【連載小説】「愛のカタチ」#12 父と娘
斗和
早朝の神社の木々は朝露が光り、本当に神様がいるみたいだった。しかし、見慣れたはずの神木だけは黒く焼け焦げ、見るも無惨な姿になっていた。
夕べの雨が嘘みたいに晴れ渡った朝。学校へ行く前、おれは神木の前で凜を待っている。
しかし凜はなかなかあらわれなかった。もしかして、昨夜雨に打たれたせいで熱でも出してるんじゃないか? 心配になったのでスマホを取り出し、電話をかける。
「あ、ごめん。待たせてるよね。今、玄関を出るところ」
電話越しから声が聞こえ、直後に凜の姿が目に入ってきた。電話を切り、歩み寄ろうとした瞬間、
「凜、まだ話は終わってないぞ!」
凜の父親が後からついてきたではないか。凜の嫌そうな顔と言ったらない。
「ねえ、斗和からも言ってよ。ご神木さまがこうなってしまった以上、秋祭りは中止すべきだって」
「やらないなんてダメだ! 我が春日部神社はここ百年、一度たりとも祭りを取りやめたことがないんだ。その歴史を、わたしが途絶えさせるわけにはいかない。凜にだってそんなことは分かるはずだ。
ご神木さまは亡くなったわけじゃないんだろう? ご神木さまと繋がれるのは凜しかいない、だから凜にはどうしても願い事を伝えてもらわなきゃ困るんだよ!」
ここの神社の秋祭りの最大の売りは、凜を介して神木に願い事をすると必ず成就する、と言われるところにある。実際にご利益があった人も多く、これを楽しみにやってくる人もいるほどだ。凜の父親にとってはおそらく、神木への祈願がない祭りはありえないのだろう。
しかし、神との橋渡し役である凜は首を横に振るばかり。
「無理なものは無理なの! ご神木さまはひどく傷ついている。今はとても願いを聞き届けられる状態じゃないわ。ゆっくり休ませてあげて!」
この親子げんかはいつまでも続きそうな勢いである。
さて、「斗和からも言ってよ」って言われても、おれからいったい何を言えばいいってんだ? 凜に同調すればますます状況は悪化するだろうし、かといってほかにどうすることも……。
「あ……」
突然、あるアイデアが湧いてきて思考が始まる。あと数日で準備できるか? おれたちだけで可能か? こんな思いつきを実行してうまくまとまるのか……?
しかし熟考している時間はない。もしやるなら、すぐにでも取りかかるべきだと、おれの直感が言っている。いや、これはひょっとすると、ここに立ってる神木からのメッセージって可能性も否定は出来なかった。
おれはおずおずと親子の会話に割って入る。
「あのさ、凜。やろうよ、祭り」
「ええっ?! 斗和まで何言ってんのよ!」
「最後まで聞いてくれ。おれが提案するのは、いつもの祭りじゃない。それが無理なのは誰が見ても明らかだ。でも、祭りに代わるものなら出来ると思うんだ。
神社に人が集まれば、会話や繋がりも生まれる。それに、被害を受けた神木への寄付を募ることも出来ると思うんだ。ここの祭りが好きな人ならきっと喜んで寄付してくれるはず。……って言うか、おれならそうする」
「でも、どうやって人を集めるの?」
「それなんだけど……。まあ、おれたちに出来ることって言ったらあれしかないじゃん?」
「あれって……? もしかして、お菓子作り?」
「そ。文化祭の時みたいにさ、店を開くの。今回の場所は神社だけど」
「はあ?」
凜の父親ははっきりと不快感を示した。
「何を言い出すかと思えば、斗和君がお店を開くだって? しかもここで? あり得ない。そんな子供のお遊びになんぞ、付き合っている暇はないんだ」
「お遊びなんかじゃありません。ちゃんと集客もします。寄付も募ります。そしてお菓子は、寄付してくれた人へのお礼として渡すだけです。おれは食べてくれた人がおいしいっていってくれたら嬉しいし、なんか面白いことやってるらしいって評判になって人が集まったら、神社の存在を知らなかった人も来てくれるかもしれないじゃないですか。
そうなったら後はおじさんの出番ですよ。この神社がいかに神聖で、神のご加護を受けられる場所か、普段から宣伝して回ってるんでしょ?」
「…………」
「神様に供物を捧げる儀式は、神木がよみがえってから盛大にやればいいとおれは思います。大事なのは、日程通りに祭りをやることじゃなくて、きちんと日頃の感謝を伝えることじゃありませんか?」
「しかし……」
「私、斗和の考えに賛成! 想像したら何だかわくわくしてきた!」
「だろ?」
「でも、私たちだけで本当に人を集められるのかな……」
「それなら大丈夫。顔の広い人がほら、そこにいるじゃん」
おれが目配せをすると、凜ははっとして「あっ、お父さんか!」と叫ぶ。
「そうよ、こういうときこそ地域の人の力を借りなきゃ!」
「……わたしに何をさせるつもりだ?」
凜の父親は怪訝な顔をするが、おれは構わず告げる。
「お知り合いに声をかけてもらえればいいです。予定していた祭りの当日、神事は出来ませんがみんなで集まって、秋の実りに感謝しながらわいわいやりましょうって。……祭りって本来はそういうもんでしょ、おじさん」
凜の父親は宮司をしていることもあって、季節の節々で地域の人に挨拶して回ったり行事に呼ばれたりと、日頃から地域活動に熱心に取り組んでいる。そんな人から頼まれれば力を貸してくれる人も大勢いるに違いない。
が、すぐの返事はなかった。凜が念を押すようにして言う。
「お父さん。斗和も私も、ここのお祭りが大好きだし、ご神木さまにはもう一度命を吹き返してもらいたいと思ってるの。たとえ形を変えても、お祭りがここで開かれるなら、何でもやってみようよ」
