【連載小説】第二部 #2「あっとほーむ ~幸せに続く道~」三人暮らしのはじまり
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<悠斗>
二
一度は保留になった三人暮らし。だけどあの時と今とでは、おれたちの気持ちも絆もまるで違う。ただ一緒にいたいわけじゃない。家族として何もない日常を永遠に続けていきたいのでもない。おれたちはおれたちの力で、三人で暮らす。愛し合ったり、支え合ったり、励まし合ったりする。「五人暮らし」での生活を通して成長したおれたちならきっとできるはずなのだ。
「めぐ、お帰り」
いつからそこにいたのか、彰博が姿を現して会話に加わった。
「……水を差すようで申し訳ない。今、三人暮らしって聞こえたんだけど?」
相変わらず迷惑そうな表情。だが、今回ばかりは引き下がるわけにはいかない。
「ちょうどいい機会だ。日を改めるまでもない。今すぐ話そう」
おれは二人に目配せをして彰博の前に立った。しかし詳しい説明をしなくとも、彰博にはおれたちの考えが分かったようだ。彼から話を切り出される。
「……時が満ちた、と? そういうことかな?」
「ああ……」
おれの返事を聞くと、彰博はため息をついた。
「聞くつもりはなかったんだけどね……。めぐが……二人の身体を知りたい……。僕にはそう聞こえたんだけど、間違っているかな?」
その視線がめぐに向けられる。めぐは静かにかぶりを振る。
「いいえ。……だけど、パパ? わたしはもうすぐ十八よ? 恋人とそういう関係を持ちたいと望んだっておかしくはないでしょう?」
「……そうだね」
その表情はどことなく寂しげだった。
「……めぐは幸せ者だね。大事にしてくれる人が二人もいて」
「えっ?」
「鈴宮。翼くん。……めぐのことを頼んだよ」
やつはそう言っておれたち二人の肩に手を置いた。
「一年半、君たちと暮らしてみてよく分かったよ。本当に二人とも一途にめぐを愛し、想ってくれていることが。そしてきっとこの先もずっと……たとえ三人で暮らすことになったとしても、君たちは同じように暮らしていくんだろうなって。……もう何も心配していないよ。だから、三人で暮らすといい」
「彰博……」
「もちろん、五人暮らしがいきなり二人暮らしになったら寂しく感じるだろうけど、小耳に挟んだ情報では鈴宮の実家で暮らすそうじゃないか。目と鼻の先だからその点は安心してるんだ」
「えっ、なんで知ってんだよ?」
「僕は家長だからね。この家で話されていることはだいたい把握している」
やつはそう言って笑った。
「ありがとう、アキ兄。俺たちを信じてくれて」
翼が礼を言うと、彰博は首を横に振った。
「ううん。僕の方こそ君たちにはたくさん笑顔を分けてもらった。たぶん、人生で一番笑ったんじゃないかな。うちから出て行っても君たちは僕の家族だ。それだけは忘れないで」
「うん」
「で、具体的な時期は?」
彰博の問いに、おれはちょっと考えを巡らせてから答える。
「……やっぱ、めぐが十八になってからじゃないか? お前もその方が気持ちよく送り出せるだろ?」
「そうだね。……ってことは、あと二か月半ほどか、五人で暮らせるのは」
「……分かってたことだろ? 子どもを持つ以上、いつかは巣立ちの日が来ることくらい。それを承知で引き受けたんじゃなかったのか?」
「もちろんそうさ。だけど……」
彰博はそこまでいうと、おれたちの脇をすり抜けて外へ出ていった。
「パパ……!」
「待て」
追いかけようとするめぐを制する。
「おれが話をつけてくるから。翼、めぐを頼む」
「オーケー。めぐちゃん、ここは悠斗に任せよう」
「うん……。悠くん、お願いね」
「ああ」
父を思うめぐを残し、彰博の後を追う。
*
やつは庭にいた。今年初めて花を付けたつるバラを眺めている。おれは隣に立って同じように庭の花々に目をやったまま話しかける。
「……らしくないな。そんな顔をするなんて」
「……自分でもこんなに心が動くとは思っていなかったよ。子どもの巣立ちっていうのは……守ってきたものが離れていってしまうときっていうのは、想像以上に悲しいものだね。もっとも、君と僕とじゃ胸の痛みは比べものにならないだろうけど」
「同じようなものさ……」
おれは娘を亡くしたときのことを思い出しながら答えた。
「まぁ、お前は日頃あまり感情を出さない人間だから、こういう時くらいは思いきって吐き出しちゃってもいいんじゃないかと思うよ」
辛い気持ちがあるなら言って欲しい、そう言ったつもりだったが拒まれる。
「……鈴宮の前では弱音を吐きたくないな」
「ふん。強がるのか? 家族の前でも泣き顔は見せられないと?」
