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【連載小説】第四部 #11「あっとほーむ ~幸せに続く道~」庸平の提案


前回のお話(#10)はこちら

前回のお話:

仕事中に、悠斗と母・映璃えりがバイクに乗って走り去る姿を目撃しためぐは、真実を確かめるため父・彰博あきひろに説明を求める。てっきりデートと思い込んでいためぐだったが実際は、映璃に悠斗を励ましてもらおうと彰博自身が提案したものだった。加えて両親が、まなに大人の会話を聞かせる目的もあったと分かり反省する。誤解が解けたところで悠斗から、この夏まなを連れて沖縄に行くと告白される。そこで迷いを断ち切るつもりだと聞き、翼とめぐも同行することに。
しかし沖縄に向かう日が近づくにつれ、祖母の体調は悪化していく。彰博から、留守中にも祖母が天寿を全うするかもしれないと告げられ、戸惑う翼。旅行の延期を申し出るも、留守中に路教みちたかと三人で親子水入らずの時間を過ごしたいからと言われ、それならばと祖母のことを彰博に託す。

21.<孝太郎>

 紆余曲折の末に和解した僕と庸平ようへいはその後一気に心の距離を縮め、僕の部屋で共同生活を始めるまでになった。基本的には別行動だが、目指すものが同じだと気づきはじめた庸平が、自身の成し遂げたいことと並行して「みんながまんなか体操クラブ」設立のために協力してくれることになったのは喜ばしい変化だ。

 周囲の人間は彼の変化に驚きを隠せない様子だが、いがみ合っていた僕らが終始和やかにしている点については好意的に受け取っているようである。

 今日はその庸平も交えてワライバで打ち合わせることになっている。本来であればここに野上クンと悠斗クンが加わるはずだが、二人とも家の事情でしばらく参加が難しいため、今回は僕に入れ込んでいる同居人に同席してもらおうというわけだ。

 黙って会議を聞くつもりはない、と事前に宣言していた庸平は打ち合わせが始まるなりさっそく発言する。

「だけど、いいのかよ。野上のやつともう一人のメンバー抜きでどんどん話を進めちゃって」
 大津クンが作成した体操クラブの案内チラシに目を通しながら庸平が言った。

「了承は得ているから心配無用だ。以前ならともかく、今の僕は仕事より家族を優先すべきだと思ってるからね。事が落ち着くまで彼らは彼らの仕事を、僕らは僕らの仕事をすればいい」

「……ほんのちょっと前まで仕事の鬼だったお前の発言とは思えねえな。そんなにゆるくて大丈夫なのかよ。このチラシだって、野上を交えて精査したほうが……」

「まったく、予想外ですよ。途中から話に加わった水沢みずさわセンパイにおれたちの心配をされるなんて」
 大津クンが感想を言うと、庸平は更に意見を述べる。

「そりゃあ心配にもなるぜ。先日から何度か体操クラブの話を聞かせてもらってるけど、出た案を総括していたのは野上だった。その野上が不在だってことになれば、そもそもこの会議自体やる意味があるのか、疑問すら湧いてくるよ」

「ふーむ……。つまり庸平は僕と大津クンの二人では会議が成り立たないと?」

「だってよぉ、子供のためのクラブって言いながらお前ら、子どもを持つ親をどうやって集めるつもりだ? チラシ配ったりこの店に案内を張ったりすれば自然に集まると思ってるみたいだけど、世の中、そんなに甘くねえぜ? これでも俺は会社員やってたんだ、人集めが簡単じゃないことは経験的に知っている」

 まさか庸平に会社員時代の経験を持ち出されるとは思ってもみなかったが、言われてみれば確かにそうかもしれない。大津クンも痛いところを突かれたような顔をしている。

「……そう言うんなら、何かいい案が?」
 問い返すと、庸平はうつむいたあとで躊躇ためらいがちに言う。

「……俺さ。孝太郎と暮らすようになって色々考えてみたんだけど……。俺のやろうとしてることと孝太郎のやろうとしてることをミックスできねえかなと思っててさ」

「ミックス……?」

「こっちもさ、子供がいて初めて成り立つ集まりだからよぉ。対象が同じなら……そして目指すところがおんなじなら、子供集めは一緒にした方が効率的なんじゃないかって。あー……。これはまだ本郷や春山には伝えてない考えだから、もしかしたら受け容れられないかもしれねえ……。だけど、案としては悪くないだろう?」

