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【連載小説】「愛の歌を君に2」#8 それぞれの交渉
前回のお話:
若かりしサザンクロスと同じ状況になったブラックボックス。ユージンとセナは裏切られたと怒りを顕わにしている。麗華たちは二人を自宅のスタジオに連れて行き、そこで怒りを発散するよう提案する。そのあいだ、ショータに次なる作戦案を告げられた麗華は、自分一人でリオンと所属事務所社長に会って交渉することを思いつく。一応、その方向で事を進めていくことは決まったものの、言われるがままに行動するだけでは面白くないと思った智篤は、拓海と二人だけで秘密事を企てる。
※今回は一万字を超えてしまいましたが、お付き合い下さい💦
22.<麗華>
社長があたしの話を真面目に聞いてくれる保証はどこにもなかった。むしろ面会を断られる可能性すらあった。しかし社長は、あたしが連絡すると三日後にリオンを含めた三人で会う時間を作ってくれた。
「お久しぶりね、麗華。インディーズでもうまくやっているみたいじゃなーい?」
通された応接室で待っていると、社長はあたしより七つも上とは思えない、真っ赤なスーツに真っ赤なヒールという出で立ちでリオンと共に現れた。そしてあたしに向かってわざとらしく煙草の煙を吐き出した。
「ええ、リオンたちの協力の甲斐あって、サザンクロスの知名度は上がってきています。……そのリオンを、社長が引き抜いたわけですが」
「まるで私があなたたちの邪魔をするために彼を引き抜いたと言いたげね。まぁ、どう思おうがあなた方の勝手だけど、私の誘いに、彼は喜んで乗ってくれた。それが真実よ」
「本当に……?」
リオンの顔を見る。彼は顎を引いてあたしをキッと睨んだ。
「麗華姉さんだって同じだったでしょう? メジャーデビューするのが夢だった。そのおれに、ついに声がかかった。だから誘いに乗った。何もおかしなことはないでしょう?」
「おかしいとは一言もいっていないわ。ただ、疑問が残るのよ。なぜ、あたしたちと同じ道をたどろうとしているのか。あたしはそれが知りたいだけなの」
「おれが麗華姉さんと同じ行動を取ったからって、同じ結末になるとは限らないっしょ」
「ユージンもセナも怒ってたわ。若いころの拓海と智くんみたいに。同じにならないと考える方が難しい……」
「だったらどうだってんだよ! さっさと帰ってくれ!」
「…………」
「麗華。何を言っても無駄よ。彼の決意は固いわ」
あたしの声が届かないと分かったからか、社長はほくそ笑んだ。
「……諦めません。あたしは必ず彼を連れて帰ります。仲間とも約束してるんです」
「約束……? 笑ってしまうわね。そんなのでお腹いっぱいになるとでも言うの? 麗華は仲間の元に戻ってすっかり毒されてしまったようね。忘れてしまったならもう一度教えてあげる。いいこと? ビジネスの場においては成果がすべてなの。稼いだもの勝ち。競り負けたライバルがどうなろうがこっちには関係ない。情なんて必要ないのよ」
「……あたしたちミュージシャンがお金を運んでくればあとはどうでもいい……。そういう発想ですか」
「そうよ。あなたたちはただ、作られた流行に沿って言われたとおりに動けばいいの。それでお金がもらえるんだからいいと思わない? ミュージシャンは、余計なことは考えないでただカメラの前で笑顔を作っていればいいの。そうすればあなたたちは楽に稼げるし、こちらにもお金が入る。ファンも喜ぶ。みんなハッピーになれる。それでいいじゃないの」
「……いつからあなたの目の奥の輝きが失われてしまったんでしょう? あたしと出会ったころの社長はまだ夢を語っていたのに」
社長は鼻で笑い、ゆっくりと首を横に振った。
