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【連載小説】「好きが言えない 2」#7 テスト

 こういうときの一週間は早く感じる。もっと練習したかったのに、適性テストの日がもうやってきてしまった。やれるだけのことはしたが、部長が認めてくれなければ意味はない。
 テストは投球、捕球、バッティング、ダッシュを全員が行い、部長が総合的に判断してポジションを決定するという。
「投球のテスト順はくじ引きで決めようと思う。僕が決めると不公平に感じる人もいるだろうからね」
 引くのは三年からにしてくれよ、という声がどこからともなく発せられた。
「やれやれ。年長者の中には自己中心的な人間がいるようだ」
 部長は仕方がないといった様子でその意見を受け入れた。
 上級生からくじを引き、二年生の番になっておれは最初に手に触れた紙をつかんだ。こういうのは選んじゃダメだ。紙に書かれた数字を見ると、「1」と書かれていた。
「おれ、一番?」
 くじ運がいいんだか悪いんだか。おれがじっと紙を見つめていると、「おれは二番だったぜ」と路教が睨み付けるようにして言ってきた。
「祐輔のお手並み拝見といこうか」
「好きなだけ見ればいいさ。こっちは練習通りこなすだけだ」
「へぇ、自信ありってか」
「そりゃあそうさ。いろいろ後には引けないからな」
 そう。おれのピッチャーとしての進退と、詩乃とのこれからがかかってるんだ。ペーパーテストで赤点をとるのとは訳が違う。
「順番が決まったところで、早速始めることにしよう。一番は本郷クンだね。すぐに準備を」
 部長がボールを持った。そのすぐそばで詩乃がノートを片手に立っている。
 いいところを見せたいが、今は格好をつけるときじゃない。一球一球に集中しよう。そして自分を信じるんだ。


 マウンドに立つ。正面にはキャッチャーの永江部長が座っている。
「僕がいいと言うまで投球を続けるように」
「はいっ!」
 腹に力を入れ、大きな声で返事をする。自分自身を鼓舞する意味合いもあった。
 部長がミットを構える。そこに向け、おれは第一球を投げた。
 パシッ、といい音が響いた。ど真ん中のストレート。バッターがいないからと言うのもあるが、キレのある球が投げられたと自分でも思う。返球があり、それから五球続けて投げた。キャッチャーの指示通り、カーブ、スライダーなどを使い分け、おれとしては納得のいく投球ができた。


 部長が詩乃に何かを言い、詩乃がノートに素早くメモをとる。採点されていると思うと急に緊張感が戻ってくる。おれはマウンドを降りた。


 次に投げるのは路教だ。あいつがマウンドに立つ姿は初めて見る。太い四肢のせいか威圧感がある。それだけでもバッターをひるませる効果はありそうだった。
 さて、どんな球を投げるか。見せてもらおうじゃないか。


 路教の第一投。オーバースローから投じられた球は目にもとまらぬ速さでミットに収まった。おれより速いかもしれない。ただコントロールは定まらず、ボール球となった。
「もう少し力を抜いて。後はそのままでいい」
 部長のアドバイスがあり、続く第二投はきれいに真ん中に収まった。その後の数球も、ピッチャーのおれから見ても悪くない投球だった。自らピッチャーを志願しただけのことはある。
 マウンドを降りた路教がおれの隣に座った。


「見たか、おれのピッチングを。最高だっただろ?」
「悪くはなかったよ。ピッチャーに採用するかどうかは部長が決めることだから、おれはそれ以上のことは言えねぇな」
「祐輔から見て悪くなかったんなら、おれとしては上出来だ。早く結果が聞きたいぜ」
「そう焦るなよ。まだほかの採点が残ってる。ピッチャーになれるかどうかはほかのテストの結果次第のはずだろ」
 はやる気持ちを抑えきれないのはおれも同じ。けれど、ピッチャーとして大事なのはどんなときでも冷静でいること。今こうしている間もおそらくは審査されている。だからおれはじっと待つ。自分の番が回ってくるまでは、ほかのメンバーがどんな球を投げ、動きをするかを観察する。それもピッチャーに欠かせない素養の一つのはずだから。


