【連載小説】「愛の歌を君に2」#14 奇跡のショータイム!
前回のお話:
40.<麗華>
「ちっ……」
電話を切った智くんは舌打ちをした。恐る恐る問う。
「今、停電って言ってたけど……。ショータさんはなんて?」
「あいつ今、アリーナにいるらしい。これからこっちに来ると言っていたが、何やらいい考えを持っているようだ。ここからが僕らの本番だ、とも……」
「この状況でこれからが本番……? どういうことかしら?」
「さあな……。しかし、まずは現状をなんとかしなければ。あいつが来るまで何もせずに待っているわけにはいかない」
智くんの言うとおりだ。この先、ショータさんが奇策を引っ提げてやってくると知ったあたしたちの不安はいくらか和らいだものの、観客は今、不安でいっぱいのはず……。
その時、ピアノを弾き終えてご満悦のオーナーが拓海に歩み寄った。
「ショータが来るまで間をつなげ。ライブを続けるんだ」
――えっ?! 続けるって、マジかよ?!
智くんの通訳を待たずとも、その顔を見たオーナーは「どのみち地声は必要ないんだ、いけるだろう?」と続けた。
拓海はオーナーをじっと見つめ返した。
――……そうだな。俺の真の力を見せつける絶好のチャンス到来、ってわけだ。
「しかし、ギターの音は……」
不安を口にする智くんに対してもオーナーは余裕の表情を浮かべる。
「生演奏でいいだろう。スピーカーなど通さなくてもこの風に乗せればきっと客席まで届くはずだ」
「……オーケー、オーナー。ショータが何を持ってくるかは知らないが、到着したあいつがびっくりするような状況を作り出してやるよ」
――なぁ、今止めてるカメラはどうする?
「スマホに換えてでも回せ。お前の勇姿を多くの人に見せてやれ」
オーナーの力強い後押しを受けて拓海は、了解! と口を動かし、敬礼した。
*
強風にあおられながら、あたしたちはカメラマンと共に西日が差すグラウンドに飛び出した。観客たちが一斉にこちらを見て声を上げ、あたしたちを歓迎する。
ステージに立つ。数秒すると歓声は止み、静けさが訪れた。聞こえるのは風の音だけ。あたしは一度深呼吸をし、二人の手を握る。
「拓海の声を、ここにいるすべての人の心と耳に届けましょう」
ここにいる人たちが「サンライズ」を聞いたことがなくても、心を込めればきっと、さっきのピアノ演奏のように多くの人の心を打つはず……。
二人が頷いたのを見届けたあたしは一歩下がった。入れ替わるように拓海が前に出る。彼からのオーケーサインを受け、丁寧にイントロをつま弾く。それに合わせて智くんが弾き語ると、拓海も手を動かし始める。
#
命芽吹くとき 大地は光り輝く
朝日昇るとき 鳥たちは歌う
手を伸ばそう 夜明けの空に
オレンジに染まる手は 君の温もり
抱きしめたい 光溢れる君の心を
抱きしめたい 愛にあふれるこの世界を
命ある今に 君に出会えた歓びに
ありがとう……
あたしたちからは拓海の後ろ姿しか見えない。それでも彼がこの歌に込める想いと、手話で伝えようとする氣持ちは背中越しでも伝わってくる。
いつの間にか、智くんの歌声は聞こえなくなっていた。なのにあたしの耳にはまだ歌声が聞こえている……。これは……。
(拓海の……声……!!)
