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【連載小説】「さくら、舞う」 3-3 すれ違う想い
前回のお話:
父親たちがサザンクロスのライブに登場した経緯を聞いたさくらと舞は、さらなる不満を募らせ、家を出て行った。放っておけないユージンは後を追い、公園にいた二人を発見する。怒っている理由を詳しく聞いてみると、二人とも父親に認めてもらえなかったと感じていることが分かり共感する。
その後、家に帰ったはずの悠斗がまなと一緒に公園にやってきた。女たちが戯れている姿を見ながらユージンと悠斗はそれぞれの思う「家族像」について語り合う。
ユージンが、バンドのメンバーはもう一つの家族だ、と話しているところへ拓海たちが姿を現す。悠斗に「いい『家族』を持って幸せだな」と言われたユージンは、改めて自分と彼らが「家族」であるかのように感じたのだった。
12.<悠斗>
まなの誕生日が過ぎ、桜の季節になった。満開の桜を見るといつも思い出すのは、しばらくの間一緒に過ごしていたオジイのこと。めぐや翼、舞の祖父に当たるオジイは数年前、みんなで楽しく花見をしたあとに亡くなった。残してきたオバアを氣にかけ、たびたび家に姿を現していたオジイだが、最後にはオバアを連れて旅立ち、それ以後は見かけていない。
◇◇◇
先に話したとおり、この時期は野上家が勢揃いして花見をしながら宴会するのが恒例だったが、今年は中止となった。妊娠が発覚しためぐの体調を氣遣って……と説明されたが、毎年音頭をとっているニイニイと舞の父子問題が未解決であることが最大の理由だろうと推測している。
とはいえせっかくいい季節だし、宴会ではなく、純粋に花見をしに行こうか。鈴宮家でそんな話をしていた矢先のこと――。
穏やかな日曜の昼下がりにインターフォンが三回、続けて鳴った。こんな呼び出しをする人物は一人しかいない。居間でくつろいでいたおれと翼、めぐの三人は目を合わせ、すぐに舞を立たせた。
「ど、どうしたの……? 急に慌てちゃって」
「どうやら父さんが訪ねて来たようだ。まだ顔を合わせられる状況じゃないんだろ? だったらダイニングルームに避難しておけ。一体何をしに来たのやら……。とにかく、いい知らせじゃないのは間違いないだろう」
兄である翼の言葉を聞いた舞はギョッとし、逃げるようにダイニングルームに引っ込むと、勢いよくドアを閉めた。
「ええと……。伯父さんのことは二人に任せちゃって大丈夫かな? 私は舞ちゃんを安心させたいから、まなと三人で一緒にいようと思うんだけど」
「ああ、そうしてやってくれ。なんなら翼も舞のそばに……」
「いや、俺はもう和解してるから大丈夫……。って言うか、これは勘だけど、父さんなら俺も面会した方がいい氣がするんだ」
「オーケー。それじゃ、おれたち二人で迎えよう」
そんなやりとりをしている時間すら待てないのか、再び三度、インターフォンが鳴った。
「どう考えても父さんだよな、あれは……。せっかちで困るよ、ほんっと」
翼があきれ顔でいい、めぐたちが避難したのを確認してから直接玄関に顔を出した。
「いるんなら早く応対しろよ……。こっちは急いてるってのに……」
ニイニイはイライラした様子で言った。自ら面会を買って出た翼だが、父親が初っぱなからこんな調子なので早速ため息をついた。
「人の家に来て最初に言う台詞がそれなの……? マジで迎え入れる氣ぃ失せるんだけど……!」
ややもすると扉を閉めようとする翼を後ろから制する。おれにはニイニイが慌てている理由がすぐに分かったからだ。
「落ち着け、翼。……今日の来客はニイニイ一人じゃない。どうやら……オジイとオバアも一緒のようだ」
「ええっ?」
翼は辺りをキョロキョロと見回した。そんな孫に微笑んだかと思うと、オジイとオバアはおれに正対し、にこやかに手を振った。おれには視えていると確信している証拠だ。
『路教に、舞ちゃんのことでいろいろ言ってやろうと思ったんだけど氣付いてくれなくてねぇ。挙げ句の果てには怖がっちゃって……』
『全くだ。情けないったらありゃしない。それで悠斗さんのところに行くよう仕向けたんだ。済まないね、悠斗さん。こんな息子だが、ちょっとばかり、じいちゃんたちの説教に付き合ってはもらえんか?』
「はぁ、そういうことですか……。分かりました。まぁ、とにかく中へ入ってください。……ああ、おれはニイニイに言ってるんですよ? どうぞ」
