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【番外編】あっとほーむ~幸せに続く道~ 孝太郎と庸平の新しい暮らし
第八話に続く、短編小説です。孝太郎と庸平が好きな作者の妄想で描いたお話。軽い気持ちで読んでいただければ嬉しいです😊
<孝太郎>
約束通り、その日の晩飯は水沢家で食べさせてもらった。庸平の両親は年の割に元気で二人暮らしを謳歌しているようだった。
食後の談笑を終えた僕らが帰り支度を始めるなり「泊まっていってもいいのよ?」と言われた時には一瞬の迷いも生まれたが、長居すればお互いに別れが辛くなると思い、庸平と二人、早めに帰路についた。
*
水沢家から最寄り駅まで歩く。空には星が輝き、東の空には月も見える。気持ちのいい夜だ。そんな中、僕らは黙々と歩き続ける。話さなくても一緒にいるだけで心が落ち着く。僕らはそういう間柄だった。そう、昔から。
最寄り駅から上り電車に乗り込む。ここでも会話はない。それぞれ空いた席に座る。僕は、腕を組んで眠るようにうつむいた庸平に目をやり、考え事をしながらしばらくの間彼を眺めていた。
K駅に着けば僕が先に降り、庸平は一人残される。が、僕も庸平も向かう先は一人部屋だ。そこに漂う空気がどのようなものかはお互いに分かっているし、帰宅してしまえば受け容れざるを得ないのも承知している。庸平が今日の午後を僕と共に過ごしたのは、手持ち無沙汰だからではなく、寂しさを紛らわせるためだったのは、鈍感な僕でもさすがに気づく。
電車はK駅方面へ走り続けている。降りる駅が近づいてくると、二人きりのタイミングで庸平の母親に頼まれた「あの子をよろしくね」という言葉が脳内でこだまし始めた。
表向きは気丈にしていたが、離婚して独り身になった息子のことが心配らしい。かと言って、プライドの高い庸平に実家に戻って来いとも言えないし、ましてや娘の麗華さんに面倒を見させるのも違うと思っている。そんなときに現れたのが僕だったので、ならばいっそ昔から見知っている僕に彼の世話を頼もうと考えたらしかった。
僕は一切の家事をしない。が、自分でやらずとも、洗濯ならコインランドリーを使えばいいし、掃除が必要になってきた頃にはたいてい野上家の誰かがやってきて手際よく綺麗にしてくれる。また、手料理が恋しくなったときには野上家かワライバに行けば旨い飯も食える。つまり、僕は一人で暮らしていても多くを他力に頼っているため、「あの子をよろしくね」と言われても、あいつにしてやれることなどないのである。
しかし。しかし、だ。
それでも無理やり僕の部屋に庸平が住むことを想像してみる。思い浮かんだのは、明るいダイニングで一緒に食事を摂り、談笑している場面。それはまさに、僕が中高生のとき一時的に水沢家で厄介になっていた頃に見た光景だった。誰かが同じ空間にいる。それだけで人は安心できると言うことをこのとき知った。
人生の秋にさしかかった男たちが、一人で暮らすことに寂しさを覚えるようになった結果、身を寄せ合う。それは何も特別なことではないように思えてくる。友人同士、部屋を共有する。ただ、それだけのことなのだから。
「まもなくK駅」と言うアナウンスが流れ、程なくして電車が速度を落とす。僕は早鐘のように鳴る胸の鼓動を感じながらも意を決し、庸平に声をかける。
「……僕んちに来ないか? 部屋に戻ってもどうせ一人だろう?」
「…………」
庸平はすぐには返事をしなかった。
(答えはノー、か……)
落胆し、荷物を持って立ち上がる。と、庸平も立ち上がって僕の隣に並んだ。
「……あのさぁ、部屋に誘うならもうちょっとマシな言い方、ないわけ?」
どうやら誘い文句が気に食わなかったらしい。僕はすぐに訂正する。
「じゃあ、言い直そう。……昔みたいに合宿しないか? 今度は僕んちで」
「ふっ……。それなら誘われてもいいぜ」
庸平は笑い、先に電車から降りた。
<庸平>
「……僕んちに来ないか? 部屋に戻ってもどうせ一人だろう?」
孝太郎の発言を聞いた俺は飛び上がりそうになった。俺はそれを「宿泊の誘い」と受け取ったからだ。
日中、勝負に負けて「永江孝太郎のファンだ」と声高に宣言した俺を自室に招き入れるこいつの気が知れなかった。こんなことを思うのは、俺がそんじょそこらのファンとは違うからだ。長年の友人で表も裏も知っている俺は、今や憧れ以上の気持ち――ずっと眺めていられたら最高だよなぁって気持ち――を抱いている。そんな俺が誘われるなんて奇跡が起きたとしか思えなかった。
膨らむ妄想をなんとか抑える。俺は立ち上がりながら言ってやる。
「……あのさぁ、部屋に誘うならもうちょっとマシな言い方、ないわけ?」
「じゃあ、言い直そう。……昔みたいに合宿しないか? 今度は僕んちで」
孝太郎はちゃんと俺の発言の意図を汲み取ったらしく、次は望み通りの返答をした。
「ふっ……。それなら誘われてもいいぜ」
そう返事はしたものの、実際にはかなりドキドキしていた。
*
本郷夫妻でさえ、二人で暮らすには広すぎると言っていたマンションの最上階に住む孝太郎。先日押しかけたときにリビング&ダイニングは見たものの、そこだけでもかなりの広さがあったから、俺一人が一晩厄介になる位なんてことはないだろうと想像する。
前回は招かれざる客だったが、今回は正式に招かれて入室する。
「先に入れ」
