【連載小説】「愛のカタチ」#9 告白
凜
文化祭は盛況だった。人気が人気を呼び、用意したクッキーがあっという間に完売してしまったほどだ。あまりの人気ぶりに急遽、翌日の分を半分ほど追加販売し、二日目の分は放課後、新たに焼き直すという、忙しいながらも充実した二日間だった。
クッキーの味もさることながら、エプロン姿の男子たちも好評だった。写真を求められる場面も見られ、普段は寡黙な男子もこのときばかりは満面の笑みを浮かべて写真に収まった。エプロンの準備は大変だったけど、自分たちで作り上げたからこそ、彼らの笑顔を見て「頑張った甲斐があったな」と思えたのだった。
文化祭の後始末は後日行うことになっている。心行くまで楽しんだクラスメイトは、笑みをたたえたまま家に帰っていった。
みんなが帰った後の教室は静かだった。しかし、そこにはまだみんなが楽しんだ時の思いが残っていて、その場にいるだけで何だか嬉しい気持ちが戻ってくるようだ。そこに、私と斗和だけが立っている。実行委員としての仕事がまだ残っているのだ。
「で、結局いくら売り上げたんだっけ? おれ、会計苦手でさあ」
「一袋百円のクッキーを一日200個、それが二日間だから四万。さらに追加で50袋出したから……」
「へえ! そんなに売ったんだなあ。おれたち、頑張ったな」
「でも、追加で用意した分の費用は申請してなかったから、当初予定していた支出に差異が出てる。こういう場合は生徒会にその旨を報告しなくちゃいけないみたい。お金のことだから当日中に! って、マニュアルに書いてある」
「えー、めんどー」
「仕方がないよ。手分けしてやればすぐに終わるって、たぶん」
文句を言い出す斗和を励ます。
「斗和は手元にあるお金がいくらか調べておいて。私が書類を作るから」
「しゃーないなあ、やるしかねえか」
斗和はブツブツ言いながら売上金の集計を始めた。その脇で私が書類に記入していく。
今までだったら私も斗和と同じ気持ちを抱いていただろう。やったことないし、面倒だなって。
でも、ちょっとの勇気を振り絞ったらクラスの輪に入れた。なにかと声をかけてもらえるようになった。みんなと一緒にいられる楽しさを知ることが出来たのはすべて、文化祭実行委員になったおかげなのだ。今では雑務や後始末でさえ楽しんでいるくらい。たった二ヶ月ほどの間に、我ながらずいぶん成長したものだ。
「斗和、ありがとう。実行委員に推薦してくれて」
正直な気持ちを伝える。斗和はちょっとびっくりしたような顔をしてうつむいた。
「いやあ、おれはただ……凜の思い出作りの手伝いをしたまでだよ」
斗和はお金を数えながら言った。集計はすぐに済んだらしく、紙に金額を記入した斗和はそのまま押し黙った。
再び静かな時が流れる。私がシャーペンを走らせる音だけが耳に届く。
「あのさ、凜……」
斗和が静寂を破った。なに? と返事をしようとした、そのときだ。
「いたいた! おぅい、高野。話があるんだけど、来てもらってもいいかなあ?」
勢いよく飛び込んできたのは橋本だった。ずいぶんと探し回ったのだろう、橋本は汗だくの顔でこちらを見ている。
「なんだよ、話って。急ぎ? おれ、今仕事中なんだけど!」
斗和はトゲのある声で言った。しかし橋本は動じない。
「仕事って言ってもすぐに終わるんだろう? 後藤さんもいるし。どうしても今、伝えたいことがあるんだ。ちょっと顔貸してくれよ」
「そんなに急ぎの用事なの? ったく……」
斗和は席を立ちながら、私と手元の書類に目をやった。
「ごめん、ちょっとだけ席外すわー。……書類作成って、もうすぐ終わりそう?」
「うん。金額書いて、生徒会に提出したらもう帰れる」
「なら、おれ昇降口で待ってるから、後で合流な」
斗和は自分の荷物をさっと手に持つと、橋本に文句をたれながら教室を出て行った。
(斗和、さっき何か言いかけたみたいだけど、なんだったんだろう?)
