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【連載小説】「好きが言えない 2」#14 新監督

選手交代-セカンド水沢-

 七月上旬から夏の大会が始まる。
 永江が新しいレギュラーを発表してからと言うもの、部内にはますます緊張感が走るようになった。誰も、何も言い返せない雰囲気が漂い、みな、肩に力が入っていた。

 あいつの、甲子園への情熱は我が部では異常に映る。なぜあんなにも鼻息が荒いのか、理由を知るものは俺しかいない。もしこの空気を変えることが出来る人間がいるとしたら俺だけだろう。でも、その俺でさえ口出しすることは許されない感じだ。

 その空気が、変わった。
 顧問とともに現れた初老の男性。
 俺ははっとして頭を下げた。永江も同じようにした。
 顧問がいう。

「今日から監督として就任してもらうことになった、星野さんだ。永江の希望を聞き入れて、夏の大会限定で引き受けてくださるそうだ。先生が監督をするのでは心許ないが、これで、甲子園出場も夢ではなくなってきたな。みんなにはますます練習に励んでもらいたい」

 そうか。これは永江が演出したことだったか、と納得する。
 星野監督は、俺と永江が中学の時所属していた野球チームの監督をしていた人だ。地区大会で優勝したこともある。とても信頼していたが、持病の治療を理由に監督業を引退していた。

「このたび、K高の野球部監督を任された星野だ。春の大会の成績は聞き及んでいる。夏の大会はすぐ目の前だが、鍛え方次第ではさらに上を目指すことも十分可能だ。わしは厳しい指導はしない。その代わり、どんな攻撃をすればいいか、どんな守りをすればいいかという指示はする。ほかの監督とは違うだろうが、まぁ、こういうやり方でもよければよろしく」

 懐かしい口調の挨拶。人柄がにじみ出ていた。
「監督、お久しぶりです。水沢です。覚えていますか?」
 あいさつが済むと、俺はすぐに声をかけた。

「水沢庸平か。もちろん覚えているさ。どうだ、永江のお守(も)りはちゃんと出来てるか?」
「いやぁ、むずかしいっすね……。監督が来てくれて、助かります」
「水沢でも手こずっているなら仕方がない。やはりわしが矯正してやらんとダメみたいだな」
「そうですね。あの、お体の具合は大丈夫なんですか?」
「うむ。順調に回復しているよ。ただ、延長戦にもつれ込んだら体力が保たんだろうから、できるだけ早く試合が決着するようにしてくれよ」
「じゃあ、永江には打たせないようなリードをしてもらわないといけませんね」

 俺がそう言うと背後から咳払いが聞こえた。振り向くと永江が立っていた。
「昔話に花を咲かせるのは結構ですが、人の悪口を言うのは感心しませんね」
「悪口なものか。わしらはお前の心配をしているだけだよ」
「心配される理由がありません」
「そういう態度を心配しているんだよ。さあ、時間も限られているし、すぐに練習を始めてくれ。君たちの野球をまずは観察しないと」
 監督はそう指示を出した。

「永江ー。帰るぞー」
「ああ」
 練習を終え、俺らは帰宅の途につく。

 川越駅から下り電車に乗り込んでも、会話はほとんどない。永江の頭の中はきっと、夏の大会のことでいっぱいなんだろう。

 中三のある時から、永江孝太郎って人間はがらりと変わった。変わる以前の性格の方がどちらかといえば付き合いやすかったけど、それが偽りの性格だったと知ってからはその後新しく出てきたあいつの性格となんとかやってきている。

 まさか、あの優等生の永江が、あんなふうにキレちゃうなんて誰も思ってなかったもんな。あのとき止めてなかったらどうなっていたのか。時々想像しては恐ろしくなるんだ。


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いろうた@「今、ここを生きる」を描く小説家
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