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【連載小説】「愛の歌を君に2」#4 交流


前回のお話(#3)はこちら

前回のお話:

行きつけのライブハウスの出入り禁止令を受けた翌晩、路上でライブをしていると音楽プロデューサーのショータが姿を現した。オーナーからの依頼だと聞き、見放されてはいなかったのだと安心する三人。しかし、手話使いのミュージシャンである拓海たくみを推すようなミュージックビデオの作成とウェブ配信の提案に男性陣は納得できない。そこへやってきたのはミュージシャン仲間のユージン。ショータはユージンの弟妹きょうだいがメインでやっているミュージックビデオ作りの高い技術力を買い、ユージンを介して協力を打診したが、不仲なこともあり交渉は失敗したと聞かされる。きょうだいの仲を裂く間接的な要因を作ったのはウイング。責任を感じた彼らは自宅のスタジオに彼らを招待することを思いつく。

10.<麗華>

 ブラックボックスからの連絡は思いのほか早く来た。互いの予定が合う日の夕刻、彼らはそれぞれが担当する楽器を背負って我が家を訪れた。

 玄関先で簡単な自己紹介を受ける。一番上のお兄さんが先日会ったユージンくん。その下が双子のセナちゃんとリオンくん。緊張気味ではあるが元氣なユージンくんとは対照的に、双子の方は居心地が悪そうに靴を脱いだ。

 まずはリビングに通す。若い子の好みは正直分からないのでとりあえず、愛飲している冷茶とお菓子を用意してみた。

「ハーブティーは飲める? ちょっと癖があるけど喉に効くんだ」

「へぇ! それじゃあいただきます。……おっ、大人味。だけど確かに喉に良さそう。二人も飲んでみろよ」

 ソファに座ったまま固まっていた双子は「毒味」をした兄のすすめを受けて恐る恐るグラスに口を付けた。

「……ねえ、お兄ちゃん。この人たちって本当にあの時コラボしたオジさまなの? どう見たってあたしたちと同年代じゃない。よく似た別人か、オジさまたちの子どもって可能性はない?」
 セナちゃんが疑いの眼差しを向けながら言った。

「オレも最初は、え? って思ったけど、ちゃんと共通の話が出来るし、本人に間違いないよ。演奏を聴けばきっと信じられるんじゃないかな」

「じゃあ早速聴かせてもらおうよ。スタジオで演奏するのは本人たちだと納得できてからだ」
 リオンくんもセナちゃんと同じ考えなのだろう。あたしたちを睨みながら落ち着かない様子でソファから立ち上がった。

「分かった。スタジオはこっちよ」
 手招きをして先に歩く。彼らは無言でついてくる。

 リビングから数メートル歩いただけの場所。一見すると他の部屋と何も変わらないが、ドアを開ければそこは防音仕様の音楽スタジオ。入るよう促すと彼らは急に目を輝かせ「わぁっ……!」と声を上げた。

「普段行ってる音楽スタジオと変わらないじゃん! こんなのが自宅にあるなんてすげえや!」

「って言うか、ここを今から使わせてもらえるの?! タダで?! 信じられない!」

「な? 兄ちゃんの誘いに乗って正解だったろう?」
 ユージンくんの言葉を聞くと、二人はハッと我に返り背筋を伸ばした。

「……あの時と同じ曲がいい。クレイジー・ラブ。まだ弾けるんだろう?」
 リオンくんが恥ずかしさを誤魔化すように言った。智くんと拓海は顔を見合わせる。

「クレイジー・ラブか……。エレキは久しく弾いていないけどまぁ、やってみるよ。それと、歌うのは僕だ。拓海は声を失ってしまったからね……」
 言いながらともくんが目で合図をすると拓海はすぐに頷いた。

「それじゃああたしも聴く側に回るわ。一緒に聴きましょう」

 スタジオの端においてある椅子を彼らに提供し、その脇に立つ。久々に登場したエレキギターの調整に少し時間がかかったが、二人は懐かしさを噛みしめるように、そしてこの場の空氣を楽しむかのように微笑み合い、最初の音を鳴らす。

クレイジー、クレイジー
今すぐお前を追っかけて
飛び込みたいぜ 宇宙そらの海
クレイジー、クレイジー
鏡に映るのは誰?
狂喜乱舞しすぎて
本当の俺、見失ってる
ああ、全部お前のせいだ

