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【連載】チェスの神様 第二章 #1 誘い

#1 誘い

 兄貴たちの結婚パーティーは、本川越駅に隣接するホテルの一室で行われることになった。運良く、次の日曜の夜に空きが出たというので即決したらしかった。
 早速、母さんやいけこまの両親から親戚に連絡がいって、今のところ十人ほどは了承を得たようだ。それでも会場を埋めるには程遠いという。
「あたしたち、友達誘ってるところなんだけど、何せ急だから思うように集まらなくて。できれば彰博君も連れて来てくれない? 何人でもオッケーだから」
 火曜日の晩になって、いけこまからこんな打診をされた。
「でも、友達いないんで」
「そうなの? チェス部の子は?」
「あー、それだったら一人いますけど」
 僕はエリーの顔を思い浮かべながら返事した。
「じゃあその子とおいでよ。予定、聞いといてね。おねがーい!」
 甘えるような口調のいけこまに少し戸惑うけれど、それだけ楽しみにしているのだろう。
 さて、一方的にお願いされたが、これは連れて行かないと後で文句を言われかねない雰囲気だ。頼まれ仕事はどうも苦手である。それがいけこまの頼みであっても、だ。
 パーティーまで日はなかったが、会って直接言うのは気が進まなかったので、次の日の昼休みにメールで簡単に説明して返事を待つことにした。返事はすぐに来た。
 ――空いているからOK。駅の改札前で九時に待ち合わせよう――
 それを見てほっとした。これでいけこまをがっかりさせなくて済む。
 いけこまにも友達を誘えた旨を連絡してしまうと、僕の頭はそのことを完全に消去してしまった。放課後、部活の時間になりエリーの顔を見ても思い出すことはなかった。
「ねぇ、何着ていくか、決めた?」
「着るって、何を?」
「もう。メールくれたでしょ? いけこまの、パーティーの話」
「あぁ……」
 記憶の引き出しから再び情報が取り出される。仕方がないから適当に話を続ける。
「僕は制服でもいいかと思ってるんだけどねぇ。……エリーは?」
「え? 制服はダメでしょ! 私は土曜にでも買いに行こうかなって。お呼ばれは初めてだから、ドレス、持ってないんだよね」
 どうやら女の子は皆、パーティーに憧れるもののようだ。
「一緒に行くんだからさぁ、少しはキメて来てよね? わかった?」
 まだ後輩は来ていなかったが、エリーは顔を寄せ、小声で言った。
「うん、わかった」
 とは言ったものの、肝心のキメ方が分からなかった。余計なことを考えていたせいか、用意しようと手に持っていたチェスの駒を落としてしまった。
「珍しい。アキが駒を散らかしちゃうなんて」
「そうだね」
「返事も変」
「そうかもしれない」
「考え事?」
「いや……。エリーも、僕にキメてほしいって言うんだなぁと思って」
「当然じゃない。だってパーティーに出席するんだよ?」
「でも僕らは主役じゃない。きちんとしていれば着飾る必要なんてないと思うけど」
「アキらしい発想だね。じゃあこう言おうか」
 エリーはまじめ腐った顔で、
「この制服をよーく見て。そしてパーティーで着ている自分を想像してみて」
「よーく見てって言われても……」
 とりあえず言われた通りにしてみる。しばらく眺めていると突然「はっ」とひらめいた。
「エリーの考えが分かった。このダサい制服を着ている僕と一緒にいたくないってことでしょ。なら納得」
 南高は県下でも偏差値の高い学校だから、知っている人が制服を見れば一目置かれるかもしれない。しかし知らない人に対しては、あか抜けない田舎の高校生という印象を与えるだろう。
 エリーはうなずいた。
「だってさ、アキが制服着てったら、私も制服着てないと釣り合わないじゃない? かわいい制服ならともかく、これじゃあねぇ」
「へぇ、意外」
「何が?」
「エリーが僕と釣り合いのとれる格好したいって思ってること。てっきりそういう場でも、一人浮いてる僕を変人扱いするもんだと思ってた」