「……確かに君は家族だ。でも同時に、永遠のライバルでもある」
「ライバル……?」
「僕は親としてめぐのことを愛している。そう言う意味で、君は立派なライバルだ。翼くんも同様にね」
「なるほど。それなら納得。だけど残念ながらお前はおれに勝てない。たとえ同じ年齢だとしてもな」
毅然とした態度で言うと彰博は「……頼もしい返事だな」と呟いたあとで、こう続ける。
「……改めて君の考えを聞かせてくれないか。めぐと、これからどうしていくつもりなのかを」
そう言えば、ちゃんと答えてなかった。最初にめぐとの結婚話をされたとき、まだめぐを幸せにできる自信がなかったこともあって返事を先延ばしにしていたのだ。
あれから一年半。野上家の人々と関わり合う中でおれの心はすっかり癒え、めぐに対する想いも変化した。翼に対する意識も。
おれは一度深呼吸をし、それから彰博に向き直る。
「その前に……。おれのことを永遠のライバルと認めた上で娘を託そうとしたお前の気持ちを聞かせてくれ。あの時は、おれの精神を安定させるためにそう言ってくれたんだと思ってたけど、今もそれが理由か?」
俺の問いに彰博はゆっくりと首を振る。
「……確かに最初はそうだった。でも、君たちの様子を間近で見るうちに僕も考えが変わったよ。……君は言ったね? 男二人、女一人の三人暮らしがしたいと直談判してきた日に、この難しい問題を乗り越えるのだ、と。そして実際、君たちは恋人でも家族でもない、新たな関係を築き始めている。やっぱり君は僕が見込んだ男。娘を託すのに君以上の人間はいないと僕は思ってる」
「……褒めすぎだろ」
「褒め過ぎなもんか。……最近よく思うんだ。君がエリーと付き合っていなかったら、僕は別の人生を歩んでいただろうなって。あのとき君と競い合ったことで僕の人生は変わった。おそらく君の人生も」
「……じゃあ、おれたちを成長させてくれた映璃には感謝しないとな」
「そうだね。……僕は不思議でしょうがないんだ。君が妻と付き合っていた時と同じ年齢で、娘が君と恋愛していることが。僕にはもう、運命としか思えない」
「おれだって同じ想いだ。まさかこんな日がやってこようとは夢にも思わないよ」
「……今の君に迷いはなさそうだ。めぐを幸せにしてくれると僕は信じてる」
「言われなくてもそうするさ。もちろん、おれ自身も幸せになる。だけど……結婚はしないと思う。翼との関係は壊したくないからな」
「……それが、君の答えなんだね」
彰博は静かに声を発した。
「君にとって翼くんはどんな存在?」
「ライバルであり、息子であり、弟であり、友人。……とにかく大事な存在、かな」
「……まさか、君たちがそんな関係になるなんてね」
「……人生、何が起きるかほんとに分からないよな。まぁ、めぐとの関係は、おれ一人で背負うより翼がいてくれた方が気楽なんだ、実際のところ。持ちつ持たれつ、ってやつ」
「変わったな……。今の君は活き活きとしている」
「ここでの暮らしがそうさせたのさ。お前には感謝してる」
「僕の方こそ。めぐを頼むよ」
「ああ。任せろ」
差し出された手を握り返す。彰博はもう吹っ切れた顔をしていた。
◇◇◇
「ハッピーバースデー、トゥーユー! おめでとう、めぐちゃん!」
翼がピアノ伴奏をしながら歌を歌った。八月三日。今日はめぐの十八歳の誕生日。そして三人暮らしを始める日だ。
めぐの友人宅が営むケーキ屋で注文しておいた特製ケーキ。五人で分けても充分なサイズ感だ。聞くところによると、このケーキにはくじが仕込んであるらしい。自分のところにくじが入っていたらラッキー、と言うわけだ。
映璃が丁寧に切り分けてくれたケーキが五人の前に置かれる。そして今日は、めぐのために彰博が紅茶を淹れる。カップに紅茶を注ぎながらやつが感慨深げに言う。
「ついにこの日を迎えたんだね。めぐ、誕生日おめでとう。そして、ようこそ大人の世界へ」
「ありがとう、パパ。ありがとう、みんな。やっと大人の仲間入りを果たすことができました。本当に嬉しい! だけど、まだまだ新米なので大人の作法を教えてください。よろしくお願いしまーす」
かしこまってお辞儀をするめぐにみんなが拍手を送る。記念写真を撮影したあとは、いよいよくじ入りのケーキを食べる。
「いただきまーす!」
以前、めぐとこの店のケーキを食べたことがあるが何度食べてもうまい。おれは全然グルメじゃないけど、この上品な味は本当に癖になる。いつか、三人で贅沢なティータイムがしたくなったら、またここのケーキを買ってこようと思う。
「ん……」
おいしいおいしいと食べ進めていたら、翼が急に顔をしかめた。口の中から何かを吐き出す。それはハート型の飴だった。
