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【短編小説・番外編】ワライバでの、とある一日 ―麗華&孝太郎編―

この話だけでもお楽しみいただけます!(約6000字)

「愛の歌を君に2」第一話のあとに読んでいただくとスムーズです。
・作中の喫茶「ワライバ」についてはこちらの記事
・麗華&孝太郎の関係についてはこちら(1)こちら(2)の記事。


麗華れいか

 この曲だけは一番に聴いてほしかった。あたしは作り直したばかりの曲を引っ提げて喫茶「ワライバ」に向かった。「CLOSED」と書かれた札のかかった扉を開けると、彼――コウちゃん――はすでに待っていた。あたしが来たと分かると椅子から立ち上がり会釈をした。

「待たせてしまった?」

「いいえ……」

「忙しいのにごめんね。こんな夜遅い時間に会ってくれてありがとう」

「僕の方こそ、こちらの都合でこの場所を指定させてもらって申し訳ありませんでした」

 お互いに謝ったところでオーナーが一つ、咳払いをした。
「おれが永江孝太郎ながえこうたろうのファンじゃなかったら、閉店後に店を貸しきりにしたりはしませんからね! そこんとこ、お忘れなく!」

「ああ、君には感謝しているよ。これから庸平ようへいの見張りをしてくれることに関しても」

「へいへい、ちゃんと見ときますって。ま、本郷ほんごうセンパイたちも来てくれるし、プロ野球選手時代のセンパイの美談が始まればそれなりの時間、引き留められるっしょ。……ってことで、自転車は借りますよ?」

「ああ、よろしく頼む」

「あー、万が一店を離れなきゃいけなくなったらここに電話を。もう一人のオーナーハヤトに繋がるんで」

「了解した」
 オーナーは彼との会話を終えると、あたしを数秒見たあとで店を出て行った。

 彼と二人きりにして欲しいと頼んだのはあたしだ。今回は彼以外の人間に同席して欲しくなかったから、無理を承知でお願いしたのだ。

 ちなみに、オーナーが引き留めるといった人物は、なぜかコウちゃんと同居中の我が弟。あたしと二人で会うと聞けば首を突っ込んでくるのは分かっていたので、彼側の知人に協力を依頼し、歌を歌う間だけあたしたちに接触できないようにしてもらったというわけだ。

 しんと静まりかえった店内。氣まずさを感じる前にギターを取りだし、歌を披露する準備にかかる。

「『ファミリー』を初披露したとき、逃げるように立ち去ったコウちゃんの背中を見たときは生きた心地がしなかったわ……。あなたを追い込んでしまったんじゃないかと思って」

 それはあたしがプロデビューする前のこと。当時高校三年生だった彼は、高校野球人生が終わったらそのまま人生を閉じてしまいそうな暗い影を引きずっていた。彼は愛する父親を亡くした頃に言われた心ないひと言が原因で母親と仲違いしており、その頃から自死を考えていたらしかった。実家の母から「子を思わない母親なんて居ないのよ」と聞かされていたあたしは、彼を救うにはどうしたらいいかと何日も考え、その末に書き下ろしたのが「ファミリー」だった。

「……恥ずかしい限りです。あの時はひどく動揺してしまってその場から離れることしか出来ませんでした。……しかしあの時聴いた『ファミリー』は確かに僕の考えを変えたし、プロ野球選手時代の僕をずっと支えてもくれました。……なのに、作り直してしまったんですか? なぜ……?」

「……恥ずかしいのはあたしも一緒だからよ。あの頃はお互いに若かったわね。母が子を思う氣持ちが真に分かるはずもない年齢で書いた歌詞をいま見ると『分かってなかったなぁ』って氣持ちになっちゃってね。……もちろん、未婚のお前に分かるのかって言われるとやっぱり分からないんだけど、そこは人生経験と知識でカバーするってことで」

 「ファミリー」はデビューのきっかけにもなった思い出の一曲。コウちゃんだけでなく、この曲は多くの人に愛してもらったあたしのベストソングでもある。だがそれゆえに、事務所を辞めて新たな一歩を踏み出そうと決めた今、書き直すべき曲でもあると思ったのだ。

