【短編小説・番外編】続・ワライバでの、とある一日 ―庸平&麗華編―
<庸平>
後輩の大津から聞いたときには、嘘をつくな! と取り合わなかった。しかし、現実は聞いたとおりだった。
「人を嘘つき呼ばわりして……。謝ってもらいたいですね!」
大津はふくれ面をしたが、正直それどころではなかった。中年である俺より四つも上の姉貴がなぜ二十代に見えるのか……。自分の目をこすったり頬をつねったりしてみたが、目の前の姉貴の容姿に変化は見られない。
「孝太郎、おまえが何かしたのか……? 例えば……おとぎ話の王子が姫にするようなこととか……」
「静かにしてくれ。間もなく歌が始まる」
晩酌を楽しんでいた俺を表に引っ張り出した同居人の孝太郎は、その件に関しては無関係だと言わんばかりの顔で姉貴を見ている。
(絶対、何かあっただろ……。この二人……。)
追及したかったが、その前に歌が始まる。
歌手をしている姉貴の歌声は一年ほど前に聴いたときよりもずっと綺麗で、見た目同様、声までも若返ったようだった。それだけじゃない。両脇にいる男たちもまた昔見たときのままの容姿に見える。かつての仲間とバンドを再結成した、という話はうっすら聞いたが、これじゃあまるで時が巻き戻ったみたいだ。いったい何がどうなっているのか分からない。
「はぁ~……。やっぱり素敵だなぁ、麗華さん。拓海さんも智篤さんもかっこいいし、ホント、惚れ惚れしちゃうなぁ」
となりにいる、こちらも後輩の春山詩乃(今の姓は本郷だが、俺は旧姓で呼ぶ)がうっとりした様子で言った。
「なんでギタリストの名前知ってんだよ?」
「なんでって……。実は私、高校生の時からのファンなんですよ。名前はその時聞いたんです。あぁ、昔と変わらない容姿でかっこいい……! 智篤さんの声もすっごく素敵で……。あ、歌うみたいですよ!」
春山は、隣に夫がいるにもかかわらず堂々と言った。
「おい、本郷。妻が浮氣してるぞ……」
「……しゃーないっす。おれは歌えないし。でもね、先輩。ひとたびおれがマウンドに立ってバッターを三球三振に打ち取れば詩乃はイチコロですから。何も心配はしてないですよ」
「……あ、そう」
さすがは元プロ野球投手。言うことが違う。
ボーカルが変わり、今度は緑髪の男が歌う。周りで見ていた女たちが急にざわめきだし、手拍子を打って盛り上がり始める。春山もノリノリだ。
(ま、いっか……。姉貴のやつ、楽しそうだし……。)
半年前に会ったときは、仕事の忙しさからか随分やつれて見え心配もしたが、この様子なら大丈夫そうだ。
一通り歌い終わったのか、休憩に入った三人。と、急に姉貴が俺の方を見た。慌てて目を逸らすが間に合わなかった。「庸平ぃー」と名前を呼ばれ、手招きまでされたらもう逃げられない。
「……お前が俺を呼び出したんだからな。責任取れ!」
少ない人数とはいえ、女の輪が出来ているところへ一人で飛び込むのは勇氣がいる。おれは孝太郎を道連れにすることでなんとか姉貴の前に足を向けることが出来た。
「……なんだよぉ。孝太郎に用があったんじゃねえの?」
「あたしはそうだったんだけど、仲間がね……。庸平に歌を聴かせたいって言うもんだから」
「……昔の、仲間だよな? 随分若く見えるけど」
「色々あってね、全員若返っちゃった。ちなみにあたしたち、三人で暮らしてるの。家はこの近く。やっぱいいよね、K市は。土地は安いし、都内へのアクセスもいいし」
「……は? 今、K市で三人暮らししてる、って言った? どの辺だよ?」
姉貴が言った町名を聞いた孝太郎が腕を組む。
「そこなら野上クンの家に近いな……」
「げげっ……!! あの辺か!! よりによって後輩の家の近くって……!!」
「ちょうど手頃な広さの物件があったんだもの」
