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【連載小説】「愛の歌を君に」#8 それぞれの決意


前回のお話(#7)はこちら

前回のお話:

その晩、眠れずにいた麗華に氣付いた拓海は、起き上がって隣に横たわる。呼吸音から病の深刻さを知った麗華は、手術の末に声が聞けなくなっても拓海とバンド活動を続けたいと告げる。が、拓海は自分の声で表現し続けることにこだわる。
それは彼がミュージシャンであることに誇りを持っているからだが、病状は決して思わしくない。翌朝、自然と目が覚めた拓海の身体は重く、すぐには動けないほどだった。次いで目を覚ました智篤は、拓海が動けないと知るや「世界征服」のための行動を急がなければと言った。彼の言う「世界征服」とは、具体的には三人で作ったサザンクロスの曲で多くの人の心を揺さぶる、というものだった。
その日、智篤は早速ラブレターという名の作詞に取りかかった。夕方までには完成し、すぐに麗華に手渡すと、麗華からも曲のプレゼントをもらうことになり、とある公園で披露される。それは昨晩、三人で語り合ったことを言葉にし、メロディーに乗せたものだった。智篤はそれを聴いてなぜか落涙し、麗華の思いを知る。それを機に、閉じきった智篤の心の扉が少しずつ開いていく。

22.<麗華>

 活動拠点にしている街で毎年行われている小さなイベント。そこに今年も出演して欲しいと声がかかった。実施時期は五月の大型連休なのでずいぶん先の話ではあるが、諸々の準備があるためオファーは三ヶ月以上前に来るのが通例だ。

 ソロシンガー・レイカとしての活動は控える、と公式発表している。それでもこうして仕事の依頼が入るのは有り難いことだ。

 ただ、今は三人での活動を第一優先にすると決めている。彼らを傷つけたあたしが信頼を取り戻すためにも一人での出演依頼を二つ返事で受けるわけにはいかなかった。

 二人に相談すると案の定、智くんが突っかかってきた。

「相談するまでもないと思うけどね。君が僕らとの活動を優先するつもりなら、依頼があった瞬間に断ってるはず。だけどそうしないで僕らに話を振るのは出演を諦められない理由があるからとしか思えない」

「相談したのは、二人さえよければ、そのイベントにサザンクロスとして出演できないか頼もうと思ってるからよ。決して大きなイベントではないけれど、出演できればいろんな人に聴いてもらえるし、知ってもらういい機会になると思うの」

「ふん……。つまりは君の名声を利用して僕らのバンドを知らしめようという作戦か。氣に入らないな」

「…………」

「おいおい、世界一を目指そうって言ってるやつがそんなことでどうする? 利用できるものはとことん利用した方がいいと俺は思うけど。ほら、バンドを再結成すると宣言したあのイベントだって、レイカのバック演奏って形で出たけど結構盛り上がったじゃん」
 拓海が助け船を出してくれたが、智くんは首を横に振った。

「君にはプライドがないのか? 盛り上がればいいってわけじゃないし、ましてや僕はレイカのバック演奏者でもない。サザンクロスのメンバーのひとりとしてステージに立ちたいんだよ」

「分かる。分かるよ、お前の氣持ちは。だけど……」

「分かるならレイカの仕事に僕らが乗っかろうなんて言うな」

「……じゃあ問う。お前のプライドが許さないって言うなら他にいい案があるんだろう? そいつを教えてくれよ」
 拓海が智くんに言い迫った。智くんは、迫る拓海を突き放すように肩を押した。

「そんなの決まってるだろう。路上ライブだ。それしかない」

「…………!」

 それはあたしたちの原点だった。しかしプロになってからずっと依頼されるままに歌ってきたあたしにとっては、路上ライブという言葉が新鮮に聞こえた。意外だったのだろう、拓海も驚いた表情をしているが、まんざらでもない様子で智くんの顔を見ている。

 智くんは続ける。
「レイカとしての仕事を断れないなら受ければいい。ただしその場合は再び僕の信用を失うと考えて欲しい。そして二度と戻ってこないことを覚悟して欲しい」

