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【短編小説】父親の悩み、それぞれ―「さくら、舞う」番外編④―
「さくら、舞う」第三章#3の続きにもなってますが、
読み切りとしてもお楽しみいただけます!!✨
<野上路教>
「昼からビールっすか? 今日はずいぶんと荒れてますね。何かあったんっすか?」
「詮索はやめろ。とにかく、酒だ」
おれの注文にいちゃもんをつけた喫茶ワライバのマスター、大津理人はため息をつきながらジョッキにビールを注ぎ始めた。
「はい、どうぞ。……ごゆっくりと言いたいところだけど、どうやらそういうわけにはいかなそうだな……」
出されたジョッキに手を出したのと、背後から聞き覚えのある声が聞こえたのは同時だった。振り返るとやはり見知った顔。
「水沢先輩……」
「なんだ、野上も来てたのか……。おっ、昼からビールか。俺も混ぜてくれよ」
示し合わせたわけでもないのに、この店には高校時代の野球部員が集まってくる。ちなみに大津はおれの後輩、水沢さんは先輩に当たる。口は悪いが、大津には何でも言いやすいのが人氣の理由だろう。
「はい、水沢センパイにもビールね。……ったく、大の大人がそろいもそろって娘のことで悩んでるー、みたいな顔して。お願いですから、こっちに火の粉を飛ばさないでくださいよ?」
『…………!!』
大津の指摘が的確すぎて思わず立ち上がったら、隣に座ったばかりの先輩も腰を浮かせた。そして互いに顔を見合わせる。
「……もしかして、先輩も?」
「……野上も?」
すべてを知っているらしい大津はニヤニヤしながらおれたちを見守っている。
「……大津、お前。おれたちを嵌めたのか?」
「まさか! これは天の計らいですよ。ま、お互いに同じ悩みを持ってることが分かったんです、せっかくの機会を無駄にしないようにしっかり話すといいですよ」
その物言いに腹が立った。ジョッキのビールを半分まで減らしたおれは、大津をキッと睨み付けた。
*
数年前に聞いた話では、先輩は娘さんとは疎遠になっているが、自分からコンタクトをとる氣もないとのことだった。そんな先輩の元に突然、ミュージシャンの姉・レイカから電話が入り、その娘さんと一緒に仕事をしていると聞かされたのが数日前。敢えてそんな連絡をしてきたってことは、引き合わせようとしているのかと思いきや、実はそうではなかった。娘さんは、父親である先輩を軽蔑している。だからそっちから謝れ、と……。そういう話だったのだ。十数年前に家族を解散し、世界の野球を見る旅に出たきり消息を絶ったのが原因らしいが、先輩としては自分に非があるとは微塵も思っていないため、謝れと言われても納得できない。それでくすぶっている、と言う話だった。
一方のおれは、三十を過ぎても結婚どころか恋人の話すら聞かない娘が休職したと知り案じていたところ、なぜか霊界から両親がやってきて説教されるわ、本人にも激怒されるわで、困惑していることを話した。
「あれっ? この前、姉貴から電話もらったときになんかそんな話聞いたような……。もしかして野上の娘さん、舞って名前じゃねえ?」
「そうですが……」
「やっぱり。……じゃあ、うちの姉貴とさくらは、舞さんと面識があるよ」
「は? 娘さんは、レイカと親戚関係だから接点があるのは分かりますが、なんでレイカの口から舞の話が……?」
「さぁ、そこまでは……。あぁ、めぐさん。料理、頼める?」
「はーい! 今行きまーす!」
先輩が呼び止めたホールスタッフは、実はおれの姪っ子。しかも現在、休職中の娘の舞と同居している。めぐちゃんに聞けば、舞の様子は手に取るように分かるだろう。何を考えて彼女たちの家に逃げ込んだのかも。
先輩が注文する間、じっと彼女の顔を見つめる。その口から何か情報がもたらされるのでは……と期待したが、注文を取り終えた彼女は意味ありげに微笑んだだけでその場を去ってしまった。
(あるわけ、ないか……。先日、おれが舞を泣かせた現場にいたんだもんな……。)
おれと先輩。同年代の娘を持つ親として悩みを抱えているという点は一緒だが、方や心配性、方や放任主義、と……。こうも違うものかと不思議に思う。
「一つ聞いてもいいですか? どうして先輩は、かわいい娘さんをおいて放浪の旅に出てしまったんですか? 家族を解散してまで……」
「どうして、って……。俺にはやりたいことが――当時は、世界の野球を見て、ゆくゆくはこの手で最強の野球チームを作ると言う夢が――あったからだよ。それを果たすには、家族という枠組みが……言い方は悪いが邪魔だった。だから解散した。だけど、さくらの成人までは待ったぜ? なのに謝れ、って言われてもなぁ……」
「娘さんにとって家族は……先輩は……心のよりどころだったんじゃないんですか。だから、日本を飛び出したまま一つも連絡をよこさない父親を軽蔑した……」
「頼りにされれば力になりたいとは思う。だけど……。近くにいなけりゃ家族じゃないとか、軽蔑に値するとかってのは違うと俺は思う。そりゃあ、音信不通だったのは悪かったと思うよ? でも、ただ寂しさを紛らわすため、あるいは支援者としてそばにいて欲しいってのは甘えだと思う。さくらは野球どころか、スポーツのスの字も知らないから忍耐力がない。だからそんなことを言うんだ。だいたい、親が何か言ったところで子供は聞かないもんだろ。それは今も昔も同じこと。だったら最初から放任するのが一番だよ」
「…………」
ひと通り話を聞いて、ずいぶんとドライなんだな、と思う。と同時に先日、霊体の両親から言われた「親に出来るのは見守ることだけ」という言葉を思い出した。正確には視える友人から伝え聞いたことだが、その亡き親が、おれがそういう子育てを実行できるようになるまでこっちの世界に居座るつもりだと知り、どうしたものかと悩んでいるところだ。
