【連載小説】「愛のカタチ」#15(最終話)エピローグ ~二人の愛はトワにともに…~
いよいよ最終話となりました!
あれから約一年が経ち、18歳になった凜と斗和。
ぜひ最後までご覧下さい(*^-^*)
凜
私の膝の上にかわいい女の赤ちゃんが座っている。もちろんこの子は、半年前に生まれたエマ姉の子。名前はサアヤ。エマ姉が予想した通りの美人さんだ。
浮気性の大介さんも、春にサアヤが生まれてからはきちんと家に帰るようになり父親をやっている。サアヤがかわいくてかわいくて仕方がないらしい。今日だってハーフバースデーパーティーを開くと言い出したのは大介さんだ。斗和にケーキを作らせ、記念に残る写真を撮るためウォールステッカーまで用意する念の入れ用である。
かくいう私も、サアヤが膝の上でご機嫌にしていると嬉しくて終始笑顔になってしまう。赤ちゃんの笑顔のパワーは絶大だ。
「そういえばどうなの? 凜ちゃん」
サアヤをあやしていると、エマ姉が私の耳元に口を寄せてささやいた。こちらも小声で返す。
「どうって?」
「斗和との関係よ。二人が付き合ったのって去年の秋だから、まもなく一年になるじゃない? そろそろセックスしたのかなと思って」
「ええっ?! セ、セ、セ……」
「やだあ、凜ちゃんったら真っ赤になっちゃって、かわいい♡ 冗談に決まってるじゃないの。斗和も凜ちゃんも奥手そうだしねえ」
「も、もう……! エマ姉ったら、からかわないでよぉ!」
母親になり、一皮むけてしまったエマ姉には恥じらいがなくなってしまったのだろうか。それとも本気で私たちを思っての発言なんだろうか……。いずれにせよ、斗和と裸になっている姿を想像しただけで顔から火が出そう。
というのも、斗和と交際して一年近くが経とうとしているが、私は相変わらず熱を上げることもなく、関係の深め方は極めてゆっくりだから。身体を求め合うなんて、今の私には考えられない。
それは単に私の性格のせいだけでなく、一つには橋本の存在も大きい。彼が常に目付役になっている格好だから、なんとなく一歩踏み込んではいけないような気持ちになるのも事実なのだ。
それに私たちにはまだまだやりたいことが、二人の距離を縮めるよりも優先したいことがある。赤ちゃんは確かにかわいいけれど、人として、生命を育むお役目はもう少し先にとっておきたいのだ。
「姉ちゃん。今、凜に何か言ったろ! ここから何も見えていないと思って変なことを吹き込むなよ?」
ケーキ作りに忙しいはずの斗和が、対面キッチンの陰からひょっと顔を出してこちらを睨んだ。斗和の顔を見たとたん、さっきの妄想がよみがえってきて思わず目を伏せる。
しかしエマ姉は隠すどころか正直に言う。
「あんたが凜ちゃんの身体に手を出してないか確認しただけよ」
今度は斗和が顔を赤くする。それを見た大介さんもからかう。
「うわっ、斗和のやつ赤くなってらあ! 意外とウブなんだなあ、ハハハ!」
「ダイ兄も姉ちゃんも勘弁してくれよぉ!」
困り果てた斗和を見て当人たちは笑った。なぜかサアヤまで笑い出す。
「今日の主役はサアヤじゃなかったのかよ? ほら、赤ちゃん用のケーキ作ったぜ? 大人用はもうちょっとかかりそうだから先に写真だけ撮っとけよ」
斗和はぶっきらぼうに言いながら小さなお皿にのせたケーキをテーブルに置いた。
「うわあ! かわいいケーキ! さっすが斗和。ねえ、パパ。カメラ、カメラ」
「よぉし! おいで、サアヤ。ここに座って写真を撮ろう」
斗和の誘導でなんとか話の流れを変えることが出来たようだ。私はサアヤを大介さんに手渡して席を立ち、怒っているやら戸惑っているやらよく分からない顔の斗和の隣に並んだ。
すかさず斗和が私の肩を抱く。びっくりして見上げるが、やっぱり気恥ずかしくなって目を伏せ、そっと頭を肩に寄せた。斗和が言う。
「ごめんな、姉ちゃんが変なこといったみたいで。気にしなくていいから」
「んー、大丈夫よ。……私こそ、ごめんね。あまり積極的になれなくて」
「いんや。おれらにはおれらのペースってもんがある。二人には勝手に言わせときゃいいさ。それより……この会が終わったら二人で出かけないか? 都内で気になるカフェを見つけたんだ」
この頃斗和はいろいろなカフェやケーキ屋さんを見つけては私を誘う。食べてばかりだから体重が増えてきたのは内緒だけど、斗和と一緒においしいものが食べられるのは私も嬉しいからつい話に乗ってしまう。
「もちろん、いいよ。……あれ、今『二人で』って言ったよね? 橋本は誘う?」
「なんでそうなる?! おれは凜と二人がいいんだって! あいつに気を遣いすぎだよ」
「あ、ごめんごめん! でもさ、お土産買って帰ろうよ。きっと喜ぶと思うんだ」
私が言うと、斗和は深いため息をついた。
「……やれやれ。姉ちゃん、残念ながらおれたち、その域に達するのは当分先だわー」
「え? 私また、何かおかしなこと言った?」
「ん、いいよいいよ。おれ、全然気にしてないから……」
斗和
……って、そんなわけねーだろっ!!
