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【連載小説】「さくら、舞う」 3-9 父娘の対峙



この話に繋がる、前々回のお話(第三章#7)はこちら
前回のお話(第三章#8)はこちら


※第三章は、さくら→舞→ユージン→悠斗で回してきましたが、流れを重視するため、舞→さくら→悠斗(この記事)→ユージンで書いています。

前々回のおさらい:

観客席から、ユージンの麗華への告白を聞いた舞は衝撃を受ける。彼の勇氣に刺激され、舞はついに、婚約発表をした幼なじみのプロ野球選手、圭二郎へ自分の想いを告げる決意をする。
電話が繋がり、想いを伝えた舞。しかし圭二郎から、舞の氣持ちに氣付いていながら黙っていたと告白されて戸惑う。「舞は野球が好きなんじゃなく、俺が好きだから野球を続けてきたんだろう?」と。野球以外のことをして欲しいとの思いから、圭二郎は沈黙を貫いてきたのだった。
圭二郎の優しさに改めて触れた舞は自分の氣持ちに折り合いがつく。そんな舞の前に、父親が立ち塞がる。

19.<悠斗>

 店を閉めたいからと、半強制的に追い出されたタイミングで舞と出くわしたのはきっと偶然なんかじゃない。ニイニイと舞はきっと、ここでまみえる運命だったのだ。

 目的を果たせたのだろう、舞の顔は、吹っ切れたように見えた。そのせいか、父親と対面しても逃げの姿勢を見せることなくじっとこちらを見据えている。それを受けてニイニイも対峙する。

「……話せるか?」

「うん」

「それじゃあ、どこか、店に入ってゆっくり……」

「ここで話そう」
 舞は今の氣持ちが、勇氣が、消えないうちに決着をつけたいに違いない。半ば睨み付けるようにして父親に言い放った。

「……わかった」
 ニイニイは娘の言葉を聞き入れ、ネオンが光るライブハウスの壁にもたれた。話があると言って声を掛けたのはニイニイだったが、先に口を開いたのは舞の方だ。

「……わたし、今の仕事を辞める。野球から、離れる。今、そう決めた」

「……そうか」
 ニイニイは静かに受け止めただけだった。

「……反対、しないんだ?」

「……悩み抜いて決めたんだろう? だったら、おれから言うことは何もないよ」

「……本当に? 言いたいことがあるなら言ってよ。わたしは平氣だから。お父さんがどう思っているか、ちゃんと聞きたい。……話し合うためにここまで来たんでしょう?」

「…………」
 まさか、舞の方から父親の意見を求めるとは思わなかった。ニイニイも驚いた表情で舞を見つめていたが、やがて言葉を発する。

「ああ……。それじゃあ言うよ。……おれは、舞は野球が好きなんだとずっと思ってた。だから社会人になっても続けたいんだと……。でも、あれからよくよく考えてみたんだ。舞の人間関係についても思い巡らせてみたんだ」

「人間関係……?」

「……永江先輩の勧めで、祐輔に会った。祐輔の妻はるやまにも会った。二人に会って、互いの子供の思い出話をしながら、舞が何に思い悩んでいるかを探った。……そこでおれなりの解にたどり着いた。舞が野球を続けてきた理由と、休んでいる理由はおそらく……」

「その二人に会ったなら、お父さんの予想はきっと当たってる」

「じゃあ、やっぱりそうなのか……」
 父親の言葉に、舞は静かに頷いた。

 ニイニイが会ったという二人は、舞の失恋相手の両親で、ニイニイとは同じ高校の野球部だったと聞いている。

「……おれが浅はかだった。祐輔と春山の馴れ初めを知っていながら、あいつらの子供と舞とを引き合わせ、野球を通して親睦を深めさせてしまった。おれがもっと舞の氣持ちに寄り添っていればこんなことにはならなかったはず……。本当に申し訳なかった」

 ニイニイは深々と頭を下げた。しかし舞は小さくため息をついただけで、感情的になることはなかった。

「……どこまで話を聞いたのかは知らないけど、わたしはちゃんと圭二郎と話をつけたし、これからもあいつとの関係は変わらない。出会わなければよかった、とも思ってない。だから、お父さんが謝る必要はないよ」

「いいや……。圭二郎のことは抜きにしてもおれは謝らなくちゃいけない。知らなかったとは言え、悩んでいる舞の氣持ちを無視して『早く身を固めて欲しい』などと言ってしまった。本当なら、舞が元氣でいてくれるだけでいいはずなのに……。……おれは、おれは舞がめぐちゃんのように、結婚して子供をもうければ幸せになれると……勝手に思い込んでは押しつけようとしたんだ。幸せの形は人それぞれなのに……」

