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【連載小説】「好きが言えない 2」#16 疑念

 水沢の家族と過ごすのは、僕にとっても心地がいい。
 父がいて母がいて兄弟がいて。喧嘩もするが、そこにはちゃんと「愛」がある。僕は彼らを見るといつもそう感じるし、もし父が生きていたら僕も家族の愛を感じられたのだろうかと、少しばかりうらやましく思うこともある。

「なぁ、孝太郎。いつから監督と交渉してたの? 俺に内緒でさぁ」
 食事が済んでリラックスしたのか、水沢はそう言った。家にいるときの水沢は僕のことを「孝太郎」と呼ぶ。本当は親を思い出すからあまり好きではないが、家にいるときだけという条件付きで許している。

「ひと月程前から。君を驚かせようと思って黙ってたんだ」
 実を言うと、僕自身オファーを受けてくれるとは思っていなかったので、あの場に顧問とともに現れたときは正直、驚いた。そのくらい、音沙汰がなかったのだ。水沢に伝えられなかった理由もそこにある。

「孝太郎がサプライズプレゼントをくれるとは意外だね」
「君だって、星野監督ならやりやすいだろう?」
「まぁ、そうだけど。ずいぶんと無茶なお願いをしたもんだ。持病のある老人に、もう一度指揮を執ってくれ、だなんて」
「どうしても……」
「……甲子園、か?」
「ああ。父と夢見た場所だ。行きたいんだ、どうしても」
 行けばそこに父がいる気がして。だから、勝って、勝ち進んで、甲子園に行きたいのだ。

 ただ、父の亡霊に会えたとしても、そこでどうしたいのかまでは分からない。けれど今の僕は、そうすることでしか生きる意味を見いだせないでいる。
「孝太郎一人が頑張っても、行ける場所じゃないんだぜ? それは分かってるよな?」
 息巻く僕を、水沢は冷静に諭した。僕はうなずく。
「だからこそ、実績を残している監督が必要なんじゃないか。星野監督は信頼できる」
「まぁ……そうだな……」
 水沢の曖昧な返答に不安になった。
「……僕は変なことを言っているだろうか」

 時々、自分が分からなくなる。自分では当たり前のことを言ったりしたりしているだけなのに、周りの目が僕を「変わり者」のように見ている気がしてならない。
 水沢は言いにくそうに頭を上下に動かしたあと、意を決したように言う。
「お前さ、その先のこと、考えてる? 夏の大会が終わったあとのこと。今のお前見てるとさ、お前の人生って夏の大会で終わるみたいに感じるんだよ。だから、ちょっと怖いんだよ」
「……怖いって、何が?」
「……ほんとに分かってないんだなぁ。……死ぬんじゃねぇぞ? お父さんは死んじゃったかも知れないけど、孝太郎の人生はまだまだ続くんだから」

 彼の言うことは至極もっともである。あとひと月ほどで僕の高校野球人生は幕を閉じる。勝っても負けても、だ。甲子園という目標がなくなったら、僕はその先どうすればいいのだろう。
「これから、考えるよ」
 僕は彼を心配させたくなくてそう答えた。彼は疑っているようだったが、今はそれ以上追及してこなかった。

下から続きが読めます。↓ (9/25投稿)


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いろうた@「今、ここを生きる」を描く小説家
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