##

クレイジー、クレイジー
お前の瞳に吸い込まれて
抗えないぜこの想い
クレイジー、クレイジー
心の奥に隠した秘密
暴かれそうで怖いよ
ああ、全部お前のせいだ

###

クレイジー、クレイジー
お前と一緒に走りたい
どこまでも行こうぜ
クレイジー、クレイジー
夢と現実いまの境界線
越えてしまいそうだ
ああ、全部お前のせいだ

お前のせいなんだ……

 あたしが初めてこの歌を聴いたのは約一年前。もう一度バンドを組みたいと言ってきた彼らがどの程度歌えて弾けるのか、その腕前を披露して欲しいと頼んだときのことだった。あの時は拓海がメインボーカルで、煙草でやられた喉から出るかすれ声がこの曲の雰囲氣によく合っていると感じたが、智くんの通る声も、これはこれで曲のイメージとマッチしていた。個人的にはかつてのようにもう少し恨みがましく歌ってほしかったが、いま若者たちに披露したいのはギターの技巧の方だからあたしのワガママはまた今度聞いてもらうことにしよう。

「……確かにあの時のギターおとだ」
「……って言うか、前より腕上がってない?」
「うん……」

 聴き終えた双子たちもそれぞれに感想をささやき合った。

「僕らがあのとき対バンしたウイングの二人だって認めてくれる?」

「…………」
 しかし、智くんの問いに二人は黙り込んだ。

「おい、セナ・リオ。質問にはちゃんと答えろよ。失礼だろう?」
 お兄さんらしくユージンくんが発言を促すが二人はうつむいたままだ。そんな二人を見て智くんが小さく息を吐く。

「何でもいい、思ったことは言ってくれて構わない。僕らは君たちの本音が聞きたい。年上とか年下とか、そんなのミュージシャンには関係ないんだから。……実を言うと僕もレイちゃんとはまともに話せない時期があった。でも、嫉妬してることを素直に伝えて一緒に生活するうちにようやく今みたいに話せるようになったんだ。……ユージンから聞いてないか? 僕らとレイちゃんの関係を」

「……ここに来る途中でちょっとだけ聞いたよ。三十年も連絡とってなかったのに今は同じバンドで活動してるって。そんなことあるかよ、って思ったけどそうか。本音をぶつけ合ってわかり合えたから今一緒にいられるのか」

「ああ」

「だったら聞いてもらおうか」
 リオンくんはそう言うなり智くんの前に進み出た。
「……あのさー。なんであのとき格上感出したの? マジでやりづらかったんだけど。兄ちゃんが『この人たちすごいからとにかく一回コラボしよう』ってしつこいから仕方なくやったけどホント、穴があったら入りたかったよ。……敵うわけないじゃん。三十年もギター弾いてきた人に。あの時は、おれらを潰す氣なんだと本氣で思ったんだぜ?」

「だよねー。人氣も他のバンドよりすごかったし。アタシたちもいつかはこうなりたい、っていうより悔しさの方が強かったな……」
 聞いてくれることが分かったからか、セナちゃんも思いの丈をぶつけ始める。
「ほんっと、嫌な氣分だった。キンチョーしすぎて歌う声はうわずっちゃうし、お客さんには笑われるし……。オジさんたちにはアタシたちの氣持ちなんて分からないでしょうけど」
 弟妹きょうだいの止まらない愚痴に、あたしたちは辛抱強く耳を傾けた。


11.<拓海>

 その後、二人の愚痴は十分ほど続いた。まさかあの盛り上がるステージ上で二人がそんなことを思っていたなんて……。彼らの歌や演奏はまったく他に引けを取ってはいなかったはずだが、なぜそんなにも自分たちが劣っているように感じてしまったのか。話を聞けば聞くほど疑問が湧いた。

 ――なぁ、一つ聞いていい? ブラックボックスの目指す音楽って何? あの時うまくやれなかった原因はもしかしたらそこを理解していなかったことにあるかもしれない。逆に言えば、それが分かれば仲直りできる、とも思う。……ああ、ここは一人ずつ聞こう。案外、それぞれが違う考えを持ってるってこともあるからな。