「……夢だけあってもダメなのよ。そこに、ドラマとお金が加わって初めて音楽で生きていけるの。麗華、あなたなら分かるでしょう? 大切な友や愛する家族のため、仲間を裏切ってでもプロシンガーになる、と言うストーリーが『レイカ』のキャラクターを確立させたことくらい。だから長きにわたってその地位を維持できたと知っているはずよ。リオンも同じ。ダンスミュージックで人々の目を楽しませる、笑顔にする。そういう使命を負ってデビューするから意味があるの。いいこと? 聴衆は自分たちを喜ばせてくれるミュージシャンが、『推し』がそこにいればいいの。彼らがどんな想いを胸に抱いてデビューしたかなんてどうでもいいの。だから私たち音楽事務所の人間はそのニーズに応える形でミュージシャンをデザインする。それですべてがうまく回る」
「……しかしそれではミュージシャンが不幸になってしまう」
「どうして? たくさん稼げるというのに? シンガーソングライター・レイカは不幸だったというの?」
「当時は不幸などとは思っていませんでした。しかし、素のあたしが殺されてきたことに氣付いてからはもう、音楽業界の常識を受け容れられなくなってしまった。業界の常識は、世間の非常識です。社長。もう少しミュージシャンに寄り添った仕事の進め方は出来ないのでしょうか。それをお約束していただけるなら、リオンの説得も諦めます。あたしだってメジャーで活躍したいという彼の夢を奪うようなことはしたくありませんから」
「分かってないのは麗華の方よ。……私はもう後には引けないの。多くの繋がりを持ちすぎてしまったわ。この世界はお金で出来ている。メディアにお金を貢げなくなったら最後、その会社は潰れるしかない。そう言う仕組みになってるの。そしてその仕組みに異を唱えるミュージシャンの存在は目障りだから、どんなに小さくてもすべて潰す」
「……本当にそれが社長のお氣持ちなのですか? あたしにはそうは思えないんです。昔のように、また夢を語ってくださいよ」
「……社長たる私に求められるのは経営力。自分の感情はとうの昔に捨てたわ。だからいくら情に訴えかけても無駄よ」
「なら、伺います。夢を語って口説いたんじゃないとしたら、リオンに一体いくら渡したんですか。どのくらい、稼げと命じているんですか」
「あら。まだお金は渡していないわよ。期待を込めて、居住費込みで百万、取引料としてもう百万って提示したんだけど、それじゃあ不十分だって言われててね。これから伸びるであろうサザンクロスとブラックボックスの活動を制限させるんだからもっとくれなきゃ困るって言うの。若いのにわがままで困っているわ。口説き甲斐はあるけれどね」
今の話から、やはりリオンはメジャーデビューの夢を叶えたいと言う理由だけで話に乗ったわけではなかったと知る。
「社長。姉さんの前でその話はして欲しくなかったんですが……」
「だけど、話したところで麗華には何も出来ないんだから問題はないでしょう?」
「それはそうかもしれませんが……」
「この件に関しては、あなたは黙っていればいいのよ。私があなたに求めているのはそのルックスとダンスの技術だけなのだから」
「…………」
「……社長。そんな言葉を聞かされて、リオンが言うとおりにするとでもお思いですか?」
「するわよ。あなたたちを人質にしているうちは」
まさか手の内を堂々とこちらに伝えてくるとは思っていなかった。よほど口説き落とせる自信があるようだ。つまりはあたしたちが舐められている、ということ……。
もう一度リオンの目を見る。社長と違ってその目は力強く、闘志に溢れていた。
(ごめんね、リオン……。あたしたちが不甲斐ないばっかりに……。)
あたしたちからすれば人質になっているのはリオンの方だ。立場を守るためとは言え、今の社長のやり方は全うではない。言うことを聞く従順な人間だけを可愛がり、かみついてくる輩は排除する。もはや実力の有無すらどうでもいいのかもしれない。
社長は闘志むき出しのリオンを見ても相変わらず余裕の笑みを浮かべている。
「サザンクロスとブラックボックスを守りたいというリオンの氣持ちは分かるわ。だけどさっきも言ったとおり、簡単にオーケーするわけにはいかないのよ。……そうだ。いっそ、双子のお姉さんと二人でデビューするのはどう? それだったらあなたの心配事も少しは減るんじゃない?」
社長の新たな提案にも驚くことなく、リオンは静かに問う。
「……なぜ兄は外れるんですか」