ドアを引き開けてくれた孝太郎の言葉に甘える形で部屋に上がる。この前は春山と二人、怒りにまかせてずかずかと押し入ったから何も感じなかったが、こうして上がってみると妙に緊張する。
「……さっき合宿って言ってたけど、まさか近所の公園で素振りやらキャッチボールやらをするつもりじゃないよな?」
緊張を取りたくて適当な言葉を投げかける。孝太郎は鼻で笑った。
「あれは誘い文句だよ。本当にそんなことがしたくて言ったんじゃない」
「誘い文句……。それって、どういう意味だよ……?」
緊張を和らげるつもりが、妙な方向に話を誘導した格好になり、緊張がピークに達する。
「ま、まさか俺を取って食おう……って言うんじゃ……? 確かにお前のことは好きだって言ったかもしれないけど、それはあくまでも『ファン』としてって意味で……」
「……は?」
俺の言葉に孝太郎は唖然とした。
「何を勘違いしているんだい……? 僕はただ、寂しい中年男同士でルームシェアが出来たら楽しいだろうなと。そういう軽い気持ちで誘ったつもりだったんだが……?」
「……へ? ルームシェア……? あ……ああ、なるほど。それならそうと最初に言ってくれよ……」
なんとか返事をすると、孝太郎は再び笑った。
「君も知っての通り、僕は一人じゃ何も出来ない男だ。かと言って、君にあれこれ身の回りの世話をしてもらう気もない。僕は余っている部屋の一つを君に貸し、君は君の時間で行動する。その中で時々話したり、飯が食えたりすれば僕は満足なんだ。たとえ顔を合わさなくても、そこに住人の気配があれば少しは安心できるからね」
「……確認させてもらうけど、それってつまり同居しようってことだよな? そういう提案なんだよな?」
「ああ。一人暮らしってのは、何かと寂しさを感じるものだ。けど、一緒にいれば少しはそれも紛れるんじゃないかと思ってね。無論、ここでの暮らしが気に入れば長くいればいいし、嫌気が差したらその時点で去ってくれて構わない。すべて君の自由だ」
「……ま、とりあえず何日か泊めさせてもらって、悪くなけりゃ移り住んでやってもいいよ」
移り住む、と言いながら内心で「マジかよっ?!」と突っ込みを入れる。戸惑いが顔に表れていたのか、孝太郎はそんな俺をニコニコしながら見ている。
「即答するあたり、君は相当僕に入れ込んでいるようだ。友人のつもりで接していたときにはこんなものかと思っていたが、ファンだと聞いたあとではなるほど、納得がいったよ。僕が何をしても嬉しそうにしている君を見るのは楽しいね。君には悪いが、まるでペットを愛でているような気分になる」
「ペット……!」
何だか友人より格下げされたようで複雑な心境になったが、いま同居を提案されている俺は、永江孝太郎のファンの中では最も恵まれていると言えるだろう。同じファンでもたぶん春山ではこうはいかない。
(ああ……。今の俺って、メッチャうらやましがられるような環境にいるんだよな……)
ならばいっそのこと、とダメ元で交渉してみる。
「な、なぁ……。もしこの部屋の住人になったらそんときは……。そん時は一度でいいからユニフォームを着てくれないか? ファンの俺の喜ぶ顔が見たいって言うなら、頼む……!」
顔の前で手を合わせる。孝太郎は驚いた表情を見せたが「ふーむ……。まぁ、考えておこう」と言って恥ずかしそうに背を向けた。
「そうだ、今夜君が寝る場所の相談なんだが……」
背を向けた孝太郎が思い出したように言う。
「いくつか選択肢がある。一つは、リビングのソファの上。二つ目は、今から近くの寝具店に行って布団を購入後、空いている部屋で寝る。三つ目は……」
「三つ目があるのか……?」
「ああ。僕のダブルベッドを共有する。それが三つ目だ」
「…………!!」
思いがけない展開に狼狽えた。しかし孝太郎はやはりこんな俺を見て楽しんでいる。
「はは。真に受けてもらっても困るけど、君が動揺する様は何度見ても面白いね。もちろん、三つ目は冗談だ。さすがにそういう趣味はない」
「お前、いつからそんな冗談が言えるようになったんだよっ!」
「驚いただろう? これが、人間味を取り戻した僕という男の真の姿さ」
「…………」
「興ざめしたかい?」
「いや……。新しい孝太郎も悪くないよ、うん……。えーと、とりあえず今日はソファで寝ようかな……」
俺は一番手っ取り早い案を採用する旨を伝え、ソファに腰掛けた。
「あ、泊まるなら洗面用具を買ってこないと……。ついでに何か買ってこようか? ビールとか、つまみとか」
「そうだな……。小腹が空いたし、庸平とわかり合えた記念に乾杯するのも悪くないな」
「了解。そうと決まれば早速買い出し行ってくるわー」
座ったばかりのソファから立ち上がった俺は、そばに置いてあったバッグをひっつかんで玄関に向かった。
「……あー、戻ってきたときはエントランスでこの部屋の番号を入力すれば開けてくれるんだよな……? 閉め出したりしないよな……?」
まるで、ペットが飼い主から離れるのを怖がっているみたいな発言にも、孝太郎はちゃんと答えてくれる。
「ああ、開けるよ。だから、安心していって来るといい。……待ってるよ、ここで」
そう言って笑った顔にほっとする。一人部屋に戻っていたらこんなに温かい気持ちにはならなかっただろう。
「じゃ、行ってきます!」
俺はすでに我が家にいるような気分で部屋を出て行った。
※見出し画像は、生成AIで作成したものを使用しています。
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