「で、そこで仲間と暮らしてる、と……」
「そ。あんたとコウちゃんも近くに住んでるんでしょう? いつでも遊びに来ていいよ」
「……いや。近かったとしても遠慮しとくわー」
口が裂けても、目の前にそびえるマンションの最上階に住んでいるとは言えなかった。
<麗華>
「……まぁ、元気そうで安心したわ。新しいこと始めたって、親にも報告しておくんだな。結局、年末年始は顔を見せてないんだろ?」
「あー……」
あたしは口ごもった。コウちゃんには「バンド一本に絞る」と婉曲に伝えたが、事務所を辞めたことはまだ庸平に話していない。ましてやずっと応援してくれた両親にはどう話せば良いか、またいつ話すのが良いかも決めていない。その時コウちゃんが助け船を出してくれる。
「庸平、自分のことを棚に上げてよくそんなことが言えるな……。君は十年以上も日本を離れ、その間連絡を絶っていたのを忘れたのか?」
「あー……」
今度は庸平が言葉を失った。
(ありがとう、コウちゃん……。)
目を合わせ、心の中でお礼を言うと彼は小さく頷いた。
――いい友だちを持ったな……。
病で声をなくしている拓海が手話で言った。
――麗華がずっと氣に掛けてきた理由が、ようやっと分かったよ。
「ホントにまっすぐで賢くていい子なのよ、コウちゃんは。それに比べて弟の庸平ときたら……」
「……なんだよ?」
頭の出来の違いを指摘してやろうかと思ったが拓海に止められる。その彼が「通訳して」と言うので手の動きを読み取る。
「……庸平くん、これから俺のことは拓海兄さんと呼んでくれ。今、俺と麗華は家族同然の付き合いをしてるから、庸平くんとも家族みたいなものだ……。って言ってるんだけど」
「……はい?」
庸平は、訳が分からないと言いたげな目であたしと拓海を交互に見た。
「兄さんっていうけど、どう見たって今は俺の方が年上……」
「見た目はそうかもしれねえが、実年齢は麗華と一緒だから……。だってさ」
「いやいや……。そんなこと言われても脳みそが混乱するんですけどー?」
庸平が頭を抱える脇で智くんとコウちゃんは笑っている。
(コウちゃん、前に会ったときよりも更に穏やかに笑うようになったなぁ……。それもこれも家族の……庸平のおかげなのかな……。)
ちょっとおバカな、いや、いくつになっても野球のことしか頭にない弟だけど、庸平がいなければコウちゃんはとっくにこの世を去っていたはず。コウちゃんが成功者への道を歩み出した頃はしばらく距離を置いていたようだが、今になって再会して一緒にいるあたり、きっと見えない糸で繋がっているのだろう。それはあたしと拓海、智くんも同じ。
「こんな冗談を言い合えるパートナーがいるなら毎日が楽しいでしょうね」
込み上げる笑いを堪えるようにコウちゃんが言った。
「あら、コウちゃんのそばにだっておバカな庸平がいるじゃない。笑いじわが増えたところを見れば、どんな暮らしをしてるか想像に難くないわ」
「お互い、いい人に巡り会えましたね。おかげで本来の自分でいられる」
「ええ……」
年末に久々の再会を果たしたときは、社交辞令で「また会いたい」と告げた。けれど、今ならきっと心を込めて言える……。
「コウちゃんさえ良ければまた会いたいな。家族同伴でも良いし、もちろん個人的に会うのでも構わないわ」
「そうですね。でしたら今度はゆっくり家族と一緒に会いたいものです。そのときにはぜひバンド結成の経緯を聞かせて下さい」
「あ、それは俺も聞きたい! だって姉貴が音楽事務所に引き抜かれたのが原因で解散したって聞いてたのに、また同じ顔ぶれで再結成って意味わかんねえもん」
再び会話に加わった庸平の前で「ちっちっ」と人差し指を振ってみせる。
「大人の事情ってものがあるのよ……。多分、庸平には一生分からないだろうなぁ」