「ウェブであなたたち三人がおしゃべりしている動画を見たわ。お兄さん、とっても純粋な子でしょう? 目を見れば分かるわ。だからダメ。ああいう純朴な青年は私とは合わない」
「……セナに聞いてみます」
「ちょっと、リオン……!」
彼の目から輝きが消えたような氣がして焦る。事前の打ち合わせを思い出し、すぐさま次なる手を打つ。
「社長。彼と二人で話す時間を下さい。どうしても確かめたいことがあるんです。五分で構いません。お願いします」
「自分の都合でやめたあなたに、そんなことが許されると思って? そうでなくても、こうして会う時間を作ってあげたんだから感謝してもらいたいわね」
社長はあたしの目も見ずに、天井に向かって煙草の煙を吐き出した。ショータさんはあらゆる事態を想定し案を出してくれたが、話し合いに持ち込めない今の状況では出せる手が限りなく少ない。
(もはや、最後の一手しか残っていない……。これに賭けるしか……。)
「もう充分でしょう? 諦めて帰りなさい」
応接室のドアを開け放つ社長。しかしあたしは退室せず、リオンの正面に立って「最後の一手」を告げる。
「社長の話によれば、あたしたちの活動を制限させるために提示された金額は百万だったわね? それでも足りない、とリオンは思ってると。ええ、百万程度で活動をやめるようなあたしたちじゃないわ。リオンがそう思ってくれてると分かったからには、どんな困難な状況下でもそれ以上を稼いでみせる。人々を振り向かせてみせる。あらゆる手を駆使して、メジャーのミュージシャンにも匹敵する知名度を獲得してみせる。だからリオン。あたしたちのために自分を犠牲にしないで。メジャーにいなくても有名にはなれる。大舞台にだって立てる。あなたの夢、みんなで叶えましょう」
右手を差し出した。今すぐ、彼がこの手を取ってくれるとは思わない。だけど、この手はあたしの、あたしたちの想いのすべて。リオンを待つ人がここにいると言うことをどうしても伝えたかった。
リオンの右手が動いた。だが、その手はあたしの手を振り払った。
「……セナに伝えて欲しい。一緒にデビューする氣があるならおれに連絡してくれって。……だから、姉さんはもう、帰ってくれ」
「……分かった。今日のところは引き上げる。でも、次に来るときはセナも一緒だと思っておくことね。もちろん、あなたを連れ戻すために」
「……帰って」
開け放たれたドアの向こうを指さされる。もうこれ以上は何も話したくないと言いたげな顔。あたしには迷いがあるように見えた。
23.<拓海>
リオンの説得を麗華に任せた俺たちは、とあることを企てようとしている。思いのほかその日は早く訪れたが、互いの頭の中ではすでに思い描いていたことだから根詰めて話し合わなくても問題はなかった。
いつも通りギターを引っ提げ、ふらりと家を出た俺たちが向かった先は近所の喫茶店。そこのオーナーとは、麗華の友人を介して少し前に知り合った。本業は喫茶店だが、宴会や会議室としての利用も出来ると聞いた。オーナー曰く、「面倒事」を持ってくるのはいつも同じ知人らしいが、文句を言いながらも受け容れていたところをみると、寛大な心の持ち主なのだろう。その、広い心で俺たちの話にも耳を傾けてもらえたら……との思いで足を向ける。
朝食をスキップしているのでメチャクチャ腹が減っている。麗華が早くに家を出てしまったせいだ。朝とも昼とも言えない中途半端な時間。店のドアを開けると案の定、人影はほとんどなかった。オーナーに用がある俺たちにとっては好都合だ。
「いらっしゃーい。……って、今日はお二人様、ですか?」
オーナーは俺たちを見た途端、珍しい組み合わせの客が来たぞ、というような顔をした。
「ああ、構わないだろう?」
智篤が、もはや常連客であるかのように答えた。俺も受け答えはしたいところだが、何せ喉を震わせることが出来ないので交渉事は智篤に一任している。どうしても、の時は手話を使う予定だが、今のところ俺の出番はないと思っている。
「も、もちろんです! めぐっち、接客を」
「はい。空いている席にどうぞ。今、お冷やをお持ちしますね」