「……たとえ形を変えても、か」
「言ったからにはおれも全力でやります。だから前向きに検討してみて下さい。お願いします」
おれは頭を下げた。その拍子にポケットからスマホが落ち、ホーム画面が点灯した。表示された時刻を見て思わず「やべっ!」と声を上げる。
「今すぐ出発しないと遅刻するぜ! 凜、急ぐぞ!」
「うん! それじゃあお父さん、行ってきまあす!」
凜とおれは自転車にまたがると全速力で学校を目指した。
言いたいことは言った。あとはおじさんがどう動くか、だけだ。
「きっと大丈夫! 私たちにはご神木さまがついてるんだから」
自転車を漕ぎながら凜は、小さいながらも力強い声で言った。ひょっとしたら凜には神木の声が聞こえたのかもしれない、と思った。
凜
ご神木さまは生きている。確かな自信があるからこそ、私は通常の秋祭りは中止すべきだと言った。今は傷ついているけれど、しばらくの間お休みになればきっと力を取り戻してくれるはず。そうすればまた、いつも通りのお祭りも実施できる。そんな想いがあるからだ。
ただ、ご神木さまが元気を取り戻すためには、やはり神社が活気づいているのが条件。父と口論しているさなかではおよそ思いもつかなかったが、斗和がいい案を提示してくれた。時間もないし、私はその案に賭けようと思った。
自転車を漕ぎながら、私は自分にも、もっと出来ることはないだろうかと考えていた。娘として、またご神木さまのためにも役に立ちたい。そう思ったらいても立ってもいられなかった。
滑り込むようにして学校に到着した私は、さっそく頭の中の想いを実行に移そうと決意した。熟慮したら行動できなくなる気がしたのだ。
「あの……。鶴見さんに協力して欲しいことがあるんだけど」
文化祭の一件以来、鶴見さんとはよく話すようになった。性格も能力も全然違うけれど、だからこそ、私に足りない部分を持つ彼女はとても頼れる存在だった。
「なにかしら?」
彼女は読んでいた小説にしおりを挟んで私の方を見た。
「実は……」
私は昨夜のことから順を追って話した。
「それでね……クラスのみんなにも神社のお祭りを盛り上げてもらいたくて、全体に向けてアナウンスしたいんだけど……」
「ああ、あなたが何を言いたいのか分かったわよ? 私にリードして欲しいのね? 後藤さん、人前で話すの苦手っていってたものね」
「そうなの。でも想いだけはあって……」
「いいわ。ホームルームが始まったら、そのことをみんなに話しましょう」
「ありがとう」
じきにホームルームが始まった。先生の諸連絡の後で、鶴見さんが挙手をする。
「後藤さんから話があるそうです」
その発言を受けて私は鶴見さんと一緒に教壇に立った。たくさんの目がこちらを見ているが、なんとか勇気を振り絞って話し始める。
「……みんなにお願いがあります。あさっての放課後、どうか、春日部神社に来て下さい。昨夜の雷に打たれ、傷ついた神様のためにみんなの笑顔を届けて欲しいんです」
それから私は、神社への想いやご神木さまが地域にとっていかに大切な存在であるかを訴えた。そこに斗和も加わる。
「おれからも頼む。学校帰りにちょっと遊びに来てくれるだけでいいんだ。神社に人が集まることに意味がある」
「うん。高野のいうとおり。私はただ、長く続いてきたお祭りの日に、たくさんの人が神社を訪れる状況を作りたいだけなの。それが、神様の活力源だから」
「なあ、賑わえばいいんだったら……」
軽音部の男子から「路上ライブをやるってのはどう?」と提案される。私は斗和と顔を見合わせた。これまで神聖な祭りを執り行ってきた神社だけに、若者を取り込んだイベントは一切したことがなかった。けれども、私の心は決まっていた。
「人が集まるのなら何でもいいです。むしろ、自己表現の場として神社の広い境内を有効利用してもらえたらいいかなって思います」
それなら私はダンスを披露したい!
神社の写生をしてもいい?
短い演劇を観てもらいたい!
様々な声が上がる。みな、内なる想いを表に出したいのだと知る。
「いいじゃん、みんなでやろうよ。やっちゃおうよ! おれはクッキーを作って配る。みんなは思い思いに動く。それをみて地域の人が集まり、盛り上がる。すっげー楽しそうじゃん!」
斗和が興奮気味に言った。私もそれを聞いてわくわくする。
伝統を守ることも確かに大事だと思う。けれど、時代の変化に対応しない姿勢を貫けばやがて見捨てられ、廃れていくのも事実であろう。私は、春日部神社がそうであって欲しくはない。
「みんな、ありがとう。どうか、よろしくお願いします」
私はお礼を言ったが、みんなはそんなことはもはや聞いておらず、自分たちの表現方法を頭の中で思い描く作業に忙しそうだった。
「凜。みんなの前でも想いを伝えられたな」
隣に立つ斗和が耳打ちをした。
「鶴見さんに手伝ってもらったお陰。斗和がアイデア出してくれたお陰。……私一人じゃ、何にも出来ない。でも、助けてもらったら、私でも出来る」
「そうそう。凜の『神社が好き』って気持ち、すっげー伝わってきたよ。みんなにだってきっと伝わってる。あさってが楽しみだな」
「うん」
「……おじさんの方も、大丈夫だよな?」
「たぶん。うちではあんな父親だけど、人望は厚いみたいだからね」
外での父の振る舞いを私は知らない。けれど、もはや信じるしかなかった。
(続きはこちら(#13)から)
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