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【連載小説】「さくら、舞う」 #2 歌の力を信じて


前回のお話(#1)はこちら

前回のお話:

サザンクロスとブラックボックスは、自分たちの音楽を更に広めるため、新たに六人組バンド「サザン×BBビービー」を結成した。麗華の美声を頻繁に聞くことが出来て幸せいっぱいの日々を過ごしているユージンがある日、声に惚れていること告白すると、親ほども年上の麗華は「どうせ好きになるなら、あたしに顔が似ている姪っ子にして」と言ってさくらを紹介する。久々に会ったさくらは驚くほど痩せていた。ユージンと麗華はさくらを見て、何か悩みを抱えているのではないかとその身を案じる。

3.<ユージン>

 その後、さくらさんが画家をしていること、売れずに苦労していること、父親とはずっと会っておらずどんな人かも忘れかけていることは教えてもらった。しかし情報はそれだけで、二時間ほどいたうちの大半はオレと麗華さんのおしゃべり。さくらさんはそれを聞くだけだった。向こうがそれを望んでいたのが最大の理由だが、さくらさんの口数の少なさには正直びっくりした。

 彼女の背中を見送りながらその話をすると、麗華さんは「やっぱり?」と言って頷いた。

「何だか、自分のことはあまり話したくないって感じだったものね。まぁ、昔から無口な子ではあったけど、もっと自己アピールしないと絵描きで生計を立てるのは難しいな、とは思った」

「ですよね……。なんとかなりませんか、麗華さんの歌の力で」

 過去に何度もその歌声で奇跡を起こしてきた麗華さんなら、さくらさんを積極的な性格に変えることだって出来るのではないか。そう思って提案したが、首をかしげられた。

「意識を変えることは出来ると思う。だけど、時間はかかるでしょうね。あたしを恨み続けていたともくんも、幽体離脱した拓海に説得されたからゆるしてくれたけど、それがなかったら今でもあたしのこと、恨んでるんじゃないかな。『歌で人を救う』と口で言うのは簡単だけど、実際にはすごく難しいわ」

「そうなんですか……?」

「歌の力を信じてくれるのは嬉しいわ。でも、あたしにも救えなかった人はいるのよ」

「まさか。そんなの、嘘でしょ?」
 疑いの眼差しを向けたが、麗華さんは首を横に振って小さく笑った。

「歌はきっかけに過ぎない。一番大事なのは本人が心を開くこと。……ユージンは出来ると思う? 音楽であの子の心を開くことが」

「…………」
 難しい問いだった。歌手歴の長い麗華さんでも即答できないのに、どうして若造のオレが「出来る」と答えられるだろうか。

「麗華さんとなら……。みんなで力を合わせればあるいは……」
 しばらく悩んで出したオレの答え。甘っちょろいと言われるかもしれないが、今はそれしか考えられなかった。

「六人で新しいバンドをやろうって言いだしたユージンらしい答えね。うん、あたしもそう思ってた。……ユージンのそういう発想、好きよ」

 麗華さんはクスクス笑ったかと思うと、いきなりオレの腕を取って寄り添った。

「れ、麗華さん……?!」

 あまりにも急だったので心臓が飛び出しそうになる。しかし麗華さんはとぼけた様子で、「あら? さくらちゃんと会ったあとはデートするんじゃなかった?」と言ってますます身体をすり寄せる。

 ドキドキは最高潮に達していたが、こうなったら勢いに任せちゃえ! と思いきって恋人つなぎをしたら、微笑みと共に握り返された。

「……もしかして麗華さん、普段から拓海さんや智さんともこうしてるんっすか?」

「そうだけど?」

「……それぞれにいい顔してたら嫌がられません?」

「別に? 二人は、、、それを了承してるから。あたしがどっちかに偏らないことも知ってるし」

二人は、、、、ですか……」
 暗黙のルールにオレが入っていないことを思うと、あとでどんな目に遭うかちょっぴり恐ろしくなるが、二人が寛容であることを祈るしかない。

「あー、麗華さん。このあと港公園に行きません? 夜景が綺麗な穴場スポット、知ってるんです」

「あら、素敵! ぜひ連れて行って!」
 その目はまるで子供のようだった。

(ああ……。少なくとも三十年早く生まれていれば……)
 せっかくのデートだって言うのに、自分と麗華さんの年の差を思うとどうしても素直に喜べなかった。



 何度も良い雰囲氣になったが、そのたびに拓海さんと智さんの怖い顔が脳裏に浮かび、言いたいことの半分も言えないままデートは終わった。不完全燃焼のオレの隣で麗華さんは「もう、かわいいんだからぁ」と落ち込むオレをからかった。

