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【連載】チェスの神様 第二章 #8 告白

#8 告白

 そこから寺院を歩き回り、本川越駅に戻ってきたころには夕方になっていた。制服姿の中高生が目に付く。
「ありがとう。アキのおかげで、今日はずいぶん気持ちの整理ができたよ」
 そういったエリーの顔は朗らかだった。僕自身も、川越の寺院めぐりができて楽しかったし、何よりエリーの役に立てたのがうれしかった。
「よかったらさ、家の前まで送るよ。自転車の後ろに立てば乗れるから」
 ここで別れるのはなんだかきまりが悪い気がした。今日一日、行動を共にしたんだから家まで送ってやれ、って声が頭の中で響いた。
「じゃあ、お願いしようかな。ほんのちょっとの距離だけど」
 エリーは、ちょっと申し訳なさそうに言ってほほ笑んだ。
「でも、家までじゃなくていいよ。中央図書館の前で降ろして。そこからすぐだからさ」
 やはり、同居している祖父母のことが気になるのかもしれない。
「わかった」
 エリーの気持ちを汲み取って、中央図書館に向け自転車を漕ぎだす。
 曇天ということもあり、夕方になったら急に肌寒く感じる。特に、今日の服装は兄貴の借り物のシャツだから、風を切ると余計に涼しさが身に染みる。
 だけど。
 顔や体の深いところは燃えるように熱い。
 背中から腕を回しているエリーの体温や息づかいが気になって仕方ない。おかげで「エリーを目的地まで送り届ける」という任務すら果たせない。熟知しているはずの道を間違える始末だ。
「ちょっと、アキってば! 一つ手前で曲がるって、三回は言ったよ!」
「うん、ごめん。聞いてなかった」
「もう……。またチェスのこと考えてたんでしょう!」
 エリーはそういったが違う。今日に限って言えば、チェスのことは一つも頭に浮かばないんだ。考えようとしてもダメなんだ。
 明らかに今、僕はこれまで感じたことのない気持ちを抱いている。チェスをしているときには決して感じられない、胸の奥から突き上げる痛み。押し殺すことのできない何か。
 十分足らずの道のりをもう一度間違える。
 おかしい、絶対におかしい。どうかしている。
「アキも疲れてるんじゃない? ここでいいよ、降ろして」
 僕らしくない行動に、さすがのエリーも心配になったようだ。だけど、ここで降ろしたくはなかった。約束は果たしたい。
 結局、一本通りを戻ったらちょうど図書館のところに出た。
「いいって、ここで」
 エリーが強い口調で言うので、ようやく僕は自転車を止めた。
「今日は歩かせすぎちゃったかな? ごめんね」
 自転車から降りたエリーがまず謝った。謝るのは道を間違えた僕のほうなのに。
「送ってくれてありがとう。明日は学校に行くから。それじゃまた」
 別れの挨拶を告げ、エリーはさっと背を向けて歩き出す。
 とっさに返事ができなかった。言いたいことが頭の中で渦巻いて声にならない。
 声より先に体が動く。
 気づけばその体を抱きしめていた。言葉はそのあとでようやく出る。
「……いかないで」
「……アキ?」
「自分でも何をしているのか分からない。変だよね。僕らしくないって分かってる。でも、体が言うことを聞かないんだ」
「……ばかね。本当にわからないの? それ、私に恋してるってことだよ」
 そういってエリーは振り向き、僕の目を見る。そして背伸びをして顔を近づける。
 そんなにじっと見ないで。心臓が破裂しそうだ。なのにエリーはからかうように言う。
「……キスしたい?」
「……しない。できないよ」
「……私が悠と別れていないから?」
「うん」
「なら、別れる。今度こそ、ちゃんと」
「えっ」
「……私も、アキのことが好きになっちゃったから」
 心臓の音が聞こえているんじゃないかっていうくらいに鳴っている。今僕は、夢を見ているんじゃないだろうか。
「エリー、それ、ほんと……?」
「今日、一日中一緒にいて分からないの?」
 エリーは苦笑した。それを見て、僕も自分のことが可笑しく思えた。
 笑いながら、ちょっと情けない気持ちになる。
 あー、エリーに先に言わせちゃって、格好悪いなぁ僕は。
 今ならまだ、挽回できるかな……。
 ちゃんと告白しよう。僕も、自分の気持ちを言葉で伝えよう。
「エリー」
 正面に見据え、ひざを折って目線を合わせる。
「エリ―のことが好きだ。鈴宮と別れたらその時は……付き合ってくれるかな」
「うん。私でよければ」
「エリーがいいんだ」
「ふふ……。私のどこが好き?」
「そりゃあもう……全部だよ」
「さっそく、盲目になってる」
 エリーは笑いを必死にこらえようとしたが、こらえきれずにやっぱり笑った。
「……今日、着飾った姿を見て、アキの気持ちに変化があったんだなってすぐにわかったよ。朝は人の目を気にするなって言ってたけど、いつもの服じゃ、私に好かれないと思ったの?」
「家を出る時点では、あんまりみっともない服じゃ申し訳ない気がしたんだ。だって……フォーマルスーツとはいえ、昨日の服装は仮にも褒められたわけだしさ」
「うん。昨日のアキは、普通に誉め言葉が出たくらい格好よかった。それで今日もおしゃれしてきたんだと思ったよ」
「はは。褒められて、確かにうれしかったよ。でも、そうじゃないな。なんて言うんだろう。……そう、自分に自信がなかったから、兄貴の服の力を借りたかっただけなんじゃないかって、今はそう思う。昨日の兄貴はそれだけ、自信に満ち溢れて見えたからね」
「服の力、か……」
「実際、僕はこの服を着て堂々とエリーに会うことができたと思ってる。だけどもし……もし、エリーが今日の服装を見て好きだと言ってくれたのなら、僕はエリーに好かれるように中身を変えてかなきゃならない。兄貴の服に恋されたんじゃ、情けないからね」
「ばかね。アキの今日のやさしさに惹かれたにきまってるじゃない。わかりきったこと、言わせないでよ……」
 エリーは恥ずかしそうに、小声で言ってうつむいた。
 今の言葉、もっともっと言ってほしい。
 ああ、この時間がずっと続けばいいのに。
 どうして今日は終わってしまうんだろう。
 明日も明後日も学校で会えるはずなのに、寝るために別れる時間さえ惜しいと思える、この気持ちが恋なのか。
 兄貴たちが新婚らしく、見つめあって「行ってきます」のキスを交わす姿を見てしまった時は嫌悪感しかなかったけど、今だったらきっと受け入れられるだろう。
「そうだ。ひとつ条件つけてもいい?」
 エリーが恥ずかしさをはぐらかすみたいに付け加える。
「私とのキス。アキも私も、自分のやりたいことを見つけて頑張ったら、ご褒美にキスできる、っていうのはどう?」
 その提案はいいと思った。少なくとも僕はまだ、進むべき道を全く決めていない。変わりたいと思っているなら行動で示す必要があるし、何より報酬が用意されているならモチベーションも上がる。
「わかった。お互い、夢といえるものを見つけて頑張ろう」
「うん。がんばろうね。……今日はありがとう。楽しかったわ」
 またあしたね。そう言ってエリーは、家のあるほうへ走り出した。

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いろうた@「今、ここを生きる」を描く小説家
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