「あのなぁ。いつも姉貴は俺のこと子ども扱いするけど、一体いくつになったと……?」
「んー? あたしが学生時代の容姿だから、そろそろ高校卒業する頃?」
「確かに庸平の頭の中はあの頃から変わっていない氣がするな……」
コウちゃんが冗談を言ったので彼の仲間がみな笑った。笑われた庸平だけが「……もういい」と拗ねている。
「まぁ、そういじけるな。僕と麗華さんが会う時間を作ってくれたお礼に、このあとうまい酒をご馳走してやるから。開けずにとってあるウィスキーがあるんだ。特別な日に……と思っていたけど、考えてみたら君との暮らしは毎日が特別。だから、もったいぶらずに開けてしまおう」
恥ずかしげもなく言ってのけるコウちゃんに、あたしを含め、今度はその場にいた全員が唖然とした。
「……あ、愛されてるんだねぇ、庸平。やっぱりあんたたちってそういう関係……?」
「……孝太郎は今みたいに俺を揶揄うのが生きがいらしい。もう慣れたっちゃあ慣れたけど、姉貴にだけはそういう目で見られたくないなぁ……」
「なぜ? もう良いじゃないか、認めてしまっても。君は僕のことが好……」
「ストップ、ストップー! とにかく! 姉貴の前では、ぜってぇーに宣言しねえからなっ!」
コウちゃんが上手に庸平を手のひらで転がせるようになっているところがまた面白くて笑う。
「うーむ……。あたしもこのくらいの掛け合いが出来るようになりたいものだわ……。ラブラブな姿を見せてくれてありがとう。ごちそうさまでした」
「だから違うっつーの……!」
赤面する様子を見る限りとても揶揄われ慣れているとは思えなかったが、昔から庸平には人を笑わせる才能(本人は笑われ役のことが多い……)があると思っていた。少なくともこの場にいる人は全員笑っている。それってすごいことだと思う。
「コウちゃん。こんな弟だけど、これからも仲良くしてやってね。よろしくお願いします」
「いえ……。庸平に限らず、僕はいつでも彼らに助けられっぱなしです。もちろん麗華さんにも。よろしく、というのは僕の方です」
お互いに頭を下げ、顔を見合ってほほえむ。こんな風に笑い合いたくて三十年、歌手をやってきたあたしは、今まさに自分のしてきたことが報われた心地だった。
「……それでは、さようなら、麗華さん。今日はこの辺で失礼します。また折を見て連絡します」
コウちゃんはそう言って再び頭を下げた。
「あたしたちも帰ろうかな。もう日付、変わりそうだし。……いいよね?」
確認すると、仲間はこくんと頷いた。先に去りゆく彼らの背中を見送っていると拓海がニコニコしながら手を動かす。
――麗華の弟、全然面倒くさくないじゃん。むしろ、からかい甲斐があってかわいいくらいだ。氣に入ったよ。今度、個人的に飯でも誘おうかな。
「え、弟くんは手話、分からないだろう? 僕かレイちゃんを道連れにしようって言うのか?」
「あたしはイヤー!」
――じゃあ智篤で。
「そうなると思ったよ……。ま、一回だけなら付き合ってもいいけど。……さて。僕らも急ごう」
智くんの視線のずっと向こうに警察官の姿が見えた。今日は道路使用許可を受けていないので提出を求められるとマズい。さっとギターを片付けたあたしたちは、急いで帰宅の途についた。
※見出し画像は、生成AIで作成したものを加工して使用しています。
※※こちらの話に登場する人物はすべて、過去作品既出です。ご興味がありましたら、そちらも合わせて読んでいただけると嬉しいです!
✨現在連載中の小説「愛の歌を君に2」第一話、第二話(最新)はこちら
「愛の歌を君に」(第一部・完結)はこちら。
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