「……きっと、今のコウちゃんにはこっちの方が伝わると思う。だからあの時のように一番に聴いてほしかったの」

「……今の麗華さんを見ていると、何だか高三に戻った氣分だな。だけど、あの頃よりずっと活き活きして見えるのはもしかして……。誰かに恋をしているからですか?」

 さっきから何度も視線を外されると思っていたが、きっと若返ったあたしの姿が氣になっていたのだろう。半年前に会ったときには存在していた、年相応のシワやたるみがなくなっているのだから無理もない。バンドのメンバーが死の淵から生還したのを機に若返ってしまったのだが、なぜこうなったのか、あたしにも説明が出来ない。

「うふふ……。恋は若返りの、一番の秘薬よね」
 とりあえずはそう言って誤魔化ごまかす。

「庸平が知ったら大騒ぎするだろうな……」
 コウちゃんは呟いて笑ったが、すぐに真顔になる。
「……何だか緊張しますね。僕一人のために歌ってもらうというのは」

「どうかリラックスして聴いてね。もしもお気に召さなかったらあの時のように立ち去ってもらって構わないから」

「いえ……。今度はちゃんと最後まで聴きます」

 そう言って彼は椅子に深く座り直した。返事を聴いたあたしはホッと胸をなで下ろし、三十数年ぶりに彼の目の前で歌を披露する。

「それじゃあ歌うね。あなたのために捧げます。聴いて下さい。新しい『ファミリー』を……」

ずっと見てたの
小さい頃からあなたのことを
たまを追いかけ、転んでばかりの
守れる強さがほしかった

振り向いてくれるなら……
好きになってくれるなら……
そばであなたを見てきたけれど
目に映るのはボールだけ

「君が好き」素直な氣持ち
伝えられないまま 過ぎていく時間とき
もういない あの少年きみ
大人になってしまった君に言うよ
「ごめん」と「ありがとう」を

##

ずっと見てたの
大きくなってもあなたのことを
たまを打っては追いかける
そこに居たんだ、強いあなたが

振り向いてくれるなら……
好きになってくれるなら……
そばであなたを見てきたけれど
あなたの心は空のかなたに

「君が好き」素直な氣持ち
伝えられるかな とき超えて今
もういない あの少年きみ
だけど
大人になってしまった君に……

一度だけ、言わせて下さい
忘れた日などなかったことを……


孝太郎こうたろう

 閉じた瞳の奥が熱くなった。肩にそっと触れる温もりは確かに母のものだった。亡くなって久しいが、ここ「ワライバ」に出入りするようになってからと言うもの、僕は亡き両親の氣配を感じるようになった。歌を聴いた今も……。

 ――お母さん。お父さんと元氣でやっていますか……? 僕はいま、麗華さんの歌を聴いて改めて、不器用だったお母さんの想いに触れています。あの時の僕は野球のことしか頭になくてお母さんの優しさを理解することができなかった。でも、今ごろになって家族の愛情のなんたるかが分かってきました。不器用なりに僕を愛してくれてありがとうございました……。もうちょっとこっちの世界で愛を知ったらそっちに行きます。その時にはお父さんも交えて愛を語り合いましょう……。

 心の中で呟くと、頭に声が響く。

『コウはまだまだ生きなさい。あなたが生きているだけで喜んでくれる人のために。それがお母さんとお父さんの喜びなのだから……』

 ――はい……。この世に嫌われるまではこの命を全うします……。

『あなたらしい返事ね……。あなたの「家族」を大切にね……』


***

「……コウちゃん? ……大丈夫?」
 麗華さんの声が聞こえ、そっと目を開ける。

「……すみません。母のことを思い出してしまって」

「謝る必要はないわ。でも……心に響いたなら歌った甲斐がある。改編してみるものね」

「ええ……。昨年、街のイベントで聴いた『ファミリー』にはない感動がありました。麗華さんの歌、以前よりずっと進化していますね。まさかこんなに胸を打たれるとは正直、思っていませんでした」

「ありがとう。それもこれもバンド仲間のおかげかな……。あ、そうそう。コウちゃんには先に言っておくけどあたし、これからはバンド一本に絞るから。名前は昔と同じ、サザンクロス。氣に留めておいてね。……これ、良かったら聴いてみて。手作りだから貴重よ?」

