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【連載小説】「好きが言えない」#5 アンカー
喧嘩継続中だから文句は言えなかった。
体育祭の目玉競技、クラス対抗リレーのラスト二人に私と祐輔が選ばれたのだ。私がバトンを渡し、アンカーが祐輔。
もちろん、決めたのは野上だ。私が仲直りをする努力を怠ったせい。「当日までには仲直りしとけ」と念を押された格好だ。クラスの中には反対意見もあったが、野上が押し切った。
「クラスでこの二人が一番早いの、みんな知ってるだろ? 本気で勝つには二人の俊足に賭けるしかない。もし、二人より速く走れる自信のあるやつがいたらすぐに手を挙げてくれ。……いないんだろ? なら文句言うな」
彼のおかげで、どうにか期日までに競技出場者名簿を提出することができた。
「あのさ、いつまで不機嫌なわけ? そんなに腹を立てなきゃいけないことがあるのか?」
すべてが決まった後で、野上はややあきれた様子で言った。
「ごめん」
とっさに謝ったが、
「謝る相手が違うだろ!」
と咎められた。本当にその通りだ、と自分でも思う。
どうして祐輔には素直になれないんだろう。部活を辞めてからというもの、彼とはうまく話せない。まともに目を見ることすらできない。
このまま喧嘩していたら、体育祭で一年C組はまともな成績を残せないに違いない。少なくともリレーでは。そうなれば野上だけでなく、クラス中が私たちに非難を浴びせるだろう。
祐輔が頑固者なのは私が一番よく知っている。彼はおそらく、動かない。動かないなら、こっちから歩み寄るしか道はない。
「……野上。私、今日は部活に顔を出してもいいかな」
「おう。誰も拒みやしない」
「それと、ちょっと祐輔借りる」
「ああ、部長には話しとくよ。ちゃんと、二人で話し合って問題解決しろよ」
私がそう言うのを待っていたかのように、野上はすぐに了解してくれた。
部活に顔を出すのは実に三週間ぶりだった。
部室の汗のにおい。使い古されたボール。校庭に響く掛け声。ちょっと前まで自分もそこにいたはずなのに、すごく懐かしい。
祐輔は、キャッチャーの部長と投球練習をしていた。
得意玉はストレート。ひねりはないが、その豪速球を打ち返せる初対戦者は少ない。
力強い投球。真剣なまなざし。その姿は、どんなに見ていても見飽きることがなかった。
思わずぼんやりしそうになって我に返る。今日はその、祐輔に用事があってわざわざここに来たのだ。
私は胸の高鳴りを抑えつつ彼に声を掛ける。
「祐輔ー! 話があるの。こっちに来てくれる?」
私の声に、彼はすぐ反応した。部長と一言交わした後、グローブをつけたまま小走りでこちらにやってくる。
「用ってなんだよ。手短に頼むよ。おれ、部活中だからさ」
「……リレーの練習しよう」
意を決して一呼吸で告げた。
「リレー?」
「私たちのせいで負けたくないじゃん」
「……二人でやるの?」
「一番問題ありの組み合わせはうちらだからね」
私の言葉に祐輔はため息をついた。
「……何言ってんだか。しゃーない。十五分だけだぞ」
祐輔はいったん戻って再び部長と言葉を交わした。野上が話をつけておいてくれたおかげだろう、部長はすぐに了解してくれた。
校舎前の直線。そこが一番バトンの受け渡し練習をするのによさそうだ。野球部からも見えるその場所で、私たちは数十メートル離れて立った。
私が走り、祐輔にバトンを渡す。たったそれだけのことなのに、なんだか妙にドキドキしてきた。
「来い! バトン、落とすなよ!」
「行くよ!」
私は数回飛び跳ね、それから勢いをつけて走り出した。
スピードが乗る。祐輔の姿が迫ってくる。
祐輔が走り出す。その腕は後ろにピンと伸び、バトンをつかもうとしている。
――速い……!
助走のはずの祐輔に追いつけない。どんなに手を伸ばしてもバトンを手渡すことができない。
「遅い! もっと速く! こんな走りじゃ負けるぞ!」
「……もう一度!」
祐輔が定めた時間一杯、私たちは繰り返しバトンを渡す練習をした。しかし、彼が納得する渡し方は一度もできなかった。
十五分のダッシュで、私はかなり息が上がってしまった。部活で毎日走っていた時にはこのくらい平気だったはずなのに。
「……ほら、水飲めよ」
しばらく息を切らしていると、横から祐輔が水筒を差し出してくれた。
「二本持ってきてるから。こっちはまだ口付けてない」
「……サンキュ」
「じゃ、おれは戻るから」
「あっ、この水筒は……?」
返事を待たずに彼はさっさと部活に戻ってしまった。
一リットル入る大きな水筒に目を落とす。
飲めと言われたけれど、すぐに口をつけられない自分がいた。喉は乾ききっているはずなのに。思考が駆け巡る。
これで、仲直りできたんだろうか? 明日会ったら、以前のように「おはよう、相変わらずね」と言えるのだろうか?
……いや、まだ無理だ。だって私はまともにバトンを渡せていない。こんなんじゃ、認めてもらえない。
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