かわいらしい店員さんが、カウンター席に着いた俺たちに微笑みかけた。水を運んできた彼女にコーヒーとサンドイッチのモーニングセットを二つ頼んだ智篤は、その流れで早速オーナーに依頼事をする。
「実は頼み事があってきたんだ」
「え? 頼み事?」
「ああ。突拍子もない話に聞こえるかもしれないが、僕らの音楽をここで流してほしいんだ。ゆくゆくはここでのライブも考えている。出来ればウェブで中継しながら」
「はぁ。ライブ配信、ってやつですか?」
「そう、それ。先日もここで弾かせてもらってるし、どうだろうか?」
「そりゃあ別に構いませんけどね。なんだって急にうちなんかでやろうと?」
当然、そういう話になるだろう。智篤も、想定していた質問が飛んできたとばかりに持論を話し出す。
「簡単に言うならこれは、活動場所を奪われつつある僕らの抵抗だよ。金と権力がすべてじゃないって、想いの方が強いんだぞって事を示すためのね」
「あっ、分かりました! この間の動画で言ってた『歌の力』ってやつですね?」
女の子が手を叩いて応答した。
「わたし、見ましたよ。サザンクロスとブラックボックスのコラボ動画。歌ってる皆さんが普段どんなことを考えているかが分かって、とてもいい動画でした」
コラボ動画は一日で十万回再生された人氣動画だ。目の前の彼女も見たと聞き、智篤も嬉しそうだ。
「若い子の方が理解が早いな。そう、僕らは歌の力で世界を変えたい。ここを、その足がかりにしたいんだ」
「いいじゃないですか、素敵です! 歌の方も主人と一緒に聴いたんですが、智篤さんの声も麗華さんに負けず劣らず素敵でした。わたしも惚れちゃいそうです」
「へぇ。若いのにもう伴侶がいるのか」
「それどころか、めぐっちは一児の母ですよ。見えないでしょう?」
オーナーが合いの手を入れ、女の子がはにかんだ。
「若い子がファンになってくれるのは嬉しいよ。だけど、一番聞いてほしいのはオーナー世代なんだよな。そういうわけで、どうかな。野球中継を流すのもいいけど、店で僕らの音楽を流すって言うのは?」
誰が見ているわけでもないテレビを指さす。
「うーん……。日を決めてやるのはまぁ、ありかもしれませんが、うちは基本、シーズン中は野球中継を流すって決めてるんです。何せおれが元球児だし、それに……」
「そこを、なんとか頼むよ……!」
智篤が頼み込むが、オーナーは唸ったきり押し黙ってしまった。一旦話は途切れ、その間に頼んだモーニングセットが提供される。サンドイッチを頬張っていると、ようやくオーナーがさっきの続きを話し始める。
「おふたりに伺いますが、音楽をうちで流してどうするんです? ただ曲を知ってもらいたいだけならぶっちゃけ、ウェブ配信でもいいわけでしょう? もしくは路上で歌うとか」
「いや。これまでのやり方では届かない人に聞いてもらうのが狙いなんだ。この意味が分かるか?」
「つまり、自分から情報をとりに行かない人にも聞かせたい、と」
「ああ」
「それだったら……」
オーナーはそこで一旦言葉を切った。
「おれ、いいこと思いついちゃったんですけど、聞いてもらえます?」
「もちろん」
「店で曲流すってのも悪くはありませんが、後にライブもやるとなった場合、ここはあまりにも狭い。人を集めてのライブ、それも想いを伝えるのが目的なのだとしたらもっと広い場所、それこそ球場とかでライブを開催した方がいいと思うんっすよ」
「球場……?」
「理人さん、それ、最高です! 水沢さんに頼むんでしょう?」
「さすがはめぐっち。大正解」
「水沢……。もしかしてレイちゃんの弟?」
「そうです。実は水沢センパイは少年野球クラブを主宰してましてね、球場とは縁があるんですよ。もちろん我々には偉大なる永江センパイもいますから、広い場所の確保という意味では何も困ることはありません」
今の提案を聞いて、さすがの俺も黙りこくっているわけにはいかなくなった。
――智篤。球場を借りるなんて考えもしなかったけど、いいんじゃねえか? ただ音楽を流してもらうより、俺らにはライブの方が性に合ってる。