「拓海と智くんのことは忘れて、二人きりの時間を楽しめば良かったのに……」

「そうもいかないっしょ。もし……もしオレが麗華さんと夜通し過ごしたーなんてことになったら、組んだばっかりのバンドも解散の危機ですよ」

「ユージンったら、そんなこと考えてたの?」

「例えば、の話ですっ! ……って言うか、オレが麗華さんの中で一番惚れてるのは歌声であって……」

「はいはい、わかってますって。そんなに本氣で怒らないでよぉ」
 膨らましたオレの頬を麗華さんが人差し指で突いた。
「じゃあお詫びに、ユージンのために歌ってあげるから年末恒例のライブが終わったあとはうちに泊まりにいらっしゃい。これで許してちょうだいな」

 思いがけない誘い。オレは頬を膨らませたまま固まった。

「ご実家に帰るなら無理にとは言わないけど。リオンとセナ、それからさくらちゃんも誘ってさ、みんなでワイワイ過ごそうよ」

「もちろん、喜んでお伺いします。オレのために歌ってくれるなら尚更行きます」

「良かったー。実はさっきからずっとそのことを考えていて、いつ言おうかタイミングを見計らってたのよねぇ」
 麗華さんは心底ホッとしたように胸に手を置いた。


◇◇◇

 ライブハウス「グレートワールド」の年末恒例ライブは、サザンクロスもブラックボックスも毎年出演している。昨年末時点ではほとんど交流していなかったオレたちが、一年後に六人組バンドを組んでいるなんて誰が想像できただろうか。

 今回のライブでサザン×BBビービーのお披露目をする、と言う案もあったのだが、新曲がない状況ではインパクトも薄いし、それぞれのバンドの曲を聴きたくて集まるファンが多いだろうということで、サザンクロスとブラックボックスに別れて出演する。ただし、互いにバック演奏したりハモったりはする予定で、最後に新バンドの紹介をして締める算段になっている。

「じゃ、お先に。僕らがサイコーに目立つように、引き立て役を頼むぜ」
 やけに機嫌のいい智さんが、力強くオレの肩に手を置いた。

「智さん、やる氣満々っすね」

「そりゃあな。古巣でやる久々のライブだし、一年前に抱いていた怒りや負の感情を捨てた状態で立てるからな。ワクワクしないはずがない」

「なるほど」
 つまり、人は一年もあれば別人級に変われる、と言うこと。端から見ても智さんの表情は一年前のそれとはまるで違う。その智さんが、声の出ない拓海さんリーダーに成り代わって言う。

「レイちゃん、今日もその美しい声で僕を、聴衆をとりこにしてくれ。そして拓海の生歌が聴けるよう、奇跡を起こしてくれ」

 拓海さんは病氣が原因で声を失っているが、ライブなどの特別な環境下で一時的に発声可能になる場合があるらしい。智さんの言う「奇跡」とはそのことだ。

「ええ、もちろん!」
『俺だって歌う準備はバッチリだぜ!』

 麗華さんは美声で、拓海さんは手話でそれぞれの意氣込みを語った。一緒にいる時間が長くなってきたからか、最近では簡単な手話なら通訳無しでも分かるようになってきた。

 前のバンドの演奏が終わった。引き上げてくる彼らに拍手を送りながらサザンクロスの三人がステージに飛び出す。

「お待たせー! サザンクロス、今年最後のライブ、楽しんでいってくれ!」
 フロア一杯のお客さんから大歓声が上がった。歓声を割るように一曲目がすぐに始まる。人氣曲、「羅針盤コンパス」からだ。

