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【連載小説】「さくら、舞う」 3-4 二人の距離


このお話に繋がるエピソード(第三章#2)はこちら
※さくら→舞→ユージン→悠斗で回しているため、時系列が変わります。

ここまでのお話

<さくら・第三章#2>
さくらは、自分のことしか考えずに家族を解散した父親に恨みを抱いている。ユージンにその話をすると、不器用な父親には、自分なりの表現方法で――さくらの場合は絵を描くことで――、自分の方から想いを伝えなければ一生すれ違ったままだ、と言われる。
そのさくらはこの春、ライブハウスで行われる「スプリング・ナイトフェス」でライブ・ペイントをすることになっている。曲からイメージした絵をその場で描く、というパフォーマンスだ。これまで売れない画家だったさくらだが、彼らとの出会いを機に新しい画法を模索している。

13.<さくら>

 スプリング・ナイトフェスまで半月はんつきを切った。出演時にサザン×BBビービーが披露する曲も正式に決まり、後はそれに向けた練習をするのみとなっている。

 かくいう私は、即興で絵を描くだけなので事前に準備するものはないが、どの曲からもインスピレーションを受け取れるようにと、彼らの練習には必ず参加するようにしている。

 今日もそのつもりで早めに彼らと合流したのだが、早すぎたのか、ブラックボックスの三きょうだいはまだ到着していなかった。手持ち無沙汰にしていると、麗華ちゃんに声をかけられる。

「あー、そうだ。忘れないうちに言っておくけど、さくらちゃんがうちに出入りしてること、あなたのお父さんに話したからね」

「ええっ?!」
 あまりにも突然の話に驚きを通り越して怒りを感じた。しかし彼女はしれっとしている。

「隠しても仕方がないと思ってね。一応、さくらちゃんが今どう感じているかは伝えたし、庸平ようへいの方から謝るように伝えておいたから大丈夫」

「そういう問題じゃ……」
 そこへ、そばで聞いていた智篤ともあつさんがやってくる。

「レイちゃんは、庸平くんと同居中の永江くんをスプリング・ナイトフェスに招待したいのさ。だからその前にすべてを話しておこうと思ったんだよ」

 永江さんは父が中学生の頃からの野球仲間であり親友だと聞いている。その関係で麗華ちゃんとも親交があり、今でも度々顔を合わせては歌を披露しているそうだ。

「……今の話だと、父は招待していないってことですよね? でも、同居人の永江さんがフェスに来れば、彼経由で私のことが父に伝わるのは明白。だから、先に言っておこうと?」

「頻繁に会ってることは内緒にしておこうと思ったんだけどね……。後になってごちゃごちゃ言われるのも面倒くさいなぁって。……さくらちゃんから連絡を取る氣もなさそうだし」

「…………」

 正直な話、会ったところで話すことなど何もない。お互いに元氣でやっていることが分かったならそれで十分ではないか……。

「あっちから連絡があるとは思えないけど。その氣があるなら十年も音信不通になるはずないもの」
 思っていることを素直に語ると、麗華ちゃんに呆れられた。

「そうやっていつまでも拗ねてるつもり? あなたも大人なんだから、少しでも思うところがあるなら面と向かって言いなさい。本当は寂しかったんだとか、もっと一緒にいたかったとか、あるんでしょう?」

「…………」
 私は黙り込んだ。たとえそのような感情を抱いたとしてもそれは過去の話。今更そんなことを言ったって無意味だし、あちらだって困るだけだろう。

 フェスに出演することで麗華ちゃんたちのお手伝いが出来るなら……と、ここまでやってきたが、彼女のいらぬお節介には失望した。おもむろに席を立つ。

「どこに行くの?」

「……ちょっとだけ氣分転換してくる」

「そう……。あ、そろそろユージンたちも来るころだから、途中で会ったら一緒に戻っておいで」

「…………」

 返事をせず、スケッチブックと水彩色鉛筆の入ったバッグを持って玄関を出た。



 どこに行く当てもない。ぶらぶらと氣の向くままに歩いて行く。

 麗華ちゃんの家に通うようになって久しいが、実は寄り道をしたことはなかった。小道に入ると古い家が立ち並ぶ住宅街が、そしてそこを過ぎると今度は土手に突き当たる。

(土手を上がったらスケッチにぴったりの景色が見られるかもしれない……!)

 風景画は私の得意分野。モヤモヤした氣持ちを払拭したくて急いで土手を駆け上がる。しかし、目の前に広がる景色を見てがっかりした。土手下の河原で少年野球チームが練習試合をしていたからだ。

(お父さんのことを忘れたいのに、どうして、ここでもまた野球なのよ……。)

 麗華ちゃんの話では、世界中の野球を見てきた父は現在、仲間と一緒に少年野球チームを主宰しているという。もしかしたら今、私の目の前でプレーしている少年たちの中に父が紛れているのではないかと思ったが、私の視力の問題か、あるいは全く別のチームだからか、父を見つけることは出来なかった。

 土手の縁の芝生に腰掛ける。とりあえずスケッチブックと色鉛筆を取り出してみるが、絵を描く意欲はわいてきそうにない。膝を抱え、ぼんやりと遠くを眺めていると急に肩をポンッと叩かれた。

