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【連載小説】第二部 #13「あっとほーむ ~幸せに続く道~」結婚式


前回のお話(#12)はこちら

前回のお話:
彰博の母親を預かることになった悠斗。その彼女から「家族として暮らすなら悠斗君と呼びたい」といわれたことを機に、悠斗は彰博に、これまで三十年間「鈴宮」と呼び続けてきた理由を問う。
学生時代から行きつけのバーで彰博はついに長年の想いを告白する。悠斗に抱き続けてきた優越感を生涯味わいたいがために「鈴宮」と呼び捨てにしてきたことを。そして人の心を癒やす仕事をするうちに、いつしか素の自分の出し方を忘れてしまったことを。
悠斗はそんな彰博に告げる。何でも自分でできると思わずに頼って欲しい。自分たちは家族なのだから、と。
悠斗の言葉を聞いて負けを認めた彰博はようやく本来の自分を取り戻し、初めて彼を「悠」と呼んだ。二人が真に家族になった瞬間だった。

<翼>

十三

 祖父の元へは、俺とめぐちゃんとで毎日のように通った。その効果か分からないが、祖父は自力で起き上がれるまでに回復し、宣言通り退院を果たしたのだった。

 そうは言っても、以前のように歩き回ることは出来ない。そこで祖父にも、鈴宮家で過ごすことを提案した。話し相手や介助者がいれば、祖父母もこちらも安心、と言うわけだ。

 反対されるかもしれないと思っていたが「ばあちゃんが世話になっているなら」と、すんなり受け容れてくれたのは有り難かった。

 祖父も分かっているのだろう。元気に振る舞っていても、身体が思い通りにならず、誰かの手を必要としなければならないことを。そして俺たちもまた、祖父の荒い息づかいや、歩くのもやっとの姿を見て思う。この暮らしがそう長く続かないってことを。

 めぐちゃんとの結婚は焦らない、つもりだった。だけど、少しだけ焦りの気持ちが生まれてきている俺がいた。

 祖父が鈴宮家にやってきた日の午後、めぐちゃんと久々にバイクで出かけた。まだ日中は暑いけれど、日差しや空気に秋の気配を感じる。

 山頂は地上よりも涼しい風が吹いていて気持ちが良かった。展望台から眼下に広がる町を二人で見下ろす。

 どう切り出したものかと思案していると、めぐちゃんが先に言葉を発する。

「……ねぇ、翼くん。やっぱりわたし、おじいちゃんにはわたしたちの結婚式を見てもらいたい。こんなことを言うのは、わたしのワガママだって分かってる。だけど……」

 その顔は真剣だった。俺は彼女の手を取って答える。
「大丈夫。俺も、今は同じ気持ちなんだ」

「えっ……?」

「本当は、夫婦になるのも結婚式を挙げるのもめぐちゃんの高校卒業後にって考えてたんだけど、形だけなら……いや、式だけは前倒ししてもいいかなって、今は思ってる」

「翼くん……」
 めぐちゃんはほっとしたように微笑んだ。

「だけど、問題はじいちゃんをどうやって式場に連れて行くか、だ。たとえ車椅子に乗せたとしても、連れて行くのは結構大変だと思うんだよなぁ」

「それならわたしにいい考えがあるの!」
 めぐちゃんはにっこりと笑う。
「実は、友だちのお母さんが春日部かすがべ神社の宮司ぐうじさんでね。神前式なら悠くんの家で婚礼の儀式をしてもらえるんじゃないかと思ってるの」

「鈴宮家で結婚式!?」
 その発想はなかった。しかしそれならば、祖父母に無理を強いる必要もない。
「で、でも確か、神前式って神社でやるものじゃ……?」

 戸惑いまくりの俺に対し、めぐちゃんは余裕の笑みを浮かべている。
「たぶん大丈夫。友だちのお母さんは神様と繋がれるらしいから、きっと家にも神様を呼べるよ。……信じるかどうかは翼くんに任せるけど」

 めぐちゃんの話が事実なら、その人は本物ってことになる。まぁ、神様を呼べるかどうかはこの際関係ない。本物の宮司が来てくれるなら、それだけでこっちとしては有り難い話だからだ。

