【連載小説】「愛の歌を君に」#5 にらみ合いの果てに
前回のお話:
13.<麗華>
家族のような関係になりたいと言った直後の出来事だっただけに、自分の発言がその現実――智くんが老人のような姿に見えた現象――を招いたような氣がして恐ろしくなった。
しかしそれは数分のことで、氣付けば智くんは年相応の姿でそこに居た。夢を見ていたのだろうか。けれど、拓海も同じ反応だったことを考えると、あたし一人の身に起きたことではなさそうだ。
「……悪い、心配を掛けてしまって」
智くんは目を伏せたまま言った。先ほどまではかなり苦しそうにしていたが、もう平氣なのか、すっと背筋を伸ばした。
「ちょっと楽屋で休むよ」
「なら、一緒に行くよ。ギターは俺が持つ」
「あたしも行くわ。一人にするのは心配だもの」
拓海とあたしは同時に言って彼に寄り添った。拒まれることも覚悟の上での発言だったが彼は何も言わなかった。
*
楽屋に入ると、これから出演するバンドが入念に身だしなみのチェックをしていた。軽く挨拶を交わす。若い彼らはあたしたちの様子を見て不思議がったが、そのうちの一グループにステージ入りの声がかかり、注意は自然と逸れていった。あたしたちは空いたスペースにギターを置き、小さく輪になって座った。
「……大丈夫か?」
拓海が改めて問うた。智くんは小さく頷いたが、思い詰めた様子で自分の手のひらを凝視する。
「……いまは大丈夫だ。ちゃんと、いつもの僕に見える。君たちにもそう言ってもらえると有り難いんだけど」
「ああ、問題ない。いつもの智篤だよ」
「そうね。落ち込んでいること以外はいつも通りに見えるわ」
「それは良かった」
智くんは少しホッとしたように口の端を緩めた。
「今の言葉を聞く限り、君たちにも僕の姿がいかにもな老人に見えたんだろうね。……さっきのはどうやら、僕を生かそうとする見えざる存在からの警告らしい。いつまでも過去の解散劇に囚われ続ければ、精神も肉体も何もかもを吸い上げて老化させてしまうぞ、と」
「なるほど。そういうことか……」
拓海の返答に不満があるのか、智くんは首をかしげた。
「……笑わないのか? こんなにも非現実的な話をしてるってのに」
「笑うもんか。お前が苦しそうにしてた理由が分かってむしろ納得だよ」
「……体力の衰えを、作り話で誤魔化しているだけかもしれないぜ?」
「お前はそういう男じゃねえ。俺が一番よく知ってる」
「…………」
智くんの心が、拓海の言葉でさえも受け容れまいと硬く扉を閉ざしているように思えた。
「あたしのことは信じなくてもいい。だけど、拓海のことは信じてあげて」
見かねたあたしはそう言った。
「麗華……。だけどお前はさっき、智篤とは家族みたいな関係を築きたいって……」
「さっきのは最終目標よ。こちらが一方的に言ったものを、智くんがすぐに受け容れてくれるとは思ってない。そんなことはあたしだって分かってる。だからこそ、あたしへの不信感を拓海にも持ってほしくはないの。拓海は拓海。あたしはあたし。……でしょ?」
「……そうだね。君の言うとおり、今し方の出来事のせいでちょっと疑り深くなってしまってるのは確かだ。……ああ、少し外の空氣が吸いたいな。ここは少々、煙草の煙が多すぎて不快だ」
楽屋内は基本的に禁煙だが、楽屋を出てすぐのところにある喫煙所から入り込んでくるのか、確かに室内は煙かった。
あたしたちは各自の所持品を携帯し、足早にライブハウスをあとにした。
14.<拓海>
外はすっかり暗くなっていた。大晦日の空氣は凛と冷えている。思わずジャケットのポケットに手を突っ込み、肩を縮こまらせる。
「ねぇ、お腹すかない? どこか、お店に入ってゆっくり話そうよ」