「なーに、してんの?」
 声をかけてきたのはリオンくんだった。驚きのあまり、どう返事して良いか分からなくなる。

「どうしてここに……? って言うか、お一人ですか?」

「まさか。兄ちゃんとセナはあっちにいるよ」
 彼の指さす方を見ると、確かにきょうだいの姿があった。

「……ったく、だけど何でおれが声をかけなきゃなんないんだか。心配なら兄ちゃんか、セナがすりゃあ良いのに……」
 そう言いながらもリオンくんはその場に腰を下ろした。
「……約束まで少し時間があるからって寄り道した場所でさくらさんに会うとは思ってもみなかったけど。まぁ、いいや。……こんなところにいるってことは、そっちも氣晴らしなんだろう?」

「氣晴らし……のつもりだったんですけど、あれを見たら余計にイライラしちゃって……」

 今度は私が土手下を指さす。リオンくんは「あぁ……」と声を漏らした。
「……もしかしてあの中に父親がいるとか?」

「いいえ、そういうわけじゃないんですけど」
 私はためらいながらも、麗華ちゃんが父とコンタクトをとり、私と会わせようとしていることを話した。

「……前から思ってたんだけど、なんでそんなに父親を嫌ってるわけ? 今更会っても話すことないって思ってるならそんなに怒ることもないと思うけどなぁ。もっと別のところに原因があるんじゃねえ?」

「別の原因……? 例えば……?」

「んなの、おれには分からないけど、よくうちの親が言ってたのは、反発したくなったときに出る言葉ってのは腹で思ってることと真逆なんだって。だから、歌や音楽はおなかの声をよく聞いて作りなさいって。さくらさんの場合も、会いたくないってのは建前で、ほんとのほんとは会いたいって思ってんじゃないかな。まさか! って今思ったろ? そういう反応をしたくなるときほど自分の心を見つめろって言われたもんだよ」

 思いがけない言葉に戸惑う。

(私が会いたがってる、ですって……? 家族をあっさり解散した薄情者のお父さんに……? そんなわけないじゃない……!)

 しかし心の中で反発するうち、どういうわけか悲しくなってきて胸が苦しくなる。そんな私にリオンくんが優しい言葉をかけてくれる。

「……心は正直なんだよ。我慢すればするほど、押し殺せば押し殺すほど身体は硬くなるし、表現するのも下手になる。アーティストならもっと自分の思いを外に出した方が良いぜ。……ああ、そうそう。そんなあんたのためにセナが一曲作りたいって言うんで、一緒に作ってるんだ。まだ仮なんだけど、今日はそれを聞いてもらおうと思って」

「えっ!! 私のために曲を……?!」

「みんな、救いたいと思ってんだよ、さくらさんのことを。だからそっちも少しはおれたちの想いに応えてくれると嬉しいんだけど!」

 リオンくんの言葉には少しとげがあるように感じたが、その顔は穏やかだった。

「ごめんなさい、いつも心配をかけてしまって……。私、もうちょっと頑張らないと、ですね……」
 申し訳なさで一杯だった。何度も頭を下げると、ため息が聞こえた。

「あー、もう……! そういうのやめて欲しいんだよな。あと、敬語使うのも!」

「えっ、でも私たちはお仕事仲間で……」

「初対面ならともかく、頻繁に顔を合わせるようになった時点で、まぶだち、、、、みたいなもんだろ? っていうか、敬語ってだけでものすごく疲れるんだよなぁ。今後はセナと話す時みたいに砕けた感じで話せない? おれ、年下なんだし」

 そんなふうに言われたのは初めてだった。と同時に、彼らとはもっと近しい関係性を築いてもいいのだと知って嬉しくなった。彼は続けて言う。

「言っとくけど、この先も長く付き合いたいと思える人にしかこんなこと、言わないから。それと、言っても無駄だと思う人に対しては基本、言わない主義だから。……言いたいこと、分かるよな?」

 こくんと頷く。
「分かりました……じゃなくって……。ありがとう、リオンくん。それじゃあお言葉に甘えて、今後は友達みたいな感じで声をかけさせてもらうね」

「そうそう、そういう感じでよろしく……。って、もういい……? おれ、頑張ったよ……?」

 リオンくんが振り向くと、ユージンさんとセナちゃんが笑いながら近づいてきた。

「やるじゃん、リオン。曲を作ってることを伝えるだけじゃなくて、言葉遣いまで改めさせるなんて」

「うんうん。これを機に二人の仲も深まっちゃったりして……!」

「おいっ、セナ! 変なこと言うなよっ!」
 拳を振り上げたリオンくんとは対照的に、私は冷静に言葉を返す。

「そうだよ、セナちゃん。私がみんなといるのはあくまでも仕事だから。これが終われば私はまた絵の世界に戻っていくつもりよ」

「そうかなぁ? アタシには、二人はとってもイイ感じに見えたけどなー」

 麗華ちゃんと言い、セナちゃんと言い、どうしてこうも私に恋愛させたがるのだろう。彼らが素晴らしい人であることに違いはないが、だからといって勧められてすぐ恋愛感情を抱けるものではない。

「……そろそろ戻ろうかな。時間に遅れると麗華ちゃん、うるさいから」
 話を切り上げる意味も込め、私は腕時計を見やった。

「……ナイス、さくらさん! 行こう、行こう!」
 リオンくんは嬉しそうにいい、すぐさま土手を駆け下りた。


続きはこちら(第三章#5)から読めます

本編、ようやく再開です💦


↓ さくらのために曲を作るエピソードはこちら ↓

※見出し画像は、生成AIで作成したものを加工して使用しています。


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いろうた@「今、ここを生きる」を描く小説家
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