一緒に帰ろう、って事だったのかな? ちょっと気になったけど、私は書類の完成を急いだ。楽しい文化祭だったけど、どうやらはしゃぎすぎたみたい。斗和の姿が見えなくなったとたん、全身がずんっと重くなり、疲労感に襲われる。まだ頑張れると思っていたのに、身体が休めと指令を出し始めている。早く斗和と合流しよう。
書類とお金を生徒会室に持っていく。差異がないことをチェックし、受領印を押してもらう。
「お疲れさまでした」
声をかけられた瞬間、充実感と達成感が同時にこみ上げる。人生で初めて、私は大きな仕事を成し遂げたのだ。これが自信というやつなのだろう、身体の中心に力強いエネルギーが宿った気がした。
「さて、と。早く斗和のところに行かなくちゃ……」
相手が斗和だとしても、人を待たせるのはあまり好きではない。私は急ぎ足で昇降口へ向かった。
人気のない廊下。私の足音がやけに響いて聞こえる。残っているのは、生徒会の人と私だけなんじゃないかと思えるほどに静かだ。
昇降口が見え、駆け出そうとカバンを持ち直す。斗和らしき人影が見え、ほっとする。しかし、その名を呼ぼうと声を出しかけて口を押さえた。気軽に声をかけてはいけない空気を感じたのだ。
私は廊下の柱に隠れ、そっと様子をうかがうった。しかし、そこにいたのは斗和と橋本。ほかに人影はない。
(なんだ、嫌な感じがしたのは気のせいだったか。)
そう思ったのもつかの間、目に飛び込んできた光景に私は目を疑った。
斗和
「で、用事って何? おれもこの後大事な用があるんだ、話はさっさと済ませてくれよな」
教室で凜と二人きりっていう、告白するには最高のシチュエーションをぶち壊されたおれは、かなりいらだっていた。目の前に橋本がいるにもかかわらず、おれの意識は後から来るであろう凜に向いていた。
それでいて、橋本はなかなか本題に入らなかった。今日の文化祭は大成功だったよなとか、また来年も同じテーマでやりたいよなとか。おれはそういう話を聞かされるために凜への告白のチャンスを奪われたのか? ながながと前置きをする橋本にいよいよ我慢が出来なくなる。
「いい加減、大事な話ってのをしたらどうだ? それとも、こんな話がしたくて呼び出したなら、おれは教室に戻って仕事の続きするぜ?」
「ああ、ごめん……。いざとなるとやっぱりうまく言い出せなくて……。でも、言うよ」
橋本は一度天を仰いだが、呼吸を整えると一歩前へ進み出た。
「好きだ。おれ、高野のこと好きなんだ。友だち以上の関係になりたい」
「は……?」
嘘だろ……?
けれども、その目は真剣そのものだった。
これはきっと夢か何かだ、と自分に言い聞かせる。
「いや、だからそういうのは……」
「分かってる。だけどおれは本気だ。この気持ちに嘘偽りはない。受け容れてもらえないからって、この想いを閉じ込めておくのはもう無理なんだ」
つかの間、太い腕に身体を強く締め付けられる。
「やめろっ……!」
全身に鳥肌が立ち、反射的に橋本を突き放した。が、あいつの、今にも泣きそうな顔を見て困惑する。直視できず、うつむく。おれはどうすれば良かったんだ……? 友だちとして、橋本を傷つけずに距離を保つ方法が思いつかない。かける言葉も、次の行動も。
迷っているうちに、橋本が口を開く。
「おれ、後悔したくなかった。だから、たとえこのまま嫌われたとしても、それは仕方がないと思ってる。だって、おれと高野は男同士だもん。普通に考えれば釣り合わないことくらい分かる。おれだって普通ならどれだけ良かっただろうって思うことはあるよ。でも、神様か誰かがそうしなかった。なら、それを受け容れるしかないじゃん。おれ、自分に嘘をつきたくないんだ。高野に迷惑がられたとしても」