「……分かったわ。それが智くんの想いだというならイベントの出演依頼は断る。その代わり、イベント会場の近くで路上ライブをする。これでどう?」

「いいだろう。ただし、時間はイベントにかぶらせない。僕らの力で集客する」

「お前、本氣でそんなことを……?」

「出来る。僕らには出来る……。いい音楽は特別なことをしなくたって届く。絶対に。そうだろう?」

 それが、自分たちの音楽を信じているからこその発言だと分かる。智くんも少しずつ変わってきていると実感する。

「いいわ。やりましょう。昔のように路上で。……そうだ! 今作っている曲をその時に発表しよう。イベントに合わせて路上ライブをするならまだ何ヶ月もあるし、それだけの時間があればきっと完成するはず」

「俺たちのラブレターの文言を継ぎ合わせて作ってるっていう、あれか?」

 拓海の言葉に頷く。実は今、二人からもらった何通かのラブレターを元に歌詞を書こうとしている。二人の、とても素直な文章をあたしだけのものにしておくのはもったいないと思ったとき、歌にしようとひらめいた。継ぎ合わせるに当たっては多少、あたしのアレンジも入っているが、今のところうまく書けていると思う。

 拓海はポリポリと頭を掻いて視線を逸らした。
「なんだかなぁ……。俺たちの想いを麗華が歌うって聞いただけで恥ずかしくなるぜ」

「あら、とても素敵よ? きっと大勢の人の心に届くわ」

「歌詞に書き改めるのは構わないが、一つだけ守って欲しいことがある」
 拓海と違い、智くんは神妙な面持ちで言った。

「これまで君が書いてきた歌詞は『いいとこ取り』が多かった。でも、それだけだと以前のサザンクロス色が強くなってしまう。僕らの、僕の手紙をベースに歌詞を書くならちゃんと恨みの氣持ちも入れて欲しい。抜け漏れがあった場合、僕は採用しない」

「麗華、智篤の審査は厳しいぞ。俺の時なんて、十個作って一個採用されればラッキーって感じだったからなぁ」

「不採用になったらまた作ればいいわ。あたしは決してめげない」
 きっぱりというと、智くんは不敵に笑った。

「そう言い切れる君だからこの年まで歌手として生き残って来れたんだろうね……。面白い。君がどこまで頑張れるか、完成を楽しみに待ってるよ」

 覚悟を示すため、あたしはスマホを取り出すと彼らの目の前で断りの電話を入れた。先方は驚いた様子だったが、あたしが首を縦に振らないと分かるや渋々了承してくれた。

 彼ら、とりわけ智くんにとっては当然の選択に思われることも、あたしにとっては大きな決断だった。そのせいだろう。電話を切った直後、一つ大きなものを失ったような感覚と、それに代えがたい信頼を得たような感覚が同時にやってきた。

 これでよかったのだ……。そう思い込もうとしたときふと、何者でもない自分になったコウちゃんのことを思いだした。

 コウちゃんとは三十年来の友人だが、久々に再会した彼の、仮面を外して生きる姿があまりにも眩しくて、直後は羨むどころか受け容れることすら出来なかった。

 けれども今、「ソロシンガー・レイカ」ではなく、何者でもなかった頃の、「ただの麗華」のように路上で歌うことを選んだ瞬間に、これが彼の言っていた仮面を外すということか、と理解した。そして決断することが出来たのは仲間が、家族がそばにいるからだ、とも……。

 あたしはもらった手紙を手に取って読み返した。
「必ず良い歌詞にしてみせる」
 宣言するように言うと、二人は顔を見合わせて微笑みあった。


23.<拓海>

 皮肉というか、当然というか、病人らしくない生活は通院していても病を進行させている。残り時間の少なさを痛感する日々だが、尚更歩みは止められない。

 俺はなんのために生まれ、生きているのか、改めて問う。

 病氣を治すことを理由に入院するためじゃない。年齢を理由にやりたかったことを諦めるためじゃない。声が出しにくいからと言って歌うことをやめるためじゃない。すべて逆だ。

 病氣をきっかけに動く。いくつになっても恋をし、バンド活動する。声が出なくなるまで歌う。だってこれが俺のやりたいことだから。

 年始から、麗華には何通か手紙を書いた。智篤は返事を求めていないようだが、俺は何らかの反応は欲しかったのでそう伝えていたら、三通目を渡したときに返事をもらった。

 拓海へ

 あなたと一緒に過ごすようになってからまだ日が浅いというのに、あなたがいない生活はもう想像できなくなっています。あなたはあたしの生活にすっかり溶け込んでいるようです。離れている期間の方がずっと長かったというのにね。