41.<拓海>
はじめは智篤の声にリードされながら手と口を動かしていた。当然喉は震えず、俺の声は出ていなかった。ところが、一番が終わる頃から意識が混濁し、喉を震わせているかのような錯覚に陥る。いや、確かに声が出ている……。喉に伝わる振動と、鼓膜を通して俺の声がはっきりと聞こえる……。
##
命生まれゆく 日の出と共に ああ……
新しい日常が 今日も始まる
手を伸ばそう 未来の空へ
虹色に染まる道は 希望の架け橋
越えていこう 不安も悲しみも 共に
生きとし生ける すべてが笑う世界へ
怖くなんてないさ 君となら
手を繋いで一つに
抱きしめたい 光溢れる君の心を
抱きしめたい 愛にあふれるこの世界を
越えていこう 不安も悲しみも 共に
生きとし生ける すべてが笑う世界へ……
#
初めて大勢の前で、しかも自分の声で歌った「サンライズ」に俺自身が感動を覚え、涙した。歌が終わっても客席からは一つの声も聞こえない。静かな拍手のあとは再び静けさが訪れる。
ショータの姿はまだ見えない。俺は声が出せた喜びそのままに、自分で作ったあの曲も歌おうと思い立つ。
「智篤、麗華。次は『羅針盤』だ。声が出るうちに歌いたい」
「……オーケー、相棒」
「拓海の歌声が聞けるなら何曲でも弾くわ」
返事を聞いて確信する。錯覚なんかじゃない。二人にはちゃんと俺の声が聞こえている。嬉しさが込み上げる。
「ラスト一曲! 俺の最後の歌声を聴いてくれっ! 『羅針盤』!」
声は思いのほか良く通り、響いた。これならいける、と自信を深め、歌い始める。
#
声をなくした、歌手だけど
未練がましいミュージシャン
俺にはギターがあるからさ
こいつで思い、伝えんだ
曇りきったこの世界
歌とギターで晴らすまで
俺たちゃ歌い続けんだ
みんなが右へならえ、ったって
俺たちゃ絶対向かねえぞ
心の羅針盤に従って
自分の道、進むんだ
他人の言葉にゃ価値がないって
気づいたやつから目覚め出す
「ホントの自分」の声、動き出す世界、
名もなき男の戯れ言を聞いてくれ
##
声をなくした、歌手だけど
未練がましいミュージシャン
俺には仲間がいるからさ
みんなで思い、伝えんだ
腐りきったこの世界
歌とギターで晴らすまで
俺たちゃ歌い続けんだ
「頑張れ、やれば出来る」ったって
俺たちゃ限界、やれねえぞ
心が折れちまう前に
捨ててしまえ、常識を
あいつの言葉は嘘だらけだって
気づいたやつから目覚め出す
魂からの声、嘘のない世界、
名もなき市民の戯れ言を聞いてくれ
渡されたコンパス
それってホンモノ?
針さす方にあるものは?
希望か、それとも、ぜ・つ・ぼ・う?
嫌なら言ってやろうぜ!
戯れ言を! たわごとを! 真実を!
さぁ!
今度は歌い終わると同時に大きな拍手と歓声が沸き起こった。アンコールも鳴り響いたが、久々に声を出した喉はもう、痛くて使い物にならない。俺は歓声に応える形で手を挙げるに留め、引き上げる。
「僕はいま興奮しているよ……! 君の歌が二曲も聴けたんだから!」
「あたしも鳥肌が立ったままよ。まだ震えてる……。ああ、拓海。本当に素晴らしかったわ。夢を見ているよう……。でも、夢じゃないのよね。あたしは確かに聞いたわ、あなたの声を……!」
(俺も嬉しいよ、最高の氣分だ……。)
さっきの続きで声を出そうとしたが、やはり喉はもう震えなかった。俺はただ頷いて二人の想いに応えた。二人には、それだけで俺の状況が伝わった。
「奇跡を、ありがとう……」
麗華が涙を流しながら言った。
*
ダグアウトに戻るとショータがいた。俺たちを拍手で迎える。
「いやぁ、素晴らしい歌声でしたね。在りし日の兄さんを思い出してしまって泣きそうになったほどです」
「ここは素直に、レイちゃんのように泣けばいいものを」
智篤の皮肉を聞いてもショータは表情一つ変えず、首を横に振るだけだ。