「じいちゃんとばあちゃんの前で結婚式が出来るなら何でもいいよ。早速、頼んでもらえるかな?」

「オーケー。善は急げ、だよね!」
 めぐちゃんはそういうなり、本当にスマホを取り出して電話をかけ始めた。

◇◇◇

 十月十五日は地元の秋祭りであると同時に俺の誕生日でもある。実はその日は、アキ兄がエリ姉にプロポーズした日でもあるらしく「とにかくおめでたい日だから」と、めぐちゃんはその日に式を挙げたいと主張している。

 もちろん異論はなかった。式までちょうどひと月。祖父の体調を思えば、その日と言わずに一日でも早く式を挙げたいくらいだが、先方の都合もあるからこればかりは仕方がない。

「誕生日に挙式とは、お前はとことん、氏神様とご縁があるんだなぁ」
 実家に顔見せがてら、挙式日を伝えると、父がそんなことを言った。

「……あれから二十九年も経つのか。早いものだな。あの日は仕事が忙しくて出産の瞬間には間に合わないかもしれないと思ったんだが、ぎりぎりセーフでなんとか立ち会うことができてなぁ。あの感動は今でも忘れないよ」

「ふぅーん」

「九回裏まで無得点だったところでサヨナラ勝ちしたみたいな感動っていうか、手に汗握る、最高の試合をした時の気分っていうか……」

「……ごめん、そのたとえ、わかりにくいわー」

「おっと……わりぃ。いつもの癖でな……。じゃあ違うたとえにしようか。……初めて赤ちゃん時代のめぐちゃんを抱いた日のことって覚えてる?」

「そりゃあ、もちろん」

「それが、お前の誕生の時におれが感じた気持ちだよ」

「あっ……」
 そのたとえなら、俺にも分かる。

 少し前に、ぎこちなく赤ちゃんを抱いた俺の写真を見たときにも思い出した、あの感覚。ちょっとでも力を入れたら壊れてしまいそうに感じて動けなかったこと。そして透き通る瞳で見つめられ、一瞬にして赤ちゃん独特のかわいさに魅了されてしまった時のことは今でもはっきりと覚えている。

(そうか、父さんも親になったときはそう感じたのか……)

 父はうなずく。
 
「もっとも、生まれたてのお前は、彰博たちのもとにやってきた当時のめぐちゃんよりずっと小さくて繊細だったけどな。……そんなお前が、自分の力で羽ばたいていけるようにと願ってつけたのが『翼』だ」

「うん……」

「……お前はよくここまでやってきたよ。自分の翼で羽ばたいている今、おれから伝えられることはもう何もない」

「……二十九年間、ありがとうございました」
 自然とそんな言葉が口から飛び出した。父ははにかむ。

「おれは何もしてやれなかったから、礼なんていらねえよ。……お前ならめぐちゃんを幸せにしてやれると信じてる。結婚式の当日を楽しみにしてるよ」

◇◇◇

 今日という日をどれほど待ちわびただろう。街に一歩出ればそこはお祭り騒ぎをする人で一杯だが、俺たちは親族揃って鈴宮家に集まっている。

 今日の主目的は祖父母に俺たちの晴れ姿を見てもらうこと。だから親族以外で呼んでいるのは春日部神社の宮司とその娘であるめぐちゃんの友人、それからプロのカメラマンの三人だけだ。それでも、鈴宮家の一階はぎゅうぎゅう。皆、指定された席で身体を寄せ合うようにして座っているようだ。

「……緊張するね」
 玄関から居間に続く廊下で控えていると、めぐちゃんが小さな声で言った。

「そうだね。でも、親戚全員、見知った顔なんだから大丈夫。……そう感じるのは、普段と違う格好だからだよ、きっと」

 めぐちゃんは白無垢姿、俺は羽織袴と、神前式に合わせた出で立ちをしている。

「……確かに、袴姿の翼くんはいつもよりずっと格好良く見える。ドキドキするのはそのせいかぁ」

「めぐちゃんもだよ。ほんっと、いつもの何倍も綺麗」

「やだなぁ、褒めすぎだって。……氏神様が翼くんの目にいたずらしたんだよ。だからそう見えるだけ」

「そうだったとしても……」
 思わずその頬にキスしようとしたとき、中からお声がかかった。にわかに気が引き締まる。
「……じゃ、いこうか」

 ふすまが開けられ、一同の前に進み出ると同時にわっと歓声が上がる。親族ばかりとはいえ、視線を一手に引き受けるこの状況下ではさすがに緊張する。部屋の奥に向かうと宮司が待っていた。目が合うと宮司がうなずく。

