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【連載】チェスの神様 第二章 #3 気づき
#3 気づき
式は滞りなく進み、お開きの時間となった。最後になって新婦からのサプライズプレゼントがあると司会からアナウンスされる。
いけこまが立ち上がり、しずしずと前へ進み出る。いったい何が始まるのかと思ったら、プルズブーケだという。
「未婚の女性はどうぞ前へお進みください」
いけこまが誘った友人と親戚の女の子を指してのことだろう。四人ほどが前へ出る。すると、「吉川さんもおいでよ!」といけこまが手招きした。
「え、私は……」
「いいから、こっち!」
半ば強引に手を引かれ、ひときわ小さなエリーは未婚女性の輪に加えられた。そしてそれぞれにリボンが配られる。
「この中の一本が新婦の持つブーケとつながっています。さぁ、幸せのおすそ分けはいったい誰が手にするのでしょうか。早速引いていただきましょう!」
五人は互いに様子をうかがいながらゆっくりとリボンを引いていく。みなが見守る中、一本のリボンの端がぴんと張り、いけこまの持つブーケとつながった。
「おめでとうございます。幸せを受け取ったのはこちらの女性でーす!」
「うそ……」
それはエリーだった。人の幸せをけなしに来たはずの彼女がブーケを手にすることになるとは、皮肉なものだ。
「私、受け取れません……。だって、もっとふさわしい人がいるはずですから」
エリーの本心がそのまま表に出ていた。しかし周りから見ればただの謙遜にしか見えない。誰もがエリーの手にブーケを渡そうと「おめでとう」のシャワーを浴びせる。ブーケを受け取ったその顔は引きつっていた。
「ねぇ、一緒に写真撮ろうよ!」
積極的ないけこまの言葉で誰かが二人にカメラを向ける。一応は写真に納まっていたエリーだが、目は全く笑っていなかった。
「参加してくださった女性の方々、席へお戻りください。さぁ、宴もたけなわではございますが、そろそろお開きの時間となりました……」
司会のアナウンスで、エリーは席に戻ってきた。
何も言えなかった。励ましも慰めも、今の彼女にとっては何の意味も持たないだろう。
「吉川さん、こういう時はもっと喜んでいいのよ? スマイル、スマイル!」
僕の遠慮など知る由もなく、母さんはずけずけと言ってエリーの顔を覗き込んだ。
「母さん、エリーが困ってるじゃんか」
「え? なんで?」
「アキ、私は大丈夫だから。……お母さんのいうことは正しいわ」
「だけど……!」
「お母さん、私、とっても嬉しいですよ。でも、すごく緊張しちゃって、うまく笑えないんです」
「そりゃあそうよねぇ。みんなに注目されたら、だれでも緊張するわよ。わかるわぁ。それに高校生じゃ、結婚もまだ先の話だしねぇ。幸せのおすそ分けって言われてもピンとこないかもねぇ」
「本当に、そう思います」
エリーはいつもそうだ。人の顔色を窺って話すのが本当に上手。あっちでもこっちでもいい顔をする。敵を作らない代わりに、深い付き合いをしている様子もない。実際のところ、僕といるときだって僕用にあつらえた「吉川映璃」を演じているに違いない。そう思ったら妙な寂しさに襲われた。
その時、会場の照明が暗くなり、新郎新婦の席にライトが当たった。
「最後に、新郎からお集りの皆様へご挨拶があります」
司会の言葉で、和やかだった会場の空気が張り詰め、しんと静まり返る。マイクを手渡された兄貴が堂々と胸を張る。
「本日は急なお誘いにもかかわらず、これだけの方々にお集まりいただき誠に感謝いたします。
私たちはまだまだ未熟者です。早すぎる結婚や準備不足、子供のことなどおっしゃりたいことが山ほどあると思いますし、私たちもお叱りの言葉は甘んじて受け入れるつもりです。
でも、一つだけ言っておきたいことがあります。
私は、高校時代の恩師が言っていた言葉をとても大切にしています。それが、『しないで後悔するくらいなら、やって後悔しろ』です。どちらも同じように思えますが、前者は一歩も進む勇気が持てない人、後者は一歩でも前進する勇気を出した人。その差は大きいのだと。
その言葉を聞いて以来、『する、しない』の選択を迫られた時には必ず『する』を選ぶようになりました。だから結婚したし、授かった子供も育てていこうと決めたのです。
この決断で失うものもあると思います。でも、一歩踏み出した行動力があるから、たとえ困難にぶち当たったとしても取り返せると思っています。また……」
頭をガツンと殴られたような衝撃を受けた。兄貴の行動力の秘密はそこにあったのか。
先日、自分の人生を歩んでないだの、母さんを喜ばせたいだけだのといった自分が恥ずかしくなる。たとえそれが母さんの望み通りの大学や会社だったとしても、「そこに入る」と決めて行動したのは兄貴自身なのだ。同居のことだって、僕やいけこまにあれこれ言われたからやめようかってなったけど、一度やってみたから気づけたこともたくさんあるし、僕自身、受けた影響は大きい。しかもそれはプラスの影響だ。
兄貴のような人になりたい。初めてそう思った。
立ち止まっていないで成長して見せろ。
兄貴はずっと、そういい続けていたに違いなかった。
パーティーが終了し、一同は散開した。野上家だけはこの後、池村家との顔合わせがあるらしく、残るように言われている。何もかも順番が逆だと思うのだが、いまさら言っても仕方がない。これが兄貴たちのやり方なのだ。
顔合わせまでは少し時間があったから、僕はエリーをホテルの外まで見送ることにした。
「今日はパーティーに来てくれてありがとう。それから……」
「それ以上言わないで!」
エリーは強い口調で僕の言葉を遮った。
「きっと罰が当たったんだよ。人の幸せにケチつけようとした報い。アキだってそう思ったでしょ?」
「エリー。自分を責めるのはよそう。せっかくの結婚披露パーティーだったんだ、弟の僕としては、楽しい気持ちで帰ってほしいんだけどなぁ」
「…………」
その眼にはうっすらと涙が浮かんでいた。エリーはそれを隠すようにブーケに目を落とす。
「これもらったから、私にも少しは幸せが訪れるようになるかな?」
「うん、きっと」
「もう、アキはやっさしいなぁ……。今日はありがとう。いろいろ勉強になったわ」
じゃあね。エリーは最後にそう言って、さっそうと歩きだした。その後ろ姿を、僕はいつまでも見つめていた。
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