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【連載小説】「好きが言えない」#7 仲直り

 九月下旬とはいえ、まだまだ朝から熱い。日差しが、私の肌をさらに黒く焦がそうと力強く照り付ける。
 このところ欠かさずに塗っていた日焼け止めクリームを、今日は塗っていない。昨日の一件が原因だ。化粧とか美白とかで悩んでいるより、まずは目の前の最重要課題に向き合う。そのために、これから学校までランニングすると決めたのだ。
 祐輔にバトンをまともに渡せなかったショックは大きい。クラスの代表としてリレーの選手に抜擢されたというのに、それにうぬぼれて本番の成績がぼろぼろだったら目も当てられない。野球部から離れて衰えた分の体力は戻しておかなければならない。体育祭までの二週間が勝負だ。
 スポーツバッグの持ち手を腕に通し、リュックサックのように背負えば手が空く。走りやすいよう、服装も体育着。朝練のようないでたちで、いざ出発だ。
 朝のフレッシュな空気を吸い込むだけで気持ちがいい。学校まで三キロほどの道のり。川越駅から徒歩の人はちらほらいるが、走っている人はいなかった。
 と、そのとき、後ろから自転車のベルの音が聞こえた。祐輔だ。
「朝練でもないのに、こんなに早くにどうした? ……自転車、パンクでもしたのか? 乗っけてってやろうか?」
「遠慮しとく。これから毎日走るって決めたの」
「へぇ……」
「あー、一つだけ、乗っけてってほしいものがある。これ」
 私はダンベル代わりに持っていた水筒を自転車の前かごに放り込んだ。昨日祐輔から借りたものだ。
「ミネラルウォーターを入れておいたから。……昨日はありがとう」
「……気にすんな。……今日もやるか。リレーの練習」
 意外な言葉に思わず目を見開く。
「……練習してくれるの? 部活は?」
「十五分くらいなら平気だろ。それに、おれだってアンカーになったからには勝ちたいからな」
 各クラスのアンカーはもちろん俊足ぞろいだ。差をつけるにはバトントスがカギになるだろう。
「……それじゃあ、今日はお先に。また学校でな」
「うん。またね」
 他愛ない会話が戻ってきた。胸のざわつきも今はない。むしろ、祐輔と一緒に話せること、走れることに喜びさえ感じている。学校までの道のりも苦ではなかった。

 それから私たちは毎日、リレーの練習のために走りまくった。バトントスはもちろんのこと、学校までの早朝ランニングも一緒にするようになった。
 そのせいだろうか。部活をしていた時よりも朝の目覚めがよく、体の調子もいい。このままいけば、対抗リレーだけでなく、出場するほかの競技でもいい結果が残せそうだ。
 祐輔も、
「よし、今のタイミング、忘れるな!」
 と、バトンを渡すたびにそんな掛け声をしてくれるようになっていた。

 体育祭まで一週間を切った。今日は昼過ぎから雨が降っている。これまで毎日、朝のランニングと放課後練習を欠かさずにしてきたが、この雨では無理そうだ。
「残念だけど、放課後練習は延期かな」
「ああ、そうだな。まぁ、一回やらなくても次があるさ」
「明日は晴れるかな?」
「どうだかな。台風きてるんじゃ、無理かもしんないけど。一応、明日の朝もいつも通り待ち合わせていこうぜ。雨なら歩いて行きゃあいい」
「そうだね。それじゃ、今日はお先に」
「おう。気を付けて帰れよ。雨の日は危ないから」
「私は大丈夫よ。祐輔こそ、気を付けて帰るんだよ」
「ああ」
 部活がある祐輔を残し、私は一足先に下校する。
 台風のもたらした雨雲が勢いよく上空を流れていく。傘を差していても大粒の雨が全身を濡らす。
 慣れた道がずいぶん長く感じられた。ようやく帰宅した時にはずぶぬれ。私はすぐに服を脱ぎ、熱いシャワーを浴びた。
 シャワー中にもかかわらず、時折雷の音が聞こえた。
 ――祐輔は大丈夫かな……。
 着替えを済ませ、ベランダから外を見ると、雨はさらに強さを増していた。以前、雨に濡れて帰った祐輔が、翌日に熱を出して倒れたのを思い出す。
 私はじっとしていられず、スマホを取り出すと短いメールを送った。

『帰ったらちゃんと乾いた服に着替えるんだよ。風邪、引かないようにね』

 しかし、どんなに待っても返事はなかった。その理由を、私は翌日になって知ることになる。


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いろうた@「今、ここを生きる」を描く小説家
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