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私の人生の教科書になったロックバンド

「絶対聴いて!  俺の人生の教科書やねん」

そこまで言うなら……と友人がすすめるバンドを検索してみた。

長髪に、刺青がチラつく腕。
柄シャツに、黒のスキニーズボンを履いた細身の男性ボーカルを見た瞬間、絶句した。

いやいや、ヤンキー漫画「東京リベンジャーズ」の敵対チームの幹部におりそうなチンピラやがな。

当時の私は、まさかこの数年後、実写映画化された東京リベンジャーズの主題歌を彼が歌うことになるとは、これっぽっちも思っていなかった。

せっかく教えてくれたし。
たまたま聞こえてきた路上ライブの歌声をぼんやり聞く程度の感覚で、彼らの曲を聴いてみた。

圧倒的な歌唱力。
まっすぐで誠実な歌詞。

(人を見かけで判断する未熟者で大変申し訳ございません。顔洗って出直してきます)

たった5分足らずで完全に心を奪われた。
そのバンドの名は"SUPER BEAVER"だ。


彼らは20歳の若さでメジャーデビュー決定と同時に、人気テレビアニメ「NARUTO」とのタイアップも決まり、絵に描いたような華々しいスタートを切った。

これから順風満帆なバンド人生の幕開けかと思いきや、わずか2年でメジャーレーベルを去ることになる。

簡単に説明できるほど浅い内容ではないのだが、シンプルにまとめると、当時、大人になりたてホヤホヤだった彼らは、次々と押し寄せる案件に追われ、睡眠時間3時間で音楽をつくる生活を送ることになった。

やっとの思いで作り上げた音楽の求められるゴールは「いかに“オトナ”を満足させられるか」だった。

応援してくれるファンや、家族、友人ではなく、業界のお偉いさんに認めてもらえるかどうかが一番の目標になってしまった結果、潰れてしまった。

自分に嘘をつき続け、麻痺させて生み出した音楽を続けることが出来なかったのだ。

そして、逃げない為に、逃げるという選択肢を選んだ。
つまり、大好きな音楽を辞めない為に、メジャーレーベルを辞めた。

何もかも捨てて、もう一度自分たちだけで0から再スタートした。

借金をして中古車を買い、全国行脚。
鹿児島でのステージでは、わずか30分の出演時間のために、東京から片道18時間かけて移動することもあった。
アルバイトをしながら、年間100本を超えるライブを行い、自主レーベルを立ち上げた。必死に逆境に立ち向かうも、200人規模のライブハウスすら埋められない日々が続いた。

それでもめげずに地道に歩み続けた結果、インディーズバンドでは異例のドラマ主題歌などのタイアップ数が20本を超え、日本武道館でのライブには、約6万通の応募が殺到し、チケットはSOLDOUT。

とんでもない快挙を成し遂げた彼らは遂に、10年の時を経て、メジャー再契約を果たす。
その再契約先は、なんと!  古巣のメジャーレーベルだった。

これは滅多にないことだそうだ。
それもそうだろう。
一般企業でも一度辞めた社員が10年経ってから、もう一度うちで働かないか?と会社から声が掛かることなどそうそうない。

彼らはどん底から見事に返り咲いた。
漫画かよ!  展開がドラマチック過ぎる。

そんな彼らのライブに行ける日を心待ちにしていたのだが、新型コロナウイルスに行く手を阻まれた。
肩を落としていると、数日後YouTubeで生配信ライブを行うというニュースが飛び込んできた。

横浜アリーナで行われる無観客での、無料生配信ライブ。
喜びスキップしたのも束の間、とんでもないことに気付いてしまった。

「やたら“無”が目に入るタイトル……もしかしてこのライブ、かなり損しているんじゃないか?」

何て恐ろしいバンドだ。
自分たちの損得を度外視して、どうしたらみんなを喜ばせられるかを徹底して考えている。

平日の夕方から配信されたにも関わらず、この愛を受け取るため、約7万人が同時にスマホやらテレビの画面を見つめていたらしい。言わずもがな私もその一人だ。

「自分の本当の気持ちを大切にしているか?」
「会いたい自分には、あなたしか会いに行けない」

曲と曲の合間にあるボーカルのMCに心が揺さぶられる。

本当はやってみたいことがあるけれど、何も持ち合わせていない自分にできるはずないと、何度も見て見ぬふりして、押し殺していた感情と共に涙が溢れ出す。

「もっと自分に対しても誠実に生きてみよう」

今まで周りの目を気にして、なるべく後ろ指さされない道を選んできた。
こっちの方が周りからよく見られるからという理由だけで、履き慣れていないヒールのブーツを履き続け、足が痛くて、疲れ切っていた。
多少ダサくても、歩きやすいスニーカーで自由に駆け回りたいと、心のどこかで思っていた。

会いたい自分に会いに行こうとすらせずに死んだら、きっと後悔する。
彼らに背中を押され、吹っ切れた私はスマホの前で、静かに誓った。
何を誓ったのかは秘密にしておく。

生配信ライブが終わり、どうしてもリアルで彼らの音楽を聴きたいという気持ちが日に日に増した。

見えないウイルスには、見えない徳で対抗すればいいのでは?!  思い立ったが吉日。
その日から落ちているゴミを拾い、職場の掃除を率先して行うという「日頃の行いを良くして徳を積む作戦」を決行した。

神様はちゃんと見てくれていた。
緊急事態宣言解除に伴い、大阪城ホールで行われるライブの席数が増えることになったのだ。

ライブの3日前、即チケットを2枚応募し、見事手に入れたのだが、平日開催だったこともあり、一緒に行く人が見つからない。
仕方ない、最終奥義だ。

「お母様、この日のご都合はいかがでしょうか?」

生粋の小田和正ファンの母親は、初めて彼らを知った時の私と同じ反応を示した。
小田和正とは対極にいる存在と思われても仕方ないビジュアルだ。
だがしかし、そんな反応は想定内。

ボーカルの渋谷さんが、小田和正をリスペクトしているという情報を手に入れていた私は「あなたの好きなものを好きな人は、もう仲間だろ?」という週刊少年ジャンプ的なノリと勢いで、母を口説き落とすことに成功した。

念願の初ライブは、スタンド席の最後列から2番目だったが、そんな物理的な距離をもろともせず、大きな愛を受け取り、ほろ酔い状態になった私は、どうやった? 来てよかったやろ? と、共に参加した母に誘導尋問のように感想を聞いてみた。

「何て言うか、一人一人にハグしてくれてる感じがした。凄いバンドや。愛を飛ばせる特殊能力持ってるんちゃうか」

思いの外、母が私以上にほろ酔いになっていたお陰で、少し酔いが覚めた。

帰宅後、22時過ぎ頃に台所からトントントンと何かを切る音が聞こえてきた。
チラッとのぞき込むと、ぶりと大根が並んでいた。
まさか……ぶり大根? たじろぐ私に、母は言った。
「ぶりが綺麗だったから。今日中に調理しないと失礼や」

鮮度が大切なぶりに敬意を払い、きちんと向き合う。
生命に感謝し、一番良い形で戴くことが礼儀だということか。

鳥肌が立った。
母よ、そんなことをいう柄ではなかったじゃないか。
ほろ酔いどころではない。完全に酔っている。

やはり、彼らの音楽は恐ろしい特殊能力を持っている。
一瞬にして58歳の道徳心を極限まで育むとは。
人生の教科書という友人の言葉は過言ではなかった。
もはや、義務教育でも良いかも知れない。

彼らを知らなかった方は、ぜひ「人生の教科書」をご一読してみてはいかがだろうか?

人生変わっちゃうかもよ?

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