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【連載小説】「愛の歌を君に」#13 覚醒


前回のお話(#12)はこちら

前回のお話:

祈りの歌が通じ、拓海の意識はあの世の入り口から現世に戻った。熱心に歌い続ける二人を見かねた拓海は覚悟を決め、自分の宝物である声と引き換えに現世に戻ることを決める。拓海の生還を喜ぶ二人であったが、声が出せないことを知ると涙したのだった。
二人の歌は病を完治させ、拓海は無事に退院した。久々に拓海の部屋に戻った三人を待っていたのは静寂。彼の声が聞けないことに寂しさを覚えたその時、拓海がスマホを操作して音楽を流し始めた。それは彼が残した最後の歌声だった。その歌詞と歌声に感動した麗華と智篤は改めて彼が生きてここにいることに感謝。引き続き一緒に音楽活動をしていくことを約束する。

40.その後のお話……

<麗華>

 歌の力が起こした奇跡はその後も続いた。なんと、あたしたち全員が日を追うごとに若返り、氣付けばサザンクロス結成当初の風貌になってしまったのだ。まるで時が巻き戻ったかのようにさえ思える不思議な現象。唯一違うことといえば、拓海が声を失っていることくらいだろうか。

 はじめは筆談でコミュニケーションを図っていたあたしたち。だが、直感的に話せないことにストレスを感じ始めた拓海を見ていられず、最終的にはみんなで手話を覚えようということで意見が一致した。この年齢で新しく何かを覚えるのは大変に思われたが、心身の若返りに加えあたしたちにはこの方が合っていたらしく、幸いにしてすぐ習得することができたのだった。


◇◇◇

 桜のつぼみが膨らみ始めた頃、あたしたちはそれぞれのアパートを引き払い、三人で暮らせる中古の一戸建てにきょを移した。近隣に氣兼ねなく弾き語りするため、部屋の一つを音楽スタジオに改造している。スタジオの出来に満足しているあたしたちはおそらく、多くの時間をこの部屋で過ごすことになるだろう。

「なんか、まだ夢を見ている氣がする。まさかホントにこんな日が来るなんて思ってなかったんだもの」

 ――夢じゃないよ。これは俺たちが選び取った最良の未来だ。――

 拓海の手の動きを読み取り、脳内で彼の声に変換する。これはあたしが勝手にしていることだが、こうすることで彼に直接語りかけられているように感じられるので氣に入っている。

「確かにそうかもしれないけど、夢みたいに感じる点は僕もレイちゃんと同意見だな。サザンクロスの再結成をしたときにはこんな未来、想像できなかったもんな。あの時は、拓海を見送り、レイちゃんを恨み倒してサザンクロスを抜けてやるんだって、本氣で思ってた」

 再結成を快く思っていなかった彼は始め、拓海が病を克服し歌えるようになったらおそらくバンドを抜けるだろうと言っていた。その彼が今はこうしてここにいて、生活を共にしながらバンド活動を継続しようとしている。考えを変えたきっかけはいくつもあるのだろうが、拓海の病が一因であることは間違いないだろう。一人の生死が他の人の人生を左右するのだとすれば、自分の生き方や死に方についてもう少し真剣に考えなければいけないのかもしれない。

 ――サンキューな、残ってくれて。
 拓海の手の動きを読み取った智くんは首を横に振る。

「すべてを赦した僕の居場所はもはやここしかない。……っていうか、僕には君を生かした責任を果たす義務があるからね。僕の残りの人生は君に捧げるつもりだよ」

 ――人生捧げるって……。ちょっと重いんだけど……。

「あー、そうだな……。じゃあ……」
 智くんは少し考えてからこう答える。
「一生涯、リーダーの君についていく。これでどうだ?」

 拓海は満面の笑みを浮かべ、両手で大きく丸の形を作った。


<拓海>

 病気が判明したのが一年前の今ごろ。まさかもう一度桜の季節を迎えられるとは正直思っていなかった。

(俺、生きてるんだよな……。麗華の宣言通り、生かされちまったんだよなぁ……。)

 救われたこの命。やりたいことをすべてやりきった俺に出来るのは、こいつらのために残りの命を使うこと。すなわち、「世界征服」を成し遂げるためにあらゆる努力を惜しまないということ。