「いえいえ。涙は最後に取っておくつもりです。後半のライブでは今以上に感動するシーンがある予定ですから」
「後半のライブと言えば、さっき電話で話していた『最高のシナリオ』って奴を教えてくれないか。それを待っていたんだ」
智篤が本題に誘導すると、ショータはもったいぶるように微笑む。
「その前に、前半のライブを締めましょう。話はそのあとです」
「締める、と言っても予定していた音響は使えないわ……」
「必要ありません。そうですよね、元野球部の皆さん?」
「え?」
麗華を筆頭に振り向くと、いつの間に着替えたのか、手伝いを頼んでいた元野球部の面々がユニフォーム姿で立っていた。
「姉貴たちの舞台セッティングに協力したんだ。俺たちにもちょっとは格好いいとこ、披露させてくれよな」
「えっ?! ちょっと待ってよ、庸平。何でここで野球人が出しゃばってくるのよ? これはあたしたちのライブ……」
「今はそうかもしれないが、本来ここは野球をするとこだぜ。ってことで、最後は派手にやってやるぜ!」
麗華の制止を振り切るように、ユニフォーム姿の男たちが球場に散っていく。バッティングでもするのかと思いきや、前転やバック転などのパフォーマンスが始まる。年齢を感じさせない、キレのある動きを見た観客は一瞬にして目を奪われる。
「今日はありがとうございましたー! 後半のライブを観覧される方は、ライブ開始まで今しばらくお待ちくださーい!」
グラウンドを走りながらそう言って回る声を聴き、観客たちは安心したように談笑したり、荷物をまとめたりし始める。
「なるほど、大声を出すのに慣れている元野球部員にアナウンスさせるとは。考えたな、ショータ。はじめからここまで考えていたのか?」
「自分の計画に抜けはありません。さあ、お三方も、彼らのあとについて最後の挨拶回りをしてきてください。戻ってきたら、例の話を始めましょう」
ショータは再び笑い、俺らの背中を押した。
42.<智篤>
停電が発生するという予期せぬ出来事は起きたものの、予定していた曲はすべて歌い終え、大きな混乱もなく前半のライブを終えた。
「さあ、約束だ。話を聞かせてもらおう」
再びショータの前に立つ。彼はようやく「こちらへ……」と僕らを促した。
ついていった先は控え室。そこに入った僕らは直後に目を見張った。
「リオン……!」
その横にはユージンとセナ、オーナーもいる。
「二人には先に会わせました。きょうだいで色々と話すことがあるだろうと思いましてね」
エンディングで、司会者であるはずの二人の姿がなかった理由、そして代わりに元野球部員たちが出てきた理由がようやく分かった。
「……和解できたのか? いや、ここに戻ったってことはそういうことなんだよな?」
僕の、疑問とも独り言ともつかないような発言のあとで、リオンが重い口を開く。
「ごめんなさい……。俺が一人で見切り発車したせいで、皆さんには随分と心配や迷惑をかけました。……ちょっとあっちの世界を覗いてみたかっただけなのに、まさかサザンクロスとブラックボックスを潰しに来るとは思ってなくて……。おれが素直に金を受け取っていればここまで大事にはならなかったのかもしれないけど、姉さんやセナの言葉がずっと引っかかってて、おれ、今日までずっと悩んでたんだ……。
社長は、サザンクロスのライブが終わるまでおれの返事を待つと言ってくれたよ。だけど、そう言いながらも裏でサザンクロスとブラックボックスを完膚なきまでに潰すつもりなんだ。おれが戻る場所を失えばプロの仕事に専念せざるを得ないと分かっているから……。
悔しかった。計画を知っても事務所に反発できない自分に失望もした。おれにできる唯一のことは、セナに一度だけ聞かせてもらったピアノ曲を反芻すること……。これを弾くためにはアリーナを抜け出してサザンクロスのライブに出るしかない。実際にそんなことが可能なのか……。そんなことを考えていたおれの前に現れたのがショータさんだった。おれにライブ中継を見るよう指示し、停電が起きたタイミングでここに連れてきてくれたわけなんだけど、まるで未来が見えているような動きには正直どん引きしたよ……。この人、実は未来人なんじゃないかって思ってる」
