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【連載小説】「好きが言えない 2」#15 過去

選手交代2 -キャッチャー永江-

 人前であれほどの怒りの感情を顕わにしたのはあのときだけだ。
 自分でも、まるで自分ではない何者かに心も体も支配されてしまったかのように感じた。我ながら恐ろしい体験をしたと思っている。

 きっかけは分かっている。野球を熱心に教えてくれた父が病死したせいだ。三年前の春、僕は心の支えをなくしてしまった。
 僕に出来るのは野球を続けること。それだけが僕の不安定な心を落ち着かせる唯一のことだった。

 なのに。
 母がそれを否定した。
 それだけじゃない。
 僕の努力してきたことすべてを踏みにじる発言をした。
 しかも、担任との三者面談で。

 許せなかった。
 暴力、なんて次元じゃなかった、と思う。
 気づけば母の顔は真っ赤になっていた。高揚していたのではない。鮮血で、だ。

 覚えているのはその場面だけで前後のことは周りに聞いた話だが、今思い返してみても、悪いことをしたとは思っていない。ただあの場で、次の面談者だった水沢が止めてくれなかったら、僕は今ごろ犯罪者になっていたに違いない。

 今でも水沢は僕に親切にしてくれる。でもそれはきっと、あんなふうにならないために監視しているんだと思う。
 それでもいい。そっちの方が何倍も気が楽だ。

 今日も水沢の家でやっかいになる。まるで合宿しているようなものだ。
 中学の頃から、水沢家で食事をしたり泊まったりしたことはあった。冷めた料理を一人で食べているという話を伝え聞いた水沢の母親が僕を不憫に思い、一緒に食べようと誘ってくれたのがきっかけだった。当時、父の看病で母は留守がちで、一人っ子の僕はそういう生活を余儀なくされていたから、「家族」で食事をする時間は特別だった。


下から続きが読めます。↓ (9/20投稿)



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いろうた@「今、ここを生きる」を描く小説家
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