【連載小説】「愛の歌を君に2」#15 月明かりの下での共演ライブ
前回のお話:
43.<麗華>
ショータさんの予言は見事に当たった。SNSを通してブラックボックスの三人が揃うらしいとの噂を耳にしたアリーナの観客、そして拓海の歌う姿をウェブ上で目の当たりにした人たちが続々と球場に押し寄せ始めたのだ。売れ残っていたチケットは飛ぶように売れ、後半のライブが始まる一時間前には満席になったのだった。
*
夕方になり、辺りがどんどん暗くなっていく。通常であればナイター用の照明をつけるところだが、停電の今はそれが出来ない。そんな状況で夜の野外ライブが出来るのか。不安を感じるあたしとは対照的に、ショータさんはいつでも冷静かつ前向きだ。
「『星空の誓い』を歌うのにうってつけの環境じゃないですか。曲順を変えて停電しているうちに歌いましょう」とまぁ、こんな具合である。
「暗くても大丈夫。みなさんの居場所が分かる程度の照明があれば充分です。今、手伝いの方に頼んでポータブルランタンを買って来てもらっています。それを、ステージの周囲に配置する予定です。きっと幻想的なライブになりますよ」
状況に応じてすぐに変更できるのは、ギターと歌声だけで成り立つ少人数バンドだから。これが大勢のスタッフのもと、大がかりな舞台装置を必要とするライブだとこうはいかない。ショータさんは更に続ける。
「姉さんにはありませんか? 幼い頃、台風の日ほどワクワクした経験が。自分にはあります。そして今まさにその時と同じようなワクワクを感じています」
「……つまり、危機的状況をも楽しめ、ってことね? いいわ、こうなったらとことん楽しんでみせる」
ショータさんの言葉のあとでランタンがステージに配置された。ちょうど日が落ちようかという頃。確かにそこだけ幻想的な雰囲氣が漂っている。薄暗い中でひっそりと電子鍵盤が設置され、後半のライブの準備が整う。
既に満席になったこと、またアリーナサイドの混乱が続いているうちにと、三十分前倒しての開演となる。その時を今か今かと待ちわびるブラックボックスの三人が緊張の面持ちで、しかし嬉しそうに談笑を始める。
「妄想はしてたけど、まさか本当に三人でこんな大舞台に立てるとは思ってなかったよ。オレは夢を見てるんじゃないかな……」
「これは現実よ、お兄ちゃん。あたしは信じてたよ。リオンが戻ってきてくれるって……」
「……裏切り者のおれを信じるなんてどうかしてるよ、セナは」
「なあに言ってんの。双子は離れていても通じてるんだよ。だからリオンが離脱したあとでどれだけ不安を抱えていたか、アタシにはちゃんと分かってた」
「……だからって、『グレートワールド』のオーナーを引っ張り出してくるのは反則」
「引っ張り出したわけじゃないって何度も言ったじゃない。オーナーは純粋にリオンのことを心配してた。それだけのことだよ」
「まぁまぁ、今はそんなこと、どうでもいいじゃないか。一分後、オレたちはブラックボックスとして、三人揃ってステージに立つ。そこで感じること、見えるものを楽しもうぜ」
兄らしく、最後にユージンが二人の仲を取り持ち、肩を抱いた。
「……お帰り、リオン。またお前のキーボードと共演できることを誇りに思う。そしてセナ、最高の歌声を響かせてくれ。オレはエレキで後押しする」
二人が力強く頷くと、ちょうど時間になる。
「行こう!」
三人が一斉にステージに走り出す。
*
カメラマンの合図と共に生配信がスタートする。ステージは薄暗く、その顔ははっきりとは見えない。しかしひとたび演奏が始まるとそこにいるのが誰なのか明らかになる。どっと歓声が上がり、ブラックボックスを歓迎するムードに包まれる。
拓海が歌った停電直後とは違い、ワイヤレス音源が調達できた彼らのライブは、大音量ではないものの、その声も楽器の音もあたしの耳にはしっかり届いている。
「お待たせー! 今日はサザンクロスのライブだけど、一曲目はアタシたちブラックボックスがおいしいとこ持ってくよー! イントロ聴いてピンときてるよね? そう、歌うのは『シェイク!』 みんなで踊って歌って、盛り上がろー!」
リオンの弾く「シェイク!」のイントロをバックに、セナがアナウンスする。会場が再びわあっと盛り上がったところで歌が始まる。
#
金平糖みたいな 星くず集めて
海に投げたら きらきらきらり
お散歩してる クジラの親子が what a suprise!!