 氣が向いたら何度でも手紙を下さい。あなたの想いがこもった文字を読むとまるで声が聞こえてくるようで、とても落ち着きます。あなたの声が好きです。今度歌声を聞かせて下さい。

 麗華

 短い手紙ではあったが、ゆえに想いが詰まっていると感じた。相変わらず俺の「声が好き」と書いてくるのが麗華らしくてクスリと笑った。最初に聞いたときは声だけか、と思ったが、度重なるとこの「声が好き」はイコール、俺のことが好きという意味でもあるんじゃないか……なんて妄想し、一人でニヤニヤしている。

 しかしその妄想もすぐに霧散し、現実に返って絶望する。この声が、遅かれ早かれ出せなくなると分かっているからだ。残された時間は日毎ひごと減っていく。その前に、この声で伝えたい想いは残しておかなければならない。



 焦燥感を抱きながら目覚めた。外がうっすら明るくなっている。もうすぐ夜明けのようだ。俺は二人を起こさないようそっと起き上がり、ギターと筆記用具を手に外に出た。

 結局、寝具を移動させるのが面倒だと言うことで俺の部屋での暮らしが続き、もうすぐ一ヶ月になろうとしている。はじめは窮屈だった生活にも慣れ、今では狭い部屋に三人居るのが当たり前になった。

 アパート近くの公園に向かった俺は寒空の下でひとり、立ち尽くした。すると、ちょうど昇ってきた朝日が俺を照らした。

 真冬の凜とした空気の中でも太陽の熱が伝わってくるのを感じた。鳥たちは日の出を喜び、裸であるはずの木も枝を伸ばして日光浴を楽しんでいるようだった。

 その瞬間、歌詞とメロディーが一氣に降りてきた。慌てて紙に書き留め、すぐにギターを奏で、歌う。それを何度か繰り返すうち、あっという間に曲が出来上がった。

 即興にも近い速さで書き上げたが、その割には上出来だと思うものが完成した。手直しはほとんどいらないだろう。後は録音するだけ……。そのとき背後から声をかけられて振り返る。

「朝から練習か? 熱心なことだな」
 智篤だった。やつは片手を挙げてからこちらへ近づいてきた。
「起きたら居ないし、ギターもないからもしやと思って公園にきてみたらビンゴだったな」

「朝イチのひらめきは大事だからな。おかげでいい曲が出来た」

「へぇ、作曲してたのか。ぜひ聴かせてほしいな」

「聴かせるのはまだ先だよ。それより、麗華はどうした?」

「朝飯の支度を頼んだ。その間に僕は拓海の捜索をしに出てきたってわけだ。スマホが部屋に置いてあったから電話するわけにもいかなくてね」

「心配するな。曲が出来たら、ちゃんと、戻る、つもりだったよ」
 咳払いをしながら言うと、智篤の顔から急に笑みが消えた。

「……正直な話、どうなんだ? 君の喉はもう限界を迎えているようだが、例の路上ライブを予定しているその日まで保ちそうなのか?」

「…………」

「……言えないくらい、間近に迫っているのか? レイちゃんには黙っておくから教えろよ」

「……そんなの、俺にだって分かんねえよ。だけど、いつ歌えなくなっても後悔しないように、最後の曲を作って、この声を、残しておこうと……」

「やっぱり……。そんな氣がしたんだ」

「麗華には言うな。知られたくない」

「彼女は知りたがるだろうが、それが君の望みなら黙っておくよ」

「頼むぜ……」

「さぁ、早く戻ろう。遅くなれば彼女が心配して迎えに来るかもしれない」

「そうだな……」

「部屋に戻ったら僕が彼女の話し相手をする。その間、君は喉をいたわっておくといい。そんな声でしゃべったらきっと心配するだろうから」

 智篤の氣遣いに感謝し、ここからはしばらく黙っておこうと決めて頷く。

「まぁ、彼女とのおしゃべりは得意じゃないんだけど、いま君に喉を潰されちゃ困るんでね……」

 相変わらず素直じゃないひと言を付け加えて歩き出したあいつの背中を追うように動き出す。

「ありがとう……」
 ささやくように言うと「礼はいらない、黙ってろ」と、言葉の割に優しい口調で返ってきたのだった。


24.<智篤>

 なぜ拓海を案ずるようなことを言い、苦手なおしゃべりまで引き受けたのか、自分でもよく分からなかった。こんなときは大抵もう一人の僕がしゃしゃり出てくるのだが、今日はなぜか黙り込んでいる。