おそらく二人には独り言にしか聞こえていないだろう。しかしおれにはその姿が視えるし声も聞こえるから仕方がない。ニイニイは「やっぱりそうだと思ったんだよ……」とブツブツ言いながら家に上がった。
*
「で、両親はなんて言ってんだ? 言うとおりにするから、部屋のものを勝手に動かしたり足音を立てたりするのをやめろって言ってくれよ……。おっかなくて夜も眠れやしない……」
居間に通すと、ニイニイは座布団に座るなりそう言った。オジイオバアに目を向けると、二人は互いに顔を見合わせた。
『わたしたちが伝えたいのはたった一つ。舞ちゃんに自分の価値観を押しつけないでってこと。舞ちゃんには舞ちゃんの生き方があるし、これからの時代に沿った価値観を持って生きていって欲しいからねぇ』
『うむ。父親として心配する氣持ちは分かる。じいちゃんもそうだったからな。だけど――これは死んでから分かったことだが――どれだけ心配したって、子供は子供の信念でもって人生を決めていくものなんだよ。路教は、自分がそうして生きてきたことを忘れているようだから、それを思い出して欲しいと伝えてくれないか』
「なるほど……」
二人の言葉をそのまま伝えた。
「……そうは言うけど、父親なら子供の幸せを切に願うだろう? 翼の時は、相手が十一歳も年下の従妹ってことで氣を揉んだけど、結婚する氣があるって点では安心していたんだ。無事にまなちゃんが生まれて、この秋には二人目も誕生するんならもはや心配することは何一つない。……それに対して舞はどうだ? そろそろ結婚の話があってもいいんじゃないのか? 舞より五つも下のめぐちゃんに二人目の子供が生まれるってのに、恋人のこの字も聞こえてこない……」
ニイニイから舞の結婚を憂う言葉が飛び出したのを聞き、おれも翼も顔を見合わせた。きっと舞は、おれたちの知らないところで父親から、あるいは母親経由でそれとなくこのような話を聞かされていた……。だから家に寄りつかなかったに違いない。
案の定、翼がかみつく。
「舞は父さんの教えた野球を一生懸命やってるじゃん。なのに不満があるわけ? おれの時もそうだった。従妹との結婚は非常識だーとか、男のくせに幼稚園の先生になるなんてーとか。どうしてそうやって自分の型に子供を当てはめようとするかなぁ?」
「おれの型じゃない。おれはただ、お前らには一般的な生き方をして欲しいだけだよ。そこから外れれば必ず苦労する。不必要な苦労をして欲しくない。それだけのことなんだよ」
「不必要な苦労? それこそ父さんの経験や思い込みじゃないの? 余計なお世話だね!」
「……翼とじゃ、話にならない。ユウユウはこの件についてどう思う? ユウユウならもう少し客観的に見れるだろう?」
埒が明かないと思ったのか、ニイニイはおれに話を振ってきた。しかしおれだって翼とそう変わらない意見を持っている。
「……ニイニイはもう分かってくれたもんだと思ってましたが、違ったようですね。未だおれたちの生き方を理解できていないんですから。舞が話したがらないのも、オジイとオバアが霊界から降りてくるのもうなずけます」
「……んだとぉ?!」
「……おれは偉そうに言える立場には全然ないけど、結婚適齢期になったから結婚して子供をもうけるってのは、今の時代にはそぐわないとおれは思います。翼とめぐは縁があったから家庭を持ったけど、今は自分の人生を優先する人も多い。年齢だけを氣にして結婚を語るべきではないと思うんですが……」
「そ、そりゃあそうかもしんないけど……。そうだ……! 舞には……舞自身には焦りがあるんじゃないのか? だから仕事に打ち込めず、こんなところにいるんじゃないのかよ?」
追い込まれたのか、ニイニイはここにいない舞を引き合いに出した。「こんなところ」で悪かったな、と思ったがそれは黙って聞き流すことにする。
「否定はしませんが……。答えは舞自身が出さなければ意味がありません。少なくとも焦りや不安があるうちは何も解決しないでしょう。ただ、舞はずいぶん癒やされてきています。新たな出会いも刺激になっているようだし、ニイニイが過度に刺激しなければ近いうちに話し合いの席にもつけると思っています」
「まるでおれが余計なことをしに来たと言わんばかりだな」
「拗ねないでくださいよ。誰もそんなことは言ってませんって……」
その場にいる全員がため息をついた。しびれを切らしたのか、オジイがニイニイの後ろに回った。