潮が虹になった
あなたに会いたい 今すぐに
はずむ心 おさえきれない
飛んでいくわ 流れ星に乗って
シェイク! シェイク!
恋するアタシは 一つになりたい あなたと
mix the world!
空も海も 見えるもの全部
あなただったらいいのに!
##
綿菓子みたいな雲をあつめて
ヒモを付けたら ふわふわふわり
デートしている カモメのカップル it‘s so cute!
並んで飛んでった
あなたは会いたい? 今すぐに?
胸の中に 飛び込んだなら
受け止めてよね? 愛しているのなら
シェイク! シェイク!
恋するアタシは 一つになりたい あなたと
around the world!
宇宙までも 見えるもの全部
すべて、あたしだけのもの
ここでセナが素早くマイクをリオンに向ける。ラップ調のリズムに乗せ、彼はダンスを披露しながら歌う。
☆☆
シェイク、シェイク
全部混ざり合って
空のかなたまで飛んでいって
すべて破壊しちゃって
だけど、なんもかんも
なくなった世界で
オレら、生きてけんの?
「ねぇ、答えてよ……」
☆☆
シェイク! シェイク!
恋するアタシは 一つになりたい あなたと
over the world!
あなたがいれば 他は何もいらないんだ
だからアタシだけを見ていて!
曲が終わると同時に何度目かの大きな拍手が送られる。セナからマイクを奪い取ったリオンが拍手を割るように声を張る。
「みんな、心配かけてごめん! ブラックボックスは未だ健在だ。これからも三人で活動していく! だから引き続き応援よろしく!」
会場はさながら、ブラックボックスのライブであるかのようだった。実際、彼ら見たさに集まった人は多いはず。ひょっとしたらあたしたちのファンより多いかもしれないが、それはこちらも想定済みだ。
「このまま一氣に盛り上がっていこうぜ!」
リオンからマイクをもらったユージンが会場に呼びかけた。次はあたしたちが出ていく番。氣持ちを引き締める。
44.<拓海>
ブラックボックスの「シェイク!」は最高だった。盛り上がり方も前半の一発目とは比べものにならない。これが人氣の差か……。しかしここで腐っているわけにはいかない。俺らにも意地がある。世界征服という野望もある。
何度か声を出そうと試みるが、やはり喉は震えそうにない。最初の予定通り、歌は智篤に任せた方が良さそうだ。盛り上がるステージを一瞥し、二人に手話を送る。
――俺らも行こう。後半はウイングとレイカの曲中心だ。昔っからのファンを楽しませてやろうぜ!
「ああ。全力で飛ばしていくよ」
「あたしも、誰になんと言われようと自分で作った歌だもの。心を込めて歌うわ」
――よっしゃ! サザンクロスのライブ、後半戦のスタートだ!
ユージンのエレキ演奏が始まる。俺たちは意欲を燃やし、ぼんやりと照らされるステージに躍り出る。
「ウイングとレイカを応援してくれてたみんな、待たせたな! 後半からはいよいよ昔の曲を引っ張り出して歌うぜ!」
智篤がマイクを手にし、ファンに向けて挨拶をする。
「まずはウイングの代表曲から。『クレイジー・ラブ』!」
ウイングはアコギではなくエレキを引っ提げてやってたバンド。本来ならばギターを持ち替えるべきだが、今日はユージンがいる。智篤がマイクを持って歌う穴埋めに、ユージンのエレキで本来の「クレイジー・ラブ」に近い音を再現する。
智篤がいつになく、かつての俺の声に寄せて歌っているように聞こえるのは氣のせいか……? いや、そればかりか俺のアコギの音でさえエレキの音に聞こえ始める……。
続く「オールド&ニューワールド」も同じだ。俺の耳がおかしくなったのか。それともこの場所の特別な空氣感がそうさせているのだろうか……。
ウイング時代の二曲を終えたところで智篤にだけ分かるように手話を送る。
――今の歌声だけど、俺のかつての声を意識して出した?
「そういうつもりはなかったが、僕も自分のものとは思えない声だと感じたよ。……君の声の復活が近いのか、それとも僕らの脳みそが昔を懐かしんでるだけなのか……。まぁ、そんなのはどうでもいいことさ。……次は『星空の誓い』、君の出番だ。もう一度、奇跡を起こしてくれ。僕は歌わず、演奏に専念する」
――期待に応えられるかどうか分からないけど、心を込めて「歌う」よ……。
会場が一度静かになったタイミングで目で合図を送る。二人のギター演奏が始まると、待ってましたとばかりにどよめきが起こる。
すうっと息を吸い込む。腹の底から声を出そうと意識しながら歌詞を口ずさむ。
#
星の数ほどいるってのに
届かないのか 平和の祈り
争い、ののしり、奪い合い……
こんな時代は終わりにしないか?
