【連載小説】第三部 #1「あっとほーむ ~幸せに続く道~」本当の家族
「あっとほーむ ~幸せに続く道~」第三部、スタートです。
※↓初めて読む方向けに、人物紹介欄あります↓
第二部あらすじ
<悠斗>
一
オジイとオバア、そしてめぐと翼。鈴宮家なのに、野上姓ばかりのいるこの家の、なんとも不思議な暮らしは想像していた以上に充実している。そう感じるのは、おれ自身がすでに両親を亡くしていて老齢の親と暮らさなかったこともあるだろうし、若い夫婦を見守ることが使命感になっているせいでもあるだろう。
共同生活を始めて三ヶ月。九十代の老夫婦の世話をするのは正直しんどい。しかし、おれが両親に返せなかったぶんの恩を返せるとしたらこれしかない、という気持ちで日々過ごしている。その甲斐あってか、オジイもオバアも比較的元気でいるし、めぐと翼も祖父母と暮らせることを喜んでくれている。そんな彼らの笑顔がおれを幸せにする。自分が五十歳にさしかかっていることも忘れてしまうほどに。
「家族とはいえ、悠斗さんに身の回りの世話をしてもらって申し訳ないね」
オジイはいつもそう言って頭を下げる。息子たちが世話をするのと違い、わがままも通せないからだろうか。
「いえ。申し訳なさを感じる必要なんてないですよ。おれにだって、言いたいことは何でも言って下さい」
「……なら一つ、聞いてほしいことがある」
「はい、なんでしょう?」
「……長年住んできた家を処分しようと思ってるんだが、売れたらその資金を受け取ってはくれないだろうか」
「……え?」
何でも言ってくれとは言ったが、さすがに驚きを隠せなかった。
「いや……。売る手続きをして欲しいというならやりますが、売れたお金をおれが受け取るわけには……」
「うむ、実はこの話には続きがあってな。家が売れた暁にはそのお金で鈴宮家を修繕するのはどうかと思っているんだよ。もちろん、じいちゃんたちが住むためにするんじゃない。君たちがこの家でこれからも家庭を築いていくというなら、手入れは必要なんじゃないかと思うわけだ。まぁ、高い値がつくとは到底思えないが、修繕費くらいにはなるだろう。こうして世話をしてくれるお礼と思って受け取ってはくれまいか?」
確かにこの家はおれがまだ幼かった頃に両親が購入したもので、築四十年以上が経っている。めぐや翼たちと暮らすにあたり、傷んだ床や畳は交換したものの、外壁や屋根などは両親が二十年ほど前に修繕したきり。オジイが気に病むのは至極もっともなことだ。
「彰博には……息子さんたちには話しているんですか?」
「言っておらん。常識的に考えれば、家の売却益は息子に分配するのが筋なんだろうが、じいちゃんは悠斗さんに受け取ってもらいたいんだよ」
「…………」
仮に家が売れれば、かなりの金額になるだろう。それに、おれが受け取るとなれば法的な手続きだってきっと必要になる。簡単に「受け取ります」と言ってしまえるような話じゃないはずだ。
「……オジイの気持ちは分かりました。でも、まずは彰博たちに相談させて下さい。彼らがいいと言ったら、その時は前向きに検討します」
「ああ、頼んだよ」
◇◇◇
その週末、両親の様子を見に来た彰博に、オジイからもらい受けた話を伝えた。案の定、彼は寝耳に水といった様子で驚いた。
「……昔から突拍子もない思いつきをする父だったけど、最後の最後にそんな提案を君に持ちかけるとは」
「おれも驚いてる。だからこその相談だ。お前の率直な意見を聞きたい」
「……僕はもうあの家を出て久しいし、父がそう言っているなら家をたたんでもいいと思う。もちろん、これは僕の意見であって、母や兄貴の考えも聞かなきゃいけないと思うけど。家が売れたときのお金をどうするかについても」
「そうだよな……」
「相談してくれてありがとう。早速このあと両親と話し合ってみるよ。兄貴にも声をかけてみて、時間がありそうなら鈴宮家に来てもらおう。構わないかな?」
「ああ。むしろ、そうしてくれると助かる」
「ありがとう」
そう言うと、彰博は早速スマホを取り出して電話をかけ始めた。
「悠くん? パパと何を話していたの?」
玄関で立ち話をしていたら、めぐがそばにやってきた。
「今、家をたたむって聞こえたんだけど……。もしかして、古くなったこの家を……?」
「そうじゃないんだ。……そうだな、めぐや翼も話に加わった方がいいかもしれないな」
「なになに? 一体どうしたんだよ?」
妙な空気を感じ取ったのか、翼もそわそわした様子で現れた。そこへ、電話を終えたらしい彰博が輪に加わる。
「兄貴はすぐに来てくれるそうだ。……あの様子じゃ、今日は大変な一日になりそうだな」