 手渡されたのは一枚のCD。ジャケット写真の中央には麗華さん。両端には「今」の麗華さんと同年代くらいに見える二人の男性が写っている。

「……麗華さんの恋の相手はきっとこの方々なのでしょうね。写真に写る麗華さんの表情が物語っていますよ」

「へえ。ついにコウちゃんも恋する女の顔が分かるようになったかぁ……」

「このお二人って当時の仲間でしょう? 見覚えがあります。……新しい出会いももちろん良いですが、やはり昔の仲間というのは良いですよね」

「そうね……。もう、いつまでそんな顔でいるの?」
 麗華さんはまるで母親のようなことを言ったあとでハンカチを差し出してくれた。そっと目頭に押し当てたとき、店の外で男性の声が聞こえた。直後、扉が開く。

「ビンゴ! 拓海たくみの勘はすごいな。ホントにここに居たよ」

 それは今し方見た写真の男性たちだった。彼らを見た麗華さんは慌てた様子で二人に近寄る。

「えー、ちょっとぉ! なんで来ちゃうわけ? 一人にさせてっていったじゃないの! ……はぁ? わかんないんだけど。……まぁまぁ、って。全然良くないってば」

 まるで独り言を言っているように聞こえるが、麗華さんは茶髪の男性の手話を読み取って反論している。ポカンとしている僕に氣付いた麗華さんが「ああ、ごめん……。手話、分かんないよね。彼、声が出せなくて」と言って通訳してくれる。

「どうも、俺らにも新曲を聴かせろってことで押しかけてきたみたい。ああ、ホントにコウちゃんが一番だったのよ? それで嫉妬してるみたい」

「まぁ、若い頃からレイちゃんが氣に掛けてきた相手だもの。そりゃあ、恋人の拓海からすればいい氣はしないよ。……僕もね」
 緑髪みどりがみの男性が補足説明をした。

「もう……。留守番一つ出来ないなんて困った子たちね。やってることが子どもと変わらないじゃないの。……まぁ、来ちゃったんならしょうがない。お披露目するから、歌ったら帰るわよ? 長居したら弟が来ちゃうかもしれないから。……ってことで、もう一回歌っても良いかな?」

「もちろんです」

「ごめんね。積もる話はまた別の機会に……。ああ、もし良かったら路上ライブも聴きに来て。時々駅前でやってるから」

 頷くと、麗華さんは男性二人に座るよう指示し、呼吸を整えてからすぐに歌い始めた。

 歌を聴く二人の姿は堂々としており、麗華さんに絶大なる信頼を寄せているのを感じた。昔の仲間というのは友人以上の絆で結ばれているくも不思議な存在。僕だけでなく、彼らもきっと同じ思いでいるのだろう。

 二度目に聴く「ファミリー」は一度目以上に胸を打つものがあった。言葉に乗る想いの強さが増した、とでも言えばいいだろうか。とにかく鳥肌が立った。

 ――そうか。麗華さんがこんな風に歌えるのはきっと、彼らのことを仲間以上に……「ファミリー」のように思っているから……。

 彼らが麗華さんの本氣を引き出したのは間違いない。バンド活動に専念すると決めた理由が分かった氣がした。

「見つけたんですね、麗華さんも。家族と呼べる人たちを」
 歌が終わったあとでそう言うと、麗華さんは嬉しそうに彼らの真ん中に立った。

「……あたしも、なれたんだ。何者でもない自分に。これからはただの麗華として彼らと一緒に自由に生きてくつもり」

「そうか……。麗華さんが活き活きして見えたのはそういう理由だったんですね」

「うん。彼らの前では素のあたしでいられるの。それがとっても氣楽で心地いいの。もう、作り笑いの仮面は捨てた。そういう歌を作るのもやめた。だから見ていて、コウちゃん。世界を変えていくあたしたちの姿を」

「分かりました。……お互いに自分の信念に従って生きていきましょう。応援しています。……ああ、いつか僕の主宰する体操クラブにも顔を見せて歌って欲しいな。子どもたち、きっと喜びますから」