「お父さん……」

「今、子供と関わる仕事をしているせいもあるだろうな……。今おれは、ユウユウと永江先輩と三人で体操クラブをやってるんだけど、幼稚園児や赤ちゃんをみると、つい自分の孫のように思ってしまうんだ。そして、舞の赤ん坊の頃を思い出しては、そろそろ結婚して子供の顔を見せてくれてもいいよなぁ、なんて思ってしまう……。ああ、そうだ。全部、おれの我が儘わ まま。我が儘なんだ……」

 ニイニイの氣持ちが、おれには手に取るように分かる。おれも全く同じ思いで日々を過ごしているからだ。笑顔で走り回る幼子おさなごはかわいい。見ているとつい、微笑んでしまう。そんな幼子が自分の孫だったらどんなにかわいいだろう……。おれだってそう思わずにはいられない。

 子供の前では不器用な発言しか出来ないニイニイを見ていられずに、外野から少しだけ発言する。

「ニイニイ、自分を責めないでください。そう思うのはごく自然なことです。ただ、舞にそれを押しつけるのではなく、そう思った自分を自分で認めればよかっただけのことです」

「…………」

「そうだよ、お父さん」
 うつむく父親に向かって舞が言う。
「わたしが圭二郎と出会えたのは間違いなくお父さんのお陰。結果は残念だったけど、彼に本当の氣持ちを伝えたことで知らなかった自分を発見することが出来た。だから、これで良かったの……」

「知らなかった自分……?」
 ニイニイの問いに、舞は恥ずかしそうに目を泳がせたあと、ライブハウスに目をやった。

「今日ここに来て、そして圭二郎に指摘されてはっきり分かった。わたし、音楽が好き。自分でもやってみたい。お兄ちゃんのように、形だけでも……。今はそんな氣持ちなの」

「……そうか。舞も、音楽を」

「意外でしょう? 驚いたでしょう?」

「いいや……。いつか翼のように、楽器を弾きたいと言い出すんじゃないかと思ってたよ。でも、舞は優しい子だからいつもおれのキャッチボールに付き合ってくれたっけな……。それが嬉しくて、こっちからはなかなか言い出せなかった……」

「なによぉ……。みんな、わたしが音楽に興味あるって知ってて言ってくれないなんて、いじわるー!」
 舞は怒るような仕草を見せたが、すぐに矛を収めた。

「……わたしだって、お父さんと同じ常識にとらわれてたよ。圭二郎の婚約発表を聞いたとき、悲しみと同時に湧いてきたのは結婚が遠のいたことに対する焦りの氣持ちだった……。そのくらい、圭二郎のいる生活が当たり前だったんだよね。でも、日常が壊れた瞬間に、自分の思い描いていた人生が白紙になってしまった。野球を続ける自分がイメージできなくなった、って言った方が正しいかな。……圭二郎の言うとおり、わたしは圭二郎ありきで野球をしてた。だから、今回のことは起こるべくして起きたと思ってる。本当の自分は何が好きで、この先どう生きていきたいのか、見つめ直すきっかけになったから」
 
 穏やかな表情で彼女はおれに向き直る。
「……悠斗さん。わたしの我が儘に付き合ってくれてありがとうございました。お陰でサザン×BBのライブに来ることが出来たし、前進することが出来ました。本当に感謝しています」
 舞は深々と頭を下げた。

「おれは何もしてないよ。ほんのちょっと、舞の手助けをしただけ。でも、そう言ってくれて嬉しいよ」
 まるで娘に微笑みかけられたかのように感じて心が温かくなった。その想いが伝わったはずはないが、舞が思いがけないことを言い始める。

「あの、悠斗さんに一つ、聞きたいことがあるんです。教えてもらえませんか?」

「おれに答えられることであれば」

「ええと……。悠斗さんの家で厄介になると決めた日、温泉に行きましたよね? あのとき、聞いちゃったんです。悠斗さんとお兄ちゃんが、わたしを家に置こうと決めた理由について話しているのを……。亡くなった娘さんが生きていたらわたしと同じくらいの年齢だったから氣にかけてくれた、と言うのは本当ですか……?」

「……聞いてたのか。あの話を」

 うっかりしていた。家族だけだったからつい氣が緩み、翼の何氣ない問いかけにありのままの返答をしてしまった。

「……ああ、本当だよ。だけど、それはおれが後からとってつけた理由に過ぎない。おれが舞に手を差し伸べたのは単純に、救いたかったから。人を救うのに理由が必要か? いらないだろう?」