「…………」
「返す言葉もないかあ。その目はおれのこと、軽蔑してるのかな?」
「そうじゃ……ない。ごめん、頭が混乱してる。だってこんなことは初めてだから」
橋本が素直に気持ちを打ち明けてくれたように、おれも今の状態を正直に告げる。嘘をつきたくないのはこっちも同じだ。
「……おまえ、すげえな」
「ん?」
「これまでにもこんなふうに告白したことあんの?」
「いや、高野が初めて。めっちゃ緊張した。今もしてる」
「そうか……。そんなにおれのこと……好きなの? おれのどこが?」
「一緒に野球してて、投げるとこも打つとこも走るとこも格好いいなって思っちゃってさ。話してて楽しいし。学校以外でも、卒業してもずっと一緒にいたいんだ、高野とは」
「……それって、友だちとしてじゃ、ダメなの?」
「……率直に言うと、高野のすべてを独占したいし、すべてを知りたい。それからおれのこともすべて知ってほしい。そんな気持ち、かな」
「ほんとに素直だな、お前は」
「そう? 聞いて少しは気が変わった?」
「……ごめん。それは難しい」
妙な妄想が膨らんで再び寒気がし始める。恋仲だけは絶対無理! だけど嫌なのはそこだけで、むしろ橋本の素直さには好感さえ抱いていた。
この前相談した時に橋本が言った、自然体になれって言葉がよみがえる。あの言葉は橋本自身の生き方なのだ。だからこんなふうに言えるんだろう。
「想いには応えられない。けど、友だちのままで良ければ……これからもよろしく」
ようやく正面から橋本の顔を見ることが出来た。想いを聞く前も聞いた後も、橋本は橋本だってことに気付いたからだ。橋本はそういう感じ方をする人間、そしてそんな彼を友だちとして受け容れる。真ん中に立って考えるってたぶん、こういうこと。なんかまだ混乱してるけど、これがおれに出来る精一杯のこと。
橋本は無邪気に笑った。
「いいよ、もちろん。良かったあ、こんなこと言ったら嫌われるんじゃないかって思ってたから。やっぱ高野、最高だわあ!」
また抱きつかれそうになったので、今度はひょいっと身をかわす。橋本は空を抱きしめた。
「お前、それだけはやめてくれよな。想いが溢れ出てしょうがないのかもしんないけど、いろいろ、嫌だ」
「ごめんよぉ。そうだよなあ、おれたちの関係は二人だけの秘密だもんな」
「いや、関係は何も変わってねえぞ?」
チリン……。
突然、鈴の音がして振り返る。物陰に、誰かが隠れている……? あの鈴の音はもしかして……?
「誰かいるのかな。おれが見てこよう、高野は待ってて」
「いや、おれも行く」
歩みを進めようとした時、向こうが先に姿を現す。
「あれえ、後藤さん? こんなところで何を? ひょっとして、盗み聞き?」
さっきまで陽気に振る舞っていた橋本だが、隠れていた人物の正体を知ってか、少々トゲのある言い方をした。
サイアク……。やってくれたな、橋本……!
練っていた計画がみんな狂ってしまった。橋本を睨み付ける。しかしおれの心中など知るよしもない彼に罪があるわけもない。それに凜だって、おれと一緒に帰ろうとして偶然会話を聞いてしまったんだろうから悪くないのは明白。
おれはただただ、恥ずかしかった。
(頼む、凜。聞いてなかったと言ってくれ……。)
心の中で強く願ったが、凜は決まりが悪そうに視線を落として言う。
「ごめん、見てた。橋本が斗和に……高野に抱きつくところから……。声は聞こえなかったんだけどそのぉ、二人は……付き合うことにしたの? 高野は橋本のこと……?」
(凜、それは誤解だーっ!)