「素敵なお話。いつかコラボしましょう。……さて、と。それじゃあ帰ろうか」

 よほど庸平に見られたくないのだろう。麗華さんは慌てた様子でギターを片付けると出口に足を向けた。しかしそれを見た茶髪の男性が手話で何かを訴えはじめた。麗華さんは訴えに答えるように声を発する。

「えー? 今から歌ってくの? だけどずいぶん遅いよ? ……そりゃあ、ミュージシャンは夜行性かもしれないけど。……だって弟は、コウちゃんが絡むと何かと面倒だから。……それだけっちゃあ、それだけだけど。……ああ、もう! 分かった! 歌っていくわよ」

 最後には麗華さんが折れたようだ。彼女はため息をついて僕に向き直る。
「彼が、せっかく三人一緒なんだから駅前で歌っていこうって言ってるんだけど、コウちゃんにも聴いてほしいって。それから庸平にも。……お時間、ある? それと庸平のこと、呼び出せる?」

「えっ。それは可能ですが……。まさか『ファミリー』を歌うんですか?」

「歌わない! 庸平なんかに聴かせるのはもったいないもん。庸平の前で歌うのは他のにするわ。そうだなぁ……。『LOVE LETTERラブレター』あたりはどう? ……え? 新曲にする? むしろそれを歌いにきた? そうなの? ともくん」

「若い頃の曲がいい感じに作り直せたら新曲と一緒に路上で歌う約束だっただろう? って言いたいのさ、拓海は」
 麗華さんに問われた緑髪の男性は、この状況を楽しむかのように答えた。

 年末に再会したときは僕ばかりが揶揄からかわれ妙な汗が出たものだが、今は麗華さんが彼らに揶揄われているように見える。おそらくはこれが本来の麗華さんの姿なのだろう。

「今度は僕から言わせてもらいます。いい家族を持ちましたね」
 僕が言うと麗華さんはじゃれ合いをやめ、照れくさそうに小さく微笑んだ。そんな彼女に茶髪の男性が寄り添い、手を動かす。その手話を隣に立った緑髪の男性が翻訳する。

「……麗華のことは俺たちに任せてくれ。あー、聞いた話じゃ、あんたも生かされちまった人間なんだってな? だったらお互い、使命を全うしようぜ。……だそうだ」

「はい。早速、三人方さんにんがたの歌と演奏を、生き様を、見せてもらいます」

「生き様……。ふっ……。そんなふうに言われたんじゃ、全力でいくしかないな」
 緑髪の男性は、カウンターの内側に飾られた僕の現役時代のユニフォームに目をやったかと思うと、何かを悟ったように何度も頷いた。その後、腕時計をちらりと見て言う。

「今から三十分後、二十二時三十分にK駅前広場で路上ライブをするからレイちゃんの弟と一緒に聞きに来てくれ。友人知人を連れてきても構わないが遅刻だけはしないように」

「分かりました。必ずいきます」
 僕が返事をすると緑髪の男性はにやりと笑い、麗華さんたちと共に店を出て行った。

「……三十分後、か」
 ここに来るときに乗ってきた自転車は大津クンオーナーに貸してしまって、ない。
「こうなったら足を使うしかないな……」

 足の速さと持久力には自信がある。もう一人のオーナーの隼人ハヤトさんに電話をかけて店の鍵締めを依頼した僕は、軽い準備体操の後、全力疾走で庸平が待つ自宅マンションに向かった。


※見出し画像は、生成AIで作成したものを加工して使用しています。

(6/16追記) 続きはこちら! ーー庸平&麗華編ーー

補足:継続して読んでくださっている方へ。

いつも読んでくださり、本当に感謝しております! AIでの、イメージ通りの曲の作り方が分かってきたので、それに合わせて歌詞を書き換えたくなり、今回の歌詞改編&孝太郎への披露となりました。歌詞作りも奥が深い……。今回の新「ファミリー」は本編のどこかで皆様にも共有できればなと思っております! 皆様の「スキ」に励まされ、執筆が継続できますこと、改めてお礼申し上げます!!

いつもありがとうございます💖


氣にいっていただけましたら、「あっとほーむ~幸せに続く道~(全四部作)「愛の歌を君に」(第一部)も読んでいただけると嬉しいです!


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いろうた@「今、ここを生きる」を描く小説家
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