涙を越えて 見える世界もあるだろう
だけど笑っていたいんだ
君と生きる未来だから
雨上がりの夜空の下で僕ら
変わらないと 嘆くんじゃなくて
歌うんだ 喉をからして 声が出なくなるまで
#
再び自分の声を耳にした。智篤のように澄んではいないし、麗華のように美しくもない。だけど……。だけどこの、しゃがれた声と共に何十年も生きてきたし、この声を武器にミュージシャンを名乗ってもきた。
俺はこの声がそんなに好きではなかった。人と比べては、あんな声だったらいいのにと何度思ったことか……。だが失ってみて、そして再び発声してみて思う。自分の声も悪くないじゃないか、と。
やっぱり俺はミュージシャンなのだ、と痛感する。歌えることがこんなにも嬉しい。歌で自己表現できることがこんなにも誇らしい。
##
気がつきゃ 何だか息苦しくて
正直者ではいられないんだ
自己否定、こもって、一人きり
風よ、早く迎えに来てくれ
星がまたたく夜空の下で僕ら
変わりたいと 願うんじゃなくて
叫ぶんだ 喉をからして 声が出なくなるまで
星が流れる夜空の下で僕ら
思い出すんだ ここに生まれた理由を
遠い宇宙に目を向けて
魂に刻まれた奇跡の言葉を……その言葉を……
見上げれば、普段は街の明かりのせいで見ることの出来ない星がたくさん瞬いていた。時折、流れ星も見えた。目に映ったそれは雫となって俺の頬を伝い、最後には大地を湿らせた。
俺からは会場のファンの様子は見えない。だけど感じる。みんな、俺と同じ空を見上げてるって。
「俺たちは今、一つになってる……」
自然と二人の手を取っていた。
「ありがとう、みんな……。ありがとう……」
*
その後、レイカの「ファミリー」やブラックボックスの曲などを披露すると、会場は一層盛り上がった。この薄明かりのステージが、かえって俺らと会場を一つにしているかのようにさえ思える。ファンは視覚を頼りに出来ない。その他の感覚を研ぎ澄まし、音と場の空氣でこのライブを楽しむしかないという氣づきが、ファンを「今、ここ」に集中させているように感じる。
*
ライブはあっという間に最終盤を迎えた。俺たちサザンクロスがステージに上がっている合間を縫ってピアノ曲「グレートワールド」を頭にたたき込んだリオンが、セナと共に電子鍵盤の前に座る。
オーナーとセナの連弾は練習の時から何度も聞いたが、リオンとセナのペアはどんなふうに演奏するのか。俺たちも一ファンとして二人の演奏に耳を傾ける。
まるでこれまで何ヶ月にもわたって練習してきたかのようにぴったりと息のあった音が鳴り始める。これが、双子のなせる技か。オーナーの時は自然の情景が目に浮かんだが、リオンの演奏は俺たち聴く側の人間を鼓舞するような力強さを感じる。ここに戻ってきたことをアピールしているかのようにも聞こえる。きっと、電子鍵盤で聴衆を虜にしたいと言った、その言葉を実行しているのだろう。
「リオンの奴、気持ちよさそうに弾くじゃねえか。おっ、月までもがあいつの演奏を聴きに来ている。本当に、最高の舞台だな」
オーナーが、まるで息子を自慢するかのような口ぶりで言った。
さっきまで星しか見えなかった空に十七日月が浮かぶ。青白い光はセナとリオンを照らすように差し、連弾する二人を幻想的に浮かび上がらせる。
「これがあの子の、本来の姿なのね……」
突如として背後から声が聞こえた。月光のもとに姿を現した人物、それは……。
「社長……! なぜここへ……!?」
麗華は驚きの声を発すると同時に、女社長の正面に立ち塞がった。実年齢を遙かに下回る見た目で美魔女との異名さえ持つと聞くが、月影は真実を映し出すのか、女社長の容姿は年齢相応かそれ以上に老け込んで見えた。
「リオンを連れ戻しに来たのですか? それだけは絶対にさせません!」
麗華が静かに怒りをぶつけた。しかし女社長の目はオーナーに向けられる。
「……この曲、あなたが提供したのね?」
「ああ、そうだ」
「だと思った。あらゆるジャンルをミックスしたようなピアノ曲なんて他では聞いたことがないもの」
「だからいいんじゃねえか。こういう、荒くれ者たちが演奏するには打って付けだろう?」
「そうかもしれない……」
対峙したら言い合いになると覚悟していたが、どうやらそのつもりはないらしい。
「……もしかして社長は、リオンのピアノを聴きに?」
