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【連載小説】#13「あっとほーむ ~幸せに続く道~」甘いキス~彼女編~
前回のお話(#12)はこちら
前回のお話:
翼は「多重人格」だが、自身は表出する人格を「演じる」ことでなんとかコントロールしている。五人暮らしをすることになった日の晩、翼は自分の中にいくつもの人格がいることを家長の彰博と相部屋になった悠斗に告げる。告白を聞いた悠斗は、近づきの証に翼を銭湯に誘った。裸の付き合いをしたことで二人の心の距離は近づく。そして翼はこの家に自分の居場所が出来たと感じるようになる。
十三
俺の新しい朝の習慣。それはめぐちゃんに「いってきます」のキスをすることだ。最初は「いってらっしゃい」と送り出すつもりで考えていたのだが、悠斗が学校まで送ることになったせいで立場が逆になってしまった。まぁ、それでうまく回るならいいかと、今では前向きに捉えている。
二月に入り、街がチョコレートで甘ったるくなり始めた頃、アキ兄とエリ姉が揃って家を空けることになった。エリ姉の実の母が出演するお芝居を観に行くのだという。
若くしてエリ姉を産んだとはいえ、女優の「加奈子」さんは、まもなく70歳を迎える。にもかかわらず、美しさ・演技力ともますます磨きがかかっていると聞く。エリ姉に誘われて演劇部員時代に一度だけ観に行ったことがあるが、あれはすごかった。憧れを通り越して、役者になりたいという夢を諦めたほどだ。
「今みたら全然違う感想を持つと思うけど? 翼くんも一緒に行こうよ」
エリ姉はしつこく誘ってきたが、俺は頑なに拒んだ。
「いやいや、二人だけの時間を楽しんでおいでよ。こっちのことは心配しなくていいから」
「そう? まぁ、加奈子の舞台はこの先も観られるとは思うけど、なにせもう、年だからね。観るなら早いほうがいいよ?」
「まぁ、いつか気が向いたら行くよ」
「舞台を観て、夕方には帰ってくるつもり。それまでは留守を頼むよ」
アキ兄はそういうなり、俺と悠斗の肩に手を置く。
「……くれぐれも、間違いのなきように。君たちのことは信頼しているからね」
言葉とは裏腹に、その物言いは冷たかった。
「間違いなんか、あるものか。なぁ、翼?」
「そうそう。男子高校生ならともかく、俺たち、大人なんだぜ?」
「……今言った言葉を忘れないように」
こんなふうに釘を刺してくるのは、俺たちを三人きりにしたくないと思っているからに違いなかった。でもこれは両者にとっての「テスト」だと思っている。俺たちにとっては家族としての信頼を揺るぎないものにするための、アキ兄にとっては子離れするための。
「大丈夫だよ、アキは心配しすぎ。そんなに顔怖い顔をしないで、お芝居を楽しんでこようよ。ね?」
エリ姉に顔を覗かれると、アキ兄はようやく表情を和らげた。
「……そうだね。ごめん。それじゃ、いってきます」
いつもの穏やかな顔つきに戻ったアキ兄は、エリ姉の手を取って家を出て行った。ドアが閉まり、靴の響く音が聞こえなくなるのを待つ。やがて二人の気配はなくなった。
「……それじゃあ、おれたちも出かけるか!」
悠斗が、待ってましたとばかりに号令を掛けた。おれとめぐちゃんはハイタッチをして応じる。
二人の前ではああ言ったが、家でおとなしく過ごしているはずがない。なにせ、三人だけの休日は、五人家族になってから初めてなのだ。
「わーい! 早く着替えよう! デート、デート♡」
めぐちゃんは大はしゃぎで自室に向かった。俺と悠斗も共有の部屋に行き、それぞれ着替える。
「こっそり取ってきたのはいいけど、これ、着れるのかなぁ?」
俺は約十年前に着ていた制服を広げた。今日は三人で「制服デート」をしようという話になっている。
「お前、川越学院高だったのかよ?! 父親と不仲だって言ってたのに、高校は同じなんだ……」
俺の制服をみた悠斗は、予想通りの反応を示した。
「校風が気に入ったのが、たまたま父さんと同じ学校だったってだけだよ。家からも近かったし。ちなみに、推薦入学ね」
「……くっそぉー。頭がいいのを鼻にかけるような言い方しやがって。提案しといてなんだけど、制服デートするのが嫌になってきた」