「そうだな、確かにその方がずっとやりやすい」
智篤も頷いた。
「球場でライブとなったら、その様子をうちのテレビで流すことは出来ると思います。そしたらここのお客さんも聴ける。テレビにネットを繋げばいいんでしょ、そっちの方がうちとしても楽だし」
「レイちゃんの弟とはすぐに連絡取れるのか?」
「ええ、もちろん。って言うか、うちの常連でもありますからね。そのうちに来るんじゃないですか? ほーらね……」
話し込んでいると、店のドアが開いて二人の男性が入店した。
「わぁ、これは好都合。永江センパイも一緒だー!」
「……どうやら僕たちのうわさ話をしていたようだね」
「ですです。だけどいい話ですよ。こちらのお二人から折り入って頼みたいことがあるそうで」
「二人……?」
永江と呼ばれた眼鏡の男性がこちらを見た。
「あぁ、サザンクロスの……。今日は麗華さんは一緒じゃないんですね?」
彼とは面識があるが、その発言から俺らはいつでも三人で行動するもんだと思われているようだ。
「……この店ではレイちゃん込みじゃないと歓迎されないのか?」
――だなぁ……。もっと二人の名前を売り出さないと……。
「すんません、相方が余計なことを……」
俺たちがぼやいていると、もう一人の男性――麗華の弟――が詫びを入れてきた。普段から鍛えているであろう屈強な肉体を持つ彼はしかし、俺たちを前にしてへこへこ頭を下げた。
「あのー。それで、俺たちに頼み事って言うのは? お二人で来たってことはもしかして、姉貴には聞かれたくないことでしょうか?」
「勘がいいな」
「やっぱり……。なんか嫌な予感がしたんです……」
麗華の弟はあからさまに嫌そうな顔をした。姉弟の力関係を思えば当然の反応だが、まだ何も頼まないうちから拒まれるのは困る。
――頼む。どうか俺たちを助けてくれ。弟である君の力がどうしても必要なんだ。
手話を智篤に通訳してもらったあと、三つ指をついて頼み込む。智篤も俺の横で深々と頭を下げた。
「えーっ……。そんな、土下座なんてやめて下さいよ……。っていうか、そんなにピンチなんっすか……? もしかしてまた解散、とか……?」
「そうじゃないんだ。……あー、時間はあるかな。食事をしながらで構わない。もし良かったらここまでの経緯を聞いてくれないか?」
「分かりました。伺いましょう」
智篤から事情を説明したい旨を申し出ると、永江くんの方が空氣を読んで応答してくれた。
24.<智篤>
レイちゃんが事務所を離れてから今日に至るまでの出来事をざっくりと話した。弟の庸平くんは怒りの感情を顕わにしたが、眼鏡の永江くんは元プロ野球選手だったこともあり、「いかにもありそうな話ですね」と僕らの話を冷静に受け止めた。
「僕は野球しか能がなかったから、野球界で生き残る戦略の一つとして、言われるがままスポンサー企業の顔になったりCMに出たりしましたが、そう言った仕事に口を出す男は嫌われていましたね。素直じゃないと言われて。試合でどれだけ活躍しても、企業が求めるイメージ通りの仕事が出来ないやつは本業ですら干される。……音楽業界も同じなのでしょう」
「ったく、夢のない話だな……」
「彼らの言う『夢』は僕らの思っているのとは違う。彼らにとっての夢は金を稼ぎ続けること。決してその職業に就けたり長く働けたりすることじゃあない」
「ますます夢がねえじゃん!」
「それが現実さ」
「お前、よくもそんな冷静に言えるな」
「そりゃあ、もう引退して久しいし、野球から離れた男が何を言おうが構わないと思っているからね。しかし、最近では開き直ってもいる。これまで培ってきた実績というものを利用してもいいんじゃないか、とね。まぁ、僕も頑張ったんだ、ご褒美をもらったって罰は当たらないだろう。……というわけで話を元に戻しますが」
永江くんは一呼吸おき、
「市営球場くらいでしたら僕の一声でなんとでもなると思います。もちろん、日頃から庸平が世話になっているから出来ることでもありますが」
と続けた。
「ただし、夏場は高校野球の予選で埋まっています。無理を言えば予備日をおさえることは出来るでしょうが、予選の中日にライブ会場の設置と片付けを行うというのは現実的ではないでしょう。準備や人員確保を考えれば秋以降が妥当と考えます」