 嘘をついても仕方がないので、思っていることをそのまま伝えた。それを聞いて最初に反応したのはニイニイだ。

「……ふっ。ユウユウらしい答えだな。舞、彼の言っていることはおそらく本当だよ。おれも舞と全く同じ疑問を持ったが、同様の答えだった。あのときは納得できずに不満を漏らしてしまったが、今はすべてユウユウの言うとおりだったと断言できる。人にはそれぞれ、役割がある。そして親であるおれに出来るのは見守ることだけ。そうすることしか出来ない自分を過小評価するんじゃなくて、それがおれの役目なんだと、今は認めることが出来るよ。舞が、自分で人生を選び取る力を持っていることも分かった。だからおれはここで舞の言葉を聞き、背中を押す。それが父親として、おれに出来る唯一且つ最善の行為だ」

「ふふっ……。お父さん、かっこいいこと言うじゃん」
 そう言って舞は父親の腕をつついた。
「この間は鈍感な野球人なんて大嫌いって言っちゃったけど、やっぱりわたし、お父さんのことが好き。わたしは野球をやめるけど、お父さんにはこれからも野球好きでいて欲しいな」

「ああ……」
 ニイニイは照れくさそうに鼻の下をこすった。
「直接携わることはないかもしれないが、おれは野球をしてきた自分が好きだし、誇りに思っているからな。舞に言われなくたって、おれはこれからも野球を好きでいるよ」

「それでこそお父さん。……そうだ。明日とか、時間ある? 久しぶりにキャッチボールしようよ」

「おう……。おれはいつでも受けて立つぜ。永江先輩に頼んでどこかのグラウンドを貸してもらうのもアリだな」

「そんなこと出来るの? さすがー」
 微笑み合う二人を見て、この問題も解決したと確信した。

「……舞がうちに来てるって話したとき、ニイニイはおれに嫉妬したけど、なんだかんだ言っておれはやっぱり他人。父親とは違うってことをまざまざと見せつけられましたよ」

 冗談めかして言うと、舞に声を掛けられる。
「……悠斗さんにもいるじゃないですか、まなちゃんが。いい父娘おやこだとわたしは思いますよ」

「あー……。そう言ってくれるのは嬉しいけど、まなは翼とめぐの子であって……」

「もう……隠さなくていいです。まなちゃんは、悠斗さんが若い頃に亡くした娘さんの生まれ変わりなんでしょう? それもあのとき聞いちゃったし、まなちゃん本人にも確認してるので」

「えっ」
 予想外の発言に再び戸惑う。まなには事実を伝えてきたつもりだが、まだ理解できる年齢だとは思っていなかったからだ。
「まなは、なんて……?」

「確認した、と言っても聞いたのは悠斗さんと過去にしたやりとりだけで、特別なことは何も。わたしが感じたのは、今のまなちゃんも悠斗さんが大好きだし、悠斗さんといられる今を全力で楽しんでいると言うことです。だから悠斗さんが父やわたしを羨む必要はこれっぽっちもないと思いますよ。悠斗さん自身も、その頃の悲しみやつらさはとっくに乗り越えているんでしょう?」

 舞の言葉を聞いて、寝付いているであろうまなの寝顔が脳裏に浮かんだ。そう、真っ先に思い浮かぶのは、愛菜ではなく、まな、、なのだ。

「ああ、そうだな……。乗り越えたからこそ今を全力で楽しめてる、とも言えるかもしれない。血は繋がってないけど、おれはまなを実の子のように思っているし、次に生まれてくる子も同じように育てるつもりだよ」

「あっ、その話なんですが……」
 舞はそう言った後でチラリと父親に目をやった。
「後で、ご相談したいことがあります」

「なんだよ。ユウユウには言えるのに、父親のおれには言えないってのか?」

「関係が近すぎて言えないこともあるの! もう、分かってよね! タイミングを見計らって必ず言うから、ちょっと待ってて!」

 不満を漏らした父親に、今の舞は臆することなく「待て」と言い放った。その様子がまるで犬のしつけのようで笑いそうになったが、なんとか堪える。
 
「……分かった。帰りしなに、ゆっくり聞こう」

「ありがとうございます。……あ、あともう一つ。サザン×BBの皆さんに一言ご挨拶してから帰りたいんですが、構いませんか?」

「構わないよ。おれは全然急いでないから」

「よかった……。それじゃあ、もう少しだけ時間をください」
 舞はぺこりと頭を下げ、ライブハウスの入り口に向かったが、そこは既に鍵が掛けられていて入ることが出来なかった。

「そういえばさっき、これから身内だけで宴会するから出て行って欲しいって言われて追い出されたんだよな、おれたち」

「ええ……」

「そうなの? ……裏口から入れたり、しないかなぁ……?」
 ちょっと見てきます。舞はそう言って店の裏に回った。


次回の投稿まで一週間前後お待ちください💖

※見出し画像は、生成AIで作成したものを加工して使用しています。
※※流れを重視した結果、舞の登場が多い氣がしますが、あしからず。


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いろうた@「今、ここを生きる」を描く小説家
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