「これより、お二人の結婚式を執り行います。本来ならば、本殿におわす神の御前で行うのが正式なのですが、今回は特別に、わたくしがここへ神の力を引き寄せてお二人を祝福いたします」

 宮司が一礼し、手に持っていた大幣おおぬさでおはらいを始めた途端、部屋の中にどこからともなく光が差し込んできた。

(この人、すごい……。めぐちゃんの言っていたことは本当だったのか……。)

 一瞬にして神聖な空間が生み出され、「ここに神が降臨したのだ」と確信する。なんとも言えない神々しさを感じながら、指輪の交換や玉串奉奠たまぐしほうてんなどを行う。最後に巫女に扮しためぐちゃんの友人による舞いが披露され、式は滞りなく執り行われた。

 儀式を終えて一息つく。と、役目を終えた宮司がめぐちゃんの前にやってきた。先ほどまでとは違い、穏やかな表情をしている。これが本来のこの人の姿なのだろう。

「めぐちゃん。ご結婚、おめでとう。これ、うちの神社のご神木さまから頂いた葉のしおり。良かったらお守りにしてね」

「わぁ! これって特別な物ですよね!? ありがとうございます!」
 そこへ、巫女さんもやってくる。

「まさか、あんなに悩んでいためぐが、こんなにも早く結婚するとはねぇ。しかも、イケメンのおじさまじゃなくて、オトメンの従兄さんを選ぶとは。無難すぎてつまんなーい」

木乃香このか、それ、どういう意味?!」

「あー、えーとぉ……。三十歳も年上の彼氏さんと結婚したら面白いのになぁって思ってただけ。ほ、ほら、他と違う恋愛してるってだけで話が盛り上がるじゃない?」

「おれは別に、面白がられるためにめぐと付き合ってたわけじゃないんだけどな……」

「ハッ……! イ、イケメンのおじさま。いつのまに……?」
 背後から静かに現れた悠斗に巫女さんはたじろいだ。彼は怒っているのだろうか、少々冷たい口調で言い放つ。

「普通の十八歳の女の子には、めぐのような恋愛結婚は出来ないだろうさ。めぐもおれたちもずいぶんと葛藤した。その結果がこれなんだ。……巫女の格好をしてるなら、二人とおれの決断を見抜いて、今日くらいはそういう発言を控えてもらいたいもんだな」

「ご、ごめんなさい……!」

「娘が失礼なことを……。申し訳ありません」
 宮司が深々と頭を下げた。

「お三方のお話は、めぐちゃんから伺っておりました。娘はただ、羨ましいだけなのです。あなたや新郎があまりにもめぐちゃんに一途だから妬いているだけなのです。どうか、婚礼の席に免じてご容赦ください」

「妬いてるだけ、ですか……。まぁ、おれも翼もイケてるメンズなんで仕方がないですよね……。とはいえこの勝負、アラフィフのおれが勝っちゃってたら、若い翼は生涯自信を失っていたでしょう。彼の将来を考えれば、年長のおれが一歩退くのは当然のこと。そういう姿勢こそ、いい男の証だと思いませんか?」

「…………! こんなに格好いいおじさまを振っちゃうなんて、やっぱりめぐはもったいないことしたなぁ……!」

 巫女さんがそう言いたくなるのも無理はない。それくらい彼は、ここ数年で心身共に格好いい男になってしまったのだから。しかし俺も、悠斗に「イケてるメンズ」と言ってもらった以上は、まためぐちゃんと結婚したからには、悠斗に負けないように、いや、悠斗の上を行く男にならなくてはと、気持ちを新たにする。

 その時、祖父が俺の名を呼んだ。手招きされ、車椅子に近づく。と、しわくちゃな手で両手を握られた。

「ありがとう。じいちゃんの願いを聞き届けてくれて。こんなに嬉しい日を人生の最後に迎えられて、じいちゃんは幸せ者だ」

「何言ってんの。こっちこそ、じいちゃんと一緒に今日を迎えられて嬉しいよ」

「……急かしてしまって、すまなかったね」

「急かされてなんか……」
 首を横に振るが、祖父は目を潤ませてうなずいている。

「分かってる。分かってるさ……。じいちゃんが最後のワガママを言った。それを孫たちが叶えてくれたということくらい……。翼もめぐも、本当に優しい孫だよ」

「じいちゃん……」

「末永く、幸せにな……。いつか子どもが生まれたら、天国から様子を見に来る。だから、この前じいちゃんが言ったことは気にするんじゃないぞ? もう幸せは充分にもらったんだから」

