインディーズバンド。相手にそれらを振りかざされたら勝ち目はないだろう。それでも立ち向かわなきゃいけないわけだけど」

『世界征服を成し遂げるためにも?』

 問われて、小さく頷く。

「おそらく相手も僕らの動きくらい読んでいるだろう。そして大したことは出来ないと舐めてかかってくるだろう。……なぁ、拓海」

 名を呼んでから耳打ちをする。

「僕らだけで、誰も予想できないような手を一つ、用意しておかないか? ショータも思いつかないような奥の手を」

 これまでの僕らは何も考えてこなかった。ライブハウスのオーナーにもその性格を見抜かれてショータをあてがわれたほどだ。しかし、いつまでもそう思われっぱなしと言うのは面白くない。

『いいじゃん、その提案に乗るよ』
 拓海はにやりと笑った。
『そうそう。一つ、考えてたことがあるんだ。実はさ……』

 拓海の口の動きを読みとった僕は、自分と同じ考えだったことに満足した。

「さすがは拓海。僕もそう言おうと思ってたんだ」

『何だ。それじゃあ話は早い。……実行日は、麗華が事務所に乗り込みに行く日がいいだろうな』

「ああ……。泥臭く動き回って、僕たちの意地を見せつけてやろう」

 拓海は大きく頷いた。今こそ、横の繋がりの力を発揮するとき。大きな組織に属さなくても僕らの歌声を届けられるって事を証明してやる。

 自分たちでも動くと決めた途端、安心したのか急に眠氣が襲ってきた。
「ありがとう、拓海。やっぱり君は僕にとってなくてはならない相棒だ」

『お互い様だよ。さぁ、もう寝よう。おやすみ……』

「おやすみ……」
 再びベッドに潜り込む。今度は一分も経たないうちに眠りに落ちた。


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※見出し画像は、生成AIで作成したものを加工して使用しています。

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いろうた@「今、ここを生きる」を描く小説家
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