「まさかまさか、ここに来て水沢みずさわセンパイが歩み寄ってくるとは! いいじゃないですか! 一緒にやりましょうよ!」
 大津クンは彼らしい喜び方を示した。
「だけど、具体的にはどうやるつもりです? 提案するからには考えてあるんでしょう?」

「まぁ、案ってほどのものじゃあないが、それにはやっぱり野上の力が必要だ」

「野上センパイの力? 永江センパイじゃなくて?」

「ああ。今の孝太郎じゃダメだ」
 はっきり「ダメだ」と言われて、野上クンと僕とでは何が違うか考える。

 思い当たる節があるとすれば、闘志の有無だ。が、仮に野上クンが僕より闘志を持っているとして、それが体操クラブの会員集めとどう関係があるというのだ……?

「君が野上クンの力を借りようとする理由が分からないな……。僕より彼の方が優れている点がどこなのか、具体的に教えて欲しいものだな」

「分からない、か……。なら、そうだな……。今から野上に会いに行くか」

「えっ……。しかし、彼はいま母親の介護中で……」

「介護ったって、四六時中しろくじちゅう世話をするわけじゃないだろ。家まで行って、十分じゅっぷんかそこら話すだけなら大丈夫だよ、たぶん」

「うわっ、水沢みずさわセンパイ、軽いなぁ……。でも確かに、そういう前向きさは必要かもですね」
 大津クンは腕を組んで頷くと、カウンターの奥から出てきて僕の肩に手を置いた。

「永江センパイ、おれの代わりに行ってきて下さい。野上センパイならたぶん話を聞いてくれます」

「しかし……」

「新しいことを始める時ってのは、思い切りが必要なんですよ。さっき水沢みずさわセンパイが『ダメだ』って言ったのは、そう言う躊躇ためらいの態度だと思いますよ」

 大津クンからもダメ出しされてしまった。二人から言われた以上は動かざるを得ない。
「……分かった。野上クンのところへ行こう。ただし、彼の都合が悪かった時は直ちに引き返すこと」

「そのくらいの常識は持ち合わせてるよ。よし、それじゃ案内を頼む」


22.<庸平>

 野上の人生観、経験値、統率力を改めて知った俺は、その能力を小さな体操クラブ発足のためだけに使うなんてもったいないと思っている。あいつには今でも熱い闘志がみなぎっている。その熱量は希死念慮きしねんりょを持つ孝太郎を説き伏せ、また俺を三球三振に打ち取って考え方を変えさせたほど大きなものだ。そんなパワーがあるなら使わない手はあるまい。 

 あいつが俺たちに会って話を聞いてくれるかどうか。半分は、賭けだ。けど、せっかく膨らんできた夢を放置すればしぼんでしまうかもしれない。俺はそっちの方が嫌だ。

 孝太郎曰く、野上は今、高齢の母親を見舞うため息子夫婦の家で仮住まいしているという。その息子たちは数日間不在で、家にいるのは野上の母親と弟の三人だけらしい。

 先に電話の一本でも入れた方がいいのではと言う孝太郎に対し、俺は直接訪問することを推した。

「電話でお伺いを立てるのは柄じゃねえんだ。アポ無しで飛び込んだほうが俺らしいだろう? ま、断られたら、そんときゃそん時よ」

「……いろいろ言いたいことはあるが、この一件に関しては君の責任で頼むよ」

 どうやら孝太郎は俺の強引なやり方が気に入らないらしい。しかしそう言いながらもちゃんと家まで案内してくれるのだから、少しは俺の考えを聞いてみたいと思ってくれているんだろう。