彰博がため息をついた理由はその後、すぐに判明することとなる。
*
十二月だというのに、彰博の兄は汗だくでやってきた。どうやらここまで走ってきたらしい。そしてやってくるなり靴を脱ぎ捨て、居間に飛び込んだかと思うと「どういうことだよ、親父!」と大声でまくし立てた。
「父さん、そんな大声を出すなよ。外にまで聞こえるだろ?」
翼が慌てて制するが、彼は聞く耳を持たない。
「お前は黙ってろ! おれは今、親父に聞いてるんだ。実家を手放す話はまぁ、いい。だけど……ここにいる鈴宮君に売れたお金をあげたいって話は納得できねえ!」
怒り狂った彼は、ツバを飛ばす勢いで語った。が、オジイは車椅子に座ったまま泰然としている。
「路教のそういう態度に嫌気がさしてる、と言えば分かるか?」
静かな語り口調だった。にもかかわらず、場が一瞬にして凍り付く。彰博の兄が拳を握りしめたのが分かった。オジイは続ける。
「路教はじいちゃんやばあちゃんのことを、厄介者のお荷物だと思っている。それが言葉の端々から感じられるんだよ。退院後の同居話を持ち出されたときに断ったのもそういう理由だ。お前にやいのやいのと言われながら暮らすくらいなら、親身に世話をしてくれる悠斗さんや孫たちと一緒に暮らす方がずっといい。……悠斗さんは本当に優しいよ。お礼がしたいと思うのはごく自然なことじゃないか」
「…………」
「路教。わたしもおじいさんと同じ考えよ」
オバアも話に加わる。
「かつてのように自由に動けないのはわたしたちが一番分かってること。その悔しい気持ちに、悠斗君はそっと寄り添って下さるの。ゆっくりでいいですよって言って下さるの。日々、仕事に追われているあなたにそれができる?」
「…………」
「あなたが悠斗君に負い目を感じているのも分かっているつもり。でも、忙しいあなたに代わって悠斗君がわたしたちの世話をしてくれるのよ? その礼金を、自宅が売れた分で支払うと思ってもらえないかしら?」
「つまり、おれでは母さんたちの役には立てない、と。それを金で解決しろ、と」
彼は不満そうな顔のままおれに問いかける。
「……鈴宮君はどうしてそこまでおれの両親のために尽くしてくれるんだ?」
「親孝行がしたいんです。自分の親は急逝してしまって、恩を返せなかったので」
「自分の親にできなかった親孝行を、他人の親にできるものなのか……」
その目がおれを疑っているのが分かった。ひょっとしたら、おれがオジイに金の無心をしたと思っているのかもしれない。それならば、あの剣幕も理解できる。
おれを睨み付ける彼をたしなめるように、彰博が言う。
「兄貴。悠は裏表のない人間だ。……別の言い方をすれば馬鹿正直に生きてる、とも言えるけど、今の言葉は決して下心から出たものじゃない。そして普段からそういう人間性がにじみ出るような話し方をするから、父さんと母さんも安心感を抱いているんだと思うよ」
彰博の言葉を受けて、彼の兄を除く全員がうなずいた。ちょっぴりこそばゆかったが、彰博はじめ、ここにいる家族がおれを信頼してくれていることが誇らしくも思えた。彰博がなおも言う。
「兄貴はもう分かってると思ってたんだけどな。悠の素晴らしさを。もし分かってなかったんだとしたら……いや、腑に落ちていないんだとしたら、一度しっかり語り合ってみたらいい。彼の本懐を知れば兄貴だってきっと……」
「わかってるよ。鈴宮君がいい人だってことは。ただ……このまま鈴宮君に最後まで頼ってしまったら後悔するのは目に見えてる。……おれは後悔したくない。おれにできることがあるならやりたい。ただ、それだけのことなんだ」
「それなら、おれも同じ思いです。いや……。後悔したからこそ、今必死に取り返していると言えるかもしれません。……もし、お兄さんが反対ならお金は受け取りません。オジイが心配するように、この家の修繕が必要になった場合は自分で工面すればいいだけの話ですから」
「…………」
「あのー……わたしから提案なんですけど、いいですか?」
その時、めぐが遠慮がちに手を挙げた。視線を一手に引き受けためぐは恥ずかしそうにもじもじしながらも発言する。
「もし……もしですけど。伯父さんさえ良ければ、週末だけでもここに寝泊まりするって言うのはどうでしょうか。平日は仕事がメインで無理だとしても、休みの日だったら、少しは心に余裕を持った状態で、おじいちゃんとおばあちゃんのお世話ができるんじゃないかなって……」
「えっ? いや、だけどそれはさすがに迷惑じゃ……」
「ああ、俺もその意見に賛成」
めぐの発言をうけて同意したのは翼だ。