「なるほど……。ちなみに、考えてる市営球場の収容人数は?」
「確か、一万人ほどだったかと。費用は曜日や時間帯によって変わります」
「一万人……」
球場、と聞いたときから数千人の前で歌うことになるんだろうとは思っていたが、そうか、一万、か……。
――そんな大人数の前でやったこと、ないよな。
「ああ……」
数の多さにビビっているのは拓海も同じらしい。
ショータの計画では、ライブは見えないファンが増えたあと。最後の最後という話だった。現状、ブラックボックスの力添えもあってネット上のファンは急増した。今ならそれなりの人数を集められるとは思う。それでも一万人収容できる会場を一杯に出来るかと言われると自信はないし、ましてやネットにアクセスしない人を呼び込めるかと問われたら尚更、疑問符がつく。
――ああ、この場にショータがいたらいい案出してくれるだろうけどなぁ。
しかし、いくら拓海がぼやいてもショータは現れない。今日は僕らだけで計画外のことをしようというのだから、ない知恵を絞って問題を解決していくしかない。
尻込みしている僕らを見てか、オーナーたちからいくつかの提案が成される。
「じゃあ、こういうのはどうです? 最初に話していたとおり、秋まではうちでサザンクロスさんの曲を流す。加えてライブ日の告知を多方面にしていく。まぁ、人海戦術にはなりますが、これで上手くいった前例があるのでなんとかなるんじゃないっすかねぇ」
「前例……?」
「あー、実は、永江や俺がそれぞれに主宰しているクラブの会員の大半は足で集めたんですよ。チラシを直接手で配るっていう古典的なやり方でしたが、案外うまくいきまして。俺ら世代の人間を集めたいなら、顔が見えるこのやり方が合うかもしれません」
庸平くんが補足説明してくれた。
――チラシの手配りだってさ。懐かしいよな。
拓海が僕にだけ分かるよう、手と口を動かした。僕は頷きながらウイング結成当初を思い出す。駆け出しのころは本当に無名だったから、それこそ手書きのチラシをコピーしてはライブの勧誘をしていた。出演しない日でも、ライブハウスの前で勝手に自分たちの曲を弾き語り、アピールしたこともあった。
「なるほど。原点回帰はありかもしれない」
呟いてから、今回の企みは「泥臭く」やろうと決めたことを思い出す。
「では、僕らの体操クラブでもチラシを配布しましょう。サザンクロスさんの曲も流してみます。実は、身体を動かすときに流す曲を新しくしようと思っていたので、ちょうどいい機会……」
「ちょっと待った」
申し訳ないと思いながらも永江くんの言葉を遮る。
「それはBGMとして使うって意味か?」
「……ダメですか?」
そもそもBGMとして使うことを想定して作った曲など一つもない。とりわけウイング時代に作ったものは曲こそがメインであり、集中して聴いてほしいものだった。いわゆる、「CMで流れていたから知っている」曲とはまったく違う。商品紹介なり体操なりの背後でうっすら流れていればいいBGMと僕らの曲を同列に扱って欲しくないのだ。
口ずさみ易く、またノリが良ければ多くの人に受け容れられるのは十分承知している。多くの人が歌詞の中身などどうでもいいと思っている中で、歌詞にこだわる僕の曲が受け容れられないことも当然理解している。
だからお前らは一生貧乏バンドなのだ、と言われればその通りだと返すしかないが、こればかりはどうしても譲れない。僕のプライドに賭けて。
思いが顔に出てしまったのかもしれない。眉をひそめていると庸平くんが何かを察したように言う。
「また相方が失礼なことを……。これから世界征服をしようと目論んでいるのに、そんな曲を体操クラブで流すのは違いますよね。スミマセン。こいつ、一般人とはかけ離れた感覚の持ち主なので……」
庸平くんは、再び大きな身体を折りたたむように頭を下げた。続けて、