少しの間沈黙の時が流れた。ビールの追加を頼もうとしたとき、ちょうど大津の手から料理が提供される。
「……ったく。遠くから話を聞いてて思いますよ。二人とも極端だなってね」
できたてのチャーハンを、顔をしかめながら受け取り、反論する。
「子供のいない大津に何が分かるってんだ」
「そりゃあ分からないですけど、だからこそ客観的に見ることが出来ます。バランスが大事なんですよ、バランスが」
バランス、という言葉に身体がビクッと反応する。先日、舞の兄、つまりはおれの息子である翼にも同じことを言われたからだ。言い返せないおれに、大津が続ける。
「一方に偏るのは案外簡単なんですよ。そっちに全体重をかけりゃいいんですから楽ちんです。でもバランスを保つとなったらそうはいかない。常に重心を真ん中にしなけりゃいけませんからね。全方向に注意を払う必要がある。で、こっからが重要なポイントになりますが、全方向を見た上で『自分はこうする、こう考える』という軸を持てるかどうか。これが鍵なんですねぇ」
「なら俺は自分軸で生きれてるから、説教されるいわれはねえな」
「甘いですね。水沢センパイはそもそも全方向を見てない。ただ自分の考えを貫いてるだけです。悪いとは言いませんが、それが一因で娘さんに軽蔑されてるんだとしたら、多少なりとも改めるべきでは?」
「…………!!」
先輩がカウンターテーブルを叩き、怒りをあらわにした。火に油を注ぐように「ほら、怒るってことは自覚がある証拠です」と追撃され、ますます激高する。
「過ぎたことを今更とやかく言われる筋合いはねえな! 俺は一人の人間として自分の人生を全うしたいだけだ。娘の人生がうまくいっていないからって責任転嫁するのはおかしいだろ。そう言いたいね!」
「……ま、水沢センパイがそう言い切るならおれからはもう何も言いませんがね……。野上センパイの方はどうです?」
「おれは……」
くすぶっていた想いの大半は先輩がぶちまけてくれた。だけど、何かが引っかかる。モヤモヤしたものが残っている。
もし、息子の翼が従妹のめぐちゃんと結婚していなかったら……。そしてふたりが弟の友人、鈴宮悠斗と同居していなかったら……。そうであったならきっとおれも先輩と同じ結論に至っていただろう。
だが、現実は違う。
おれの家族にはおれの考えが通用しない。そしてそんな家族に何かを言われる毎に、考え方が変わっていくおれがいる……。正解だと思っていたものがどうやら違うらしいと氣付くたび、頭が混乱する……。
動けなくなるのは嫌だ。しないよりする、がモットーのおれだから、混乱していようがなんだろうが、とにかく行動しようと思ってこれまでやってきた。だから、まだ会えないと言われていた舞のところにも足を運んだのだ。言いたいことがあるなら話は聞く。こっちにはその用意がある、と言う氣持ちで。だけど結局、拒まれた……。もう、どうしていいか分からない……。
「……なぁ、大津。全方向を見るにはどうすればいい? それを受け入れるにはどうすれば……?」
「そうですねぇ……」
大津はそう言い置いて、おれの背後に目をやった。
「……一度、肩書きを捨ててみたらいいと思います。父親だとか、元球児だとか、そういうの。その上でゆっくり……そうですね、温泉とか浸かってみたらどうですか? あるいは音楽ライブに行ってみるとか。そしたらきっと何か掴めると思います。まぁ、これはおれの意見なので、実行するかどうかはお任せしますが」
「肩書きを……捨てる……」
それを聞いて、おれの尊敬する先輩、永江孝太郎氏が「何者でもない自分」として第二の人生を、活き活きと生きていることを思い出した。彼いわく、息子たちと温泉に行ったら人生観が変わったのだとか。
(なるほど……。そういうことなら、永江先輩と会ってみるか……。)
ずうっと前にも、思い悩んで立ち止まったとき相談に乗ってもらったことがある。あの人のことだ、事情を話せばきっとすぐに聞いてくれるだろう。
「ありがとう、大津。活路が見えてきたよ」
「そりゃあよかった。……って言っても、礼なら後ろで見守ってくれてる存在にも言った方がいいと思いますよ」
「さっきからおれの後ろを見てると思ったら、やっぱりそうか……」
大津は霊感が強いと聞く。きっとおれには霊体の両親がついている。もしかしたら今のアドバイスは、両親から大津に伝えられたものだったのかもしれない。
(親父、母さん。不出来なおれのためにいろいろしてくれてありがとう。もうちょっとで道が開けそうな氣がする。だから、頑張ってみる……!)
心の中でつぶやき、その場で一礼した。
「なんだよ……。野上だけすっきりしやがって……。俺の不満は誰が解消してくれるってんだ……?」
「分かってないなぁ、水沢センパイ。すべての答えは自分の内にあるんですよ。だから不満も悩みも結局は自分で解決するしかないんですよ」
大津がたしなめると、先輩は舌打ちをし、追加のビールを要求した。
※見出し画像は、生成AIで作成したものを修正して使用しています。
※※今回の見出し画像は大津理人っぽさが出て、
個人的にはとても氣にいっています!
💖本日も最後まで読んでくださり、ありがとうございます(^-^)💖
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※「さくら、舞う」第三章本編、未だ書き進まず……。ですが、ようやく外堀が埋まったのでそろそろ書いていけそうな氣がしています! 氣長に待っていただけると嬉しいです。(ちなみに、次回も大津理人回、ワライバでの物語が続く予定です(^0^;))
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