『お前はただ子供たちの幸せを望めばいいんだよ』
『そうですとも。子の成人後、親に出来るのは見守ることだけ。……そりゃあ、血を分けた子供というのはかわいいし、手を焼きたくなるけれど、つばさっぴも舞ちゃんも、もう自分で自分の人生を切り開く力を持ってる……。悠斗さん。路教に、子供たちの力を信じなさいと伝えて頂戴』
二人の想いをおれから伝える。するとニイニイはハッとしたように顔を上げた。
「それって、この前ユウユウが言ってたことと一緒じゃねえか。つまりあれか? おれには子供を信じて見守る胆力が足りねえと?」
オジイとオバアがうなずくのに合わせておれも首を縦に振る。苛立つニイニイに追い打ちをかけるように翼が苦言を呈する。
「父さんは極端なんだよ。完全無視か、めちゃくちゃ氣にかけるか。もっとこう……バランスよく接することって出来ないもんかなぁ?」
「おれは中途半端は嫌いなんだよ。すべては『やるか、やらないか』のどちらかしかない。人生は有限なんだぜ? 悩んで立ち止まってる暇はない。舞にはさっさと、復職するなり転職するなり結婚するなりを決めてほしいもんだ」
いかにも野球人らしい、根性論が語られた。オジイやオバアが霊界から降りてきてまで言ってもダメ。この頑固頭はそう簡単には変えられそうもない。誰もが諦めかけたとき……。
「それが出来ないから悩んでるんじゃない! お父さんはわたしの氣持ちなんて一個も分かってない! 出て行って! 二度とここへ足を踏み入れないで!」
ドアが開いたかと思うと舞が涙目で訴えかけた。そばに寄り添うめぐとまなも、舞に同調するように目を潤ませている。そんな女たちの顔を見てしまっては、これ以上話を長引かせることは出来ない。
「……ニイニイ。聞いたとおりです。今日はこれで帰ってください」
しかし彼はおれの言葉を無視し、舞に向かって問う。
「……舞。おれの何が氣にいらないってんだ? はっきり言ってくれ。そうしたらおれも……」
「言わなきゃ分からない鈍感な野球人なんて大っ嫌いっ!!」
舞は顔を真っ赤にしてそう叫ぶと、その場でわんわんと泣き始めてしまった。おれと翼は不服そうなニイニイをなんとか家の外に連れ出した。
『あとはじいちゃんたちがなんとかする。力不足で申し訳なかったね……』
霊体のオジイがニイニイの体を押せるはずもないが、その言葉が聞こえたあと、ニイニイはなぜか素直に我が家から去って行った。
*
部屋に戻っても舞は大声で泣いていた。あんまりひどいので思わずめぐに助けを求める。
「……めぐ。舞が飛び出すのを止められなかったのか?」
「止めようとはしたんだけど、舞ちゃん、いても立ってもいられなくなったみたいで……」
「あー……」
舞が最後に放った一言にすべてが集約していたように感じた。ニイニイが訪ねてきたことで治りかけていた失恋の傷が再び開いてしまったかもしれない。
感情が爆発してしまうほど精神的に不安定なら、いよいよ専門家に頼った方がいいのでは……? そんな思いがよぎる。幸いにしておれの友人かつ舞の叔父、野上彰博の職業はカウンセラー。舞の状況は伝わっているはずなので、話せばすぐに対応してくれるだろう。
少し経って泣き声がやんだ。タイミングを見計らってそっと声をかける。
「なぁ、舞……。このあと一緒に行ってみないか? お前の本当の氣持ちを受け止めてくれる人のところに」
「そんな人、どこにも……」
「いや、いるよ。おれたちと、お前の叔父だ」
「あっ」
舞は声を漏らし、「そうですね……」とつぶやいた。翼が深くうなずく。
「そうだな。アキ兄ならきっと適切なアドバイスをくれるはず。かく言う俺もアキ兄の言葉には何度も救われた。悠斗だって」
「ああ……。あいつは信頼できる。途中でニイニイに鉢合わせるのが嫌だといえばあいつの方から来てくれるかもしれない」
「……こっちが相談に乗ってもらうのに? アキ兄さん、そんなにわたしのこと、甘やかしてくれるかな?」
「もし渋ったら、私からひとこと言ってあげる。かわいい娘の頼み事なら絶対に断れないはずだもん! だから、話を聞いてもらおう?」
めぐの一言で心が決まったようだ。舞は涙を拭き、「アキ兄さんに会わせてください。お願いします」と言って頭を下げた。
続きはこちら(第三章#4)から読めます
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