「チラシを配るならいっそのこと、直接クラブに足を運んでもらって生歌を披露してもらうのが手っ取り早いかなって思うんですがどうでしょう? それだったらサザンクロスさんの曲のイメージもわかってもらえるし、年配者にも受け容れられやすいかと」
と言った。
「ああ、それがいい。招いてくれればどこでも行くよ。っていうか、若いころの僕らはそうやって生きていたんだから慣れたもんさ。なぁ?」
――ああ。俺は声を出せないけどその代わり、持ち曲全部弾いてやる、くらいの氣持ちで弾くよ。
「よかった、納得してもらえて」
庸平くんがホッとしたように息をついた。
「しかし、お二人はともかく姉貴はどう思うでしょうね? 賛同してくれるでしょうか」
僕はとっさに店内の時計を見た。今ごろは事務所に着いていて交渉しているころだろうか。うまくいっていると信じたいが、正直な話、リオンを説き伏せられるとは思っていない。断言は出来ないけれど、見たところあの子も僕と似てプライドが高そうだから、一度こうと決めた意見を簡単に変えるようなことはしないだろうと思っている。
「賛同してくれるかどうかは交渉結果次第だろうが、万が一交渉が決裂した場合、僕らのプロデューサーは今度こそ裏切り者を切る、と断言している。そうなれば内部分裂は避けられないだろう。僕らのやろうとしていることはそれを避けるための策でもある。……僕らは自分たちの力のなさを痛感している。だけど、どうしても達成したいことがある。そのためには多くの人の協力が不可欠なんだ。……みんなで成し得たい。みんなで同じ景色が見たい。そのためなら何でもする。たとえ畑違いと分かっていても、力になってくれる人がいれば頼み込むつもりでいる。君たちにしているように」
「うっわ……。暑苦しいのは野球人だけかと思ったけど、ミュージシャンも同じくらい暑苦しいんすねぇ。あ、勘違いしないで下さい。これは褒めてるんっすよ?」
僕の言葉を聞いたオーナーは、そういうなりカウンターの内側から出てきて手を差し出した。
「おれ、こうみえてそう言うの、嫌いじゃないんですよ。おれ自身が、不器用でまっすぐで暑苦しい、とあるセンパイの言葉に救われてますからね。あなた方の強い想いが届けばきっと、過去のおれみたいな人間を救える氣がします。なので、微力ながらお手伝いさせて下さい。……ホントにちょっとだけですけど」
「いや、頼んでいるのはこちらの方だ。力になると言ってくれてありがとう。必ず期待に応えてみせるよ」
手を握り返す。彼は反対側の手も重ねて力強く頷いた。
直後、僕のスマホが鳴った。ショータからだ。嫌な予感を抱きつつ、通話ボタンを押す。
『麗華姉さんから報告がありました。交渉は失敗に終わったそうです。つきましては、大至急ライブハウス「グレートワールド」まで来て下さい。次の作戦をお伝えします』
「……了解した。拓海と一緒に急行する」
『お待ちしてます』
電話を切り、聞いた内容を拓海に伝えると、彼はすぐさま財布を取り出して店を出る支度を始めた。
「すまない、プロデューサーから呼び出されてしまった。今し方していた内容の詳細については後日、改めて話し合おう」
「……いい話じゃなさそうでしたが、大丈夫です?」
「想定の範囲内さ。必ず、いい報告を持ってここに戻る。それじゃあまた。ごちそうさま」
会計を済ませて店を出た僕らは足早に駅を目指す。電話口のショータの声は実に落ち着いて聞こえた。おそらくはこうなる可能性が高いとみていたのだろう。事前に話していた最悪のシナリオに近い道を進んではいるが、まったく不安はない。なぜなら……。
――これで、俺たちの企ても活きてきそうだな……。
拓海の言葉に、にやりと笑い返す。
「ああ。無事に協力者も得たからな。たとえ何か問題が発生してもその都度みんなで知恵を出し合えばいい。頭数は揃っているんだ」
もう以前のように、何もかもがうまくいかないと嘆いたりはしない。歌の力、祈りの力で死にかけた拓海を救った僕は、想いが現実を作ることを知っているから。
「さぁ、声なきミュージシャンとひねくれ者たちの逆襲。第三部の始まりだ」
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