麗華も寒そうに手をこすり合わせながら言った。
「そうだな、確かに腹が減った。……智篤はどう? 食欲はあるか?」
「ああ……」
返事はあったが、寒さのせいか氣持ちのせいか、智篤の立ち姿はどことなくさっき見た老人のそれに見えてしまった。早く落ち着いて座れる場所に連れて行かなければ、と思考を巡らせる。
「そうだ、この近くにダイニングバーがあったろう? 酒を飲みながらだったら智篤の口数も増えるんじゃねえか? 身体もあったまるし」
「ああ……」
智篤は無感情に言い、店のある方に歩き始めた。俺は麗華と目を合わせた。
「……なんか、ヤバそうだな」
「うん……。あたしたちの力が役に立てばいいんだけど……」
「大丈夫、大丈夫さ、きっと……」
自分に言い聞かせるようにつぶやき、智篤の後を追うように歩き出す。
*
夕食時と言うこともあり店は混んでいたが、長居する客は少ないのか、席にはすぐに座れた。冷えた身体をすぐに温めたくて、注文を取りに来た店員に「ホット・バタード・ラム」を三つと適当な料理を注文した。
「あ、こいつの分だけラムを多めで」
「おい、余計なことを言うな! ……すみません、今のは冗談なんで」
「……では、すべて同じものをお作り致します。少々お待ちください」
困り顔の店員はそう言って店の奥に消えた。
「……よかった。少しはいつもの調子が戻ってきたようだな」
「ちっ……。人前で恥をかかせるなといつも言っているだろうが」
腕を組んでそっぽを向いた智篤を見てホッとする。
「そのくらい、さっきのお前からはヤバい雰囲氣が漂ってたってことだよ。……心配してんだからな、これでも」
「…………」
程なくしてホットドリンクが提供され、まずは乾杯する。
「はい、それじゃあ今日のライブ、お疲れさま。そして来年もよろしくーってことで、カンパーイ!」
「カンパーイ!」
「おつかれさん」
全員、カップを包み込むようにして持ち、一口ずつ飲む。じんわりと身体が温まっていくのを感じながら、俺から話題を振る。
「……それにしても、今日は不思議なことが連発する日だったな。もしかしたら、年が明けたら世界がまるっと変わっちまうんじゃねえか? 今日のはその前兆って氣がしてならねえ」
「ふんっ……。どうせ変わるなら、古い体制が全部ぶっ壊れて、一からすべてを作り直したいもんだね。僕はそのくらいの大変化を望んでるんだけどなかなか実現しない。所詮、歌の力なんてこんなもんさ」
智篤がいつものように毒づくのを聞いて再び安心する。麗華も胸をなで下ろしたように微笑みながら言う。
「そんなことないわ。現にあたしは智くんの歌詞に心打たれたのよ? 過小評価は良くないよ」
「たった一人の心を動かしただけじゃ、世界は変わらないんだよ。僕はもっとデカいことがしたい」
「デカいことって?」
俺の問いに智篤は少し考えてから、「世界征服」と答えた。ちょうど料理を運んできた店員がそれを聞いたらしく、驚いた表情を見せた。料理を分け合いながら話を続ける。
「世界征服、か……。いかにもひねくれ者の言いそうなことだ。だけど、そういう発言がお前らしくもある」
「そうね。智くんは昔から大望を抱いていたよね。いつも世界を見ていた」
麗華が明るい方に話を持って行こうとしたが、酒が入った智篤の口からはネガティブな発言が続く。
「それは若い頃の話だ。あの頃はまだ世界に希望を抱いてた。だからレイちゃんの作ったサザンクロスの曲の弾くときもそういう思いで弾いていた。だけど、あれから三十年以上が経過したというのに、どうだ? 世界は良くなるどころか悪化の一途をたどっているようにしか思えない。老いも若きも、馬鹿ばっかり。本当に世界をよくしたいやつが現れても、そういうやつはすぐに消される。この世は矛盾だらけだよ……。ああ、すみません。ワイルドターキーの十二年をロックで」