声をなくした、歌手だけど
未練がましいミュージシャン
俺にはギターがあるからさ
こいつで思い、伝えんだ

曇りきったこの世界
歌とギターで晴らすまで
俺たちゃ歌い続けんだ

みんなが右へならえ、ったって
俺たちゃ絶対向かねえぞ
心の羅針盤はりに従って
自分の道、進むんだ

他人だれかの言葉にゃ価値がないって
氣づいたやつから目覚め出す
「ホントの自分」の声、動き出す世界、
名もなき男の戯れ言ざれごとを聞いてくれ

……

「あぁ……。智篤兄さまの声っていつ聴いても素敵よねぇ……」
 妹のセナがステージ脇で目をうっとりさせながら言うと、双子のリオンが鼻で笑った。

「ったく……。兄ちゃんと言いセナと言い、どうしてそう年上好みなんだか……。そりゃあ二人ともいい声してるけど、年の差を考えろよなぁ」

「歌の上手い下手、声のいい悪いに年齢は関係ない。だよなぁ、セナ?」

「そうよ。それに、そういうリオンだって拓海兄さまの復活した歌声にはシビれたって言ってたじゃない!」

「…………! あれは、普段声を出せない兄さんが歌ったから感動した、って意味で……」

「お前ら。あいつらのことを褒めてる場合じゃねえぞ。そろそろ出番だ」
 しゃべっているところへこの店のオーナーがやってきた。ビクついていると「ほら、いけ!」と背中を押される。

 氣を引き締め、堂々とエレキをかき鳴らしながらステージに出る。智さんの歌の邪魔をしないよう、しかしオレらブラックボックスの存在を示すようバランスを取りながらアピールすると、会場は一層盛り上がった。

 続けてサザンクロスの曲を二曲、主役を交代してオレらブラックボックスの曲を三曲演奏したのち、新バンドの紹介をしてオレらのステージは終わった。



 すべてのステージが終わってお客さんが帰ったあとは、出演バンドだけの忘年会。これも毎年恒例のこと。例年、常連バンドと新規バンドが五組ずつほど集まってオーナーのおごりでどんちゃん騒ぎをする。

「去年は聞けなかったことを今年は全部聞かせてもらうぜ。なんでシンガーソングライターのレイカとバンドを組むことになったのかとか、突然若返っちゃったのかとか、疑問に思ってることは山ほどある」

 拓海さんと智さんが「ウイング」というバンド名で活動していた頃からの大先輩が二人の間に座り込む。しかし智さんは、しゃべれないのを良いことに逃げようとする拓海さんとともに「悪いな。すべてを語るには一日あっても時間が足りない。また今度にしてくれ」と言ってバーカウンターに酒を取りに向かった。

「ユージン、ロングカクテルを二杯。何でも構わない」

 逃げてきた智さんに声をかけられたと思ったら、なぜか注文された。
「えー? オレはもうここのバイトじゃないんっすけど?」

「お前の作るカクテルが飲みたいんだよ。いいだろう?」

「しゃーないなぁ。それじゃあ……」
 仕方なく、手近にあったジンとソーダとレモンジュースでジンフィズを作る。
「はい。一杯だけっすよ?」

「サンキュー」
 礼を言った智さんだが、立ち去ることもなくその場でちびちびとやり出す。拓海さんも同じようにグラスを握ったままオレをじっと見つめている。

「……あのー、何か?」

『お前、麗華のことどう思ってんだよ? この前二人きりでデートしてきたの、知ってるんだからな』

 拓海さんからいきなりそんなことを言われたオレは、持っていたカクテルグラスを危うく落としそうになった。

「だ、誰から聞いたんですか。オレは麗華さんが姪っ子に会わせたいって言うからついてっただけっす」

「レイちゃんが、この会のあとうちに来るって言ってた子のことか?」

「そうっす。さくらさんって言うんですけど、オレたちに負けず劣らず麗華さんのことが好きみたいです。この前のライブで販売した麗華さんのキーホルダーや缶バッジをバッグにじゃらじゃら付けてました。どうやら子供の頃からのファンらしくて、それを知ってる麗華さんが、オレと氣が合いそうだってことで引き合わせたんです。……あー、言っときますけどオレが好きなのは麗華さんの『声』なので!」
 