「いいじゃん。そっちはめぐちゃんと同じ、城南高校なんだから」
「っていっても、制服は替わっちまってるけどな……」
お互い、卒業してから結構な年月が経ってしまっている。もはや、懐かしさより恥ずかしさが先に立つが、今日は三人デートをとことん楽しむと決めている。恥も外聞も捨ててはっちゃけるつもりだ。
着替えが済んだ時、ちょうど部屋のドアがノックされた。入ってきためぐちゃんはニコニコ顔で俺たちの手を取る。
「ステキ♡ 恋人二人と制服デートだなんて、まるで夢を見ているみたい! 早く街に行こう!」
◇◇◇
街と言っても、繰り出すのは俺たちのホームグラウンドである地元の市街地だ。派手さはないが、全員ここで生まれ育っていることもあって、デートする場所もすんなり地元と決まった。
めぐちゃんを真ん中に、右と左で手をつなぐ。人によっては親子だと言うかもしれないし、兄妹に見えると言うかもしれないが、他人からどう見えようが構わない。
繋いだめぐちゃんの左手薬指には、俺のあげた指輪がはまっている。今日はデートってことでつけてくれたみたい。その指輪の存在を確かめるように、絡ませた指にぎゅっと力を込める。めぐちゃんは応えるように握り返してくれた。
「……あー、めぐ。ちょっと翼とその辺で待っててくれる? 見たいものがあるんだ。すぐ済むから」
小洒落た小物店の前に来た時、悠斗が急に立ち止まって言った。何を見るのか気にはなったが、めぐちゃんが斜向いのフルーツジュース屋に足を向けたので、引っ張られる形で同行する。
「濃厚ピーチジュース、おいしそう! あっ、こっちのもいいなぁ!」
めぐちゃんは店の前で、見本の商品に目移りしている。こういう姿を見ると、やっぱり16歳の高校生なんだなぁと思う。
「もう、可愛すぎるよぉ……」
かわいさに負けて、濃厚ピーチジュースを一つ買ってしまう。ストローは二本つけてもらった。めぐちゃんはニコニコ顔で商品を受け取ると、早速ストローに口を付けた。
「うーん、おいしー!」
「じゃあ、俺も」
めぐちゃんと額を付き合わせながら、もう一方のストローをくわえる。一気に量が減るのをみて「ああ、二人で飲んでるんだなぁ」と、悦に入る。
「ストローを交換っこしない?」
「えー? ……もう、しょうがないなぁ」
俺の提案に、めぐちゃんは照れながらも応じた。同じように見つめ合って最後までジュース飲みきる。二人だけの秘密を共有しているみたいで、何だかくすぐったい。
「……ってめぇ! めぐとの距離が近すぎるだろ……!」
そのとき、悠斗の声がした。ゆっくり振り返る。
「邪魔するなよぉ。もっとゆっくり買い物しててよかったのに」
「お前にだけ、いい思いをさせる訳にはいかないからな」
そう言うと、悠斗はめぐちゃんを店の外に連れ出して右手を取った。
「めぐに似合いそうなのを見つけたんだ。おれからのプレゼント」
それは、ピンクゴールドの指輪だった。それほど高価なものではないだろうが、小さな石もついている。悠斗のいうとおり、めぐちゃんの細い指によく似合っていた。
「わぁ……! ステキ……! サイズもぴったり! 悠くん、ありがとう!」
めぐちゃんは悠斗に抱きついて嬉しさを全身で表現した。そのあとで、両手の薬指に着けた指輪をしげしげと眺めた。
「わたしの左手は翼くんのもの。わたしの右手は悠くんのもの。ああ、なんて贅沢なんだろう!」
普通の男が聞いたらがっかりするのかもしれない。自分への愛情は半分だけなのか、と。でも俺は、素直に嬉しい。目の前の彼女の微笑みは、紛れもなく俺に向けられているのだから。
「今日の悠斗はなかなかやるな」
「今日の、ってのは余計だ。言っただろ? 今年のおれは手強いって」
「そうだったな。まぁ、いいさ。デートは始まったばかりだ。俺の見せ場はいくらでもある」
◇◇◇
三人で記念写真も撮影し、昼過ぎまでデートを楽しんだ俺たちは、帰宅するなりその格好のまま並んでソファに身体を沈めた。
「あー、楽しかった! パパとママがいないときはまた制服デートで決まりね!」
めぐちゃんはご満悦だ。彼女を挟んで座る俺たちも、その顔を見て満足する。