 智篤ともあつ経由で俺の想いを伝えると、三人は顔を見合わせたあとで、リオン、セナ、ユージンの順で答える。

「おれは自分の演奏で聴衆を虜にしたい。……要はキーボード演奏で目立ちたいってことだけど、前回はそれが出来なかったから悔しかったってわけ。分かる?」

 俺が何度も頷くと次はセナが発言する。
「アタシもリオンとおんなじ。とにかく自分の歌でみんなをうっとりさせたいんだよね。注目して欲しいって言うか。なのにあの時はオジさんたちが全部いいとこ持ってっちゃった。ホントに悔しかったんだから! だけど、今やってるウェブ投稿ならそういう思いをしなくて済むし、完璧なものを、一度にたくさんの人に届けられる。再生数がぐんぐん伸びていくのを見るのはホントに快感。一度覚えちゃったらもう、やめられないよねー」

「おいおい、それじゃあタダの目立ちたがりじゃん。お前らにはミュージシャンの誇りってもんはないのか? 訴えたい想いってのはないのか? オレにはある。悔しさを味わったり、泣きたかったり、死にたくなったり……。そんな氣持ちの人の心が晴れてもうちょっと生きてみようって、頑張ってみようって思えるような曲をオレは届けたいよ」

「じゃあ兄ちゃんに聞くけどそれ、お金になるの?」

「…………」
 答えないユージンを見てリオンは鼻で笑った。

「分かってるんだったら、さっさと綺麗事を言うのはやめて現実見た方がいいよ。おれらと一緒にダンスミュージックを作ろう。そうすりゃうんと稼げるし、今やってるアルバイトだって辞められる。音楽に専念できるんだ」

「…………」

 真面目でまっすぐ、それでいてロマンチストのユージン。対して弟妹きょうだいは現実主義者。目立つため、売れるための方法を理解し実践もしている。俺はどっちの考え方にも共感できるし、ユージンと双子が別々に活動するなら何も問題はないとも思うが、いま彼らはブラックボックスというバンドを組んでいる。メンバー同士で目指す方向が違うというのはやはり問題があるだろう。どうにかして心を一つにする方法はないだろうか。そして俺らがわかり合うにはどうすれば……。思案しつつ、手を動かす。

 ――目立ちたかったお前たちを差し置いて俺らが出しゃばったことに関しては申し訳なかったよ。だけどあの頃は俺たちも尖ってたからな。お互いのプライドや目立ってやろうという氣持ちがぶつかり合ったとしても仕方がなかった部分はあるよ。若いのに負けるかって氣持ちが少なからずあったのも認める。でも、今はそういう氣持ちは一切ない。今回の件に関してはこっちが依頼する立場って言うのもあるし、そっちの要求や、やり方にも従うつもりだ。ただし。そうするためにはまずブラックボックスの音楽性を統一してもらわなきゃならない。って言うか、それはお前らが音楽を続けるためにも早急に向き合わなきゃいけない課題だと思う。

 俺の考えを一氣に手話で伝えた。通訳してもらうにあたり智篤の考えが多少加わったようにも感じたが、俺たちの考えはほぼ一致しているので大した問題ではなかった。

「……いいんですか。妥協しても。宣伝のためとはいえ、兄さんたちの音楽が今風いまふうのダンスミュージックになるかもしれないんですよ? イメージが損なわれるかもしれないんですよ?」
 俺たちの考えを聞いたユージンが不満を口にした。俺は首を横に振り、再び手を動かす。

「ダンスミュージックにはならないよ。大丈夫。なんとかなる……。って拓海らしいな」
 俺の手話を通訳しながら智篤は笑い、続けてこんなことを言う。
「僕には拓海が何を考えているか分かってしまった。何しろ、君の脳みそは単純だからな……」

 ――なんだよぉ。じゃあ当ててみろよ。
 考えはまとまってなかったけど、悔し紛れにそう返す。

「いいのか、発表しても? 君は彼らに今夜ここへ泊まっていったらどうかと提案するつもりなんじゃないのか? ま、僕は構わないけどね」

 いいアイデアだと思った。俺たち三人が共同生活をする中で心の距離を縮められたように、一晩本音で語り合うことができれば、きょうだいの不仲や俺たちとのわだかまりはかなり解消されるだろう。