 最後の部分を強調すると、二人は「分かった、分かった」と手をひらひらさせた。

『姪っ子も麗華のファンなのか……。しかし、だからってなんでこの忘年会のあとに呼びつけるんだ? 今の話から察するに、俺らのファンってわけでもないんだろう?』

「それはー……」
 返事に困っているところへ麗華さんが現れて助け船を出してくれる。

「独り身の姪っ子の身を案じちゃ悪いの? 三十過ぎて、正月にひとりぼっちってのは本当に寂しいものよ? あたしには分かる。だから誘ったの。それだけのことよ」

『……なんか妙に説得力あるな』

「ああ……」
 二人はそれ以上、追及しなかった。

「じゃあまぁ、そういうことにしておいて、その姪っ子のことはレイちゃんに任せるか。その間、僕らは僕らでワイワイやろう。ユージンもこっちに加わるだろう?」

「あ、はい」
 返事をした直後、麗華さんにぐいっと引っ張られる。

「あら、だめよー。ユージンにはあたしが歌を歌う約束してるんだからー。怒らせちゃったお詫びをしないと。ねぇ?」

「怒らせたって……。レイちゃん、いったい何をやらかしたの?」

「んー? ホテルに誘われたけど断った」

『おいっ……!』
「ユージン、お前……!」

「ちょっと、麗華さん! 冗談きついっす!!」
 酔っ払った麗華さんの笑えない冗談のせいで、二人からしばかれたのは言うまでもない。



4.<さくら>

 ライブハウスは熱心なファンで溢れかえっていた。特にサザンクロスとブラックボックスのファンが多いのか、彼らが登場すると会場が震えるほどの大歓声が起きた。

(ライバル、多し……。)

 しかし、私はこのあと彼らの家に行く。これほど優越を感じることはない。伯母が名のあるミュージシャンで本当に良かった、とつくづく思う。

 サザンクロスが「羅針盤コンパス」を披露していると、あとからブラックボックスの三人が出てきてバックで演奏し始めた。先日会ったメンバーの一人、ユージンさんはエレキを弾いている。

(球場ライブの時は遠かったからよく分からなかったけど、間近で見たらカッコイイじゃん……。って言うか、全員に惚れそう……。)
 
 麗華ちゃんの時もそうだった。親戚同士が集まる席では普通のおばちゃんなのに、ひとたびステージに立つと全くの別人。その瞬間、一目惚れした。

 そう、私が好きなのは歌手のレイカただ一人……! 浮氣は禁物だ。自分に言い聞かせるが、盛り上がる周囲の雰囲氣も手伝って、見れば見るほど、聴けば聴くほど彼らの音楽に惹かれていく……。

(つまり、彼らの音楽にはそれだけの力があると言うこと……?)

 先日聞いた話では、病氣で余命幾ばくかの仲間を救うことが出来たのは歌の力があったからだ、と。まさか、歌っただけで病氣の人を治せるはずがないと思ったが、目の前の二人が大真面目に語っているのであからさまに否定も出来なかった。今日はその仲間に会わせてくれるらしいから、実際にこの目で確かめてみようと思っている。

 サザンクロスとブラックボックスのステージはあっという間に終わってしまった。お目当てのライブを見終わった私は会場をあとにし、麗華ちゃんと待ち合わせる予定の駅前で時間を潰した。



 合流できたのは間もなく日付が変わろうかという頃。年越しのカウントダウンをしている人たちの横を通り、麗華ちゃん宅に向かう。

 歩きながら私は、誰と、どのくらいの距離感で歩けばいいのか模索するのに忙しかった。今日は麗華ちゃんのバンドメンバーと四人で新年を迎えるつもりでやってきたのに、ブラックボックスの三人も一緒だと知って混乱しているのだ。狭い街路に七人。悩んだ結果、最後尾を歩くことにした。ここが一番、落ち着く。

 しかしホッとしたのもつかの間。
「あれ? さくらちゃんはどこ? ついてきてる?」
 酔っ払った麗華ちゃんが大袈裟に私を探し始め、最後尾の私を見つけると腕を掴んだ。