「あっ、そうだ! わたし、紅茶を淹れるね。さっき買ってきたチョコレートを食べよう!」
今座ったばかりなのに、彼女はさっと立ち上がって台所に向かった。その後ろ姿を二人して目で追う。
「元気だなぁ、めぐは。あんなに歩いたのにピンピンしてる」
「その格好でその台詞はマズいだろ。おじさん臭いぜ?」
悠斗はむっとしたが、構わず彼の前を通ってめぐちゃんのあとについて行く。
「手伝おうか?」
「ううん、大丈夫。翼くんはチョコレートの包みを開けておいてくれる?」
「オーケー」
老舗の和菓子屋が出している、バレンタインデー期間限定のチョコレート菓子を見つけ、満場一致で購入を決めた。三人とも、ここの菓子が好きなのだ。
小箱の包みを開けているうちに、紅茶のいい香りが立ってくる。
「ああ、おいしそうだ。早く味わいたいな……」
「うん。もうすぐ三人分淹れ終わるから。……はい、できた」
「ありがとう。お礼に、一番に食べさせてあげる」
そう言って菓子の個包装を開けた俺は、めぐちゃんの唇にチョコを押し当てた。
「……そのまま、じっとしてて」
めぐちゃんと目が合う。直後、チョコレートごと唇にかぶりつく。チョコレートが甘いのか、キスが甘いのか……。そして柔らかいのはチョコなのか、唇なのか……。とにかくとろけそうだ。
「お・ま・え・ら……!」
ようやく異変に気づいた悠斗が台所にやってきて俺たちを引き剥がした。
「悠斗おじさんが休んでる間に、お先にいただいちゃいました♡」
舌を出してはぐらかしたら、顔に台拭きを投げつけられた。
「なにすんだよっ!」
「お前はそれで汚れた口でも拭いてろっ!」
そう言い放った悠斗は、すぐにめぐちゃんの方を向いた。
「めぐ。そんなにこいつとのキスがいいか? さぞかし、甘かったんだろうな?」
「…………」
めぐちゃんはばつが悪そうにうつむいたが、悠斗はその顔を上げさせると、口の周りに付いたチョコレートを舐めるようにキスをしはじめた。
今し方、俺と重なっていた唇を奪う悠斗のキスがあまりにもイヤらしくて見ていられない。悔しいと言うより、恥ずかしい。
(これが、鈴宮悠斗の本気なのか……。これが、一度でも結婚して子どもをもうけた男の……。)
見たくないと思うのに目が離せない。それは俺の中の、悠斗を口説きたくなる部分が顔を出しかけているせいだ。今にも「俺にもそんなふうにキスしてくれよ」と二人の間に割って入りそうになるのを必死に押さえつける。
内なる自分と葛藤しているうちに、悠斗の方からキスをやめた。
「……早く止めろよ。なんでこういう時に限っていつものスピードでツッコんでこない?」
「……なんていうか、見惚れてた」
そう言ったら呆れられた。
「ごめんな、めぐ。おれのキスって、こうなんだ……。嫌だった……?」
「……うん、少し」
「……ごめんな。……せっかく淹れてくれた紅茶が冷めちゃうな。今度こそ、お茶の時間にしよう」
悠斗は真顔になったかと思うと、ティーカップを二つ持ってダイニングテーブルへ運んだ。
俺は自分の分のティーカップと、さっき味わったチョコレート菓子を持って二人の後についていったが、どっちに座っていいか分からずに立ち尽くす。呆然としていると、悠斗が自分の隣に座るよう指示を出したのでそれに従う。椅子と椅子との距離は空いているものの、なんとなく気まずかった。
俺とめぐちゃんが黙ったまま手元を見ていると、見かねた悠斗が話し始める。
「……おれが今回の付き合いで自分を抑えてるのは、さっきみたいにならないためだ。……自分で言うのもなんだけど、酷かったよな。ホントにごめん」
「……ううん。びっくりしたけど、その……やっと悠くんの想いに触れられた気がして嬉しかったよ。もちろん、翼くんのキスも……。あんなに甘いのは初めて」
そう言ってめぐちゃんは、チョコ菓子の個包装を開けて頬張った。
「この味、ずっと覚えておくね。二人とした、キスの味だもの」
「めぐ……」
「ねぇ……。食べ終わったら……次は二人とハグしたいな。……ダメ?」
(続きはこちら(#14)から読めます)
※本作品中の「カワガク」=過去作品の「K高」です。
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