 しかし、単純な脳みそとはいえ、まだ言語化できていない段階での俺の思考を言葉にしてみせた智篤には、さすがを通り越して恐怖すら覚えた。俺の「声役こえやく」を引き受けるようになったことでシンクロし始めているのだろうか。事実、あいつは常に俺の動きに注目しているが、もしそうだとしたらあまり変なことは考えない方が良さそうだ。

 ――どうだろう? 三人さえよければ今夜は好きなだけここを使ってもらって構わない。納得がいくまで弾いて歌ってしゃべっていけばいい。

「好きなだけ?!」
「それって一晩中でもいいってことだよね?!」
 智篤の通訳に最初に反応したのは双子だった。

 ――ただし、俺たちのことを受け容れるのが条件だけどな。嫌々いられるのはこっちもいい氣分しねえから。

 ひと言付け加えてやると、双子は顔を見合わせたあとで観念したかのようにうなずき合った。

「オジさんたちがあの時の二人だってことは認めるよ。だから……今夜はここで思う存分練習をさせて……ください」

「お願いします……!」
 頭を下げた双子を見たユージンもその脇で一緒に一礼した。

「オッケー。そういうことなら早速、いろいろ準備しないとね。あたし、買い出しに行ってくる!」
 そう言った麗華の声はいつになく弾んでいた。


12.<智篤>

 レイちゃんが買い出しから帰ってきても三人がスタジオから出てくる氣配はなかった。時刻は夜の九時を回っている。

 ――よほど氣に入ったんだろうなぁ。ま、このまま出てこなかったとしても俺は別に構わないけどな。それであいつらの絆が深まるんなら。……それはそうと、腹減った。もう先に食っちまおうぜ。

 しびれを切らした拓海が目の前の料理に手を出しかける。直後、スタジオの扉が開き、三人がリビングに姿を見せた。

「グッドタイミング! あと数秒遅かったら拓海に食べられちゃってたところよ。晩ご飯にしましょ。待ってたんだからー」
 と言いつつもレイちゃんは缶ビールを三本抱えて駆け寄った。
「その前に……。まずは乾杯しましょ。お酒、飲める?」

「えー、空きっ腹にビール? 麗華さんったら冗談きついっすね」
 
「何を甘っちょろいことを。スタジオ貸してあげてんだから、我が家のルールには従ってもらわないと」

「……この人、魔女だ」
 当然断れるはずもなく、ユージンは差し出されたビール缶を渋々受け取った。ビクビクしている彼に僕からそっとアドバイスする。

「……まぁ、最初の一口だけ飲めばとりあえず大丈夫だから無理はしないように。レイちゃんの胃袋は底無しだから真面目に付き合うと死ぬぜ?」

「やっぱりねぇ……。じゃあ智さんの言うとおりにしようっと」

「ちょっとそこ! 何をこそこそ話し合ってるの? 早く始めるわよ!」

 耳打ちをしているとレイちゃんの号令がかかった。すでに一杯、引っかけているかのような張り切りように拓海も呆れている。

 ――今日の麗華は絶好調だな……。この様子じゃ、朝まで付き合わされそうだ。

「だって、初めてできたインディーズ仲間なのよ? そりゃあ嬉しいに決まってるじゃない! さぁ、みんなビールは持った? それじゃあ親睦の意味を込めて……かんぱーい!」



 今日の晩飯つまみはおにぎり、焼き鳥、揚げ豆腐、しめじのガーリックソテーときゅうりの浅漬け、そしてビール。普段よりうんと豪華だ。

 ――どうよ? 我が家のスタジオを使ってみた感想は?