「翼くん、それ、当たりじゃない? わたしのケーキには入ってないよ?」
「おれのにもなさそうだぜ?」
どうやら、幸運を引き当てたのは翼だったらしい。当の本人は驚きを通り越して戸惑っている。
「うそっ、俺の、当たりだったの? 普段、くじ運なんて全然ないのに。めぐちゃんの誕生日ケーキで当たりを引いちゃって、何だか申し訳ないなぁ」
「いいじゃん! お祝いのお裾分けだよ。おめでとう、翼くん」
「えー? まぁ、めぐちゃんが言うなら、いっか」
そう言いながらも翼は嬉しそうだ。めぐと見つめ合って笑い合う姿を見ていると、本当に微笑ましくなる。そしてこの二人と今日から三人で暮らせるおれは幸せ者だ。
◇◇◇
その日の夕方、少し涼しくなったところでおれたちの引っ越しが始まった。引っ越し、と言っても荷物はそんなに多くないが、寝具や衣類などのかさばるものは彰博が車で運んでくれたので、辺りが暗くなる頃には予定していた荷物の運び込みを終えることができた。
「毎週末には帰るから。そんなに寂しがらないでよね、パパ?」
めぐが慰めるように言った。
「大丈夫だって……。僕にはエリーが……ママがいるから。二人の時に戻っただけ。そう思えば寂しいことはないよ」
「本当に?」
「……いや、そんなことはなかったな。やっぱり、めぐがいなかった頃には戻れないよ。家のそこかしこにはめぐの痕跡が残っているんだもの。……週末と言わず、いつでも帰っておいで。夏休みなんだしね」
そう言って彰博はめぐの頭を撫でた。
「心配すんな。めぐが帰りたがらなくてもおれたちが帰ってやる」
「それは嬉しいな。でも……やっぱり一番会いたいのはめぐかな……」
「えー?」
「悠斗。俺たちとめぐちゃんとじゃ、愛され度が段違いだ。諦めよう」
さりげなく拒まれたおれを翼が慰めてくれた。まぁ、おれが同じ立場でも同じことを言うだろうけどな。父親ってのは、とにかく娘がかわいいものなのだから。
◇◇◇
彰博と別れ、いよいよ三人だけになる。おれにとっては住み慣れた実家だが、ここにめぐと翼がいて一緒に暮らし始めるってだけで新鮮な感じがする。
「ああ、そうそう。これを渡しておくよ」
おれはあらかじめ用意しておいた合鍵を二人に渡した。
「わぉ! 合鍵だって! これだけでワクワクしちゃう!」
めぐは飛び上がって喜んだ。翼もほくほく顔だ。
「……特別な関係が始まるって感じするよね。まぁ、悠斗の実家ではあるんだけど」
「何だよぉ。古いけど、ちゃんと手入れはしてるよ。さて、と。まずはあいさつ、あいさつ」
おれはそう言って二人を和室に案内する。亡き家族に引き合わせるためだ。
仏壇の前には母と父、そして愛菜の写真が置いてある。おれが最初に手を合わせて報告をする。
「お袋、親父、愛菜。今日からおれたち、三人で暮らすよ。またこの家に戻ってきたよ。だから安心してくれよな」
「賑やかな毎日になるよう頑張ります。よろしくお願いします」
「どうかわたしたちを見守っていてください。お願いします」
翼とめぐも手を合わせた。
「……あれ? ってーことは、実際のところこの家には六人いるってこと?」
翼が妙な気を回して言った。
「成仏してるはずだからここにはいないと思う。……おれの死んだ家族のことは、時々思い出して手を合わせてくれりゃあいいよ。ありがとな」
「わたし、お仏壇にお花を手向けるよ。悠くんのうちの庭にも季節の花がたくさん咲くから」
「めぐもサンキューな。今の言葉を聞いて、きっとあっちの世界で喜んでると思うよ」
二人の優しさが身にしみる。やっぱりここでの三人暮らしを提案してよかったと改めて思う。
仏壇に手を合わせたあとは布団を敷く。今日寝るところだけは先に整えておきたい。二人もそう思っているのか、すぐにおれを手伝ってくれた。
「こうして布団を三枚並べると、まるで親子が川の字で寝るみたいだね」
めぐがしみじみ言った。
「まぁ、実際そうなるんだけど。三人で決めたことだろ?」
「真夏の夜に三人並んで寝る……。ああ、想像しただけで汗ばむ~」
「……お前の頭の中は相変わらずお花畑だな」
「やだなぁ、変な想像してるのは悠斗の方だろー?」
「……うっせー!」
恥ずかしさを隠すための言葉を探す。
「あー、何はともあれ今日から三人暮らしだーっ!」
叫んで布団に飛び込む。と、あとから翼とめぐも同じように自身の布団に横になった。
「おいでよ、二人とも!」
気持ちが大きくなっているらしいめぐが、両腕を広げておれたちを誘った。おれと翼は顔を見合わせた。
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