「おじいちゃん。そんなこと、言わないでよ……」
 俺たちの会話を聞いためぐちゃんが涙ぐみながらやってくる。
「こうして元気になったじゃない。おじいちゃんはこの後もっともっと元気になって、百歳まで生きるんだから!」

「長生きしろとは。めぐはそんなにじいちゃんが好きか。はっはっは……!」
 祖父は目尻にシワをつくって豪快に笑った。

「めぐ、綺麗になったな……。これからは、じいちゃんじゃなくて翼のために笑いなさい。そして翼を支えなさい。それがじいちゃんの願いだ」

「…………」

「翼もだよ。めぐの笑顔を絶やさないように、翼自身も笑顔を忘れずにな。笑っていれば、どんな苦境も乗り越えられる」

「……分かった」

「さぁ、しんみりするのはおしまいだ。今日は二人が疲れるまで笑わせるぞー」
 祖父はそういうなり、俺の脇の下に手を突っ込んでくすぐり始めた。

「えーっ!? 笑わせるってそっちかよっ! ぎゃはっは……! くすぐりは苦手だって知っててそれは反則だろー!!」

「オジイ、おれも手伝います!」
 すかさず悠斗もくすぐりに参戦する。

「ちょ、まっ……! ゆ、悠斗くーん……! それ以上くすぐられたら息ができないって……! ひーひーっ……!」

 俺が顔を引きつらせながら笑っているのを見て、女性陣が笑う。それを見た父やアキ兄も笑っている。

(笑う門には福来たるっていうけど、これだけ笑っときゃあきっと、しばらくはいいことずくめのはず。じいちゃんだってもっと元気になるはず……。)

 そのためならば、死ぬほど笑ってやろうと決める。めぐちゃんを笑顔にするために。そしてこれからもここで家族と幸せに暮らすために。

◇◇◇

⚠以下、閲覧注意⚠ここからは大人の夜のシーンです

文学的表現に留めていますが、苦手な方や未成年の方はご注意ください!

◇◇◇

 親戚同士の結婚とあって、親たちは飲めや歌えの大騒ぎ。いつの間にか俺たちのことも忘れ酔い潰れてしまった。

「まったく、うちの息子たちはいつまでも子どもなんだから……」
「うーむ……。こんな姿を見てしまったら、まだまだ死ねんな」

 祖父母も呆れるていたらくの父親たちは、夕方頃に目が覚めたところでタクシーに押し込み自宅へ帰した。

 ようやく家の中が静かになる。外では祭りが最後の盛り上がりを見せている頃だろうが、さすがに今日は疲れた。今から見に行く元気は残っていない。めぐちゃんもそうらしく、親たちを送り出した直後に風呂を入れ、現在入浴中だ。