「今日は一人にはさせないんだから! ほら、年の近い女の子もいるよ。あたしより、よっぽど話が合うと思う。今夜はたっぷり時間があるんだから、友だちになっちゃいなさい」

「…………」

 無理やりひっつけられても何を話せばいいか分からない。それは彼女も同じらしく、「もう、レイさまったら。年が近いって言ったって十個くらい離れてるんじゃなかったっけ?」と困惑気味に言った。

「十個差は近い方じゃない。あたしとセナなんて、いくつ離れてると思って? それでも仲良くやれてるのよ? だったら大丈夫よー」

「ん、もう……! 酔っ払ったレイさまはテキトーなんだからー」

「……それは同感」
 意見が一致した点は、まさかの麗華ちゃんの酒癖の悪さだった。



 子供の頃から、親戚の集まりで大人たちが酔って騒ぐ姿を見ては興ざめしていた。だから、大人になってもお酒は飲まないと心に決めて今に至る。大学生になって「飲めないわけじゃないんでしょう?」と執拗に誘われた時期もあるが、断り続けるうちに誘われなくなった。つまらない子だと認定されたのだろう。いやいや、私からすれば酒を飲んで笑い転げている方がどうかしていると思うのだけど、理解してもらえたためしがない。

 今日だって同じだ。既に出来上がっている六人と、しらふの私では温度差がありすぎる。一応、こういう場での振る舞い方は心得ているが、面白くないことに変わりはない。夜遅いこともあり、私は彼らの話を聞いているうちに眠氣に襲われあくびを連発してしまう。

「あー、さくらちゃん。もう寝る氣? 今日は徹夜するって言ってるじゃない! そうだ、そろそろ歌を歌おう。ユージン、リクエストして。あなたのために歌うわ」

 強引な麗華ちゃんが、眠くてウトウトしている私を無理やり立たせて音楽スタジオに連れ込んだ。ユージンさんは機嫌がいいのか「それじゃあ、『LOVE LETTERラブレター』を。あのしっとりした歌声が好きなんっすよー」と即答した。

 七人入ったスタジオは狭く、隣同士でくっ付かなければいけないほどだった。酒臭い人たちの間近にはいたくなかったが仕方がない。しかし、そんな私の心情が伝わってしまったのか、麗華ちゃんに指摘される。

「歌を聴いたら、酒飲みは面倒くさいなぁって氣持ちも変わるはずよ。だからしっかり聴いててちょうだい」

 思わず居住まいを正す。拓海さんが何やら手を動かしたが麗華ちゃんは手を前に出し、「ああ、大丈夫。この曲は弾き語り出来るから。みんなでゆっくり耳を傾けてて」と言った。そのあとで何やら手話を使った麗華ちゃん。それを見た拓海さんは私の隣に座り直した。

「それじゃあ、ユージンのリクエストに応えて『LOVE LETTERラブレター』を歌います」

 麗華ちゃんはそう言うと、今の今までふざけていたのが嘘のように真顔になってギターを弾き始めた。その瞬間に場の空氣も変わり、まるでソロライブ会場にいるかのような緊張感に包まれる。マイクの前で麗華ちゃんが息を吸い込む。

あの時、君はなぜ去ってしまったの?
追いかける僕を振り返りもせず
涙は涸れて大地は乾いた
かすれた声で歌い続けた

君への愛を憎しみに変えて
暗闇の中で もがき続けた日々
むしばまれた心と体
死が連れてきた君を
ずっと僕は赦さないと
泣きながら誓う

憎しみの涙を流せたら
救われるだろう僕は
だけど流せないのは君のせいだと
言わなければきっと壊れるだろう僕は

君を赦すとき
僕は赦されるだろう
赦された僕は
安らかに死ぬだろう

だけどその前に伝えたいんだ、愛を
ずっと素敵になった君にこの想いを
僕の声を愛してくれた君へ
ずっとずっと愛していると……

「……いい曲だろう? これは俺らの書いたラブレターをもとに麗華が作詞したんだぜ」
 
 左隣の拓海さんに突かれて顔を向けたが、声は右隣の智篤さんから発せられた。なるほど、普段からこうして智篤さんが拓海さんの声役こえやくをしているのか。

「そうですね。CDにも収録されていますよね。私も好きです」
 短く答えて話を終えると妙な間が空いた。

「……もっと話せよなぁ。せっかくの新年会じゃねえか、って言ってるけど?」

「…………」
 黙り込むと智篤さんはため息をついた。そして「いいか?」と私に半身を寄せる。

「君は、酒飲みは面倒くさいと思ってるみたいだけど、酔いに身を任せれば普段は出来ないことが出来るメリットもある。僕はそれでレイちゃんに自分の氣持ちを伝えられた経緯がある。だから、酔っ払うことは何も悪いことばかりじゃない」