 乾杯を済ませ、少し食事が腹に収まったところで拓海が問うた。僕が通訳してやると三人は互いに顔を見合わせ、ユージンを筆頭に話し始める。

「やー、ほんっと。すごいの一言に尽きるっす。個人宅でここまで装備が揃ってるなんてさすがっすね。……酒の席だから聞いちゃうけど、麗華さんの出資で?」

「まぁ……。ほら、あたしって独り身だし、ダブついてたお金を使ったって感じ? ただ、今後は以前のようにドカンとお金が入ることはないだろうから節約していくつもりだけど。事務所は辞めちゃったからね……」

「やっぱり音楽事務所に属してれば儲かるんだ? おれらもメジャー行きてぇ!」
 レオンがビール缶を持ったままレイちゃんの隣に腰を下ろす。
「ねぇ、メジャーの話聞かせてよ。メッチャ興味ある!」

「いいわよ。ただし真実をありのままに言うから覚悟しなさい」

 レイちゃんはそう言い置いてから、デビュー後の自分に降りかかった様々な試練――分単位でびっしり埋まる仕事をこなすため何日も寝ずに働いたこと、営業活動で全国各地のイベント会場を巡ったこと、雑誌のインタビューでバンド解散の経緯を語ったら嘘のストーリーが書き加えられていて悔しい思いをしたことなど――を語ってくれた。

 それは僕も知らないメジャーの世界だった。皆にちやほやされて良い思いをしているイメージとはほど遠い現実がそこにはあった。

「がっかりさせてちゃったかな。だけどこれが現実よ。とはいえ、向上心と忍耐力さえあれば地位も収入も保証される世界だから、そこに自信があるなら目指してみて損はないはずよ」

「えー、だけど数々の試練があったのに、なんで何十年も頑張って来れたわけ? そこ、氣になる!」

 セナはもっと聞かせてほしいと言わんばかりに身を乗り出した。

「んー。ひとつにはやっぱり、二人に対して負い目を感じていたからかな。一人でメジャー界に入ると決めたのに『辛くて戻ってきました』なんて許される道理がない。だから若い頃は特に、心を無にして走り続けていたわね。もう一つの理由は自分の歌を聴かせたい人がいたからかな。頑張れたのはその人のおかげ。だけど先日、その役目を終えたと分かった瞬間に氣が抜けちゃって……。もしそのときにバンドを再結成していなかったら途方に暮れていたでしょうね。幸いにして彼らに救われたあたしはメジャーとインディーズの架け橋になるという新たな目標を掲げて再び動き始めたってわけ」

 夢と現実の差を突きつけられたからか、三人は黙りこくってしまった。沈んだ空氣を破るように拓海が手を動かし始めたので通訳する。

「……まぁ、麗華はそう言ってるけど、俺たちだってお前らくらいの時には同じことを思っていたさ。何も間違っちゃいないし、ミュージシャンなら誰だってメジャーに憧れるもんだよ。俺たちの場合、麗華が引き抜かれたことで仲違いし、何十年も別々の道を歩んだけど、それぞれの世界を知ったからこそ今一緒にいられるとも思ってる。お前らはまだ若いんだ、メジャーデビューのチャンスがあるなら一度飛び込んでみるのもいいと思う。そこが合わなければ遠慮なくこっちに戻ってくればいい。……拓海はそう言ってるよ」

「メッチャかっけー……。やっぱ深いなぁ、拓海さんの言葉は」
 ユージンは未開封のビール缶に手を伸ばしながら言う。
「いやぁね。さっき三人で話し合ったんっすよ。オレたちが目指すものは何か? 足りないものは? 今一番に取り組むべき課題は何だろうか? って」

 相づちを打って続きを促す。

「確かに振り付きのミュージックビデオは目立つし、人氣が出れば嬉しい。それはオレも認めるところです。が……! さっきお二人の歌と演奏を見聞きして思ったんっす。一発当てて短命で終わるより、いつまでも長く音楽に携わりたいって。それを話したら双子こいつらとも意見が一致しまして。で、最終的に……」

 彼はそこでビールを口にし、間を置いてから続きを話す。

「まずは楽器や歌の技術磨こうぜって結論になったんです。やっぱりオレたちミュージシャンだし、拓海さんたちに嫉妬した理由も自分たちの技術が未熟だったせいだし。もっと言うとミュージックビデオで曲に振りを付けたのはそれを誤魔化すためだったりするし……」

「うん」

「実は……。悪いと思いつつも、スタジオを貸してもらったときにいろいろ見させてもらったんです。そしたら皆さんがどれだけ練習してきたかが分かっちゃって自分らに絶望ですよ……。そりゃあ、バイトしながら安アパートの一室で遠慮しいしい、毎日一時間程度の練習しか出来てないオレらが敵う訳ないよなって。でも、この状況は絶対になんとかしたいよなって。だから……もし迷惑でなかったらしばらくの間ここで……練習させてもらえたら嬉しいなって。ダメっすかねぇ?」