怪訝な顔で麗華が問うが返事はなかった。しかしそれが答えなのだと誰もが悟った。
「……おしゃべりしている暇はありませんよ、皆さん。いよいよ最後の曲です。そろそろスタンバイを」
ショータに促され、現実に引き戻される。ギターを肩から掛けると、さっきまで眉根をひそめていた麗華が堂々たる姿で俺の正面に立った。
「拓海。これから歌うのはみんなのための歌であると同時に、拓海の声を取り戻すための歌でもある。だから、聴いていて……」
――もちろん。息継ぎの音さえも逃さずに聴くよ。
答えると、今度は智篤が俺の肩に手を置いた。
「今日は何もかもが神がかっている。僕は三度目の奇跡を信じるよ。……もし、可能ならばレイちゃんのバックで、一緒にハモろう。僕らが心を込めて作った曲、『LOVE & PEACE』を」
俺が首を縦に振ると、二人も同じように頷いた。
リオンたちのピアノ曲が終わり、会場からさざ波のような拍手が起こった。ステージに足を向けたとき、麗華がもう一度女社長と向き合った。
「あたしの歌で社長を救います。どうか最後まで見守っていてください」
女社長は麗華を見つめ返すだけで何も言葉を発しなかった。
「行こう、レイちゃん、拓海。時間だ」
智篤に促され、グラウンドへ踏み出す。
45.<智篤>
ショータが言っていたように、天が僕らに味方をしてくれたとしか思えなかった。一万人のファンで埋め尽くされた球場。僕らは今、その真ん中に立っている……。
レイちゃんがマイクを握る。
「……いよいよ最後の曲になりました。これから歌うのは『LOVE & PEACE』。このライブのために、あたしと智くんとで書き下ろした最新曲です。このライブを聴いているすべての人に愛と平和が訪れますように……」
彼女から目で合図を受け、アルペジオを奏でる。歌詞が始まるところで拓海がコードを弾き、美しい声が星空の下に響く。
#
世界を作るのはイマジネーション
散らばるパズルのピースの中から
どれを選ぶ? あたしはね……
思い描けばクリエーション
みんなばらばら、ピースはカラフル
君は選んだLOVE, LOVE, LOVE
ケンカしたって、違ったって、
いいじゃん、認め合えたなら
友だち以上、恋人以上、
あたしたちはもう、ファミリーなのよ
この歌を歌えばほら、
世界中がひとつになれる
PEACE, PEACE……
##
何をしようか? ニューワールド
みんなの夢をたくさん集めて
君は選んだ? 僕はね……
手を取り合えばクリエーション
どれも素敵で決められないから
全部叶えよう、LOVE & PEACE
ケンカしたって、違ったって、
最後は分かりあえるから
友だち以上、恋人以上、
僕たちはもう、ファミリーなんだ
この歌を歌えばほら、
新世界も一つに繋がる
PEACE, PEACE……
###
たとえ声が出なくても
たとえ病に倒れても
僕らは決して諦めない
命、尽きるまで
黒いきのうを追い越して
輝くあしたを見に行こう
僕らならいける
心は一つに……あぁ……
あのデートのあと、僕は家に戻って彼女と二人、顔を寄せ合いながら詩を紡いだ。それは特別な時間でありながら、当然あるべき未来の姿だという感覚が常に胸の中で渦巻いていた。その部屋にはいなかった拓海の存在もなぜだか傍に感じた。僕らを取り巻く小さな世界と、もっと大きな世界とを繋ぐ言葉たち。それを今、目の前のレイちゃんが美しい声で歌い上げてくれた。
そう、この世界は、本当は美しいのだ。争う必要だってないのだ。男女の愛があって生まれ、やがて自身も愛し合って命を生みだし、育み、生を全うする。それだけで成り立つはずの世界。それが真の平和。あるべき世界だと僕は思う。
この歌にあるような世界が実現したとき僕はもう歌わなくなるだろう。これまで歌ってきたのは僕が生きたい世界を、理想を叫びたかったから。愛で溢れる世界になったとき、込み上げる愛を歌うのはレイちゃんや拓海でいい……。
歌は、終わった。静かに手拍子がなる。アンコールだ。もう一度「LOVE & PEACE」を歌って欲しい、そんな声がそこかしこから聞こえる。
「……どうする?」
振り返り、レイちゃんが問うた。
――もう一回歌えばいい。って言うか俺も、もう一回聴きたい。
拓海の手話を読み取って、僕は大きく頷く。