はじめこそ萎縮していたリオンだが、最後には若者らしい言葉を口にして長い話を終えた。
「リオン、戻ってきてくれてありがとう。これでようやく全員揃ってのライブが出来るわね」
レイちゃんは責めることも慰めることもせず、ただ彼の帰還を喜んだ。彼女はあちら側の世界を知っている。だから彼の立場も氣持ちもつぶさに理解できるのだろう。しかしリオンはその対応に不満があるようだ。
「……何で怒らないんだよ。おれのせいで随分、振り回されたってのに」
「あら、怒られたいの? ……その顔を見る限り、二人から散々お小言を言われたんじゃない? だったらもう充分。あたしから言うことは何もない。そんなことより、このあとに控えるライブを成功させることを考えましょうよ」
「……優しくされるなんて、聞いてない」
彼はショータを睨んだ。
「自分ははっきり、兄さんも姉さんもお前が合流するのを待ち望んでると言ったはずだけど? それをリオンが信じなかっただけだ」
「…………」
リオンは唇を噛み、込み上げる感情を必死に堪えているようだったが、やがて意を決したように顔を上げた。
「……セナ。オーナー。例のピアノ曲を聴かせてくれ。ライブが始まるまでに耳コピする。それと、ショータさんに頼みがある。……『シェイク!』をどこかで演奏させて欲しい。ブラックボックスが健在だってことを知らしめたいんだ」
一同は目を丸くしながらも、互いに顔を見、微笑み合った。
「もちろんそのつもりだよ。自分が考えてるのはオープニングだ。いの一番に、ブラックボックスがここに揃ったことを宣言してライブをスタートさせれば盛り上がること間違い無し。そして最終盤で、今度はセナとの連弾を聴かせる、と……。ああ、あちら側のくやしがる顔が目に浮かぶよ」
「待て。連弾は予定通り最終盤に持ってくるつもりか? ライブは長いぞ。その間にリオンを連れ戻されたら……」
「それを考慮しての、『シェイク!』ですよ」
「えっ?」
驚く僕を尻目に、ショータは現状と自身の計画を淡々と説明する。
「今、アリーナは大混乱中です。お金で急遽集められたスタッフ同士の連携は全くと言っていいほど取れておらず、また予備電源の掌握もしていないからいつまでも施設内は暗いまま。不安に駆られたお客さんたちが次々外に出ている状況です。そんな中でウェブ配信が続くサザンクロスのライブを観たお客さんはどう思うでしょう? 既に、拓海兄さんの『サンライズ』と『羅針盤』を聴いた人々が、当日券を求めてこちらに流れて来ています。そんな彼らの前で『シェイク!』を披露したらどうなるか……」
「……あちら側の信頼は失われ、こちらは超満員となってライブは成功する」
「ええ」
その顔があまりにも自信に満ちあふれているので、意図的にこの状況を引き起こしたのでは? と勘ぐってしまうが、先に本人が否定する。
「……言っておきますが、自分が停電を起こしたんじゃありませんよ? ……まぁ、ちょっとは細工しましたけど、ほんのちょっとです。ましてや未来人でもありません。それだけは誤解のないように」
「それにしては出来すぎてる……」
「そう仰るなら、ご自身の強運に感謝することですね。……さぁ、善は急げ、です。セナとオーナーはリオンにピアノ曲の指導を。サザンクロスの三人は今のうちに充分休養を取っておいてください。先ほども言いましたが、ここからが本番ですから」
ショータはそう言うと、胸ポケットから煙草を取りだして美味そうに吸い始めた。
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