 ――いいじゃん!
「あら、いいじゃない!」
「構わないよ」

 三人して頷くと、彼は「よかったぁ……!」と言ってソファにもたれた。
「もちろん、相応のお礼はします。オレたちにできることなら何でもしますんで」

「あー。それで思い出したけど、ミュージックビデオの件でいいアイデアがあるんだ」
 緊張が解けたのか、リオンは僕と拓海の間に座り、両腕を広げて肩を組んだ。

「兄ちゃん経由で聞いたプロデューサーのショータさんが推してるイメージ――ソロステージっぽくするってやつ――を再現するにはどうしたらいいかって考えたとき、背景色はやっぱり黒がいいなって思ったんだけど、ただ黒背景に三人がぽつんといるってのは絵的につまらない。そこで思いついたのが星空の下での撮影。撮り方には工夫が必要だけど、夜空撮る用のカメラは持ってるし、編集テクもあるからなんとかなるかなって。どうよ?」

「それなら実家の山での撮影がいいんじゃない?」

「おっ、さすがは双子の姉。まさにそれを考えてたところだよ」

「実家の山……?」
 レイちゃんが首をかしげると、すかさずユージンが補足する。

「あー……。オレらの実家はKケー市から下ったOオー町の山の上にあるんっすよ。何もなくて不便な場所ですが、その代わり空だけは綺麗で。流星群が見える期間にはアマチュア天文家がカメラを担いでやってくることもあるほどです」

「へぇ、それは素敵ね。だけど、ご実家の近くじゃ迷惑にならない?」

「それは大丈夫っす。周辺に他の家はないし、ギターや歌の練習はいつもそこでしてたんで、ミュージックビデオの撮影だったらまったく問題ないと思います。……星空をバックに弾き語りする三人、か……。やー、絶対かっこいいっしょ。これはオレの想像だけど、それが世に出たら多分、ブラックボックスの上を行くでしょうね。コラボの依頼もくるだろうなぁ。そしたらきっと忙しくなりますよ?」

「ねぇねぇ! もしそれで一躍有名になってメジャーの会社から声がかかったらどうするの? その可能性ってあるよね?」

 まさかすでに誘いを受け、即刻断っているなど思いもしないセナの発言に思わず笑う。いや、常識に照らせば彼女は正しい。ひねくれているのは僕らのほうだ。笑われてふくれ面をするセナに謝りつつくだんの話をした僕は、続けて自分の考えを示す。

「あっちから何度誘われたって答えは同じ、NOだ。僕らの音楽を届けるには、たとえいばらの道と分かっていても身内だけでやっていく。今までも、これからも」

「ふーっ! 真顔でそんなこと言えちゃうの、すげー……。そこまではっきり言われたら逆に尊敬ソンケーするわー。何だ、最初は嫌みなオジさんたちだと思ってたけど、ちゃんと話したら面白いじゃん、氣に入ったよ。これを機におれも兄ちゃんみたいに名前で呼んでいいかな?」

「あ、アタシもアタシも!」
 双子は揃って挙手をした。

「もちろん、いいとも。そうだ、このあとセッションするのはどうだろう? 今度は君たち主導で」

 ――おっ、それいいな。俺、今日はエレキの氣分。一緒にやろうぜ。
 僕の提案に賛同した拓海がユージンと肩を組む。

「いいっすね! やりましょ、やりましょ」
 二人は足をもつれさせながらスタジオに向かった。

「うふふ。長い夜になりそうね。さぁ、あたしたちも行きましょー!」
 レイちゃんがビールを持ったまま歩き出したので、慌てて取り上げる。

「スタジオ内は飲酒禁止だよ。飲むなら立ち入り禁止」

「……分かったわよぉ。でも、残ってる分は飲ませて。氣が抜けちゃったらおいしくないから」

 僕が取り上げた缶を奪い返して一氣飲みする姿を見た若者たちは口を揃えて「……酒豪」と呟いた。


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※見出し画像は、生成AIで作成したものを加工して使用しています。

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いろうた@「今、ここを生きる」を描く小説家
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