まだまだ毒づくつもりなのか、智篤は通りがかった店員に追加の酒を頼んだ。店員が足を止めたので、俺もついでに同じものを注文する。麗華はサイドカーとチェイサーを頼んだ。
「まぁ、お前が言いたいことは分かるよ。俺もそう思う。だけど……だけどさ、憂えていても世の中、変わらないんじゃないかな? もしお前が本当に世界を征服したいなら、命をかけてでも行動すべきじゃないか? それとも、自分は死にたくないが、世界は良くなって欲しい、と?」
「……もうすぐ死ぬかもしれない人間らしい発想だな。死期が迫ったからこそ命をかけて何かを成す。どうせ死んじまうならデカいことをして死にたい、と。……悪くはない考えだが、僕は征服した世界で生きたいんだよ。古い世界に別れを告げ、新しい世界で生き直したい」
「まさに『オールド&ニューワールド』ってわけか」
「そうだ。僕の居場所はここにはない。息苦しい世界だよ」
「それは……。それは、お前が一人だと思い込んで殻に籠もってるからじゃないのか?」
言いにくいことだったが思いきって言った。目を伏せて黙り込んだ智篤を見て、やはり痛いところを突いたのだ、と自覚する。しかし、そう思っているなら話は早い。俺は一氣に話を進める。
「そーだ、新しい年を迎えたら新しい世界に飛び込めばいい。一人きりの世界から、俺たちの居る世界へ」
「……さっきレイちゃんが言っていた話に繋げるつもりだな?」
「そうそう。ここでようやく話が繋がる」
追加注文したドリンクが提供される。智篤は無言でウィスキーを含み、麗華を睨むように見つめた。
15.<智篤>
三十数年間、恨み続けた彼女と「家族」同然の付き合いをする……。どうしてすぐにそんなことが受け容れられようか。拓海は新年が変化にふさわしいタイミングだと言いたいんだろうが、僕が移行したいのは「ニューワールド」であって「ニューイヤー」ではない。
「そう言うなら聞かせてくれよ。レイちゃんの『魂の叫び』とやらを。神から降ろされたのではない、君自身の内側から湧き出す言葉を」
僕が彼女を受け容れるための絶対条件。それは彼女の奥底に眠る想いが僕と共振すること。それ無しには家族になど、なれるはずがない。
睨み付ける僕を、彼女もまた睨み返す。端からは火花が散っているように見えるかもしれない。しかしこれは彼女自身が望んだことだ。本音をぶつけ合いたい。喧嘩したい。大いに結構。僕はその要求に応えるだけだ。
「いいわ。お互いに本音で語り合おう。その代わり、覚悟しなさい」
レイちゃんは手元にあったサイドカーをぐいっと飲み、ドンッとグラスを置いた。僕がぐっと身を乗り出すと、彼女も前のめりになって話し始める。
「前から言いたかったのよ。今の智くんは、そうやって毒づくことしか出来ない小さい男だって。あたしに対してもそうじゃない? ずっと恨んできたって言いながら一切連絡してこなかった。今回の再結成の打診も拓海からだった。そんな人が世界征服を目論んでる? ちゃんちゃら可笑しいわ」
「ほう、ずいぶんなことを言ってくれるじゃないか。それが君の本音ってわけか。面白い、面白いよ。もっと聞かせてくれ」
「まだまだあるわ。若い頃、あたしのこと好きだったでしょ。だけどあたしが拓海を好きだと知るや、気味が悪いくらい善人ぶっちゃって。そうしなければ三人でうまくやっていけないと思ったの? あのとき智くんが好きだって言ってくれてたらきっと、違う人生を歩んでいたって今でも思うの。本当よ」
「僕が君を好きだったって……?」
(馬鹿が、そんなわけないだろ……!)