目撃した情報から推測し、凜はおれたちが恋仲になったと思ってしまったようだ。訂正しようと口を開きかけたが、凜の妄想は止まらないらしい。
「そういえば二人って同じ部だし、仲いいし、そういうことだったんだね……。男同士って珍しいけど、今は多様性の時代だし……」
「ま、待て、凜。おれたちはただの友だちだ。今、ちゃんと確認したとこだ」
「えっ、でも……。二人の心の距離がものすごく近づいたのが、感覚で分かる。ふたりは新しい関係性を築いた。違う……?」
「へえ、後藤さん、分かるの? もしかして読心術が使える人?」
「橋本、話に乗るな! 誤解されるだろうが! おれたちはそういう……」
「えっと、二人のことは内緒にしといた方がいいよね? こう言うのって、受け容れられない人が多いし」
話がどんどん真実から離れた方に進んでいく。これじゃあ、おれと橋本が恋人同士だと思われてしまう……!
おれの立てた計画が脳裏をかすめる。いいムードで、二人きりの時にって考えてたけど、もう、ダメだ……! これ以上は黙ってられない……!
「凜! おれはなあ……! おれが好きなのは橋本じゃない、凜なんだよ……!」
「えっ……?」
何言ってんの? って顔で凜がおれを見ている。思わず地団駄を踏む。
「鈍感にもほどがあるだろ! こんなに……こんなにも好きなのになんで気付かないんだよ! ずっとお前を見てた。ずっと好きだった。神様がなんて言ってるか知らねえけど、運命なんてどうでもいい。神様なんて関係ない。凜が好きだって気持ちは確かにおれの中にある。ずっと姉弟みたいに思ってたかもしれないけど、おれは凜と深い関係になりたいんだ……!」
橋本がおれに対して想いを押し殺せなかった、その感覚がおれにも分かった。
嫌われてもいい、この想いを今伝えなきゃ、絶対に後悔する。その一念で言葉を紡ぎ出す。
そして言葉にしてはじめて自分の本音を知る。眺めてるだけでいいなんて嘘だ。友だちのままでいいなんて嘘だ。おれは凜を抱きたい。愛し合いたい。肌でぬくもりを感じ合いたい……。
戸惑う凜が目の前にいる。嫌われたかもしれない。
時間はもう戻らない。おれが想いを告げたことで、おれたちの関係は全く違うものになってしまったのだと悟る。
橋本の言葉がよみがえる。
たとえ嫌われたとしても仕方がない。自分の気持ちに嘘はつきたくないから。
想いを伝える側は、発言に責任を持たなければならない。その覚悟がなければ、熱い想いは伝えちゃいけない。
「斗和が……私のことを……? 嘘、でしょう……? それじゃあ、斗和が運命の人……?」
「凜は言ったよな? 自分が変われるように協力して欲しいって。おれの返事、覚えてる? 凜のためなら何でもするって言ったんだ。……凜のためなら。この言葉の意味が分かるか? 凜が好きだから、凜の力になりたい。そう言ったんだよ、おれは」
「じゃあ、斗和が私にいつも優しくしてくれてた本当の理由は……?」
「何度も言わせるなよ……」
おれは一歩進み出て凜を正面から抱きしめる。
「好きだ。おれと付き合ってほしい」
ごめん、橋本。目の前でこんな姿を見せることになってしまって。お前の気持ち、受け容れられなかったのは凜が好きだからだ。この身体を求めているからだ。
凜は身体をこわばらせたまま動かなかった。ひょっとしたら時間が止まってしまったんじゃないかって思うくらい、長い間。
シャツが濡れたような感じがして身体を離す。凜は泣いていた。
「ごめん……」
何が悪かったのか分からないけど、謝ることしか出来なかった。謝っても凜の涙は止まらない。橋本がおれの肩を叩く。
「おれは帰るよ。後のことは任せたから」
またな。彼はそう言って静かに去って行った。
「凜……。おれたちも帰ろう」
「……ごめん。今は一人にさせて」
涙ながらに答えた凜の顔は、悲しそうでもあり、おれを軽蔑しているようでもあった。どちらにしてもおれは凜を泣かせた。おれの心の中も雨で濡れた地面みたいにぐちゃぐちゃだ。
互いに冷静になる時間が必要のようだ。おれは凜の気持ちを慮り一人で帰ることにした。
(続きはこちら(#10)から)
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