「父さん、じいちゃんとばあちゃんのことが気がかりなんだろ? 悠斗に任せっぱなしも嫌なんだろ? だったら、父さんにできる範囲でやったらいいじゃん。俺たちは別に構わないからさ」
「しかし、鈴宮君がいいと言うかどうか……」
困惑する彰博の兄に、おれは深くうなずく。
「手伝って頂けるならおれとしても有り難いです。こういうことはやっぱり、実の息子がやるのが一番だとおれだって思ってますよ。彰博のお兄さんがいてくれたら、オジイだってもうちょっとわがままが言えるでしょう」
「……ふっ。もう充分わがままを言ってるような気もするけどな」
彼はようやく笑った。
「わかった。鈴宮君がそう言うなら、早速この週末から、今日から始めよう。そしてきちんと話し合っておこう。家のことや、その先のことを……。親父、母さん、それでいい?」
「……路教は頑固者だからな。そう決めたなら、こっちがなんと言おうと意見を曲げないことくらい知っているよ。ああ、路教の好きなようにすればいい」
「そうねぇ。『後悔したくない』は、あなたの口癖だもの。気の済むようにしてちょうだい」
オジイとオバアはそう言ってゆっくりとうなずいた。
*
「おれの家族が信頼を寄せている理由がやっと分かったよ。確かに鈴宮君は、一緒にいたいと思わせる何かを持っている」
週末をこの家で過ごす用の荷物をまとめ、再びやってきた彰博の兄は、荷ほどきをしながらぽつりと呟いた。それから「あー、そうそう。呼び方のことだけど」と話を続ける。
「ここで世話になる間は好きに呼んでくれ。ただし、家族っぽい感じで頼むぜ。よそよそしいのは嫌なんだ」
それを聞いて、オバアとした会話を思い出し、笑いそうになる。やはり親子なのだな、と思ったからだ。
「そうですね……。じゃあ、ニイニイはどうでしょう? 母の出身地の沖縄方言で『お兄さん』という意味なのですが。おれは兄弟がいないんで、彰博が兄貴って呼んでるのが実は羨ましくて」
「おう。実の兄だと思って慕ってくれよ。おれも、素直な弟分なら大歓迎だ。彰博は反論が多くて面倒だからなぁ」
ニイニイはそう言いながら豪快に笑った。
*
本当の家族になって欲しい――。
彰博たちに打診された数年前のおれは、めぐと結婚し、名実ともに彼らと「家族」になりたいと思っていた。しかし、めぐとは結婚しなかったにもかかわらず、どういうわけか息子や娘、オジイやオバア、そしてニイニイと……。次から次へ野上家の人たちと家族みたいに関わり合っていくおれがいる。
これはもはや、おれが思っていたとおりの未来といっても良かった。父が急逝したときは天涯孤独の身になってしまったと落ち込み、生きる気力さえ失ったが、おれは今、再び幸せの只中にいる。
(親父、お袋。この幸せが一秒でも長く続くように祈っていてくれ。新しい家族との日々を、少しでも長く楽しみたいんだ……。)
一人になったタイミングを見計らい、仏壇に向かって手を合わせる。
――生きている限り、素直でいる限り、助けてくれる人が集まってくる。だから悠斗は、決してひとりぼっちにはならないんだよ。これからも、ありのままの悠斗でいれば大丈夫……。
どこからともなく、そんな声が聞こえた気がした。
(💕続きはこちら(#2)から読めます💕)
登場人物紹介:
鈴宮悠斗:
彰博、映璃とは高校の同級生。二十代のころ水難事故で娘を亡くし、それを機に離婚。その後は独身を貫く。十年前に母の危篤の知らせを聞いて帰郷し、それ以来同地で暮らしてきた。めぐとは恋人同士だった時期もあるが、若い翼にめぐを託し、自身は結婚しなかった。スイミングスクールのコーチ。四十八歳。
野上めぐ:
零歳の時、彰博、映璃の養子となる。八歳のとき悠斗と出会う。恋人同士だった時期もあるが、夫に選んだのは翼の方だった。高校三年生。十八歳。
野上翼:
彰博の甥。彰博のことを兄のように慕って育つ。めぐは従妹に当たるが以前から好意を寄せており、猛アタックの末、結婚するに至った。幼稚園教諭。二十九歳。
野上彰博:
めぐの養父。悠斗とは高校時代の同級生。彼が娘を亡くしてからと言うもの、放っておけずに何かと気にかけてきたが、その理由は第二部で明かされた。スクールカウンセラー。四十八歳。
野上路教:彰博の兄で翼の父。元高校球児で、野球をしなかった息子の翼とは長年、心がすれ違っていた。第二部で和解し、今では翼の幸せを切に願っている。両親思いの五十四歳。
オジイ、オバア:
翼とめぐの祖父母で、彰博と路教の両親。長年、自宅で二人暮らしをしていたが、オジイが倒れて入院した後は、一日中誰かしら家にいる鈴宮家で世話になっている。二人とも九十代。
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