言いかけた口がきゅっと閉じた。
――智篤君。酒の力を借りてもなお、自分を偽るつもりかい? 過去さえも捏造するつもりかい? さっき僕が見せた姿を忘れたというなら、何度でも再現してあげるよ。
心の声が僕を揶揄うように言う。
――彼女の提案を呑むと約束したのは嘘だったのかな?
(……ちっ。分かったよ。素直になればいいんだろう?)
――それでよろしい。
偉そうな口を叩く「自分」に嫌気が差したが、抵抗すればどうなるかも分かっているので従うことにする。こうなったらヤケクソだ。言いたいこと、思っていたことを全部言ってやる……!
「……あー、そうさ、好きだったよ。だけど取り合うなんて格好悪いじゃないか。大人しく身を引く方がクールだとその頃は思ってたんだよ。だけどあれは精神衛生上、よろしくなかったね。おかげで、君に裏切られたときの傷つき方も半端なかった。あんまり長い間傷ついたもんで、治る頃にはもう、傷があるのが当たり前の僕になってしまったほどだ。……今だから言うよ。あの頃の君はとても美しかった。特に声が素晴らしかった。もし時を巻き戻せるなら、あの頃の美しい君をいつまでも眺めていたい。あの頃のあの声でささやいて欲しい。そう思うほどに……」
「なら、巻き戻せばいいじゃない」
そう言って僕の手を取ったレイちゃんの顔が、僕の理想とする彼女――すなわち僕が好きだった頃の彼女――に見えて思わず目を見張る。
(これは一体、どういうことだ……? またしても「お前」のいたずらなのか……?)
心の中に問いかけるが、返事はなかった。
返事がない。それが何を意味するのか、理解するのに時間はかからなかった。
(もしかして、僕の氣持ちが前向きか後ろ向きか、怒りに向いているか歓びに向いているかで見える世界が変わるのか……?)
とっさに鞄から手鏡を取り出して自分の顔を見る。レイちゃんだけでなく、僕自身も当時の姿になっているのが分かった。にわかに胸が轟く。
「……ひょっとしてレイちゃんは知っていたのか? 僕を『若返らせる』方法を……」
自分の内ではなく外に、レイちゃんに問いかけたら「まぁ、一応ね……」と返ってきた。
「信じてくれるかどうかは分からないけど……。実はあたしと拓海の間でも今みたいな現象が起こってね……。さっきの智くんの姿を見たときも、逆だけど同じ現象だ、と思ったのよ。……どうして急にこんなことが起こるようになったのかは正直、分からない。でも、心のあり方次第で心身の年齢が決まるのだとしたら、若く見えるマインドでいた方がいいじゃない?」
「うん、まぁ……」
「だったら、あの頃のときめきを思い出そうよ。前向きでいようよ。そうすればさっきみたいに、智くんが年齢以上に老け込んで見えることもなくなるはず……!」
「本当に、たったそれだけのことで……?」
すぐには信じられなかった。それこそ、氣持ちの問題で何もかもが変わるなら、誰でもとっくにそうしているはずじゃないか。その時、拓海が急に歌い出す。
「♪夢を描こう、最高の未来ー、僕の世界を作るのは僕ー、世界は心で作られるから……。そういうことだよ、うん」
それは、拓海が再結成後に作った曲「マイライフ」のサビの部分だった。
僕はこの歌詞が嫌いだった。僕の心情とかけ離れすぎていて、あまりにも綺麗すぎて……。だけど病氣になった拓海が、僕には見えていない世界の美しさや、宇宙の真理のようなものを感じ取って歌詞にしたためたのだとしたら……? 実はそっちが真実で、僕が偽りの世界を真実だと信じ込んでいるだけだとしたら……?
――そうだよ、智篤君。ようやくそこにたどり着いたようだね。
心の声が満足そうに言った。
――君はずっと、恨みというフィルター越しに世界を見ていた。だから見るものすべてが淀んでいたのさ。しかし君は真実を知った。あとはフィルターを外すだけだ。
(だけどそんなことをしたら……。僕の自我はきっと崩壊する……。これまでの自分を保てなくなる……)
――それのどこがいけないって言うんだ? 保ってきた自分のせいでこれまで苦しんできたんじゃないのか? これを機に手放せば、君の理想とする「ニューワールド」にいける。僕はそう言ってるんだぜ?