 野上の息子夫婦の家は、タクシーで五分ほど走ったところにあった。綺麗に手入れされた庭には、ひまわりやサフィニアなど真夏でも元気な花々が咲いている。

 インターフォンを鳴らすと、弟らしき男性が応答した。水沢だと告げると、彼は落ち着いた声で「お待ちください」と言ってマイクをオフにした。

 程なくして野上が玄関先に顔を出す。弟と違い、こちらは慌てた様子で額に汗までかいている。

「いきなり訪ねてきたからびっくりですよ。一体どうしたんですか。何か問題でも発生したんですか?」

「いや、問題はない。ただ、直接相談したいことがあってな。時間は取らせない。ちょっとだけ話せるか?」

「そりゃあ構いませんけど……」
 野上の目が孝太郎に向けられる。しかし孝太郎は孝太郎で俺に視線を投げる。説明はお前がしろ、と訴えかけるような目だ。

「そう警戒するな。俺はお前の才能を認めた上で協力を仰ぎに来たんだ。聞けばきっと首を縦に振りたくなる」

「……外は暑いし、立ち話もなんだから、とりあえず中に入ってください」
 野上は表情を変えなかったが、そう言って俺たちを家の中に引き入れてくれた。



 通されたダイニングルームには弟がいて、目が合うと会釈をされた。
「いま、お茶を入れますね」

「気遣いは無用だよ。すぐに帰る。ありがとう」
 冷蔵庫の方を向いた彼を孝太郎が制すると、彼は一礼ののちやはり気を遣うように別室に姿を消した。

 数秒の沈黙。野上は居心地が悪そうにダイニングチェアに腰掛けていたが、程なくして口を開く。
「あのー、相談事って一体……?」

「ああ。相談って言うのは体操クラブに加入してもらう子供集めについてだ。さっき孝太郎たちにも少し話したんだが、単にチラシを作って配るだけじゃダメだと俺は思ってる。やるならもっと目立ったことをしないと本当に知ってほしい人に知ってもらえない。野上もそう考えてるんじゃないかと思ってな」

「えっ、どうして水沢みずさわ先輩が体操クラブの子供集めの話を……?」

 予想通り疑問をぶつけてきた野上に、俺はさっき孝太郎たちにした話を伝えた。野上は俺の話を頭の中で整理するかのように少し時間をおいたあとで再び問いかけてくる。

「先輩の考えは分かりました。それで、具体的な方法は? ……って聞いときながらおれ、なんとなくピンときちゃったんですけど、もしかして……?」

「おっ、さすがは野上。じゃあ答え合わせしようか。俺が考えている子供集めの方法は、子どもたちが遊んでいる公園やグラウンドで野球の体験会を開催するというものだ。しかも予告無しで。人は、急にイベントが始まったら注目するし、人だかりが出来ていれば輪の中心で何が起きているかを知りたい人間が必ず寄ってくる。そう言う心理を利用するんだ。もちろん、野球に興味がある親子、ない親子、他のスポーツに興味がある親子……といろんなパターンが考えられるだろう。チラシを配るのはそのタイミングだ。実は体操クラブもあります、と。指導者は元プロを始め、野球経験者がメインではあるものの、目的はあくまでも親子が触れ合い、楽しく身体を動かすことだと野上が丁寧に説明すれば、ただビラ配りをするより何倍も効果があると考える」

「……やっぱり、野球で釣る作戦でしたか」
 野上は腕を組んで唸ったが、思案するような顔を見る限り前向きに検討してくれているようだ。野上が迷っているならばと、俺はダメ押しのひと言を付け加える。

「もし成功すればお互いにメリットがあると思うんだ。ただし、実行に移すには今の孝太郎じゃ勢いが足りない。そこで野上に持ち前の行動力と思い切りの良さを発揮してもらおうというわけだ。……どうだ、やってみる気はないか?」