「僕も同じ意見だ。今はつい聞き惚れてしまったからね。二回目はアレンジを加えることにするよ」
「分かったわ。じゃあ、『LOVE & PEACE』で」
レイちゃんが向き直ったとき、ダグアウトからリオンとセナが歩み寄ってきた。
「アンコールに応えるんだろう? おれたちも演奏に参加させてくれないかな。最後の曲を一緒に盛り上げたいんだ」
リオンはそういうなり、電子鍵盤の前に立った。
「アンコール曲にもよるけど、サザンクロスの曲はだいたい頭に入ってるからどれでもいけると思うんだ。だから、おねがーい。一緒に弾かせて!」
セナも、顔の前で手を合わせてリオンの隣に立つ。
「ありがとう、二人とも。アンコール曲は『LOVE & PEACE』よ。……あ、そうだ。ユージンにも来てもらいましょう。彼のエレキはこの曲に合わないけど、あたしのアコギが空いてる。もし弾けるなら使ってもらって構わないと伝えて」
レイちゃんの言葉を受けてリオンがすぐに走って伝言する。ユージンは戸惑いながらもアコギを片手にステージに上がった。
「麗華さんのアコギを弾かせてもらえるなんて感激っす。うまく出来るか分かんないけど、邪魔にならないよう頑張ります」
「オーケー。じゃあ、本当にこれで最後……。みんなで心を一つに……」
六人で円陣を組み、団結する。レイちゃんはマイクを握り、一万人の聴衆をまんべんなく見渡しながらいう。
「ありがとう、みんな。アンコールにお応えして、もう一度『LOVE & PEACE』を歌います。今度はブラックボックスの三人も一緒よ。この、特別な夜をみんなで分かち合いましょう」
拍手喝采の中、今度はピアノの音からスタートする。原曲とはまた違った雰囲氣。アレンジの方を引き立てるよう、ギターはつま弾く程度に鳴らす。
と、隣から聞き覚えのある声が聞こえてくる。拓海の声だ……。
(もしかして、歌の力が働くときだけ声が出せるのか……?)
その事実に氣付いた僕は驚愕した。いや、「三度目の奇跡を信じる」と言ったのは確かに僕だが、三度も起きたらそれはもはや奇跡などではない。歌の力は確かに存在し、何度でも効力を発揮する。拓海がそれを証明してくれた。
彼を見つめていると、一緒にハモるっていったよな? と言わんばかりに視線を投げられる。うなずき、タイミングを見計らって僕自身も声を発する。
歌の力に圧倒された僕は込み上げる涙を押し殺すことが出来なかった。いや、止める必要なんてない。これが、これこそが、魂の叫び。心が、むせび泣いている……。
見れば拓海もレイちゃんも落涙していた。それぞれの想いを胸に、このエンディングを噛みしめているに違いない。
ありがとう、サザンクロス!
ありがとう、ブラックボックス!
客席から聞こえてきたのは僕らに対する感謝の言葉。その声は次第に大きくなり、氣付けば会場中がお礼の言葉で溢れかえっていた。
「ああ……。これだよ、僕が望んでいた世界は。歌が人々の心を癒やしたんだ……」
感極まる僕の横で、拓海とレイちゃんが頷く。
「俺の心もあったかいよ。なんつーか……生きてるって感じ。目を閉じれば、一人ひとりの想いに触れられそうな氣さえするよ……」
「拓海。その声を通してあなたの想いを聞くことが出来て、あたしは今とっても幸せよ……。これが永遠に続かないことは、直感的に分かる。だからこそ、今この瞬間を噛みしめていたい……」
「……大丈夫さ。俺の声はいつでも聴ける。お前らの歌の力さえあれば、きっと」
拓海は小さく笑い、僕らの肩を抱いた。
「愛してるよ、麗華。これからもずっと。そして智篤。これからも一緒に歌おう。俺が生きてる限り、歌うのをやめるなんて言わせねえからな?」
「えっ……」
さっき考えていたことを言い当てられ、動揺する。拓海は勝ち誇ったように笑った。
「世界征服はまだ終わっちゃいねえよ。それに今後、征服した世界で生きるならやっぱり愛の歌を作って歌わなきゃ。『LOVE & PEACE』、本当にいい曲だよ。こんな感じのをもっともっと作ってくれ。次は俺が歌うからさ」
「……分かった。なら次は、君と共に作る世界を歌詞にしよう」
「ああ、頼……」
急に声が途切れた。彼は喉を押さえ、おしゃべりはまた今度な、と手話で表したのだった。
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