(…………)
――ニューワールドに行くのが怖いのか……。ならば、彼女がさっき言ったことを繰り返してやろう。世界征服がしたいと言った男が聞いて呆れる、とね。
(自我を失うってことは、僕にとっては死も同然なんだよっ……! お前は僕に死ねと言っている……!)
息巻くと、心の声は哀れむようにため息を吐いた。
――前に言っただろう? 現状を変えないつもりなら君の自我を潰しにかかる、と。……君は苦しみながら見る世界が好きだと言ったね。でも、別な言い方をすればそれは、変化を恐れている、ということでもあるんだよ。……一つ、教えてやろう。本当は、君は生きているだけで日々、変化している。その変化を小さいまま積み重ねるか、大きく変化させるか。違いはそれだけなんだよ。……言ってる意味が分かるかな?
(……自我を保ったまま明日にでも背中の丸まったじいさんになるか、「死ぬ」勇氣を振り絞って若々しい日々を手に入れるか……。お前が言いたいのはそういうことだろう……?)
――さすがの理解力だね。大正解だよ。……それで、どっちを選ぶ? まぁ、選択の余地はないと思うけどね。
(……僕も男だ。そこまで言うならお前に土下座させるつもりで行動してやる……! 絶対に後悔させてやるっ……!)
僕は心の声に向かってツバを吐き捨てるように言い、残っていた自分のウィスキーと拓海の飲み残しを呷った。
「お、おい! 俺の分を勝手に……!」
拓海の言葉を無視して半身、レイちゃんに身体を近づけた僕は、眼前に迫る彼女を見つめた。
「もしも……。もしも本当に僕の氣持ち一つで世界が変わるのだとしたら……!」
酔った勢いに任せ、目の前の唇に自身のそれを重ねた。すぐに拒まれることを覚悟していたが、まるで時が止まったかのようにいつまでも二人の時間が続いた。
ゆっくりと身体を離し、彼女を正面から見据える。頬を赤らめた彼女の顔は思っていたとおり、僕の理想とする二十代の彼女だった。
「本当に……世界は変わるのかもしれない……」
「変わるよ。ううん、変えるんだよ。三人で。ね、拓海?」
「お前なぁ、俺の時は突き飛ばしたくせに、智篤は受け容れるってどういうことだよ……? 酔ってるからって、そりゃあんまりじゃねえか?」
「んー? 酔った勢いとその場の雰囲氣はすごーく大事よ?」
「なにーっ?!」
昔と変わらずレイちゃんに振り回されている拓海の姿が面白くて思わず笑う。笑ったからか、拓海に首を絞められそうになる。
「俺の酒ばかりか麗華の唇まで奪うとは、お前もやるじゃねえか……。やっとニューワールドに行く覚悟が……殻を破る覚悟が出来たってわけか?」
「この年齢で、さっきのような老人にはなりたくないからな……。だけど、それだけだ」
「はぁ……? それでどうして麗華の唇を奪うことになるんだよ……? それ以前に、まだ恨んでるんじゃなかったのかよ?」
「ふん……。君が言ったんじゃないか。あの頃の傷が治っていることを認めろ、と。……彼女は僕を救いたいと言った。その言葉が嘘偽りのないものだとするならば、そして本氣で罪を償う氣があるのなら一度だけチャンスをやろうと言うだけのことだよ」
「ありがとう、智くん。あたしを信じてくれて。このチャンス、必ずものにするわ」
「……だそうだ。確か、拓海がレイちゃんに頼んでくれたんだよな? 僕を救ってやってくれと」
「確かに言った。でも、麗華は俺のことも救うと言ったぜ?」
不満げな拓海に、レイちゃんは堂々と応える。
「ええ。だからあたしは二人と『家族同然』になるつもりよ。言っとくけどあたし、今回は中立の立場を貫くから。もうあの頃みたいに、恋愛感情に振り回されたくないの」