 全員のピッチングが終わると、次は内野ゴロとフライ球を捕るテストだ。これも、ファースト、セカンドと順に守り、交代で全員が各ポジションにつく。
 みんなどんな思いで守っているのだろう。つい、周りの仲間の顔色をうかがってしまう。
 と、思いがけず路教と目が合った。その目がギラリと光る。
 フライが上がる。
「祐輔、任せた!」
 路教が叫び、おれはグローブを天に向けてふらふらしながらなんとか白球を捕った。そしてそれを部長に投げ返す。球はノーバウンドでホームに返った。
「ふん。いい肩してるじゃねぇか。祐輔、外野でもいけるんじゃねぇ?」
 路教の言葉にすかさず「それを決めるのは部長だ」と返す。すると、「そんなら、おれがピッチャーやってるときは是非、外野を頼むよ」と言ってきた。
 路教はどうしても投手をやりたいらしい。もちろんそれはおれも同じだ。


 なぜピッチャーなのか。孤独で重責のあるポジションになぜこだわるのか。
 路教への問いであり、おれ自身への問いでもあった。
 考えを巡らせる時間はなかった。次の球はすでに空高く上がっていた。

 最後はダッシュ。50メートルのタイムを計る。これはみな得意顔でスタートラインに着く。笛の合図で一斉に走り出す。
 おれだって足の速さには自信があった。それでも、コンマ何秒という差で順位は決まる。結局、俊足を持った三年、一年にわずかに及ばない結果となった。なに、ピッチャーに足の速さは求められない。そこまで気に病むことはない、と言い聞かせる。

 すべてのテストが終わった。部長が詩乃にメモさせた結果を見て、さらに書き込み始める。
 眼鏡の奥の目はさながら、虎が獲物を見定めるときのようだ。そしておれはその、獲物にでもなったかのように落ち着かない。
 この一週間の頑張りだけでおれがどれだけ成長できたかは分からない。けれど、自分と真剣に向き合った、とは思う。


 部長がノートに書き込んでいる時間がひどく長く感じられた。誰も何も言えず、静寂が辺りを包み込んでいる。やがて部長が顔を上げ、一同を見回した。いよいよ、発表がある、と誰もが身構えた。


「みんな、ご苦労様。今から言うポジションが、夏の間守ってもらう場所になる。僕なりに適性を見極めたつもりだ。異論がある者もいるだろうが、慣れるまでそこでしばらくやってみてほしい。
 ……まず、キャッチャーは永江。それと、一年の大津クン。ピッチャーは二年の本郷クンと野上クン。ファーストは……」


 部長は淡々と名前を読み上げた。各ポジションに二名ずつ。どちらかが欠場しても補えるように、ということなのだろう。


 それにしても、ピッチャーはおれと路教、か。あいつも同じことを考えているんだろう。こちらを睨むように見ている。路教は「エース」になりたいに違いない。おれより上に立ちたいのだ。
 おれに勝ったら満足なのか? それがお前の望みなのか? そんなことを目標にしてどうなる? お前の敵はおれじゃないだろう? そう言ってやりたかったが、その前に部長が全体に話し始めたので、喉の手前まで出かかった言葉は無理矢理にでも飲み込むしかなかった。


「発表は以上だ。一つ申し添えておくが、今言ったのはあくまでもポジションであって、レギュラーの選抜ではないということだ。二人のうち、どちらが『先に』守るかは後日、実際に試合をして決めようと思っている。一度にグラウンドに立てるのは九人だけだからね」


 二名ずつに振り分けたのは、互いをライバル視させるためだと気づく。たとえ相手が後輩であっても、実力が上ならレギュラーの座は奪われる。先輩としての体面を保ちたいならそれなりの努力をしろ、というわけだ。これなら必然的に能力が上の人間がレギュラー入りすることになり、チーム全体のレベルアップにもつながる。なるほど、永江部長らしいやり方だ。


「おれは絶対に勝つ。先発投手になるからな」
 先にそう言ったのは路教の方だった。
「にわか仕込みのピッチャーには負けねえよ」
 言い返したが、正直な話、路教には勢いがあると感じている。ちょっとでも気を抜けばレギュラーから外れるという恐怖心は拭えなかった。


「おい、永江。セカンドが一人足りないぞ」
 そのとき、セカンドを守る水沢先輩が言った。各ポジション、ちょうど二名ずつ振り分けられたと思っていたが、どうやらそうではなかったらしい。
「ああ、知ってるよ」
 部長はそう言って詩乃に向き合った。
「十八人目の選手は、春山クンだ」

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いろうた@「今、ここを生きる」を描く小説家
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