「お前とめぐは先に二階で休めよ。オジイとオバアの世話はおれが引き受けるから」
 俺の様子に気づいたのか、悠斗が気を遣うように言った。

「いや、それなら俺も手伝うよ。休むのはじいちゃんとばあちゃんが寝付いてからで……」

「翼。ここは悠斗さんの言うとおりにしなさい」
「そうよ。何せ、今日からつばさっぴとめぐちゃんは夫婦なのよ?」

 俺の言葉を祖父母が制する。なぜそんなにも頑なに……と思っていたら、悠斗がかばんの中から何やらごそごそと取りだしてきて、俺をひとり、廊下に呼び出した。

「な、なんだよ……?」

「年長者の有り難い言葉には素直に従っておくことだ。ほら。今度は新品だから安心しろ」

「今度は、って……?」
 疲れた頭で手渡された袋を見ると、箱入りの避妊具が一つ入っていた。

「おれからの結婚祝いだ。有り難く受け取れよ」

「……またまた要らぬお節介を」

「馬鹿が。結婚したんだ、もう遠慮する必要なんかないだろう?」

「…………」
 黙していると、めぐちゃんが風呂場から出てきた。

「あー、さっぱりした。翼くんも入ったら?」
 俺はとっさに袋を後ろ手に隠した。それを見た悠斗に小突かれる。

「ほら、お前もさっぱりして来いよ。めぐが待ってるぜ?」

 風呂に入ってリラックスしたのもつかの間、めぐちゃんの部屋に向かうべく階段を上るたび緊張が高まってくる。ドアをノックし、返事を待って中に足を踏み入れる。

「めぐちゃん、あの……」

「翼くんもこっちにおいでよ。お祭りの音が少しだけ聞こえるよ」

 誘われて窓から顔を出す。祭り会場からここまではずいぶん離れているが、確かにお囃子はやしの音がかすかに聞こえる。

「翼くん。誕生日おめでとう」

「えっ」

「もうすぐ今日が終わるって言うのに、今更すぎるかな……。でも、今日のうちに言っておきたくて」

 朝から挙式のことで頭がいっぱいだったから、自分の誕生日だったことをすっかり忘れていた。

「ありがとう。今日で二十九歳になりました」

「ふふっ。わたしと出会って十八年……。ずいぶん待たせちゃったかな?」

「まぁ、それなりには待ったかもしれないけど、必要な時間だったと思ってる」

「さすがは翼くん。言うことが大人だなぁ……」
 めぐちゃんはちょっと恥ずかしそうにうつむいたかと思うと、上目遣いで俺を見る。

「……わたしからの誕生日プレゼント、受け取ってくれますか?」

 そう言った唇が俺のそれに重なった。普段とはまるで違う、求めるようなキスをされて言葉の真意を知る。

「待たせたのは俺の方だ……。もちろん、受け取るよ。その身を預けてくれるというのなら、めぐちゃんのすべてを……」

 俺は彼女の背に腕を回して一度抱きしめた後、カーテンを引き、素肌に羽織っただけのパジャマを脱がせた。間接照明ルームライトが彼女の美しい上半身を浮かび上がらせる。

「やっぱり……恥ずかしい……」
 そっと正面を隠される。

「なら俺が……隠してあげる……」
 早くその体温を感じたくてシャツを脱ぎ捨て、身体を重ねる。そのままベッドに横たわり、甘いキスを繰り返しながら互いを丸裸にしていく。

 この先はもう、言葉を必要としなかった。体と心の欲するままに、互いに何もかもが初めてのことだとしても、何をすべきかはすべて分かっていた。

 彼女がその身に俺を導き、俺はその導きに従って彼女の深奥に侵入する。「鎧」をまとった状態なら安心。ここは悠斗に感謝せねばなるまい。だが、狭き道を突き進むのは決してたやすいことではなく、彼女にいくらかの苦痛を味わわせてしまう。それでも彼女は俺と結びつくことを望んだ。むしろ俺に、自身のすべてを知ってほしいと誘ってすらいる……。

(めぐちゃんは悠斗ではなく俺を選んだ。つまり、彼女のすべてを知ることが出来るのは俺だけなんだ……。)

 その事実に気づいた瞬間、誇りと自信がみなぎってくる。

「愛してる……」
 それだけを呟き、彼女の中心に深く踏み込む。

「わたしも……愛してるわ……」
 彼女のささやき声にとどめを刺された俺は、彼女の中でついに長年の想いを成就させたのだった。

◇◇◇

「こんなに素敵なバースデープレゼントは初めてだ。もう一生もらえないかもしれないって位に嬉しい。……めぐちゃん、俺と結婚してくれて、愛し合ってくれてありがと」

 息が整った後で、うっとりと俺を見つめる彼女に向かって礼を言った。彼女は、まだ夢を見て要るみたいに微笑み、俺の頬に手を当てる。

「何の取り柄もないわたしを受け容れてくれてありがとう。……末永くよろしくお願いします」

「こっちこそ、よろしく」
 ちょっと淡泊な言い方だったかもしれない。けれどめぐちゃんはにっこりと笑い返してくれた。氏神様のいたずらか、それはまるで天使の微笑みのように見えた。


第13話の続きはこちら(#14)から読めます。
次回で第二部終了、第三部に続く予定です🥰)



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いろうた@「今、ここを生きる」を描く小説家
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