「そうなんですか……?」

 怪訝な顔をすると、拓海さんが智篤さんにキスをするジェスチャーをした。もちろん智篤さんは手で振り払ったが、「そうそう、レイちゃんにキスしたんだ、僕は」と恥ずかしげもなく言った。

「若いころに言えなかった『好き』という氣持ちを、この年になってようやく吐き出せた。たとえそれが……僕が押し殺していた『もう一人の僕』に言わされたことだったとしても、愛していたという氣持ちを本人に伝えられたのは、僕の中では大きな出来事だったんだ。それを詳細に綴ったのがこの曲の元になった手紙だ」

「…………」

「……俺は麗華のすべてを愛してる。美声で歌い上げる麗華はもちろんのこと、酔っ払って面倒くさい麗華も、弱音を吐く麗華も、こぶしを振り上げて怒る麗華も、すべて。……拓海はそう言ってるけど、僕も同感だよ」
 拓海さんの手話を通訳した智篤さんが言った。

「全部ひっくるめてその人なんだ。逆に言えば、どれか一つ欠けてもその人にはならない。……ああ、拓海の言うように、レイちゃんから酒を取ったらレイちゃんじゃないと言ってもいいくらいだ。……もし、下戸げこでないなら一度、僕らのこの雰囲氣に飲まれてみてもいいんじゃないか? 酔い潰れてしまうのも悪くはないよ」

「でも……」
 モジモジしていると、セナちゃんが私の間に入って二人を引き離してくれた。

「兄さまたち! 女の子にお酒を強要するなんてどういう神経してるわけ? 一歩間違えれば犯罪だからね?! ……さくらさん、酔っ払いの言うことは話半分に聞いとけばいいから」
 それを聞いた智篤さんが露骨に嫌そうな顔をする。

「はぁ? じゃあさっき、レイちゃんとグルになって僕らに追加の酒を買ってこさせたセナは何なんだ? 男はこき使ってもいいってルールはないはずだぜ?」

「むぅっ! ねぇ、レイさまー。この二人がアタシたち、、、、、をいじめるんだけどー」
 腕を組まれ、騒動に巻き込まれる。

(なんか、一人だけしらふでいるのが馬鹿馬鹿しくなってきた……。)
 そうでなくてもさっきから閉め切った部屋に充満するアルコール臭で酔っ払った感覚になっている。

「……ねえ、麗華ちゃん」

「んー? もしかして、飲む氣になった?」
 察しのいい彼女の言葉に頷くと、麗華ちゃんとセナちゃんは顔を見合わせてにやりと笑った。


続きはこちら(#3)から読めます

※見出し画像は、生成AIで作成したものを加工して使用しています。


<登場人物&バンド紹介>

サザンクロス(アコギバンド):
麗華(ボーカル&アコギ)、拓海(アコギ)、智篤(ボーカル&アコギ)
実年齢は内緒💕ミュージシャン歴は30年以上。現在はなぜか20代の容姿になっている。(詳しくは「愛の歌を君に」を参照)

ブラックボックス(三人組バンド):
ユージン(第一章の主人公)(祐仁・エレキ→ドラム)、セナ(星夏・ボーカル)、リオン(理恩・キーボード)。三人はきょうだいで、長子ユージンは25歳、双子のセナ・リオンは21歳。

水沢さくら(第一章の主人公)
麗華の弟、水沢庸平の娘。現在32歳。
職業は画家だが、なかなか芽が出ず苦戦中。人の顔色を見るのが得意だが、常に胃痛を感じながら生きている。レイカの大ファン。


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いろうた@「今、ここを生きる」を描く小説家
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