心の中で自分にツッコミを入れる。最近、一人漫才も板についてきたような気がして、ややさみしさも覚え始めたところだ。凜の天然ぼけっぷりには脱帽するよ、ほんと。
写真撮影を楽しんでいる姉を睨み付け、心の中で毒づく。
おれが奥手だって? 冗談言うな。今この瞬間にだって、凜さえ「うん」と言ってくれたらどこからでも食べてしまいたいくらいには溜め込んでんだ。できるものなら、姉ちゃんの性欲を凜にも分けてやって欲しいもんだ。紳士を演じるのもいい加減、疲れたよ……。
☆ ☆ ☆
大人も交えたパーティーを終えたおれたちは、電車に乗ってお目当てのカフェに向かった。
午後のカフェは混み合っていて空席はなかった。仕方なく、それぞれに好みのコーヒーと焼きたてのスコーンをテイクアウトし、近くの公園のベンチで食べることにする。
「ここのカフェのスコーンは絶品らしいんだ。味を覚えたらまた再現してみるつもり」
「斗和ったら研究熱心ね」
「しゃーない。それより、温かいうちに食べようぜ。いただきます」
「いただきまーす。……わあ、あまくておいしい! 焼きたてはやっぱりひと味違う気がする!」
「だろ? ……んー、これは砂糖にもこだわってる感じがするなあ。忘れないうちにメモしておこうっと」
おれがスマホのメモ機能に記録している間も、凜はスコーンを両手に持ってさも幸せそうに頬張っている。ああ、この顔。ほんっと、見てて飽きないんだよなあ。
じっと眺めていると凜が気づいて「見つめないでよぉ」と照れくさそうに下を向いた。そんな仕草さえかわいすぎて、おれはスコーンを食べるどころではなくなってしまう。
(やっぱり、言おう……)
おれは決意を固めた。
ずっと考えてきたことがある。言うなら「進路が決まった時に」と思っていたけど、もう待てない。おれは凜の膝に手を置いた。
「なあ、凜」
「んー?」
「……二人で暮らそう」
「……んん?! ちょ、ちょっと待って……!」
凜は慌ててデカフェコーヒーを口に流し込んだ。何度か咳払いをし、呼吸を整える。
「……もう一度、言って」
「……卒業したら、凜と二人だけで暮らしたい。だってもっと凜のこと知りたいから」
凜は少し考えるように視線を泳がせてから、
「それって……さっきエマ姉が言ってたような関係を持ちたいってこと……?」
「18歳はもう大人だ。何をするにも、誰の許可も要らない。っていっても、凜の許可は要るんだけど……」
「…………」
凜は黙り込んだ。おれは溢れる思いを告げる。
「凜がおいしそうに食べてるところも好きだけど、凜の身体も好きになりたい……。もっと、触れたいんだ……」
「……もう。斗和ったら情熱的だなあ……」
はにかみながらも凜はおれの目をしっかりと見つめた。思わずドキリとするが、この胸の高鳴りがなんとも心地いい。額を付き合わせると、凜がささやく。
「私……太ってるよ?」
「気にしない」
「胸もないよ?」
「気にしないってば」
「下着だってこだわってないし」
「そんなの、どうでもいい……。おれは……おれはありのままの凜を抱きたいんだ……」
「そっか……」
納得したのか、凜はそういうなり、おれの背中に腕を回した。
「斗和がそう言ってくれるなら……いいよ。卒業まで時間はあるし、それまでには心の準備をしておく。……だから……待っててくれる?」
「あと半年くらい、待つよ。……凜、大好きだ」
おれも力一杯その身体を抱く。花のような髪の匂い。布団に包まれている時のような、安心する身体のにおい。服越しでも分かる、もっちりとした肉体……。そのすべてが愛おしい。
「私も好きよ、斗和。……こんなにも愛してくれてありがとう」
凜は言って唇を寄せた。重なった唇の柔らかさと温もりに脳が溶けそうになる。日没が訪れたことにさえ気づかぬほどに、おれたちは長い間二人の世界に浸っていた。
☆ ☆ ☆
寒風に肌を刺され、おれはようやく現実に舞い戻った。
「……帰るか」
「そうだね」
おれは着ていた上着を脱いで凜に羽織らせ、手を繋いだ。握り返す手の感触を、今日という日をいつまでも覚えていようと思った。そして今、この瞬間の幸せを噛みしめながら家路に向かった。
――end――
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