首輪の中から見た景色
新しいベルトが欲しい。
少しでも足を長く見せようとしてハイウエストなスラックスを買いがちの私にとって、ウエストマークにもなるベルトはもうご時世柄なくてはならないマスクのような存在だった。なのに、なかなかベルトは古くならない。正直、買い時が分からない。2年前に急場しのぎで買ったプチプラのベルトをずっと使っていた。
正直年齢のわりには、いろいろお金をかける方だと思う。欲しいものがあればすぐ買い、そしてお金がなくなったらまた稼げばいいと思っている。そしてすぐ飽きる。またすぐ欲しいものが見つかる、買う、飽きる、稼ぐ。思えば大学生活はその繰り返しだった。一人暮らしの1K6畳の狭いアパートの部屋は、夢の跡だらけだ。
だからベルトだって、買おうと思えばすぐ買えたのだ。毎日のように使っているし、私の、身体の真ん中の、一番目立つところにある。だが、新調する気になれなかった。いろいろお金が使えた方だといっても、大学生の懐事情などたかが知れている。お金があるそのタイミングで、そのときの瞬間最大風速で最も欲しいものを買う。この2年間、なぜだかベルトは物欲ランキングに優勝することはなかった。丈が気に入らないバーバリーのコートも、一回しか使っていないマイケルコースのショルダーバックも、押入れの肥やしになっている4Kテレビもブラザーのミシンよりも、ベルトは私の中で価値がなかったみたいだ。私の中の1番になれなかったヤツ、それがベルト。
小学生のとき、授業中ぼーっと眺めていた油性ペンにあった注意書きを思い出した。「本来の目的以外で使用しないでください」。あの時、むしろ油性ペンって書く以外でどう使うんだよって心の中でツッこんでたなぁ。油性ペンじゃなくてベルトだけど、10年越しに腑に落ちたよ。あぁ1Kにしてよかったなぁ。ワンルームだと扉がないから引っ掛けるところがなくて困るところだった。扉の持ち手に輪にしたベルトを掛けた。変な感じ。扉の前に腰掛けて、ゆっくりかかとを落として、少しずつ少しずつ頸動脈を締めていった。喉を締めるとむせるから、首の上の方を押さえつける感じで、そういい感じ。ベルトって腰に巻く以外にも、首締めて死ぬっていう使い方もあるのか。油性ペンのメーカーの人がいいたかったのはこういうことだったのかなぁ。こういうときの息苦しいって、プールで息ができなくて溺れるみたいな苦しさではないんだね。勝手に顔に力が入って顔面の毛細血管が切れていって、頭の中がふわ〜っと真っ白になっていく感覚。あぁ今日が私の命日か。そういえば祝日だったか。建国記念日。ふと、今朝の彼氏とのラインのやりとりを思い出した。
「たばこ食べる夢みた。マズかった。」
「リアルじゃなくてよかったね」
「たばこって食べたら死ぬんかなぁ。」
「ぎり、しなない。」
「世の中ギリ死なないことが多いね。」
「それな、スリルがあって面白いよね。」
スリルがあって面白いかぁ。よくそんなこと思えるよなぁ。相変わらず変な人。あ、最後に挨拶しないと。あと、死ぬならやっぱり新しいハイブランドのベルトで死にたい。あと祝日に死ぬのはなんか良くない気がする。
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