「はぁ……? 智篤のキスを受け容れたくせに……」
「あら。家族同士ではキスしちゃいけないの? 誰がそんなこと言ったの?」
「……酔っ払った麗華は面倒くさいんだった」
「誰が面倒くさいって? ほらほら、ふたりとも。グラスが空っぽよ? 今日は今年最後の日だし、夜通し飲み明かしましょー! すみませーん! 注文お願いしまーす!」
やたらといい声で店員を呼びつけたので、近くのテーブルの人が一斉にこちらを見たのが分かった。当然ながら、彼らからはただの騒がしいオジさん、オバさんに見えるだろう。しかし、こうして盛り上がる僕らの目にはそれぞれが若かりし頃の姿に見える。
美しい彼女を見つめながら思う。果たして僕は、あとどのくらい彼女を恨み続けることが出来るのだろうか、と。
――君が恨めば彼女も恨まれ役を演じる。しかし、君が自分の氣持ちに素直になれば、彼女も相応の接し方をしてくる……。現実とはそういうものだよ。
さっきまで僕をなじっていた心の声の口調が、今はやさしく感じられた。
(どうだ? 僕の男氣を見て感動しただろう? 参りましたと土下座してもいいんだぜ?)
――いやいや……。君なら出来ると信じていたさ。
(ふんっ……。謝る氣はなし、か)
――君が彼女に謝ったら、さすがの僕も負けを認めて謝ろう。
(ちっ……。そうやって逃げるつもりか)
――言っておくけど、僕は君だよ。つまり、謝ることから逃げているのは君も同じというわけさ。
(……屁理屈の多いやつだ)
――君もね……。
「なぁ、智篤は何を頼む? 俺と同じでいい?」
拓海に声を掛けられ、我に返る。
「ああ、いいよ」
カクテルなんてどれも同じだろうと生返事をしたが、五分後に運ばれてきたカクテルグラスにセロリが刺さっているのを見てぎょっとする。適当に答えたことを後悔した。
「……なんだ、これは?」
「ブラッディー・シーザー。まぁ、トマトジュースみたいなもんだよ」
「いったい何を考えて……」
指摘しようとしてやめる。これこそ、若い頃のノリではなかったか。そして拓海は昔からこういう男ではなかったか。
(思い返してみれば、三人でする馬鹿騒ぎは嫌いじゃなかったな……)
呆れつつも一度深呼吸をし、セロリをひとかじりして酒を口に含む。
「……さぁ、次は君の番だ。頼んだからには完食しろよ?」
「うっへぇー! ネタで頼んだのにマジで食いやがった!! ……その、勝ち誇った顔はなんか腹が立つなぁ。しゃーない。俺の本氣を見せてやる!!」
拓海が張り合うようにセロリを三口かじり、音を立てて酒を飲んだ。グラスを置くと、口の周りがトマトジュースで赤く縁取られていた。それを見て僕もレイちゃんも、心の声も笑う。
――なぁ、楽しいだろう?
(ああ、悪くはない)
――今なら彼女を赦せるんじゃないか? 酔った勢いで赦してしまえよ。
さりげなく話題を挿入したつもりだろうが、僕はそこに、心の声の焦りを感じた。
(いや……。赦すのはまだ早い。僕らはまだ、ニューイヤーすら迎えていないんだ。ニューワールドに行くのはそのあとでいい。って言うか、やっと楽しくなってきたんだ、もうちょっと遊ばせてくれよ……)
頭の中にいくつかのプランが思い浮かんだ。僕はセロリを拓海のグラスに移して純粋に酒だけを楽しみながら、どのプランを採用しようか考え始めた。
続きはこちら(#6)から読めます
※見出し画像は、生成AIで作成したものを一部修正して使用しています。
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