 自分で考えろと言われている氣がした。しかし考える間もなく答えは自然と浮かんだ。おそらくは三人でした約束を果たそうと、無意識のうちに出た言葉だった、それがさっきの疑問に対する答えだ。

 拓海やレイちゃんと過ごすうちに、自分では氣付かないくらいちょっとずつ彼らの考えに影響されているらしい僕はどうやら、「拓海の病氣が完治し、僕ら三人が若返り、サザンクロスが日本一のバンドになる未来を想像してみる」といった自分の言葉を実行するかのように動いている。以前の僕ならまずそんなことはしなかったし、実際、理解に苦しむ行動ですらあるが、心の声が何も言ってこないあたり、これが正解なのだろう。

 それが「自分」であれ、誰かに言われるがまま動くのは大嫌いだ。僕は誰にも従わない。僕は僕の意志でしたいようにし、言いたいように言う。そうやって今日まで生きてきた。こんな僕をわがままだと言って離れていく人間は山ほどいたが、氣のあわない人間と一緒にいるより一人でいるほうがずっとマシ。

 唯一、僕のわがままな性格を理解し、好きにやらせてくれるのが拓海だが、その彼ももうすぐこの世を去る。いや、すぐと決まったわけではないがその可能性は限りなく高い。僕が無理をさせたせいかもしれないと何度も後悔したが、嘆いていても死は待ってくれない。拓海が治療に専念するか奇跡を起こす以外、彼の寿命を延ばす方法はおそらくないだろう。

 こんな性格だから拓海が懸念しているとおり、彼の死後、僕を心底理解してくれる人間は一人もいなくなる。そうならないように今からレイちゃんを僕のそばに置いておこうというのが拓海の考えのようだが、三十年、一緒に行動を共にしてきた拓海の代役は、やはりレイちゃんには務まらないと思っている。

 拓海が居なくなった世界……。

 想像してみようとするがうまくいかない。まだ生きているのだから出来なくて当然と言えばそうなのだが、毎日顔を合わせている人間がいなくなったらきっと切り裂かれるような胸の痛みを伴うだろうことは想像が付く。

(ちっ……。なんでこんなにも拓海にこだわっているのか……。)

 認めたくはないが多分、僕は拓海の死を恐れている。自分が思っている以上に彼を頼り、甘えている。なのに、こんなふうにしか接してこなかったから、今更完全に一人で生きていけるか不安で仕方がない。だから表面上はクールを装っていても内心では慌てふためいているのだ。

 ――ちゃんと自分で分析できるようになったじゃないか。すごいすごい。
 黙っていたはずの内なる僕が急にしゃべり出した。上から目線な物言いに腹が立つ。

(ふん……。ずっと黙っていればいいものを。)

 ――いやぁ、君が拓海を案ずるその優しさに感心したんで、せっかくだからいいことを教えてやろうと思ってね。

(余計なお世話だ。放っておいてくれ。)

 ――君の行動一つで拓海の生死が決まると聞いても?

(……どういう意味だ?)
 思わず問い返すと、心の声は満足そうに笑った。

 ――君は拓海に生き続けて欲しいんだろう? だったらやることは一つ。熱心に祈れ。彼の病氣が治るようにね。

(祈り……? そんなもので人の命が救えるんだったら誰だって祈ってるはずじゃないか。馬鹿なことを言うな。)

 ――やってもいないのになぜそう言える? 否定するなら実際にやってみて効果がなかったあとにしてもらいたいね。一つ言っておくが、多くの人もそうやって馬鹿にし、祈りすらしない。だから救えるものも救えないのさ。

(…………。)

 ――前から言っているはずだ。君の世界は君の心が作り出していると。君が拓海のいない世界を想像すればその通りになる。君が拓海の完全復活を望めば彼のいる世界が続く。それだけのことなんだけどな。

(つまり、拓海に生きて欲しければ、拓海が生きている世界を強く念じろと?)