「……どうしておれに頼もうと?」

「お前の、野球のその先を目指そうとする精神、そしてそれを成し遂げようとする情熱に心動かされたからだ」

「……先輩にそんなふうに口説くどかれるとは」
 野上は恥ずかしそうに笑い、鼻の下をこすった。

「分かりました。おれ、水沢みずさわ先輩ほど行動力があるとは思えないけど、口説かれちゃったらやりますよ。永江先輩、一回だけやらせてくれませんか」

「……これは僕一人で成し遂げられることではない。慎重になりすぎるあまりことが停滞するというなら、営業マンだった君たちに全権を委ねるよ」

「ありがとうございます」

 野上は頭を下げて礼を言いつつ、孝太郎を気遣うように「……って言っても、うまくいく保証はありませんが」と付け加えた。

「ただチラシを配ったって人が集まる保証はないんだ。どうせやるなら、とことん目立っちまおうぜ」

「気持ちが若いなぁ、水沢みずさわ先輩は。でもそう言うの、嫌いじゃないですよ」
 俺の言葉に賛同した野上は立ち上がって手を差し出した。

「……おれ、今はちょっと身動き取れないけど、計画だけは進めといてもらえませんか。落ち着いたら必ずやります」

「おうよ。準備は任せろ。待ってるぜ」

「はい」

「……話はまとまったようだな」
 腕を組んで話を聞いていた孝太郎が椅子から立ち上がった。そして俺たち二人と肩を組む。

「こういう勢いのある話を聞いていると何だか昔を思い出すよ。闘志、とはいかないまでも、僕もやってやろうかという気持ちになってきた。元プロ野球選手、永江孝太郎を演じてみるのも悪くないかもしれない」

「おっ?!」
「えっ!!」
 俺と野上はそれぞれ声を発した。
 
「なら、孝太郎もやってくれるか?」

「体操クラブを作りたいと言い出したのは僕だ。今までは野上クンたちにおんぶに抱っこだったが、あとは人を集めるだけというところまでこぎ着けたら僕だって一肌脱ぐさ」

「それでこそ、俺の知る永江孝太郎だ。……その日くらいはかつてのユニフォームを着て欲しいもんだぜ」

「悪くない相談だな」
 俺たちが笑い合っていると、野上もほっとしたように笑みを浮かべる。

「最初はどうなるかと思ったけど、二人はやっぱり気の合う親友なんですね。安心しました。先輩方なら、祐輔たちにもうまく話をつけてくれると確信してます」

「そうだったな……。本郷夫妻にも俺たちの計画を話して賛同してもらわないと。よし、孝太郎。いるかどうかは分からないが、この勢いのままあいつらの部屋に行って交渉だ」

「了解」

「お二人とも、よろしくお願いします」
 野上は俺たちに向き直り、深々と頭を下げた。その肩に孝太郎が手を置く。

「君はお母さんとの時間を過ごすことに集中して欲しい。後悔はしたくないんだろう?」

「はい」

「僕は思うよ。君がいなく事を終えた時、そしてまなちゃんたちが戻ってきた時、新しい日常が始まると。……ゆっくりでいい。気持ちが落ち着いたら新しい日々を一緒に生きよう」

「先輩……」

「今日は貴重な時間をありがとう。さぁ庸平、次の仕事に向かおうか」
 孝太郎は野上にさっと背を向けて玄関に行くと素早く靴を履き、ドアを押し開けた。置いていかれそうになったので慌てて呼び止める。

「ま、待てよ孝太郎。帰りのタクシーが迎えに来るまで玄関先で待たせてもらったほうが……」

「庸平」

「ん?」

「走りたくなった。マンションまで走って帰ろう」

「……はぁっ?!」
 孝太郎の思いつきに呆れた俺は、灼熱しゃくねつの外を指さす。
「だ、だけどこの暑さの中を走るのは危険じゃ……」

「高校生の頃は炎天下のグラウンドを走り回っていたじゃないか。君たちと話していたら久々にあのときの感覚を味わいたくなった。行こう、庸平」
 そう言いながら孝太郎は走り出した。その後ろ姿の格好いいことと言ったら……。
 
「分かった、分かった。どこまでもついていくよ……。じゃあな、野上。弟とお袋さんによろしくな」

「はい。次に会う時はおれも一緒に走らせてください」
 野上の返事を聞き届けた俺は、すでに小さくなっている孝太郎の背中を追うように走り出した。


続きはこちら(#12)から読めます

※見出し画像は、生成AIで作成したものを使用しています。

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