「あのねぇ、一緒にパーティー行く相手のことをそんなふうに言うわけないでしょ?」
 それもそうだな、と妙に納得する。エリーは少々言い方がきついけど、さげすむようなことは言わない人だ。
「アキは友達いないだけで、いいところもある」
「いいところって、例えば?」
「話を真剣に聞いてくれるところ……かな」
「鈴宮は?」
「まさか。悠はいつも自分のことばっかりで、私の話には興味のかけらもないみたい」
「わかる気がする」
 僕は先日の鈴宮との会話を思い出した。
 話は自然と、エリーと鈴宮の話に移行する。
「だって体の話しかしてこないんだよ? 私が……フツーの体じゃないって言っても聞かないし」
「具体的に話したの?」
「ううん。言えないよ」
「でも、僕には話してくれたじゃん?」
「アキは……いい人だから。ちゃんとわかってくれるって思ったし、実際分かってくれてる」
「わかったといっても、この年まで生理が来ないってことだけだけどね」
 エリーはいまだに月経がないらしい。保健体育の授業で習ったことくらいの知識しかないが、それが女の子から大人の女性になるために必要な変化の一つであるなら「来ない」というのは不自然ということになる。薄々病気を疑っているみたいだけど、本人はそれでも自然に来る日をいまだに待っているようだ。遅い人でも十八歳までには来る、とどこかから仕入れた情報を信じているらしい。
 エリーはため息をつく。
「いけこま先生みたいに、子供ができたから結婚する人がいれば、子供ができない体の人間もいる。生物学的に劣ってる私は結婚できないかもしれないね」
「何を弱気なこと言って。エリーらしくないな。そんな風に言うなら一度、病院に行ってみたら? そう、鈴宮と一緒に行けばいい」
「はっ、冗談キツイ。それで健康な体になれたら、それこそ悠は体を求めてくるでしょうよ。私は悠とセックスするために付き合ってるわけじゃないんだから」
「じゃあ、なんで付き合ってんの?」
 セックスを求められても、自分の体のことを打ち明けられずにただ拒み続ける。そんな日々に嫌気がさしているのなら、エリーは彼とどんなふうに交際したいと望んでいるのだろう?
 エリーは口をつぐんだ。少しの間考えていたようだがやがて、
「じゃあ、別れる」
 と返ってきた。僕は慌てた。
「じゃあ、っておかしいでしょ。僕が言ったから別れるって言うのは……」
「しっ! 後輩たち来てるから、この話はおしまいにして。部活、始めるよ」
 部屋を見回すと確かに後輩たちがいて、部屋の隅から遠巻きに僕らのことを見ていた。後輩の一人が、
「先輩たち、やっぱり付き合ってたんですか?」
 と目を輝かせて言った。
「やっぱりって……。私たち、そんな関係じゃないから」
「うんうん」
「でも、すっごくいい雰囲気でしたよ。顔と顔をこんなに近づけちゃって。ねー?」
 後輩たちはにやにやと顔を見合わせて楽しそうにしている。
「もう! そんなんじゃないってば!」
 エリーは怒って部屋を出て行ってしまった。残された僕の居心地の悪さといったらない。
「副部長。あたしたち、応援してますから! 二人なら絶対素敵な恋人になれますって!」
「いや、エリーには彼……」
 言いかけてやめた。エリーに鈴宮を想う気持ちがないことは、今しがた確認したばかりじゃないか。
 どれだけ待ってもエリーは戻ってこなかった。ひょっとしたら鈴宮と最後の話をしているのかもしれない。僕の一言がきっかけで一組のカップルを別れさせたかと思うとチェスに集中できなかった。後輩相手に二敗もしたことなんて、これまで一度もなかった。


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いろうた@「今、ここを生きる」を描く小説家
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