 ――そういうことになるね。

(それは、レイちゃんが歌であいつを救おうとしているのと同じってことか?)

 ――そうそう。あれも祈りの一つだ。

(なら、僕も歌えば救えるってことだな?)

 ――そうだね。

(だったら、歌うよ。拓海と一緒に、ニューワールドにいくために。)

 ――おっ、今日はやけに素直じゃないか。その調子だ。
 内なる僕が弾むような声で言った。

(言っておくがお前の言葉に従ったわけじゃない。これは僕の意志だ。)

 ――……やっぱり素直じゃないね。まぁ、それでこそ君だけどね。
 心の声は嬉しそうに言って笑った。



 部屋に戻るといい匂いがした。最近の定番になりつつある、ベーコン入りスクランブルエッグが焼き上がったようだ。トーストの匂いも混ざっている。にわかに腹が減ってきた。

「あ、おかえりー。拓海ったらどこまで行ってたの?」

「あー……」
 言葉を発しかけた拓海の口を押さえつけ、僕が彼女の問いに答える。

「すぐそこの公園にいた。まったく、年寄りは早起きだから困るよな」

「…………!」

 がんを付けてきた拓海を、こちらも目で威嚇いかくする。にらみ合っていると「はいはい、喧嘩はそこまで!」と言ってレイちゃんが間に入った。

「狭い部屋での生活なんだからいつでも笑顔でいよう、って決めたでしょ? だからね、はい、すぐに手洗いを済ませて、座った座った!」

 まるでお母さんのような物言いに再び拓海と顔を見合わせるが、空腹に耐えきれなかった僕たちは言われるがままに洗面所で手を洗い、大人しくそれぞれの席に腰を下ろした。朝食が提供され、レイちゃんも席に着く。

「さ、手を合わせて……。いただきまーす!」

「いただきます……」
 手を合わせた瞬間に、さっき心の声が言っていた祈りのことを思い出した。

 こうして三人で暮らす以前は、と言うよりレイちゃんと食事を囲むようになる前は腹を満たすためだけに飯を食っていた。手を合わせることもなく、目の前の食事に意識を向けることもない。ただ一人きり、あるいは拓海との会話のない食事は、何を口にしたのかさえ覚えていないほど無感情に済ませる、、、、ものだった。

 しかし、ここひと月の間に意識は変わりつつある。ほんのわずかであっても自分のことを想って作られた料理が目の前に出されること、そしてそれを囲みながら語り合うことの出来る仲間がいるありがたさを感じるようになった。また氣付けば料理も味わえるようになった。僕はいままで何を食って生きていたのかと思わずにはいられないほどに、この部屋で手作りされた料理はうまい。

(祈り、か……。)

 もしかしたらレイちゃん作る料理には、僕らを心身共によくしたいという、祈りにも似た想いが込められているのかもしれない。でなければこんなにも考え方が変わるはずがないし、彼女を恨んでいる僕がひと月も一緒に生活出来る道理もない。

(祈りに人の運命を変える力があるのなら、やってみる価値はあるのかもしれない……。)

「拓海」
 僕は食事の最中さいちゅうで箸を置き、声をかけた。こちらを向いた彼をじっと見つめて言う。

「途中で離脱したら承知しないぞ。僕は君がリーダーを務めるサザンクロスの一員としてここにいることを忘れるな」

「おう……」
 拓海は小さな声で答えた。僕は次に、そばで微笑むレイちゃんの方を向いた。そして一息に言う。

「路上ライブで歌うのとは別の曲を一緒に作らないか? ……拓海を救う曲を」

「…………! ええ、もちろん……!」

「智篤、お前……」

「言っておくが君のためじゃない。あくまでも僕の目的を果たすためだ」

 語氣を強めて言うと、拓海はホッとしたように微笑み、心の声も、実に君らしいと満足そうに言うのだった。


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※見出し画像は、生成AIで作成したものを一部修正して使用しています。

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いろうた@「今、ここを生きる」を描く小説家
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