 もはや出来るかどうかではなく、何が何でも叶えるつもりでいる。二人が尻込みしたら俺が切り込む。たとえ世界が相手であっても。死にかけた人間に怖いものなどない。


◇◇◇

 結局、話していた路上ライブをする今日という日まで俺の生の声を残しておくことは出来なかった。しかし二人は諦めなかった。俺の最後の曲「サンライズ」をデジタル音源化して正式に残してくれたのだ。路上ライブではこれを流すことで俺の声を再現する予定になっている。二人の尽力には感謝の言葉しかない。

 路上ライブのことは完全シークレット。本当に若い頃と同じで予告も無しに駅前に足を運び、いきなり弾き始める計画だ。ただあの頃と違って今の俺たちは素人ではない。弾き始めれば必ずや人を集められると信じ、ゴールデンウィークで多くの人が行き交う夜の駅前でギターの準備を始める。

 路上ライブをやるのは初めてじゃないし手順も心得てるはずなのに、数十年ぶりと言うこともあってなぜか緊張してきた。何度も深呼吸を繰り返していると智篤に笑われる。

「おい、まるで初めて路上ライブをするみたいじゃないか。リーダーがそんなんじゃ、先が思いやられるな……」

 ――うっせえ! そういうなら絶対に弾き間違えるなよ?

「……まぁ、間違えたらその時さ。ハプニングはライブの醍醐味でもあるからね」
 反論されるかと思いきや、まさかの返しにこっちが笑う。

(智篤のやつ、ずいぶん変わったな……。うん、これなら安心だ。)

 二人に生かしてもらった命ではあるけれど、実際のところいつまで保つかは俺にも分からない。だからやっぱり、次に本当に死んだときには以前頼んだとおり、麗華のことは智篤に任せようと思ってる。

 今は俺と麗華が恋仲ってことになってるけど、結局のところ麗華が幸せならいいわけで、相手が俺だろうが智篤だろうが、正直どっちでもいいと思ってる。現に智篤は若返った麗華を密かに想っているようだし、麗華もまんざらではない様子。今となっては争う氣もないのでこの件に関しては流れに身を任せようと思ってる。まぁ、こんなことを言ったら怒られるに違いないだろうけど。


<智篤>

 熱心な祈りが奇跡を起こし、本当に拓海の病を治してしまったときから僕自身も生まれ変わったような心地で日々を生きている。まず、仲間かぞくに対して強がるのが無意味だと悟り、反論するのをやめた。もっと早く自分の氣持ちに素直になっていればと思うくらい、今は心が穏やかだ。

 ただ、社会に対してはこれまで以上に反発し、歌の力で大勢の人の心を掴んで世界を揺るがすつもりだ。三人きりで何が出来る? という人もいるだろうが、僕らの歌は、祈りの力は僕らでさえも驚くほど強大なのだ。そこに聴衆の力も加われば必ずや世界は変わる。だってそうだろう? 変わらないものなんてこの世に一つもないのだから。

 三人でニューワールドを築き上げるための第一歩として僕らは今日、三人で作った曲を披露する。タイトルは「覚醒」。これには僕ら三人の覚醒と世界の覚醒、二つの意味が込められている。

 かつてと同じ場所で、かつてと同じようにギターを引っ提げ、立つ。現時点で僕らを見ようとする通行人はゼロだ。この感じに懐かしさを覚える。

「さぁて、それじゃあ一丁、驚かせてやるとするか。僕らに無関心な人たちを釘付けにしてやろうぜ」

 声を失った拓海の代わりに号令をかける。二人はうなずき、まずはリーダー自らが始まりのリズムを刻む。短いイントロのあとでレイちゃんの歌声が響く。

 
 #

狂ってんだろ、お前ら
いい加減、目を覚ませよ!
反撃の狼煙のろしあげてさ
いつまでも俺たちゃ操り人形じゃない

「お口にチャック」なんてもう
通用しねぇんだよ!ってさ

いい子のフリはもうやめな
生きたいやつは声あげろ
でないと乗せられちゃうぜ?
あの世行きのバスに

流されっぱでいいのかよ?
お前らの人生だろ、決めようぜ進む道くらい、なあ?

分かってんだろ、お前ら
いい加減、動き出せよ!

