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【連載小説】「好きが言えない 2」#8 答え

2回裏


 部長の言葉を聞いた私は、ノートとペンを落としてしまった。予想だにしない展開だったからだ。
 みんなが一気に私に注目する。心の準備が全くできていないこの状況下で、私の心臓は口から飛び出しそうになっていた。
 緊張と突然のこととで何を話していいか分からなかったが、部長は優しい口調で言う。


「春山クン、手を見せてごらん」
「えっ……。あ、はい……」
 言われるがままに手のひらを見せる。ひどいマメが出来ている。なるべく見られないよう隠してきたけど、部長には分かっていたようだ。


 この一週間、私なりに「答え」を探してきた。探しながら――いや、心はすでに決まっていたのかもしれない――ひたすらバットを振り続けていた。久しぶりだったせいもあり、あっという間にマメが出来た。痛くて仕方がないけれど、バットを振るのをやめることも出来なかった。それしか、今の私には出来なかったからだ。


「それが、君の答えなんだよね? なら、セカンドを守ってくれないかな。マネージャーも悪くはないが、せっかくの俊足と瞬発力を持っているんだ、活かさない手はないと僕は思っている」
「私が……セカンドを守る……」
「一年前はファーストを守っていたよね。でも君には向いていないとずっと感じていた。やるならセカンドだ。強打が来てもひるまず取りに行けるし、僕がキャッチャーのうちは、ダブルプレーや盗塁を阻止できるようしっかり指導する。どうかな。やってくれるかな」


 その目がまっすぐ私を見ていた。君なら出来る、と心から信じてくれている目だった。
「……やります。私、プレイヤーに戻ってセカンドを守ります」
 とっさに返事をしていた。一同が「おおっ」とどよめく。
「君の英断に感謝するよ。よし、これでプレイヤーは18人になった。二チームに分かれて試合が出来る」
 部長はどこまでも先を考えている人だ、と思った。彼が部長でいる今なら優勝の二文字も夢じゃないかもしれない。



「練習してたの? いつから?」
 部活が終わるとすぐに祐輔が話しかけてきた。このところずっと別行動だったから、私がどんな練習をしてきたか知らないのも当然のことだった。


「いつって、例の話があった後からよ。祐輔も頑張ってたものね。だから私も、何かしなきゃって思ってたの。……公園投げてたの、ずっと見てたからね」
「……あ、そっか。マンションのベランダから見えるんだっけ。それは盲点だったな」
 祐輔はちょっと恥ずかしそうにうつむいたが、顔には笑みが浮かんでいた。


「なぁ、詩乃。そのぉ……『あの話』はなかったことにしてくれるんだよなぁ?」
 おそらくはずっと気に病んでいたであろう、別れ話のことを彼は話題にした。
「そうね。引き続きピッチャーをやれることにはなったしね。別れるって話は無しかな」
「何だよ、その含みのある言い方は」
 祐輔はむっとした表情をした。


 私がこう言わなければならない理由はもちろん、部長のあの言葉にある。部長は私たちに「別れた方がいい」と言った。お互いのため、そしてチームのためにも、と。それがどこまで本気だったのかは分からない。しかし部長のことだ、発言のすべてに深い意味が込められているに違いない。


 私としても、ピッチャーの地位を守れただけで満足してもらいたくはなかった。ましてやライバルの野上はかなり鼻息が荒い。祐輔もそれは実感しているはずだ。ここで私がこれまで通りの付き合いを再開しようとすれば振り出しに戻ってしまうかもしれない、という懸念もあった。


「祐輔の頑張りは認めるよ。だけど、やっぱり試合で結果を残してくれないとね。本当に使えるピッチャーかどうかを証明してこそ、真のエースと言えるんじゃないかな?」
「……言ってくれるな。分かった。分かったよ。とにかく一勝すればいいんだろう? それが付き合い続ける条件だってんなら、おれはやるよ」
 言い方は投げやりだったが、強い意志を感じた。そう、その意気よ。それでこそエース。春の県大会でチームをベスト16に導いたピッチャーよ。


 祐輔は闘志をむき出しにしたまま一人、先に帰っていった。その後ろ姿を、私はしばらくぼうっと見つめていた。


 本当は一緒に帰りたかった。これまでと同じように、くだらない話をして笑い合いたかった。なのに私ときたら、自分でもびっくりするほどの演技力で祐輔と接している。こんなふうに振る舞えるならいっそ、役者にでもなろうかしら?
 実際には、強気な態度や発言をするたび、私の心は痛んでいる。祐輔に本気で「別れよう」と言われたら? と思うだけで恐ろしい。自分から仕掛けたこととはいえ、それが現実になったら後悔してもしきれない。
 祐輔の頑張りだけが頼りだった。

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いろうた@「今、ここを生きる」を描く小説家
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