合わねぇんだ 曇ったメガネは捨てようぜ
「言うこと聞きなさい」なんて
ノーだぜ、子どもだって

いい子の時代はもう終わり
俺らのパワーをなめるなよ
でないと痛い目にあうぜ?
ひっくり返してやらぁ、こんな世界

言われっぱなしでいいのかよ?
主人公は俺なんだ、決めていいだろ人生くらいさ

夜明けがせまる
さよならしよう 昨日までの自分に
新しい世界が俺たちを待っているから……

いい子のフリはもうやめな
生きたいやつは声あげろ
でないと乗せられちゃうぜ?
あの世行きのバスに

いい子の時代はもう終わり
俺らのパワーをなめるなよ
でないと痛い目にあうぜ?
作り替えてやらぁ、まっさらな世界に

 #
(※歌が聴きたい方はこちらの記事へ。以下の曲もあり※)

 歌い始めるにつれ、徐々に人が集まってきた。これまでのサザンクロスにはない過激な歌詞。それでいてただ世を憂うのではなく、まるで鼓舞されているかのような歌詞に多くの人が耳を奪われている様子だった。

「まだまだ行くぜっ!」
 拓海ならきっとこう言うだろうと、彼になりきって言った。拓海は歯をこぼして笑い、続けて次の曲のイントロを静かに弾き始める。

 #

あの時きみはなぜ去ってしまったの?
追いかける僕を振り返りもせず
涙はかれて大地は乾いた
かすれた声で歌い続けた

君への愛を憎しみに変えて
暗闇の中で、もがき続けた日々
むしばまれた、心と体
死が連れてきた君を
ずっと僕はゆるさないと
泣きながら誓う

憎しみの涙を流せたら
救われるだろう僕は
だけど流せないのは君のせいだと
言わなければきっと壊れるだろう僕は

君をゆるすとき
僕はゆるされるだろう
ゆるされた僕は
安らかに死ぬだろう

だけどその前に伝えたいんだ、愛を
ずっと素敵になった君にこの想いを
僕の声を愛してくれた君へ
ずっとずっと愛していると

 #

 先ほどの曲から一転、こっちは僕と拓海の手紙から着想を得て作られた「LOVE LETTERラブレター」。ゆえに、ここまで情感を込めて歌えるのはレイちゃんしかおらず、何度も聞いている僕でさえ鳥肌が立つ。本氣を出した彼女の歌声を聴けばさすがにレイカだと氣付く人がちらほら現れ、ささやき合っているのが分かった。

 もし拓海があのまま死んでいたら、この曲が完成することも歌われることも永遠になかった。拓海が生きてここにいるからこそ「死」というワードを採用することができ、よりリアリティーある歌詞に仕上げることが出来たのだった。

 その後、拓海の残した曲「サンライズ」を含めて数曲弾き語りし、氣付けば駅前にかなりの人だかりが生まれていた。

「すごい人数だね……」

「だから言っただろう? 僕らの歌ならイベントに出なくとも人を集められるって」
 圧倒されるレイちゃんに自信たっぷりに返した。

 ――同じ無名でも若い頃とは全然違うな。俺たちやっぱ、実力ついたってことなのかな?
 拓海の手話を読み取り「当たり前だろ」と、こちらにも力強く返事をした。

 ――……つーても、ちょっと集めすぎたな。そろそろお開きにするか。

 拓海はそう伝えるなり聴衆に投げ銭を要求し、自分はさっさと帰り支度を始めた。からのギターケースには次々お札が投げ入れられ、あっという間に紙の山が出来た。

 これからの活躍に期待していますとか、次はいつ来ますかとか、かっこよかったですなどと声をかけられ、思わず苦笑する。レイちゃんに氣付いた人は別として、若返ったこの姿を見て、果たして何人が僕らのことを三十数年も音楽活動をしてきた大ベテランだと見抜けるだろうか。おそらくほとんどいないだろう。

(ふっ……。よく見てみれば世の中は不思議なことで溢れかえっているな……。偏った見方をしていたときには氣づけなかったが、この世もまだまだ捨てたもんじゃないな……。)

 あり得ないと思えることが現実に起こりうる。変えられないと思われた事象も行動すれば変えられる。それに氣付いたからこそ僕は一人ではなく、サザンクロスのメンバーのひとりとしてこれからも音楽活動を続けていこうと決めた。一人の力は永遠に一倍だが、三人ならば何倍もの力になると知ったから。

 拓海の指示を受け、僕が代わりに声を発する。
「ありがとうございました! これからもサザンクロスをよろしくお願いします!」


✨第一部 完  第二部に続く(予定……!)✨

執筆後記はこちら


※見出し画像は、生成AIで作成したものを加工して使用しています。

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いろうた@「今、ここを生きる」を描く小説家
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